時世を廻りて   作:eNueMu

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(追記)カナヲの台詞を修正。カナエとしのぶはこの時点では彼女を弟子としては認めていなかったようですね。


強さ

 

 「いい御身分だなァ おいテメェ 産屋敷様よォ」

 「!」

 

 

 義勇の柱就任から少しして、またしても新しく柱となる隊士が現れた。しかし、その隊士が柱合会議で放った第一声に、柱たちは皆多少なりとも顔色を変える。滲渼もこれには少々面食らったが、それでも言葉は発さなかった。

 

 

 「不死川…口の利き方というものが、わからないようだな…」

 「いいよ行冥。言わせてあげておくれ。私は構わないよ」

 「ですが…お館様…」

 「大丈夫だよカナエ」

 

 

 こうして、耀哉が皆を宥めるであろうことを理解していたからだ。彼がそういったことを気にするような人物でないことは分かっていた。そして、そんな彼の人となりを不死川実弥という隊士が目の当たりにするであろうことも、同様に。

 

 

 

 

 

 結局滲渼が予期した通り、不死川もまた産屋敷耀哉という人物の暖かさと優しさを知り、涙を流して無礼を詫び、忠誠を誓うこととなった。だが、その過程で耀哉が口に出した言葉が、彼女の耳に強くこびり付いて離れない。

 

 

 『君たちが捨て駒だとするならば、私も同じく捨て駒だ』

 

 『私の代わりはすでに居る』

 

 「(ずっと……疑問だった。聖人の如く慈悲深いあの方が、何故あれ程過酷な最終選別を強いるのか。…それが今日、漸く腑に落ちた。────御館様。貴方は…()()()()()()()()()()())」

 

 

 滲渼はここに来て漸く、産屋敷耀哉という人間の本質を知った。彼が一体何を考え、何故そうしているのか。全ての点が、一つの線で繋がれてゆく。

 

 

 「(誰かの死を悲しむことは出来るのだろう。誰かの痛みを想うことは出来るのだろう。その上であの方は、一切の情けを掛けない決断を下すことも出来るのだ。『産屋敷耀哉』と『鬼殺隊首長』を切り分けることに、何ら痛痒を感じることは無いのだ)」

 

 

 その強さの源を正確に把握することは未だ困難ではあるものの、鬼殺隊の性質を思えばおおよその推測は可能であった。滲渼には無い、しかし多くの隊士が抱く感情。

 

 

 「(()()。数多のそれを束ねることが出来るのは、より圧倒的な憎悪以外の何物でもない。鬼に対するものなのか、或いは鬼舞辻無惨に対するものなのか……後者であってもおかしくは無い。会ったことも、見たこともない相手に対して、張り裂けんばかりの憎しみを抱くことが…あの方には出来る筈だ)」

 

 

 滲渼は思う。鬼殺隊の頭として、耀哉以上に優れた人物は後にも先にも現れることは無いだろう、と。それと同時に、一層強く己に誓う。

 

 

 「(御館様が健在である、その内に…必ず全てを終わらせる。あの方の、皆の執念が報われるように)」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 それからも絶えず時は流れ、滲渼が十七となって。彼女はその年の春、尾崎を連れて蝶屋敷を訪れた。そこで二人を出迎えたのは、カナエとしのぶ……のみならず、更に五人の少女たち。

 

 

 「いらっしゃい!待ってたわ、二人とも!」

 「お久しぶりです、刈猟緋さん、尾崎さん」

 「うむ。息災であったか」

 「久しぶりね、胡蝶さんにしのぶちゃん。後ろの子たちが、手紙に書いてあった?」

 「ええ、そうよ。皆、自己紹介してあげて」

 

 

 カナエに促され、まず一歩前に踏み出したのはとりわけ小さな三人。そっくりな顔で、順番に名前を口に出していく。

 

 

 「中原すみです」

 「寺内きよです」

 「高田なほです」

 「………姉妹か」

 「ち、違うわ刈猟緋さん。名字が別々よ」

 

 

 礼儀正しく綺麗に揃って腰を折った彼女たちに、思わず血の繋がりがあるのかと錯覚する滲渼。尾崎の訂正にハッとしつつ、残る少女たちの自己紹介を待つ。

 

 

 「神崎アオイです。今はまだ鬼殺隊の隊士ではありませんが、カナエ様の継子になるために弟子として日々精進しております。よろしくお願いします!」

 「うむ、宜しく頼む」

 「そう、継子に……よろしくね、アオイちゃん!」

 「はいっ」

 

 

 一瞬尾崎の様子がおかしかったかと思いながらも、滲渼は最後の一人に目を向ける。少女はちらりとカナエに目を遣り、彼女が頷いたのを確認してから口を開いた。

 

 

 「…栗花落カナヲ。…です。よろしくお願いします」

 「そうか。宜しくな、栗花落」

 「よろしくね。貴女も胡蝶さんのお弟子さんなのかしら?」

 「…」

 「……あ、あれ…?」

 

 

 ぽつりと名前を告げ、挨拶を行ったカナヲは、続く尾崎の質問に対して黙りこくってしまう。何故自分はこうも無視されるのかと心の中で涙を零した尾崎だったが、直後のやり取りで何らかの事情を察した。

 

 

 「カナヲ。喋っていいのよ」

 「…私は……特に誰の弟子というわけでもない、です」

 「! ……うん、そうなのね」

 

 「胡蝶。これは…」

 「カナヲちゃんね、育った環境があまり良くなかったみたいで……親に売られてたのを、私たちが引き取ったのよ。名前も付けられないまま、大変な思いをしたんでしょうね…自分から何かをするのが苦手なの」

 「…そうか……」

 

 

 滲渼は、言葉が出なかった。幸運にも家族に恵まれた彼女としては、カナヲに何と声を掛けてやるべきなのかが分からなかったのだ。

 

 

 「大丈夫。私たちも一緒に、少しずつあの子と歩んでいくわ。だから、そんなに辛そうな顔しないで」

 「…気遣い、真に痛み入る」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「(世界には、理不尽と悲劇が溢れている。何処であっても、それは同じか……)」

 

 

 夕暮れ時。一日を通して胡蝶姉妹や共に暮らす少女らと会話を楽しんだ滲渼は、屋敷の庭先で今朝のカナエの話を思い返す。人が人を虐げるということ自体は、前世でも嫌というほど目にしていた。その度に心を痛め、悲しみを覚えたことは記憶に新しい。

 

 

 「(モンスターという共通の大敵が居てもなお、人々は互いに争った。それが居ないのであれば……或いは、公になっていないのであれば言うまでもない、ということだな…)」

 

 「刈猟緋さん」

 「! む…尾崎か。話は済んだか?」

 「ええ。夜も近いし、そろそろ帰りましょう」

 

 

 そうして思考に耽っている所に、尾崎が現れる。アオイやしのぶと色々話していたようだったが、十分満足したようだ。彼女の後から、カナエたちも続いてやって来ていた。

 

 

 「今日は楽しかったわ、二人とも。また沢山お話しましょう」

 「どうか、お元気で。…尾崎さん、頑張って下さいね」

 「うん。ありがとう、しのぶちゃん」

 「…? …では、発つとしよう。お互い、再び無事で(まみ)えようぞ」

 「「「さようならー!御武運をお祈りします!」」」

 「私も、皆さんに追いついてみせますから!いずれまた会う日まで!」

 

 

 

 

 

 少女たちに見送られ、橙の空の下を往く滲渼と尾崎。

 

 蝶屋敷が見えなくなり、さらにそこから少しした頃、尾崎が突然話を切り出した。

 

 

 「────刈猟緋さん。…私、貴女の継子になりたい」

 「…何だと?」

 

 

 その内容に、滲渼は耳を疑う。そもそも「継子」とは、柱の方から一般隊士の中でも見込みのある者を指名して弟子入りさせる制度だ。隊士の方から申し出た所で、基本的には門前払いされる。そして、継子となってからもその道は険しい。次期柱として鍛え抜かれることになるため、訓練の厳しさは尋常では無く、時には柱の任務に同行する必要もあり、命の危険も相応に大きくなる。そして何よりも、呼吸を習得することが出来なければ意味が無いのだ。

 

 

 「……何度も言うが…『咢の呼吸』は私以外が扱うことを考慮しておらぬ。はっきり言えば、其方が習得出来る見込みは限りなく皆無に近い。その事は、理解しているか?」

 「…分かってる。辛いのも、苦しいのも、無茶なのも。……それでも、私が強くなるには…これしか無いと、思うから」

 「………尾崎。強さの定義は一つでは────」

 「違う!違うのよ、刈猟緋さん!!」

 

 

 力への渇望を隠さない尾崎を、滲渼は窘めようとして……彼女の叫びに遮られる。二人の足は、いつの間にか止まっていた。

 

 

 「私が欲しいのは、力なの!!心が、想いが強くても、肉体が弱いんじゃ駄目なの!!強く、強くならないと………

 

 

 

 ────貴女に、置いて行かれてしまう…!!!

 

 「……………尾、崎」

 

 

 涙を流し、へたり込んで滲渼の裾を握り締める尾崎。何も気負うことなく、彼女との稽古をこなしてきた滲渼は…彼女がそれ程まで思い詰めていたことに、気付くことが出来なかった。

 

 

 「貴女が凄いのは、最初から分かってたの……!でも、でも…!刈猟緋さんは、優しいのよ…!時々抜けてるのは可愛らしくて、刀を持ってる時は格好良くて……凄い人なのに、一緒に居て楽しくて!!だから……隣でとは、言わない!言えないけれど…!貴女の背中を追うことの出来る距離に居たい!!」

 「…」

 「……………私たちの同期、ね。もう殆ど、残ってないって。皆隠になったか、辞めたか、…死んでしまったって。村田くんが言ってたわ」

 「! ……そう、か」

 「残ってる人は、皆凄い人ばかり。刈猟緋さんと冨岡くんは柱でしょう?鱗滝くんも、ずっと前に階級は甲まで上がってるみたいで。……ねえ、刈猟緋さん。家族も皆居なくなった私には、もう……友達しか残ってないの…!私、貴女に…!皆に置いて行かれるのは、嫌…!!」

 

 

 

 

 

 魂の告白を、滲渼は静かに聞き届けた。既に日が落ちた闇の中、彼女は意を決して答えを返す。

 

 

 「……尾崎。一切の手心を加えることは無い。容赦無く、叩き潰す積もりで其方を鍛える。それでも構わぬか…否。構わぬな?」

 「!! …うん!!絶対、折れないからっ!!!」

 「…良いだろう。明日より、其方には艱難辛苦が降り掛かる。………故に、今は…泣けるだけ、泣いておけ」

 「…う゛んっ!!ありがとう…!!あり、がとう…!!!」

 

 

 …この日。尾崎あやめの運命は、哭泣に紛れて大きく音を立てて捻じ曲がった。

 

 好転か否かは、まだ誰にも分からない。


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