時世を廻りて   作:eNueMu

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咢の継承

 

 「ぐ、うぅう…!!!」

 「…どうした。肺が苦しいか」

 「…苦しい、けど!!止めない、わ!!」

 「……良し。続けよ」

 

 

 刈猟緋邸。屋敷の裏手で、血反吐を吐くような顔をしているのは尾崎だ。ここ最近は、ずっとこうして咢の呼吸の習得を目指しながら鍛錬に励んでいる。

 

 

 「咢の呼吸には、四つの型がある。其方に教えるのは内二つ、『地ノ型』と『天ノ型』だ。それぞれには更に幾多もの技があるが、それはその時に教えよう。先ずは死に物狂いで咢の呼吸を身に付けよ。…では、剣術の稽古を始めるぞ」

 「は、い!!」

 

 

 肺が破裂するのが先か、捻じ切れるのが先かという程に壮絶な呼吸を繰り返しながら、木刀を構えて滲渼に向かっていった尾崎。激痛に動きが鈍りに鈍っているものの、これまでの稽古もあって最低限の動きは出来ている。

 

 

 「とこ、ろで!何で!!残りの、二つの型!!はっ!!教えて、くれないの!!?」

 「至極単純なこと。地と天が出来ぬ者に教える意義が無い故。特に…四つ目の型はな」

 

 

 滲渼は尾崎の質問に悠々と答えつつ、心中で己の呼吸について、一人想う。

 

 

 「(元より人の身にはあまる存在の模倣。私も四つ目の型の掌握には長い時間を要した……そして終ぞ、()()()()()()()()()()()()の力を借りることは、一欠片の内の一欠片とて叶うことはなかった。あれらはやはり、生物としての格が違うのだ)」

 

 「そら、残りの型も体得したいと言うのなら…この程度で乱れては居られぬぞ。疾く次を打って来るが良い」

 「言われ、なくとも!!はあぁっ!!!」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「ガルル……」

 「…『咢の呼吸』、その基礎中の基礎は物にしたようだな」

 「うん…!これ、とんでもないわ…!!ほんの少し、呼吸をするだけでも……その間だけは別の生き物になったみたいに感じる!!……感じる、だけだけど………」

 

 

 告白の夜から暫くして。滲渼の予測を超える速度で、尾崎は「咢の呼吸」の方法を身に付けた。尤も、まだ単に身に付けたというだけだ。呼吸を続けたまま技を出すことも、ましてや走ることすらもままならない状態であり、進度でいえば門の扉が僅かに開いたといった程度。咢の呼吸を使って戦うことなど、夢のまた夢だった。

 

 

 「そうか。では、これからは全ての稽古を『咢の呼吸』を維持したまま行うとしよう。途切れれば、その日の一つ目の稽古からやり直しとする」

 「え゛」

 「…何か異存が?」

 「うっ…!! な、無いわ!!やってやろうじゃない!!」

 

 

 しかし、滲渼はあくまでも限界を超えることを尾崎に課す。無論いきなりそれが可能であるなどとは思ってはいないが、長く停滞することも好ましいとは言い難い。また、尾崎自身も自分から言い出したことであったために、譲歩や加減を求めることはしなかった。

 

 

 

 「動きを止めるな。乱すな。正しく刀を振り続けろ」

 「ふぅっ…ぐ!!やぁっ!!」

 

 

 

 「はっ……はっ……っあ…!」

 「────今…途切れたな。山の登り降りからやり直しだ」

 「っ…!!!」

 

 

 

 「巡回に向かう。呼吸を切らさず後に続け。案ずるな、心体の精魂が尽き果てたとて私が居る」

 「はいっ!!」

 

 

 

 ────そんな一層厳しさを増した鍛錬を、陰から見守るのは滲渼の家族たちだ。

 

 

 「あやめちゃん、大丈夫かしら…見てて凄く辛そうよ」

 「『継子』とは、そういうものよ。吾輩の同期にも、柱の継子となった者が居たが……翌週には死にそうな顔をしておったわ。そうして、間を置かずに継子を辞めておった。生半な覚悟で務まるものではない、ということよな」

 「…滲渼も、尾崎ちゃんの覚悟を汲んでいるんだね。だから二人とも、一切妥協しない……無理は止して欲しい所だけれど」

 「無理を押すことも時には必要となる。それが、鬼殺隊ぞ。いずれにせよ、吾輩たちが口を挟むことでは無かろう。……強くあれ、若人よ」

 

 

 せめてこの屋敷の中ぐらいは安らぐことの出来る場所であるべきだと、彼らも使用人たちと共に細やかな気配りを巡らせる。長く付き合いのある尾崎もまた、刈猟緋邸の一員であった。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 季節は移り、各地では草葉が青々と茂り始めた。春と比べて少々気温も高くなり、暖かいというよりも暑いという言葉が相応しくなった頃のある夜、尾崎は漸く滲渼から「型」の伝授をしてもらうことになった。

 

 

 「先ずは、『地ノ型』から。この『型』の技は、何れも技を出すまでの構えが似通っている。その中でもとりわけ単純で至便なのが、『迅』だ」

 「『迅』…最終選別で、鬼を一気に仕留めた技ね」

 「うむ。一息に鬼の頸を断ち、そしてその刃の軌跡は悟らせぬ。連続して放つことも容易である故、初めに覚える技としては悪くなかろう。差し当たっては、私の『迅』をしかと見よ」

 「うん、分かったわ!」

 

 

 尾崎に概要を伝え、改めて己が技を放つのを披露する滲渼。日輪刀で放つと幻が見えてしまうので、視覚的な理解のし易さを考えて今回は木刀での実践となる。

 

 

 「『咢の呼吸 地ノ型 迅』」

 

 

 「────…綺麗だわ……本当に」

 

 

 当時目撃したものよりも数段速度が落ちた「迅」だったが、これは尾崎がしっかりと目で追うことが出来るようにするための措置だ。それでも、彼女の目にはこの上なく速く美しい剣技に映った。

 

 

 「如何だったか」

 「ええ、何とか見えたわ。刀を振り抜いていく間も、少しずつ刃の角度を変えてるのね……限界まで、鬼の視界に刃が入らないようにするために」

 「うむ。真剣は木刀よりも更に刃が薄い。この暗い夜の闇、光が届かない中であれば、見方によっては不可視であると見誤る程に」

 「…改めて、凄いわ。『咢の呼吸』は、最終選別の前から完成していた。それはつまり、鬼との戦いを経験したことの無い状態で全ての技を考え付いたってことでしょう?その上それらを実現にまで至らせた……まるでずっと昔から、戦う術を知っていたみたい」

 「………何度も見て、覚えるのだ。一度やって見せよ」

 「あ、うん!────ガルルルル………

 

 

 技を説明していく中で飛び出した核心に迫る発言を流しつつ、尾崎に再現を促す。彼女は咢の呼吸特有の肉食獣の唸り声にも似た呼吸音を響かせ、見た物と伝えられた物を併せて木刀を振り抜いた。

 

 

 「『咢の呼吸 地ノ型 迅』!!」

 

 

 「…ふむ……足を踏み出す必要は無い。下半身の筋肉は使うが、『迅』自体に踏み込みなどの予備動作は付随せぬ。加えて、振り抜きが鈍すぎる。手首や姿勢の遷移は悪くなかった……とはいえ、肝心の速度が足りておらねば『迅』と呼ぶには今一つ、だな」

 「そう……もう一度、お願い!」

 「うむ、繰り返し見ればその内に────」

 

 

 尾崎の繰り出した技の精度を評価し、目に付いた改善点を指摘する滲渼。再度技を見せて欲しいと言われて頷き………そこで、激しい羽音を察知した。燁が指令を下しに来たかとほんの一瞬考えたが、平時と比べると明らかに様子がおかしく聞こえる。

 

 

 「(焦っているのか?一体何が────────)」

 

 

 

 「上弦ノ弐出現!!!上弦ノ弐出現!!!花柱・胡蝶カナエガ現在交戦中!!!此処ヨリ北西ニ凡ソ三里ノ地点!!!」

 

 「え────」

 

 

 

 

 

 ズドンと、爆ぜたような音が刈猟緋邸の裏手に轟く。音の方に顔を向けた尾崎は、大きく抉れた地面を認める。

 

 燁の告げた内容を尾崎が完全に飲み込む前に、滲渼はその場から早々に消え失せていた。

 

 

 

 暑い筈の夏の夜、不思議と凍えるような心地がした。


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