間に合わず。瞼が重いです。
ここからありえないほど時間が飛びまくり、ありえないほど柱関連の話が続きます。滲渼の活躍が見たいという方も居るかもしれませんが、今暫くお待ち下さい。
明治四十一年のある日。滲渼が向かっていたのは、これまで何度か足を運んでいる鬼殺隊本部、産屋敷邸だ。臨時の柱合会議があるとの報せを受けて絶賛疾走中の彼女は、新たに加わるという同僚に想いを馳せた。
「(柱合会議が開かれるのは、どうやら新しく就任する柱を紹介するためらしい。私の後に誰かが柱となるのは、これが初めてだな)」
癖の強い人物が目立つ現在、出来ることなら親しみ易い人物が入って来てくれるなら嬉しいと考える滲渼。同時に、今度こそ槇寿郎に歩み寄りたいと願いながら…誰かの気配を感じ、首を横に向けた。
「よう。速えなアンタ。柱だろ?」
「…ふむ。確かに私は柱だが……其方も中々の健脚だな。それに、随分と大きい」
気付いた時には隣に居た男。独特な鉢金を巻き、これまた独特な化粧を左目辺りに施した彼は、疾走する滲渼に遅れることなく並んで着いて来ていた。
滲渼の速度は、案内役の鴉が全速力で飛んで何とか先導できる限界寸前の速さだ。並の隊士が多少無理をした所で到底追い付くことなど不可能な程の速度であり、即ち今の状況は目の前の男の正体を察するには十分過ぎる手掛かりでもあった。
「そうか……其方が新たな柱か」
「御名答!折角だ、一足先に自己紹介させて貰うとするか」
そう言って、男は大仰な仕草をしながら名乗りを上げる。丁度足場がやや不安定な地帯に差し掛かっていたため、器用なものだと滲渼は感心した。
「俺の名は、宇髄天元!御館様の御厚意で、『音柱』の称号を戴くことになったド派手な男だ。このままアンタに着いて行きゃ、本部に辿り着けるんだろ?」
「うむ。とはいえ、鴉の先導任せにはなってしまうがな。情けない話だが、未だ道を覚え切れておらぬのだ。……私は刈猟緋滲渼。『咢柱』に就き、じき二年といった所だ。宜しく頼む」
「おう。…しっかし、やけに地味な喋り方だな。くのいちにもそこまでの奴は居なかったぞ」
「……くのいち?済まぬ、聞いた事が無いな。其方の出身か?」
「ん?そうか、アンタは知らねえか。忍ってもんは、聞いたことあるか?」
「忍……嗚呼、成程な。女の忍を指す言葉か。面白い言い回しをする」
「外つ国の人間みてえなことを……それに、忍は知ってんのか。一体幾つだアンタ?地味に気になって来たぜ」
麗しさを漂わせる女性の見た目をしながら、歳を重ねた様な口調で話す滲渼。忍を知っていても、くのいちは知らなかったと言う滲渼。色々と支離滅裂な彼女の年齢が分からなくなり、宇髄は直接問い質した。
「齢か?十五だ」
「は、はぁ!?十五だと!?俺の三つ下じゃねえか!!何でそんなデケェんだ!!」
「む……?上背は其方の方が…」
「そういう話じゃねえよ!!なぁにが『咢柱』だてめえ!!『ガキ柱』に改名しやがれ!!」
「ははは、上手いな。しかし、私に物申されても仕方がない」
「てか、何か!?ならてめえ十三で柱になったのか!?待て待て、情報量が派手に多すぎるぞ!!」
「落ち着け…いや。落ち着かれよ、ええと…宇髄殿」
「今更敬語は必要ねぇ!!それより整理する時間くれ!!」
「ふむ……では、そのように」
今までとはまた異なり、大層賑やかな柱仲間が現れた。やはり癖は強そうだが、彼とは仲良くなれそうだと小さく頬を綻ばせるのだった。
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「一ヶ月と二週間ねぇ……こちとら忍時代の下積みがあって尚、一年以上掛かったんだぞ」
「案ずるな、私が初めて刀を握ったのは七つだ。木刀を数に入れるのならな」
「あぁそうかい」
滲渼の時と同じように、形式的な紹介と就任に際する是非の確認を経て、特筆事項の無い会議を終えた柱たち。宇髄は行きがけの道中で聞きそびれたことなどを滲渼との会話の中で尋ねつつ、またしても繰り返し目を丸くさせた。
「しかし、忍が今も実在したとはな。伝聞した限りでは滅びたとも言われていたが」
「そりゃあその方が都合が良かったんだろうよ。地味にコソコソやるのが生き甲斐みてえな奴らの集まりだからな、忍ってのは」
「…成程。それに嫌気が差したという訳か」
「ま、そんな所だ」
一方の滲渼も、宇髄の話を聞いて少なからず驚いていた。前世でも忍に当たる存在が居ると聞かされていたものの、終ぞ会うことが無かったために、半ば伝説上の存在なのだろうと考えていたのだ。
「(禍群の辺りでも東方の国でも、血眼になって団長と探し回ったというのに……無論、旅人の前に姿を現す忍など、忍とは言えないだろうが…。まさか、今になって目にしようとは夢にも思わなかった)」
「それにしても、御館様の招集だってのに無断で欠席する柱なんてのも居るとはねえ。得体の知れねえ坊主みてえな柱が泣いてんのか怒ってんのか訳分かんねえことになってたぞ」
そうして滲渼が忍にまつわる思い出を心に浮かべていると、宇髄が他の柱…槇寿郎についても言及する。彼は一年程前から、定期的な柱合会議にも出席しないようになっていた。
「…煉獄殿が来なくなったのは、私が原因やも知れぬ。今度こそは来ていまいかと、期待したのだが………」
「原因?何かやっちまったのか?」
「初対面の時に、彼の個人的な事情に触れてしまってな……一応は詫びを入れたのだが、それ以来どうも避けられているようだ」
「何だそりゃ。柱がそんな下らねえことでいつまでもうじうじと地味に拗ねるかよ……どうせてめえが居なくても、同じようになってたと思うがね」
槇寿郎の怠慢は滲渼の責では無いと、迂遠に励ます宇髄。しかし、滲渼はそれを否定する。
「いや……下らないと一蹴するべきではなかろう。仮に煉獄殿が、家族を亡くして悲嘆に暮れていたならば?そこに他所者が踏み込んでくれば、決して良い気はするまい。柱とて、一人の人間であることに変わりは無いだろう」
「……家族、ねえ」
宇髄は彼女の言葉を飲み込み、自身に置き換えて考える。大切な者たちを失う痛みが耐え難いものであろうことは、彼にも容易に想像できた。
「……確かに、俺も嫁が死んだら派手に泣き散らかすかもしれねえな。誰か一人でも、欠けて欲しくねえ。尤も、それでも仕事はきっちりこなすだろうが────」
「待て。……伴侶が居るというのも初耳だったが、そこはまあ、構うまい。………まるで、複数居るかのような口振りだったが?よもや其方、不貞を働いている訳では…」
「んな訳あるか!嫁は三人!全員正式に俺と結婚してるわ!!」
「じ、重婚とは……。其方、見た目に違わず節操が無いな……」
「おい莫迦てめえ!俺のことそんな風に思ってやがったのか!?大体、ガキ柱の癖して人様の色恋に口出しすんじゃねえよ!!」
「いや、こればかりは世話を焼かせて貰おう。本当に三人を等しく愛しているのだろうな?優劣をつけてはいないか?伴侶たちの仲はどうだ?良ければ構わぬが、喧嘩をするようなら取り持ってやることも────」
「だあああ!!!喧しいぞこの耳年増ァァッ!!!」
彼らの会話を少し離れた屋敷から見守る耀哉。新参の二人も上手くやれているようだと、いつものように目を細める。滲渼と宇髄は、存外相性が良いのかもしれなかった。
【狩人コソコソ噂話】
・一応前世とは言語が異なりますので、「くのいち」などのあまりにも限定的過ぎる単語は滲渼に通じません。生活に支障が出ることは無いでしょうが。