時世を廻りて   作:eNueMu

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お気に入り数がやたら伸びるなあと思い、もしやとランキングを覗いたら本作が載っていました。読んで下さっている方々、ありがとうございます。


臨時柱合会議:其ノ弐

 

 「あら?あらら?刈猟緋さんじゃない!」

 「うむ。こうして直接会うのは久々だな」

 

 

 宇髄が柱入りしたさらにその翌年も、臨時の柱合会議にて新たな柱が加わった。「花柱」────胡蝶カナエだ。邂逅以来、鴉を介した文通なども行ってはいたが、これまで滲渼が柱であることを明かして来なかったため、カナエは大層驚いている様子を見せていた。

 

 

 

 

 

 「そう、あの時にはもう……言ってくれれば良かったのに」

 「済まぬ。だが、無闇に明かしても萎縮させてしまうやも知れぬと思ってな。歩み寄りたいと考えていた此方としても、それは望ましくなかったのだ」

 「大丈夫よ〜、そんなことで距離を置いたりしないわ。でも、こうして定期的に会えるようになれたのは良かったわ!しのぶにも教えてあげなくちゃ!」

 「うむ………ところで、御館様が仰っていたが…既に屋敷を賜っていたのだな?」

 「ええ。柱になるならって、歴代の花柱が使っていた屋敷を譲ってもらったの。こまめに手入れされてたみたいで、凄く綺麗だったわ。お庭には大きな桜の木もあるの!また今度、尾崎さんと一緒に遊びに来てね!」

 「そうだな。都合が合えば、顔を出そう」

 

 

 再会を喜ぶカナエとの談笑に耽る滲渼。しかし、ふと耀哉からの「お願い事」を思い出し、彼女に断りを入れる。

 

 

 「と、済まぬ。御館様からの依頼があるのだった。この辺りで失礼する」

 「あら、そう…『蝶屋敷』の場所は、また手紙で送るわね〜!」

 「感謝する。それでは」

 

 

 肩書き通り、花の咲いたような笑顔を浮かべて手を振るカナエ。滲渼も手を挙げてそれに応え、「蝶屋敷」というらしい彼女らの屋敷を桜が満開となる春にでも訪れようかと考えたのだった。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 『滲渼。槇寿郎の様子を見て来てくれないかい?彼はきっと、抱え込み過ぎてしまったんだ。本当なら僕が行きたいのだけれど、近頃は遠出するのも難しくてね』

 『御意。………御館様。どうかお身体を顧慮なさいますよう…私に医学的知識があれば、出来る事もあったのやも知れませぬが……こうして忠言するに留まること、真に申し訳ありませぬ』

 『いいんだ滲渼。君はもう、十分過ぎる程に頑張ってくれている。僕のことは、僕の方でどうにかするから大丈夫だよ』

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「(御館様の容体は、年々悪化しつつある。病の類いなのかそうでないのかは分からないが、既に左目は光を失っているようだ。願わくば、あの方が存命であるうちに鬼舞辻無惨とやらを討ちたい所だが……現状、その影すら掴めてはいない。数百年、ただその名が伝わるのみというのは伊達では無いらしい)」

 

 

 鴉に従い滲渼が向かっているのは炎柱邸…即ち、煉獄邸だ。耀哉の生命力が会う度擦り減っていることに心を痛め、一刻も早い鬼の根絶を希えども────未だ、その糸口は掴めないまま。少しでも人手が欲しい今、槇寿郎の怠慢を正すことは一定の意義を持っているようにも思われた。

 

 

 「む……あれが、そうか」

 

 

 案内を終えた鴉が、ぐるぐるとその場を旋回する。すぐ側では立派な屋敷が広大な土地を占有しており、この屋敷こそが煉獄家の実家であるということは滲渼にも直ぐに理解できた。門前に立ち、意を決して声を上げる。

 

 

 「煉獄殿!!刈猟緋で御座います!!御館様より貴方の御様子を確かめるようにとの要望を頂き、此方まで参りました!!一先ず、顔を合わせるだけでも────」

 

 

 そこまで言った所で、門が開かれる。立っていたのは、燃えるような髪に凛々しい眉を持った人物。しかし、槇寿郎では無かった。

 

 

 「失礼!鬼殺隊の方でしょうか!?御足労痛み入りますが、父は動く素振りがありません!」

 「……其方、煉獄殿の子息か」

 「はい!煉獄杏寿郎と申します!」

 

 

 溌剌とした少年が、滲渼の前に現れる。杏寿郎と名乗った少年は活気と覇気に満ち溢れており、槇寿郎と似通った姿でありながら滲渼に真逆の印象を抱かせた。

 

 

 「父は除名されるのでしょうか!?」

 「いや、未だそこ迄には至ってはいない。尤も、他の柱の憤懣は限界を迎えつつある故……遠からず、そうなる見込みはある」

 「左様ですか!ご迷惑をお掛けし、申し訳ない!」

 「詫びる必要は無い。代わりと言っては何だが、煉獄殿に会うことはできるだろうか?」

 「はい!ご案内致します!」

 

 

 滲渼の面会の申し出を快く承諾した杏寿郎。勝手知ったる己が屋敷を進み、父の元へと客人を案内する。

 

 

 「此方です。父はかなり荒れておりますので、お気を付けて。何かあれば直ぐに呼んで下さい」

 「承知した」

 「はい、それでは!」

 

 

 去っていく杏寿郎の背中を見ながら、よく見れば道着であったかと遅れて気付く。滲渼は稽古を邪魔したのであろうと考え、少々申し訳ない気持ちを覚えつつも襖を開いた。

 

 開いた襖の先では滲渼も知る槇寿郎その人が背を向けて座っており、彼女が訪問して来たこと自体は分かっていたらしいことが窺えた。部屋には酒瓶が転がっていることから、隊士としての活動すらまともにこなしてはいないようだ。滲渼は静かに脚をたたみ、正座の姿勢で槇寿郎に声を掛けた。

 

 

 「煉獄殿」

 「帰れ」

 「…改めて、申し訳ありませぬ。貴方の心を慮る事なく、不躾にも踏み荒らすような真似をしてしまいました。先ずはそのことについて、謝辞を述べたく」

 「ならば失せろ。貴様と話すことなど何も無い」

 「失せませぬ。申し訳なく、またそれ故に…何としても貴方に歩み寄りたい。これは御館様の御意志でもあります」

 「…しつこい、と。言われなければ分からないか?貴様のような人間を、俺は心底厭悪する。腹の内では才の無い者を嘲笑い、そうした弱者に手を差し伸べる己に心酔しているのだろう」

 「………そうですか。私のことを、そのように思われておられたのですか」

 

 

 槇寿郎の勝手な推察は、滲渼に少なからず悲傷をもたらした。まるで的外れなものではあるが、だからこそ自身の心が一切伝わっていなかったことも判り、それが滲渼には堪らなく苦しかった。

 

 

 「貴様に限った話ではない。────鬼の生贄にされかかっていた子供を助けて。その従姉妹と引き合わせた時に、目の前で身の毛もよだつ真実をぶち撒けられた。人間の心は、かくも醜いものかと吐き気すら催した。俺たちが必死に守っていたのは、そんな程度のものでしかなかった。そんなもののために、俺は全てを擲った。もう、誰に期待することもない」

 「全ての者がそうだという事はありますまい。……煉獄殿。瑠火殿は、醜い心など持ち合わせてはいなかった筈です」

 「!!! 貴様…!!」

 

 

 出る筈のない名が滲渼の口から飛び出したことに槇寿郎は激しく動揺し、この日初めて滲渼に顔を向けた。憎々しげに顔を歪めた彼に睨まれても、滲渼は姿勢を崩すことなく言葉を続ける。

 

 

 「御館様に、御教え頂きました。………死は、不可逆の摂理です。如何なる人間であれ、これを覆すことは叶わない。どうも私に天賦の才があるとお考えの様ですが……私にも、失われた命を取り戻すことなど出来はしませぬ。これは力があるだとか、無力であるとか、そういった類いの話ではないのです。

 

 

 

 ────もう、御自分を赦してやっては如何ですか」

 

 「…言いたいことは……それだけか」

 

 

 言葉の応酬が途切れ、部屋が静寂に包まれる。幾許か時が過ぎたのち、立ち上がったのは滲渼だった。

 

 

 「………待っております。何時迄も」

 「貴様が俺の何を待つ。柱としての責務を果たせとでも言うつもりか」

 「私ではありませぬ。御子息はきっと、貴方が戻って来ることを願っている」

 「…」

 「失敬」

 

 

 潮時だと判断し、最後に少しだけ口を開く。鍛錬に励んでいるのだろう彼の息子は、そのままかつての槇寿郎を映し出しているのだと…漠然とそう感じた滲渼。槇寿郎が柱として再起するにせよしないにせよ、この一家があるべき姿に返るその日を想い、煉獄邸を後にした。

 

 

 

 

 

 ────後日。槇寿郎はその足で本部を訪れ、引退を申し出る。

 

 常日頃漂っていた酒の匂いは、幾らか薄くなっていた。





 【明治コソコソ噂話】
・煉獄(杏寿郎)は滲渼のことをだいぶ年上だと勘違いしています。実際には一歳差。現在滲渼は180cmを超える超長身なので、しょうがないしょうがない()

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