時世を廻りて   作:eNueMu

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凍み張り付いた偽りの

 

 「フゥゥ────ゴホッ…! ……フゥゥゥゥ………!!

 「わぁ…凄い凄い、呼吸続けるんだあ!もう普通に息するのもしんどいでしょ?健気だなぁ」

 

 

 明治四十四年のある夏の夜。花柱である胡蝶カナエは、絶望的な戦いに臨んでいた。相手は…十二鬼月・上弦の弐。単純に考えるならば、鬼舞辻無惨を除いた鬼の中で二番目に強い存在。上弦の鬼であるというだけでも百年以上討伐の記録が残されていないというのだから、たった一人で倒せるなどとは微塵も考えてはいなかった。

 

 それでも、カナエは抗い続ける。唯一残された肉親を想い、共に暮らす少女たちを想い、────同じ鬼殺隊の少女たちを想い。

 

 

 「『花の呼吸 弐ノ型 御影梅』」

 「『血鬼術 枯園垂り』────頑張って!そうそう、上手だよ!」

 

 

 上弦の弐────童磨と名乗ったその鬼は、どう考えてもカナエを揶揄っていた。彼女が繰り出す技に対して対応しやすい血鬼術をわざわざ後から合わせて来たり、子供を煽てるように称賛の言葉を口にしたりと、遊んでいることは明白だった。それでも、カナエにとっては好都合だ。

 

 

 「(彼はきっと、夜明け前までこうして適度に此方を殺しに来る程度の攻撃ばかりする筈…そこまで、耐えるの。耐えて、最後に彼が本気で喰らいに掛かって来た所を狙う。あわよくば、討つことが出来るかもしれない。或いは叶わなくても…誰かに、上弦の弐の情報を伝えることが出来るかもしれない。諦めちゃダメよ、胡蝶カナエ…!!)」

 

 「ほら、足を止めちゃあいけないよ?『血鬼術 寒烈の白姫』」

 「くっ…! 『花の呼吸 肆ノ型 紅花衣』!」

 「あはは、綺麗だね!たくさん練習したのかなあ?もっと色々見せておくれよ!」

 「……貴方は、凄く…哀しい鬼ね。『花の呼吸 陸ノ型 渦桃』!」

 「えぇ?今ので俺、哀しい奴に見えるの?変なこと言わないでよ〜」

 

 

 カナエは必死に避け、反撃し、辛うじて命を繋ぎ止める。一方で童磨は呑気にお喋りしながら片手間に血鬼術を放ち、反撃を受け止め、取りこぼした攻撃で受けた傷も瞬く間に再生させる。残酷過ぎる力の差が、二人の間には存在していた。

 

 

 

 

 

 「……うーん、あんまり遊びすぎるのも良くないかあ…。君のことはちゃんと喰べてあげたいし、そろそろ────」

 

 

 まさに全ては童磨の掌の上。これ以上の負傷を避けるべく手堅く立ち回るカナエに痺れを切らし、戦いに本腰を入れようと考えた彼は、両手の鉄扇を構え直し────即座に後頭部へ向かって振るった。

 

 

 「ち……」

 「吃驚したあ!何処から来たの!?近付いて来るのが分かんなかったや!」

 

 

 彼は背後から己の頸を狙う気配に、間一髪で気付いたのだ。突如戦場に現れた剣士は、小さく舌を打つとカナエの前に降り立った。

 

 

 「────刈猟緋、さん…!?」

 「…間に合ったか」

 「ええ、大丈夫…致命傷は、受けていないわ。でも、どうして……」

 「鴉から伝令があったのだ。少々時間が掛かってしまったが……何とか、といった所だな」

 

 

 増援は、刈猟緋滲渼。カナエは自身と同じく柱である人物の救援に安堵しながらも、それでもやはり童磨を倒すことは難しいと考える。

 

 

 「あれ?君、女の子だ!あんまり大きいから間違えそうになっちゃったよ。俺、童磨って言うんだ。君も俺が救ってあげるね!」

 「…刈猟緋滲渼。言葉の意味が解せぬが……今宵斃れる者に尋ねる必要は無さそうだ」

 「……刈猟緋さん。あの鬼は、強いわ。きっと貴女が戦ってきたどんな相手よりも、遥かに」

 「…うむ。確かに、そのようだ」

 

 

 ひらひらと鉄扇を扇ぐ余裕を見せる童磨を、透かして観察する滲渼。飄々とした態度に反して、その肉体は空前絶後の強靭さを誇っている。間違いなく、これまでで最強と言って差し支えの無い鬼だった。

 

 

 「(何より…あの粉のような氷の粒。血鬼術、か)」

 「気をつけて。彼、技と一緒に目に見えない程小さな氷をばら撒くの。吸い込んでは駄目……肺がやられてしまうわ」

 「承知した」

 「うん、それじゃあ一緒に────」

 「後は任せよ」

 「えっ!?」

 

 

 カナエが協力を申し出たのも束の間、滲渼はなんと一人童磨へと突っ込んでいく。或いは冷静さを欠いているのかと思い始めたカナエだったが………

 

 彼女はまだ、誤解をしている。

 

 

 

 刈猟緋滲渼の実力を……未だに低く見積り過ぎている。

 

 

 

 「相談は終わったかな? …なんて、相談したって君たちじゃどうしようも…」

 「『咢の呼吸 地ノ型 轟咆(ごうほう)』」

 「!!」

 

 

 けたたましい音と共に、滲渼が童磨の肉体を押し込んでいく。カナエが追いかける間も無くどんどんと遠ざかり、町を離れていくようだ。

 

 

 「『血鬼術 蔓蓮華』」

 「『咢の呼吸 地ノ型 (かま)()り・奈落(ならく)』」

 「つっ!痛たた…」

 

 

 血鬼術を繰り出して抵抗を図る童磨だったが、それと殆ど同時に術ごと全身を刻まれる。僅かに後ろに跳び退いたことが功を奏して頸は繋がったままだが、異様な痛みが彼の節々に襲い掛かって来る。

 

 

 「…ああ、成程ね。君もそういう質か────『冬ざれ氷柱』」

 「! 『咢の呼吸 天ノ型 空燃る火群』」

 

 

 しかし、短い攻防を経て滲渼の狙いを見抜いた童磨は…血鬼術を、周囲の家屋に対して放った。反射的に技を繰り出し、術の全てを斬り捨てる滲渼だったが……童磨はその隙を逃さない。

 

 

 「優しいねえ!でも残念、これでお仕舞い。『血鬼術 散り蓮華』」

 「────」

 

 

 数多の氷の刃が、滲渼の元に殺到する。無情にも彼女の身体はそれらに刻まれ、引き裂かれ────

 

 

 

 

 

 

 

 「『咢の呼吸 地ノ型 鏡花水月(きょうかすいげつ)』」

 「え?」

 

 

 直後。無傷の滲渼が、童磨の頸を斬り裂いた。

 

 

 「……驚いたな。今のを躱すか」

 「いやあ、俺の台詞でしょ!なんだい今の技?確かに当たったと思ったんだけどなあ」

 

 

 しかしながらこの傷もまた、浅い。童磨の頭を落とすには至らず、じわじわと傷口が塞がっていく。

 

 

 「それに、『粉凍り』もずっと撒いてるのにどうして何ともなさそうなのかな?君、体温高いみたいだけど……そんな程度でどうこうなるような技じゃないんだよ?」

 「簡単なこと。息を吸わねばそれで良い」

 「……?? いやいや、さっきからずっと鬼殺の呼吸使ってるじゃない。答えになって…────」

 

 

 童磨の方も、手を替え品を替え自身を追い詰めてくる滲渼には驚かされ続けている。人間に対する必殺の威力を自負している技も、どういう訳か彼女には通じていない。思わず尋ね、頓珍漢な答えが返ってきたことに首を捻り…そこまでして、動きを止めた。

 

 

 

 「え、嘘。ちょっと、待って。────君、ほんとに息吸ってないじゃないか」

 「如何にも。気は済んだか?」

 「……うわぁ、うわあ!君、人間じゃないでしょ!?そんなこと出来ちゃ駄目だって!俺、結構賢いからさあ!知ってるよ!?蚯蚓とかと同じだ!

 

 

 

 

 

 

 

  ────────『皮膚呼吸』だよね、それ!?」

 

 

 

 

 

 皮膚呼吸。体表から酸素を取り込む、環形動物や両生類の一部に見られる特有の呼吸方法。人間にも、生まれつき皮膚呼吸の機能は備わっているが……それだけで生命活動を維持出来る程、大量の酸素を取り込めるようにはなっていない。

 

 

 「肺に氷の粒が届かねば、『粉凍り』とやらは意味をなさぬ。………化生を見たような目で見てくれるな。肉体機能を操る程度、出来ぬ道理は無いだろう」

 「…君、可愛い女の子だと思ってたけど……何だか気持ち悪いね。良いや、さっさと喰べちゃおう────」

 「『咢の呼吸 地ノ型 轟咆』」

 「っとと!無駄無駄、ちゃんと見てたからね。もうその技は通用しないよ」

 「そうか。『天ノ型 激奔(げきほん)(じゅう)徹甲(てっこう)』」

 「う、ぐうぅ!?ちょ、またこんな…!!」

 

 

 「轟咆」が通じなくなったと見るや、すぐさま別の技で童磨を弾き飛ばす。彼が吹き飛んだ先は、広大な田畑が広がる平地。もう周りに、人の気配は無かった。

 

 

 「…此処でなら、存分に刀を振るえそうだ」

 「……追いついて来るのも速いなあ…。さっきの女の子も柱だった筈なんだけど、君とは全然違うね。…まさか柱じゃないなんて言わないよね?」

 「案ずるな。咢柱の座を戴いている……覚悟は決まったか?」

 「おいおい、勘違いされちゃ困るよ。俺だってまだまだ本気じゃなかったんだからさ……勝ったつもりになるのは、早すぎるぜ?」





 【狩人コソコソ噂話】
・水中で戦わなければならないこともあるハンターにとって、水中の酸素を効率的に摂取できる皮膚呼吸の強化は必須級の技術……というのは冗談です。が、まあそのぐらいは出来てもおかしくないでしょう。多分。

   〜咢ノ息吹〜
・「地ノ型 轟咆」
「轟竜」ティガレックスから着想を得た技。耳を劈くような咆哮を轟かせながら、目に映るもの全てを轢き潰し、喰らう。後には暴君の爪痕が残るのみ。淀みなく直進する斬撃に巻き込まれた鬼は、儚くその命を散らすだろう。

・「地ノ型 鎌刈り・奈落」
「鎌蟹」ショウグンギザミから着想を得た技。獲物を引き裂く死神の鎌は、命を繋ぎ止めた者にも激しい苦痛を与える。鬼であれど例外は無く、八つ裂きにされた身体が壮絶な痛みに苛まれることは必定。奈落の底からの喚び声は、罪業を決して赦さない。

・「地ノ型 鏡花水月」
「鏡花の構え」「水月の構え」から着想を得た技。名の由来そのまま、鏡に映った花が掴めぬように、水面に映った月が掴めぬように、技の使い手を仕留めることは不可能となる。全ての生物は、攻撃の命中に際して心に隙を作る。そこを突くことこそが、この技の真価だ。

・「天ノ型 激奔・重徹甲」
「重甲虫」ゲネル・セルタス、「徹甲虫」アルセルタスから着想を得た技。岩山を砕き、崖を削り、時に竜の心の臓すらも貫くは、雌雄の虫が成す破壊の奔走。目にも止まらぬ速度で放たれる刺突により、鬼の肉体を枯れ枝のように撥ね上げる。

 【明治コソコソ噂話】
・滲渼は12km前後の距離を7分ぐらいで走破しました。時速に直すと大体100km/h、まるで列車みたいだあ()

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