それからも機能回復訓練は続き、炭治郎の成長も続き。彼の成長に焦りを感じた伊之助と善逸も訓練に復帰してからは、猛烈な勢いで力を付けた。その結果、三人は見事常中を体得。怪我も完治、刀も新調され、万全な状態で次なる任務に臨むこととなった。
「(カナヲ、自分に素直になれるかな? なれるといいな!)」
蝶屋敷を離れる際、炭治郎は同期最後の一人である不死川玄弥とすれ違い、またカナヲの意思決定についてちょっとした世話を焼いた。玄弥には無視されてしまったが、カナヲの様子には少しだけ変化が見られた。彼女が自分の心のままに動くことが出来るようになれば良いと思いながら、彼は伊之助、善逸と共に…「無限列車」へ乗り込むべく歩を進める。
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「こいつはアレだぜ、この土地の主…! この土地を統べる者! かりかりぴーとかいうのに負けず劣らずの威圧感……油断するな!!」
「お前もしかして刈猟緋さんのこと言ってる? あと汽車な」
「俺が一番に攻め込む! 眠ってる今が好機だぜ!」
「守り神かもしれないだろう。それに急に攻撃するのも良くない」
「いや汽車だって言ってるじゃんか。列車知らねえのか田舎者共が」
炭治郎たちの視界を占領する、長大で重厚な無限列車。都会で暮らした経験の無い善逸以外の二人は、一見してそれが乗り物であるとは理解出来なかったらしい。炭治郎は善逸の指摘を受けて初めて、目の前の巨体が列車という存在であることを把握した。
「猪突猛進!!」
「やめろ恥ずかしい!!」
ところが、伊之助はまるで話を聞いていなかった。列車に頭突きをかまし、あまつさえ駆けつけた駅員に帯刀を目撃されて警官を呼ばれる始末。ただ乗車するだけでも、少なくない苦労に見舞われた三人であった。
因みにだが、今回炭治郎たちは特に指令を下されてここに居る訳ではない。
炭治郎はしのぶやカナエに「ヒノカミ神楽」について尋ねたものの、色良い答えが得られなかった。彼女たちは代わりに、炎柱ならば何か知っているのではないかと彼に伝えたのだ。そのため、彼は任務のために無限列車に向かった煉獄杏寿郎に会うことにしたのである。伊之助と善逸は火急の任がある訳でも無く、何となくついて来たようだった。
そして、現在。
「うまい! うまい! うまい!」
「……あの人が炎柱?」
「うん…」
「うまい! うまい!」
「ただの食いしん坊じゃなくて?」
「うん…」
「うまい!」
ある意味で煉獄と鮮烈な邂逅を果たした炭治郎たちは、大袈裟な程に弁当の感想を口に出す彼をどうにか宥め、会話が成立する状態まで持っていった。炭治郎はヒノカミ神楽について尋ね、その返事に期待を寄せるが…
「うむ! そういうことか! だが知らん! 『ヒノカミ神楽』という言葉も初耳だ! 君の父がやっていた神楽が戦いに応用できたのは実にめでたいが、この話はこれでお終いだな!」
「えっ!? ちょっともう少し…」
煉獄はばっさりと「知らない」と断言してしまった。その上さっさと話を切り上げ、唐突に継子になれと提案したり、呼吸の歴史を振り返ったりと会話が四方へ飛んでいく。
「…と、このように呼吸ごとに歴史の長さや刀の色も様々な訳だが! 我流の呼吸を扱う者も居るには居る! 柱ならば、刈猟緋・宇髄・胡蝶・伊黒・甘露寺がそうだな!」
「我流、ですか?」
「うむ! 五人共、自ら呼吸を派生させた者たちだ! 刈猟緋はよく分からんが!」
「? よく分からない、とは…」
「派生元の呼吸が無い! 似通った呼吸も無い! ややもすれば、彼女ならば『ヒノカミ神楽』について何か知っているやもしれん!」
「本当ですか!?」
「望みは薄いがな! 彼女がそういったことを口にしていた記憶は無い!」
「ありがとうございます、手掛かりだけでも十分です」
だが、支離滅裂に思えた煉獄の台詞にも繋がりはあった。つまるところ、ヒノカミ神楽は歴史に残らない程使い手の少なかった呼吸なのではないかと言いたかったのだろう。彼としても滲渼が知っているという可能性は呈示しておいたが、まずそれはあり得ないとも考えている。
「うむ! ところで、溝口少年! 君の刀は────」
「うおおおお!! すげぇすげぇ速ぇええ!!」
「危ない馬鹿この!」
「俺外に出て走るから!! どっちが速いか競走する!!」
「馬鹿にも程があるだろ!!」
「む! 危険だぞ! いつ鬼が出てくるかわからないんだ!」
そうして話の続きをしようとした煉獄だったが…伊之助たちの騒ぎ声に反応し、忠告に切り替える。彼の発言を聞いて善逸は顔を青褪めさせるが、時既に遅し。列車は高速で走行しており、途中下車は叶わない。
列車に潜む鬼────下弦の壱、魘夢と戦うことは、彼らにとって避けようのない運命だった。
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同時刻。二体の鬼が、今宵も探し物がてら人を喰らう。
「見つかりませんねえ…産屋敷家の居場所の手掛かりも、『青い彼岸花』も」
「当然だ。百年以上も見つからないものがこんな所に転がっている筈はないだろう。人間を喰うついでに、念のため調べているだけだ」
辺りに飛び散った血がその場で起きた事を如実に示している。骸こそ何処にも見当たらなかったが、二体…猗窩座と瞢爬の口元を見れば、その理由は明白だろう。
「しかし、猗窩座様と共に居られることは私にとっても実に良いことでございましたね。こう言ってはなんですが、おこぼれを頂戴できるので」
「……わざわざ俺が見逃した女を喰わずとも、貴様ならば自力で調達できるではないか」
「それはよろしくありません。目撃されたのですから、生かして帰せば鬼狩りの方々が話を聞きつけてやって来てしまいます。そうなれば、動き辛くなってしまうでしょう?」
「弱者の集団に怯えることはない。強者ならば勧誘して鬼にすればいい。上弦の鬼である俺たちが、人間如きに敗れると思うか?」
猗窩座の余裕は、武を極めた者としての自負から来ている。これまで
だが、瞢爬はそうは思わない。
「…猗窩座様。それは驕りです。私の前任であった童磨様は、鬼狩りの方お一人に殺されたという話だったではありませんか」
「それこそ童磨の驕りと油断だ。奴は手を抜く癖があった。大方様子見でもしている内に頸を斬られたに違いない」
「甘いですよ。人間という種族は、強い者はとことん強い。まさか、あんな小さな生き物に────…?」
人間の恐ろしさを、瞢爬は知っていた。人間の気高さを、瞢爬は学んでいた。
………鬼になる以前に。それがいつのことだったかまでは、思い出せないが。
「…すみません。何でもない、です……。とにかく、驚く程に強い者というのは居るものなのです。努々油断なさいませんよう」
「ふん、それは良い。是非とも会ってみたいものだな」
猗窩座は瞢爬のことを相手にしなかった。彼と一緒に行動すること早四年、既に瞢爬という鬼の性質は嫌というほどに思い知らされていたのだ。
間違いなく強い癖をして異常に用心深く、特に鬼狩りと戦う際には徹底的に全力での先制を心掛ける。瞢爬が手を出した鬼狩りは、皆例外なく一撃で頭を粉砕されて絶命した。そんな彼ならば、塵芥のような鬼狩りを前にしても油断をするなと言うに違いない。
無惨もやたらと臆病な瞢爬のことは気に入らないようで、最近は猗窩座たちを呼びつけて瞢爬を日光で炙る頻度が高くなっていた。明らかに実験観察の範疇を超えた憂さ晴らし。これでもし瞢爬が逃げ出せば責任は自分に問われるのだろうと考えると、猗窩座は苛立ちが収まらなかった。
『猗窩座』
『! 無惨、様?』
と、そんな時。猗窩座の頭に響くのは、無惨からの思念伝達の声。この距離で頭の中を覗かれたのかと戦々恐々していた彼だったが、どうやらそうではなかったらしい。
『魘夢が、最後の下弦がしくじった。後始末をしろ。お前たちが居る場所のすぐ近くだ。横転した列車がある』
『…畏まりました』
また尻拭いかと溜め息を吐きたくなる猗窩座。しかし仮にも下弦の壱を倒したとなれば、その鬼狩りはそれなりに強いのだろうと思われる。微かな期待を胸に、瞢爬を呼んだ。
「瞢爬、無惨様からの命令だ。下弦の壱がしくじったらしい、尻拭いをする。ついて来い」
「! 分かりました! 童磨様を討った鬼狩りが居なければ良いのですが……」
「そうならそうと無惨様が仰るだろう。残念だが、件の女では無さそうだ」
────鬼が夜空に飛び出す。
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「緊急指令!! 炎柱・煉獄杏寿郎ガ乗リ込ンダ無限列車ヲ追エ! カァーッ!」
「…ふむ……? 良く分からぬ指令だが……構うまい。無限列車が運行しているのは、確か…向こうか」
────麗人が闇を駆ける。
彼らが相見えること…或いはこれもまた、避けようのない運命だ。
【狩人コソコソ噂話】
・「かりかりぴー」とは、モンハンにおいては「狩猟笛」を指す愛称です。転じて「カリピスト」なんていう単語もあったり。
【大正コソコソ噂話】
・滲渼への指令は耀哉がわざと遅めに出しました。彼女の存在が必要になるのは確実なれど、煉獄と一緒に列車に乗せてしまうと禰豆子を彼に認めさせることが出来ないという勘が働いたためです。