※一人称視点あり
琵琶の音が、次々と鳴り響く。一体、また一体と、広大な絡繰屋敷の如き空間に鬼が現れる。
「ヒョッ!これはこれは、猗窩座様!いやはやお元気そうで何より…九十年振りで御座いましょうかな?私はもしや貴方がやられたのではと心が躍った…ゴホゴホン!心配で胸が苦しゅう御座いました…ヒョヒョッ」
「怖ろしい、怖ろしい…暫く会わぬ内に玉壺は数も数えられなくなっておる。呼ばれたのは百九年振りじゃ。割り切れぬ不吉な数字…不吉な丁…奇数!!怖ろしい、怖ろしい…」
彼らは、上弦の鬼。壱から陸までその数六体、鬼の首魁・鬼舞辻無惨が選んだ最強の鬼たちだ。しかし、今回その場に揃えられたのは五体だけだった。
「琵琶女。無惨様はいらっしゃらないのか」
「いえ。既に御見えです」
「!」
琵琶を携えた女の鬼…「鳴女」の言を聞くなり、一人を除いて上弦の鬼たちは一斉に頭上を見上げる。絡繰空間「無限城」の中、上弦たちよりも高い位置に、鬼舞辻無惨は立っていた。
「随分と……楽しそうに談笑をしていたな?ええ?玉壺に、半天狗。余程持ち帰った成果に自信があると見える」
「ヒイイッ!御許しくださいませ!どうか、どうか!!」
「む、無惨様…申し訳ありませ────」
玉壺と呼ばれた壺に入った顔面の構造が破茶滅茶な鬼が、半天狗と呼ばれた老爺に続いて謝罪を口にした所で…その頸を、無惨の掌中に収められてしまう。
「貴様の謝罪に何の意味がある?無駄口を叩く必要は何処にも無い。黙って頭を垂れていろ」
「(無惨様の手が私の頭に!いい…とてもいい……)」
玉壺に冷たい視線と言葉を投げ掛け、すぐにその頸を手放す無惨。被害者である玉壺は、むしろ恍惚とした気分に浸っているようではあるが…直後に告げられた言葉に、他の上弦同様顔色を変えた。
「……童磨が死んだ。上弦の月が欠けた」
「「「!?」」」
「…驚いたなぁあ……俺たちはあいつに推薦されてここに居るからなぁあ、強いってのはよぉく知ってるつもりだったのに…」
「童磨は女一人に負けた。恐らくは、柱。……だが、そんなことは関係が無い。鬼狩りだろうが何だろうが、人間一人に負けるなどあってはならない事だ。それ程に上弦の鬼とは弱かったのか?百年以上も顔触れが変わらなかったのはただの偶然か?産屋敷の一族を根絶やしに出来ない。『青い彼岸花』も見つけられない。極め付けには今回のこれだ。呆れ果てて物も言えないな」
「返す…言葉も……無い…。この汚名……如何様に…雪ごうか…」
無限城へ召喚されてからここまで、一切取り乱す様子を見せなかった侍のようなの鬼…上弦の壱「黒死牟」が、初めて言葉を紡ぐ。その他の面々も各々の反応を示す中、再び無惨は口を開いた。
「…さて。百九年振りに上弦を殺されて、私は不快の絶頂だ……と。言いたい所だが…幸運にも、気分が良くなる出来事もあった。鳴女」
「はい」
無惨の指示により再び琵琶が掻き鳴らされ、新たな鬼が上弦の鬼たちの前に現れる。その容貌は、あまりにも平凡。平均的な体格に、特徴の無い頭髪と顔立ち。瞳孔と牙が隠されていれば、鬼であるとは分からない程の男であった。
「あ、あぁ……漸く明るい場所に出られた。…その、ええと……り、凛々しい紳士様!一体全体、私はどのような…!!」
「此奴は、つい先程私が鬼にした男だ。────判るか?お前たちの何れよりも遥かに多い量の私の血を、この鬼は受け容れている。童磨の穴を埋めるには丁度良いだろう」
「…確かに……凄まじい肉体だ……。無惨様の血液に……かなりの度合いで…適応している…」
混乱する男を無視し、上弦の鬼たちに簡単な説明と己の意向を述べた無惨。そのまま、上弦の参…「猗窩座」に命令を下す。
「猗窩座。此奴と戦え…そのまま弐に据えるか、それ以下の数字を与えるか…「入れ替わりの血戦」を以て決める。肆以下も心構えはしておけ」
「…御意」
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「あ、あの…!いきなり戦えと言われても、まるで話に着いて行くことが出来ておりませんで…!」
「狼狽えるな莫迦者が。貴様は私に従っていれば良いのだ…言われた通りにしろ。ぐずぐずするな。疾く下に降りろ」
「は、はぁ……」
…弱そうな男だ。気の小ささは半天狗に匹敵するだろう。しかし、無惨様の事も全く分かっていない様子なのはどういうことだ?あの方の呪いを通して、己が鬼であるということも、何を為すべきなのかということも、容易に理解出来る筈だが……気にすることはないか。俺はただ、奴を捻じ伏せることに心血を注げば良い。こんな弱者を踏み付けに「上弦の弐」まで登るのは、不本意ではあるがな。
「その…猗窩座様、ですか。宜しくお願いします」
「…ふん。先に言っておく……俺は弱者が、大嫌いだ」
「はい?」
「『術式展開』────『破壊殺・羅針』。…行くぞ!」
早々に終わらせてしまおう。この戦いは、無意味過ぎる────
「うわぁっ!?……あ、あれ…!?意外と避けられた…!」
「……『破壊殺・乱式』!!」
「う…くぅう……!!あ、危、ない…!」
……何だ?何が起きている?
闘気を見ているんだぞ。動きを先読みしているんだぞ。
「よ、良し…!!ええと、反撃、しますよ!?」
何故攻撃が…躱される?
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「ちょっと、嘘でしょ!?アイツ、猗窩座と渡り合ってるじゃない!」
「…いや……渡り合うなんてもんじゃねえなぁあ……
上弦たちは、一様に目を瞠っていた。頂点に立つ黒死牟ですらも、僅かに顔色を変えて「入れ替わりの血戦」を観戦している。現在の戦況は、誰一人として予想だにしていなかったものだった。
「『破壊殺・脚式────』…ぐっ!?く、そォッ!!?」
「ハッ…ハッ……!!」
「獣のように必死に牙を剥くその姿…!美しさとは程遠いが、それもまた良し…」
「否、最早獣そのものじゃ……四足で駆け回り、目玉をぎらつかせ…怖ろしくて堪らぬ………」
男は、血鬼術の類いを一切使っていない。だというのに…全力を尽くしている猗窩座が、彼に真面な攻撃を浴びせられないでいる。対して男の攻撃は、既に何度も猗窩座に命中している。異常という他ない現状、それでも猗窩座が敗北していないのは、男の奇行故だ。
「────あっ!し、しまった…また!
「貴、様……情けを掛けているつもりか!!?」
「ま、まさか!!何か、足りないんです!ある筈の何かが…!!」
「…また……硬直か…」
「(気色の悪い動きをするかと思えば、不自然に動きを止める……脳に異常でもあるのか奴は?…だが、もう良いだろう。猗窩座が奴に勝つ光景は思い浮かばん)」
痛打を叩き込める瞬間にそうしない男の行動に不愉快な感覚を味わいつつも、おおよその実力は理解できた無惨。猗窩座に逆転の目は無いと判断し、血戦を終わらせた。
「そこまでだ」
「「!」」
「…猗窩座。何方の勝ちか、言う必要は無いな?」
「……勿論で御座います」
「結構。……この血戦を以て、新たな上弦の弐を決定する!おい、貴様!」
「!? は、はい!!」
「貴様には此れより、上弦の弐の座を与える。加えて、もう一つ……これからは『
「畏まりました」
無惨の目の前に移動させられた男…「瞢爬」の双眸に、「上弦」「弐」の文字が刻まれる。戦いを終えて落ち着いた瞢爬は、改めて無惨に質問をした。
「あの、一体私はどうなってしまったのでしょう…?」
「何だ?今更そんな事を訊くのか?貴様は『鬼』となったのだ。人間とは比べ物にならない優れた生物…貴様は晴れて、その存在へと昇華した。どうだ、喜ばしいことだろう?」
「…お、鬼……? …何というか、実感が湧きませんね……記憶がこんがらがっていて、以前までの自分が思い出せないのです…」
「それで良い。今の貴様は『瞢爬』。この私、鬼舞辻無惨の忠実なる下僕だ。余計なことを気にする必要などない」
「そ、そうですか……」
「あぁ、そうだ…一つだけ。太陽の光は浴びてはならない。────私が良いと言った時以外はな」
「太陽……あぁ、はい…分かり、ました……」
「良し…これから期待しているぞ?…猗窩座!」
散々自分が無視した質問に今更かなどと呟きながら答え、一方的に瞢爬の思考と行動を縛る無惨。釈然としない様子で頷く瞢爬を他所に、猗窩座を呼びつける。
「瞢爬。貴様は常に、此奴と行動を共にしろ。一人になることは許さない。分かったか?」
「はぁ…まあ、構いませんが」
呼びつけられるなり新人のお守りを任された猗窩座は、自分への確認は無いのかと考えそうになり、途中で踏み止まる。それとほぼ同時に、無惨からの思念伝達が届いた。
『(猗窩座。貴様には伝えておくが、瞢爬は私の呪いが外れている。貴様が引き連れ、私の目の代わりをしろ。何があっても監視を怠るな)』
『(…御意)』
不満をどうにか押し殺し、承服の意を伝えた猗窩座。それを受け、無惨は漸く無限城を後にした。
「お前たち。分かっているとは思うが……これ以上私を失望させてくれるなよ?」
その台詞を残して消えた無惨に続き、上弦たちも続々とそれぞれの居た場所へと戻されていく。唯一元とは別の場所に飛ばされたのは、猗窩座との行動を義務づけられた瞢爬だ。
「…瞢爬。俺の邪魔だけはするな」
「は、はい。善処致します、猗窩座様」
「……様は止めろ。強者が媚を売ること程無様なことは無い」
「い、いえ!どうにも、一応の先達という形にはなるようなので!お許しください!」
「…ちっ。好きにしろ…行くぞ」
「はい!……ところで、いきなりなのですが…雲を貫く程に高い山をご覧になったことは?」
「………何の話だ?」
「その、私の記憶を整理しようかと思いまして!とりあえず見覚えのないものはこうして尋ねて行こうかと!」
「…知らん。大方人間の時に富士の山でも見たのだろう」
「ほうほう、富士の山。余裕があれば、この目で確かめてみたいところですね」
「生憎だが、娯楽に興じている余裕など俺たちには────」
瞢爬。
本来ならば、上弦に加わることの無かった鬼。
本来ならば、鬼になることは無かった人物。
今はまだ、ただそれだけの男だ。