時世を廻りて   作:eNueMu

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柱合裁判:其ノ弐

 

 「お早う皆。今日はとてもいい天気だね。空は青いのかな? 顔ぶれが変わらずに半年に一度の『柱合会議』を迎えられたこと…嬉しく思うよ」

 

 「(傷…? いや病気か? この人がお館様?)」

 

 

 目の前に現れた病気を患っているらしい青年を見て戸惑う炭治郎を他所に、柱たちは一斉に跪いて頭を下げた。彼らを代表して、不死川が挨拶を返す。

 

 

 「お館様におかれましても御壮健で何よりです。益々の御多幸を切にお祈り申し上げます」

 「ありがとう実弥」

 「畏れながら…柱合会議の前に、この竈門炭治郎なる鬼を連れた隊士について、ご説明いただきたく存じますがよろしいでしょうか」

 

 「(……ま、まるで別人だぞ…)」

 

 

 先程まで過激な言動を繰り返していた不死川が、突然敬語を使って丁寧に話し始めたことに目を疑う炭治郎。一方で耀哉は彼の言葉を受け、炭治郎のことを柱たちに伝える。

 

 

 「そうだね、驚かせてしまってすまなかった。炭治郎と禰豆子のことは私が容認していた。そして皆にも認めてほしいと思っている」

 「!!」

 

 「(………成程、読めてきたな。冨岡や鱗滝が隠していたのは…この二人のことだったか)」

 

 

 いつかの答え合わせを行う滲渼だが、それがあるからといってこの件について無条件に従うという訳ではない。鬼を受け容れるという耀哉の言葉に、他の柱の反応も分かれた。

 

 

 「嗚呼…たとえお館様の願いであっても、私は承知しかねる…」

 「俺も派手に反対する。鬼を連れた鬼殺隊員など認められない」

 「私は全てお館様の望むまま従います!」

 「一先ず、中立とさせて頂きます。何方に立つにせよ、確たる根拠が有りませぬ故」

 「……私は…あまり賛同したくはありません」

 「…」

 「信用しない、信用しない。そもそも鬼は大嫌いだ」

 「心より尊敬するお館様であるが理解できないお考えだ!! 全力で反対する!!」

 「鬼を滅殺してこその鬼殺隊。竈門・冨岡両名の処罰を願います」

 

 

 大方が炭治郎と禰豆子を拒絶し、剣呑な空気が高まる中…耀哉はそれを予期していたように、次なる手を打つ。

 

 

 「では、手紙を」

 「はい。…こちらの手紙は、元柱である鱗滝左近次様から頂いたものです。一部抜粋して読み上げます。

  『────炭治郎が鬼の妹と共にあることをどうか御許しください。禰豆子は強靭な精神力で人としての理性を保っています。飢餓状態であっても人を喰わず、そのまま二年以上の歳月が経過致しました。俄には信じ難い状況ですが、紛れもない事実です。もしも禰豆子が人に襲いかかった場合は、竈門炭治郎及び鱗滝左近次、鱗滝錆兎、鱗滝真菰、冨岡義勇が腹を切ってお詫び致します』」

 

 

 

 

 

 ────手紙の内容を聞き終えた炭治郎の瞳からは、人知れず涙が溢れていた。自分たち二人のために、尊敬する師匠や兄弟子姉弟子、柱である義勇までもが命を懸けてくれている。手紙越しなれど人の暖かさを確かに感じ、心が震えたのだ。

 

 尤も、それは当事者である炭治郎だけの話だ。柱たちにとっては、それでも納得がいくとは言いづらい。

 

 

 「……切腹するから何だと言うのか。死にたいなら勝手に死に腐れよ。何の保証にもなりはしません」

 「不死川の言う通りです! 人を喰い殺せば取り返しがつかない!! 殺された人は戻らない!」

 

 

 だが、彼らの反論にも耀哉は冷静に対応してみせる。

 

 

 「確かにそうだね。人を襲わないという保証ができない、証明ができない。ただ…人を襲うということもまた証明ができない」

 「!!」

 「禰豆子が二年以上もの間人を喰わずにいるという事実があり、禰豆子のために四人の者の命が懸けられている。これを否定するためには…否定する側もそれ以上のものを差し出さなければならない」

 「……っ」

 「……むぅ!」

 「………同様に…血鬼術が行使されているかどうかについても、判じ難いという訳で御座いますか。少なくとも、今は当事者等の証言を信ずるに留まると」

 「その通りだ、滲渼。────それに炭治郎は、鬼舞辻無惨と遭遇している」

 「!?」

 

 

 そして耀哉が最後に持ち出したのは、炭治郎の価値を唯一無二足らしめる情報。彼から鬼の首魁、鬼舞辻無惨に繋がり得るという可能性の提示。柱たちは一様に目を見開き、挙って炭治郎に詰め寄る。

 

 

 「そんなまさか…!」

 「柱ですら誰も接触したことが無いというのに…!!」

 「こいつが!?」

 「どんな姿だった!? 能力は!? 場所はどこだ!?」

 「鬼舞辻は何をしていた!?」

 「根城は突き止めたのか!?」

 「おい答えろ!!」

 「黙れ俺が先に聞いてるんだ!! まず鬼舞辻の能力を────」

 

 

 ────喧騒がぴたりと止む。ただ耀哉が人差し指を唇に添えたその所作だけで、声を上げていた柱たちは沈黙を促されたことを理解したのだ。静寂を取り戻した屋敷の中から、再び耀哉が話し始める。

 

 

 「鬼舞辻はね…炭治郎に向けて追っ手を放っているんだよ。その理由は単なる口封じかもしれないが…私は初めて鬼舞辻が見せた尻尾を掴んで離したくない。恐らくは禰豆子にも、鬼舞辻にとって予想外の何かが起きているのだと思うんだ。……わかってくれるかな?」

 

 

 今度は、柱たちは表立って否定の意思を示すことをしなかった。合理的に考えて仕方なくといった風ではあるが、炭治郎と禰豆子の存在が容認されようという所で……

 

 

 「わかりませんお館様…!!! 人間ならば生かしておいてもいいが鬼は駄目です承知できない!!!」

 

 

 血を滲ませる程に歯を軋らせた不死川が、憎悪を剥き出しに拒絶の意を述べる。そのまま刀を抜いて腕に刃を滑らせ、鮮やかな己の血を滴らせた。

 

 

 「(え? え? 何してるの何してるの? お庭が汚れるじゃない)」

 「お館様…!! 証明しますよ俺が!! 鬼という物の醜さを!!」

 「実弥…」

 

 

 庭が紅く染まるのを見て、不死川の傷よりもそちらの心配をする恋柱・甘露寺蜜璃。無論、不死川とてとち狂って自傷に走った訳ではない。彼の血は鬼にとってご馳走である「稀血」、更にその中でもとりわけその性質が強いものだ。箱の中に居る禰豆子にそれを嗅がせれば、容易に本性を現すだろうと考えたのである。

 

 

 「箱を寄越せ刈猟緋ィ!!」

 「……その必要は無い。庭の掃除がてら、私が試してやろう」

 「!」

 

 

 ところが禰豆子の箱を持った滲渼は、それを渡せという不死川の提案に応じなかった。かといって禰豆子の本性を暴くという行為自体には否定的な様子を見せず、庭に零れた不死川の血液を器用に掬い取る。美しくしなやかな掌が汚れることも厭わぬまま、日の当たらない産屋敷邸へと上がった。

 

 

 「御館様、失礼致します。────鬼の少女よ。箱を開けるぞ」

 

 

 わざわざ鬼にも事前に宣言を行う滲渼。不死川の血を付着させた掌を差し出しながら、禰豆子の入っている箱の戸を開けた。

 

 

 「……フゥッ…!! ……フゥッ…!!」

 「禰豆子…!!」

 「動くなよ坊主ゥ…。余計な真似はすんじゃねェ」

 「(……竹の轡。人を襲わせないようにする配慮か。…目の前の少女の鬼は、不死川の血液を前に激しく葛藤しているようにも見える。……………そう、葛藤しているのだ。あまりにも異常…! 例えるなら、轟竜が目の前に転がったポポの肉に喰らい付くかどうかを逡巡しているのと同義…! 強靭な精神力というのは、成程偽りでは無いらしい)」

 

 箱から現れ、全身を緊張させて己の衝動を堪える禰豆子。それを見て滲渼は、強い感嘆を覚える。彼女の知る常識を遥かに超越した現象。ただ躊躇っているだけ、その「だけ」が如何に常軌を逸しているか、少なくとも滲渼はそのことを正確に理解出来ていた。

 

 

 「禰豆子!!」

 「…!!」

 「頑張れ禰豆子!! ね────かっ!!?」

 「喧しいぞ糞餓鬼ィ!!! 黙って見てろォ!!!」

 「不死川! 傷病者の扱いは心得よ!」

 「! チッ…」

 

 

 炭治郎の応援が癪に触ったか、不死川が彼の背中を押さえて強引に黙らせる。すぐに滲渼が咎めたことで、乱暴な拘束は解かれたが……その直後に事は動いた。

 

 

 「…ムー! フン、フン……!!」

 「……ほう。驚いたぞ…違え無くな」

 「…どうしたのかな?」

 「鬼の女の子はそっぽ向きました。目の前に血塗れの掌を突き出されても、我慢して噛まなかったです」

 「…ではこれで、禰豆子が人を襲わないことの証明ができたね」

 「!!」

 

 

 禰豆子は、不死川の血に理性を失うことは無かった。幼い少女のような仕草で顔を背ける彼女の姿は、柱たちにとっても驚愕すべきものだった。

 

 

 「炭治郎。それでもまだ、禰豆子のことを快く思わない者もいるだろう。…証明しなければならない。これから…炭治郎と禰豆子が鬼殺隊として戦えること、役に立てること。────十二鬼月を倒しておいで。そうしたら皆に認められる。炭治郎の言葉の重みが変わってくる」

 

 

 特有の波長を持つ耀哉の声に、不思議な高揚感を感じた炭治郎。勢いのまま、大仰な目標を力強く宣言する。

 

 

 「俺は…俺と禰豆子は鬼舞辻無惨を倒します!! 俺と禰豆子が必ず!! 悲しみの連鎖を断ち切る刃を振るう!!」

 「今の炭治郎にはできないから、まず十二鬼月を一人倒そうね」

 「………はい」

 

 

 ある意味真っ当とも言える耀哉の返事に、顔を赤くして頷く炭治郎。柱たちも各々反応を示す中、いつの間にか炭治郎の隣に戻っていた滲渼が彼に声を掛ける。

 

 

 「恥じることは無い。目標を高く持つ事は良い事だ」

 「は、はい! ありがとうございます!」

 「…うん。鬼殺隊の柱たちは当然抜きん出た才能がある。血を吐くような鍛錬で自らを叩き上げて死線を潜り、十二鬼月をも倒している。だからこそ柱は尊敬され優遇されるんだよ。炭治郎も口の利き方には気をつけるように」

 「は…はい」

 

 

 その後、耀哉が一部炭治郎たちに対して強く当たっていた柱への忠告を行い、会議の開始を提案するが、待ったをかけたのはしのぶだ。

 

 

 「……竈門君は、私の屋敷でお預かりさせて頂きます」

 「ふむ…? どういった風の吹き回しだ?」

 「…彼の負傷を治療するのもそうですが……鬼の妹さんに異変があった場合に、最も多角的な対処が可能なのは私の屋敷だと思いますから。お館様、よろしいでしょうか」

 「そうだね、構わないよ」

 「ありがとうございます。…隠の方々、お願いします」

 「はァい!! 前失礼しまァす!!」

 

 

 しのぶの指示を受け、迅速な動きで炭治郎と禰豆子の箱を回収する隠たち。炭治郎が屋敷を離れる間際、耀哉は彼に対してある人物の名を口に出した。

 

 

 「炭治郎。────珠世さんによろしく」

 「!?」

 

 

 彼の言葉を受けて隠たちに停止を求めた炭治郎だったが、彼らがそれに応じることはなかった。ただでさえ不死川に箱を取り上げられる時に心臓を破られる思いをしたというのに、これ以上あの場に居られる程隠たちの肝は座っていなかったのだ。

 

 

 次なる舞台は、彼ら兄妹が連れられて行ったしのぶの屋敷、「蝶屋敷」。

 

 

 

 

 

 もう一つの運命が、動き出す。

 

 

 

 

 





まさかほぼ原作沿いの裁判に二話掛かるとは…蝶屋敷編はそれなりにコンパクトにするつもりです。無限列車編がかなり重要になってくるので、さっさとそこまで進みたい。

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