柱合裁判を終えて辿り着いた蝶屋敷。炭治郎を背負った隠が玄関に立ち、訪問を知らせる挨拶を行う。
「ごめんくださいませー!」
「はーい!」
それに奥から返事があり、少しして返事の主が顔を出す。彼らの前に現れたのは、元花柱・胡蝶カナエだ。
「いらっしゃい、怪我をした隊士の子を運んで来てくれたのね。こっちへどうぞ」
「は、はい! あと、その…胡蝶しのぶ様が仰るには、この隊士を蝶屋敷にて預かる予定とのことで…」
「俺のこの箱に入ってるのも一緒に…えっと、何というか……」
「竈門炭治郎です! 隣の方が背負っている箱には、妹の禰豆子が入っています! 鬼ですが、人は襲いません! よろしくお願いします!」
「馬鹿ヤロオォォッ!!!!!」
炭治郎を滞在させるというのはともかくとして、どうにか上手く禰豆子のことを伝えようと四苦八苦した隠…後藤。だが彼の努力も虚しく、炭治郎が馬鹿正直に全てを堂々と明かしてしまう。流石にこれには怒りと焦りで平常心を保てず、大きく取り乱してしまった。
「もっとあるだろうが言い方がァァァ!!! すみません胡蝶カナエ様!!! でも本当に特殊な鬼なんです!!! 俺も驚きましたが、皆様を傷付けるようなことはしないと思います!!! だから────」
「………鬼? ……本当に? …人を喰べたことは?」
「ありません! 禰豆子は二年以上前に鬼にされてから、一度も人を襲ったことは無いんです! 本当です!」
後藤の弁明が終わらない内に、カナエが目を丸くしたまま質問をする。それに対する炭治郎の返答を聞き、彼女の目は益々瞠られた。
「……隠さん。その箱、お預かりしてもよろしいかしら?」
「は、はい! どうぞ!」
「ありがとう。………炭治郎君、開けても構わない?」
「はい、大丈夫です」
隠から禰豆子の箱を受け取り、了承を得て箱の戸を開く。カナエの視界に入って来たのは、実に愛らしい少女の姿をした鬼だった。
「まあ…!」
「ムー」
「まあまあ!」
目を輝かせ、表情を綻ばせるカナエ。彼女が後退ってやると、禰豆子もそれに伴ってとてとてと箱の中から歩み出る。その動作が、カナエにはより一層禰豆子の愛らしさを強調するものに思えた。
「可愛いわ、物凄く! こんにちは、禰豆子ちゃん! 私の名前は胡蝶カナエ。仲良くしてくれる?」
「…ムー!」
「まあまあまあ! ありがとう!」
カナエから親愛の情を感じ取ったか、禰豆子は彼女の申し出に応える代わりに抱き着くことで肯定を示す。その笑みを深くしたカナエは、改めて隠たちに向き直った。
「ごめんなさい、待たせてしまって。二人とも、しっかりうちで預からせて貰うわ。まずは炭治郎君の治療からね」
「畏まりました!」
「…あの! カナエさん、ありがとうございます!」
「…え?」
「鬼である禰豆子のことを、こんなにも大らかに受け容れてくれて。柱の人たちには、あまり認めて貰えなかったので」
「……そうだったのね。でも、お礼を言うのは私の方だわ。────ありがとう…炭治郎君、禰豆子ちゃん」
「(…感動している匂いがする。深い感激、何かが成就したような……この人は、鬼が憎くはないのだろうか?)」
炭治郎は、これ程までに鬼に対して寛容な鬼殺隊関係者に出会ったことが無かった。善逸ですら禰豆子を目にするまでは若干の怯えがあったし、何より彼の態度は炭治郎への評価を加味した上でのものであったから、禰豆子一人にここまで暖かい感情を向けるカナエには却って疑問すら湧いて来る。その場で尋ねることはしなかったが、彼女の態度は炭治郎の心に引っかかって離れなかった。
それからは、仲間との再会が続く。薬がどうのと病室で騒ぎ立てるのは、山では炭治郎たちと行動を別にしていた少年…我妻善逸。首周りの負傷によって喉が潰れ、更に自信の喪失によってやたらとしおらしくなってしまった嘴平伊之助。また、炭治郎本人は気付いていなかったが、あの夜に炭治郎を気絶させた張本人である栗花落カナヲとも遭遇。生き残った同期のほぼ全員が蝶屋敷に集う形となった。
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「気まずかった…怖いよ柱…隊士の数ばっかりで質はそうでもないとかで皆ピリピリしててさ……刈猟緋が唯一の救いだった」
炭治郎らが蝶屋敷にて療養し始めてから、幾らか月日が経ち。お見舞いに来た村田は、柱合会議での仔細報告が中々に辛かったのだと彼らに話す。
「刈猟緋、さん…? 柱の人ですか?」
「ん? ああ、そうだよ。炭治郎も大変だったんだってな。裁判の時、凄え背の高い女の人居なかったか? そいつが刈猟緋だよ」
「あっ…あの人か…!!」
脳裏に過ぎる、壮絶な存在感。大きく見えたのは錯覚などでは無かったらしいと思いながらも、滲渼の言動を思い返す。
「(そういえば……あの人は一度も、禰豆子を殺すべきだとは言わなかった。かなり疑って掛かって来ていたけれど、今思えば公平な態度だったような気もする。それに、傷だらけの人から結果的に俺や禰豆子を庇ってくれた。匂いが強すぎたせいで感情の動きが分からなかったけれど……思っていたより、優しい人なのかもしれない)」
滲渼の振る舞いは、結果を見れば炭治郎たちにとってはやや好ましいものだった。厳格そうな言葉遣いや見た目ではあったが、実際には穏やかな人物であるのだろうかと印象を改める。
「刈猟緋、威圧感凄いけどさ…良い奴だよあいつ。それに、滅茶苦茶強いんだ。入隊から一ヶ月半で柱になったんだぜ」
「えっ!? ほ、本当ですか…!!?」
「(背が高くて強いって……熊みたいな女の人なんだろうなぁ…)」
話を聞いていた善逸は、筋骨隆々とした毛むくじゃらの豪傑を想像した。
────だが…それが間違っているということに、そう間を置かずして気付かされることになる。
「!? あ…この匂い……!!」
「え? 匂いって…?」
「────な…何……? ちょ、ちょっと待って…!!? 何か……あり得ないぐらいでっかい音が近付いて来るんだけど……!!?」
「お、お前らの話についていけない…」
炭治郎と善逸が、いち早くそれを察知する。よく見れば伊之助も何かを感じ取っているらしく、やけにそわそわし始めた。
「や、待って! 待ってええ!! 煩い五月蝿いうるさい!!! 何!!? 誰これぇええ!!?」
────病室に、天色の羽織がちらつく。
「……金色の少年よ。大声を出すと身体に障るぞ」
「────!!」
彼にしか聞こえない爆音が轟く中、何故かはっきりと通って来た滲渼の声に黙って頷く善逸。強く耳を塞ぎながら、彼女を観察する。
「(……え!? この人だ!! 多分、いや絶対この人だ!! この上なく鍛え抜かれた音がする!! 鍛えるとかいう次元じゃないけど!! この人が刈猟緋さん!!? めっちゃ美人じゃん!!!)」
「つい先日振りだな、村田」
「刈猟緋! 何でここに?」
「何、其処の…竈門少年の様子を見ておきたいと思ってな。大事無いか、少年」
「はい! 禰豆子も元気にぐっすり眠ってます! 刈猟緋さん、禰豆子のことを認めて下さってありがとうございます!」
「……ふむ。認める、とは…少々異なるやもしれぬ。私は其方の妹に強く興味がある。そして、其方にも。鬼殺の任を務めて八年、これまで欠片程も掴めなかった鬼舞辻無惨への糸口が…此処へ来て唐突に見えて来た。────其方等は間違い無く、運命を切り拓く鍵だ。故にこそ、手放したくは無いと感じたのだ」
「(……この少年からは、『龍歴院の英雄』や『導きの青い星』と同じものを感じる。掻き乱れる運命の中心に位置する者…或いは英雄譚の
善逸の視線を気に留めることなく、炭治郎と言葉を交わす滲渼。その中で彼女が口にしたのは、炭治郎たち兄妹への期待だった。
滲渼がかつて出逢った、類稀なる狩人たち。それぞれが偉業を成し遂げたのだという彼らは、一目見ただけで「違う」というのが理解出来た。彼女はそれを、炭治郎にも見出したのである。
「そうですか…でも、大丈夫です。ちゃんと認めて貰えるよう、俺たち頑張りますから!」
「…そうか。…其方は、真に人当たりが良いな」
「(ギャアアアア゛ア゛ア゛!!! ほ、微笑みが!!! 微笑みが眩し過ぎるウウゥッ!!!)」
快活な返答を行う炭治郎に、頬を綻ばせる滲渼。善逸はそれを見て、無駄に器用に両目両耳を塞ぐ。
騒ぎ声を聞きつけて病室にやって来たアオイは、彼の奇行を目の当たりにして軽く引いた。
【狩人コソコソ噂話】
・滲渼は前世でMHX/XX、MHW/W:IBの主人公と会っている設定です。時系列などを考慮すれば、決してあり得ない設定では無いです。
【大正コソコソ噂話】
・滲渼の身長は195cmまで伸びました。もう打ち止めですが、高さとしては柱の中で三番目。ちなみに、父の闘志や兄の泰志の身長は2mを超えます。