時世を廻りて   作:eNueMu

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竜をも狂わす

 

 列車が生きているかのように大きく跳ね、線路を外れて横転する。乗客たちの命は無いかと思われたが…驚くべきことに、全員が一命を取り留めていた。

 

 全ては、鬼殺隊の隊士たちが無限列車に居合わせたからこそ。列車と一体化した下弦の壱を、炭治郎らが力を合わせて撃破。断末魔と共に暴れた車体、横転の際に煉獄が無数に技を繰り出して衝撃を抑える。加えて魘夢自身の肉が緩衝材の役割を果たしたこともあり、乗客は皆負傷に留まった。人間を弄ぶ悪鬼の策は、その一切が無に帰したのである。

 

 しかしながら、その過程で炭治郎は腹部に決して軽くない傷を負ってしまった。列車から投げ出された格好のまま、今は呼吸による止血を煉獄に教わっている。

 

 

 「…そこだ。止血────出血を止めろ」

 「ッ…!!」

 「集中」

 「………ぶはっ…! はあっ…! はっ…!?」

 

 

 鬼殺の呼吸は、人が鬼と戦うために編み出した身体強化の術。その効果は鬼を討つことに限られる訳では無く、単純に自然回復力や体力の強化が見込めるものなのだ。

 

 

 「うむ! 止血できたな! 呼吸を極めれば様々なことができるようになる。昨日の自分より確実に強い自分になれる」

 「…! はい」

 「皆無事だ! 怪我人は大勢だが、命に別条は無い! 君はもう無理せず────」

 

 

 任務を終え、人命を守り、一件落着かと思われたその時。彼らの側で突如轟音が響く。大きな土煙が巻き起こり、そして次第に晴れ…現れたのは、二体の鬼。

 

 

 「(────上弦の…弐と、参? どうして今、ここに…)」

 「瞢爬。そこに転がっている弱者は好きにしろ。何度も言うが、俺の邪魔はするなよ」

 「善処致します」

 

 

 ────短いやり取りの直後。信じられない程の速度で、瞢爬の拳が炭治郎に迫った。

 

 

 「『炎の呼吸 弐ノ型 昇り炎天』!!」

 「おっと……炎の方。貴方には猗窩座様のお相手をお願いしてもよろしいですか? でないと私が怒られてしまいます」

 

 

 煉獄は殆ど命中しかかっていた拳と炭治郎の額の間に限り限りで刀を滑り込ませ、間一髪で瞢爬を退ける。瞢爬は特に動揺した様子も無く、僅かに切れた手の甲を瞬時に再生させながら煉獄に提案を持ち掛けた。

 

 

 「断る。なぜ手負いの者から狙うのか、理解できない」

 「猗窩座様のご命令でしたので…」

 「そういうことだ…。お前も弱者を庇う必要など無い。一方で今の瞢爬の一撃を防ぐその実力……お前は間違いなく強者だ」

 「…俺と君では物ごとの価値基準が違うようだ」

 

 「(………何をされたのか……全くわからなかった。それに、何なんだあの二人は? 参が弐に命令? 十二鬼月は、数字が小さい程強くて位が高いんじゃなかったのか…!?)」

 

 

 炭治郎の目では追い切れなかった一瞬の攻防。両者共再び動き出す気配は無いが、煉獄は今も瞢爬の動きを注視しているようだった。

 

 

 「そうか。では素晴らしい提案をしよう…お前も鬼にならないか?」

 「ならない」

 「見れば解る、お前の────」

 「猗窩座様。これ以上の問答は無意味かと」

 「…チッ。俺の話を遮るなと…以前も言った筈だがな?」

 「承知しております。ですがあれ程にべもなく断られては、心変わりを期待する方が難しいです。早く終わらせてしまいましょう」

 「……臆病者は引っ込んでいろ。後ろの虫けらも放っておけ。全て俺一人で片をつける。……勝手に何処かへ行くなよ」

 「………はぁ…。危なくなれば加勢致しますので」

 「要らぬ心配だ」

 

 

 そんな中、またしても参が弐に指図をするという異様な光景が繰り広げられる。瞢爬はこれにも不服そうではあるものの従い、少し離れた位置に腰を下ろした。

 

 

 「待たせてすまない。ところで…柱だろう、お前は? 至高の領域に近いその闘気…一目で見て取れる強さだ」

 「…俺は炎柱・煉獄杏寿郎だ」

 「俺は猗窩座。改めて言う…鬼になれ杏寿郎。人である限りお前は至高の領域に踏み入ることはできない。だが長い時を生きれば、そうでは無くなる。共により高みを目指そう」

 「それは違う。死ぬことも老いることも、人間という儚い生き物の美しさだ。そこには愛しさがあり、尊さがあり、強さがある。────この少年は弱くない。侮辱するな」

 

 

 鬼の強さを謳う猗窩座。人の強さを謳う煉獄。両者の考えが相容れることは、無い。

 

 

 「何度でも言おう。君と俺とでは価値基準が違う。俺は如何なる理由があろうとも鬼にならない」

 「そうか」

 

 「(だから申し上げたではありませんか……)」

 

 

 煉獄はどうあっても、鬼にはならないだろう。無駄な問答に溜め息を吐いた瞢爬を他所に、猗窩座と煉獄が激突する。

 

 

 「『術式展開 破壊殺・羅針』────鬼にならないなら殺す」

 「『壱ノ型 不知火』!!」

 

 「(目で……追えない!!)」

 

 

 再びの轟音。刀と拳が幾度も交差し、それでも猗窩座は声を上げる。

 

 

 「今まで殺してきた柱たちに炎はいなかったな!! そして俺の誘いに頷く者もなかった!! なぜだろうな? 同じく武の道を極める者として理解しかねる!! 選ばれた者しか鬼にはなれないというのに!!」

 

 

 対して煉獄には余裕が無い。猗窩座の一挙手一投足を細かく観察し、常に対応できるよう身構えていなければならない。その上、猗窩座の後ろには更なる強敵が控えている。

 

 「(この鬼を倒しても…或いは追い詰めても、上弦の弐が動き出す!! 皆の命を守り抜くために!! ここで下手に傷を負う訳にはいかない!!)」

 「素晴らしき才能を持つ者が醜く衰えてゆく!! 俺はつらい!! 堪えられない!! 死んでくれ杏寿郎…若く強いまま!! 『破壊殺・空式』!!」

 「! 『肆ノ型 盛炎のうねり』!!」

 

 

 初見の技の性質を見切り、ほぼ全てを受け切った煉獄。一刻も早く猗窩座の頸を落とすために、空けられた距離を強引に詰める。

 

 その頃、炭治郎の側には新たな味方がやって来ていた。尤も、事ここに及んでは力不足と言わざるを得ない人物ではあったが。

 

 

 「伊之助…」

 「……あいつ、か………! この……巫山戯た馬鹿みてぇな威圧感の主は……ッ!!」

 「…え?」

 

 

 伊之助が被り物の上から視線を向けていたのは、猗窩座…ではない。その後方にて彼らの戦いを見守る上弦の弐、瞢爬だ。

 

 

 「(確かに…鬼舞辻の匂いは猗窩座よりも強い。でも……伊之助がこんなに震えるなんて。一体どういうことなんだ?)」

 

 

 炭治郎には、伊之助が酷く怯えていることが感じ取れた。明らかに様子がおかしいのだ。普段の彼からは想像もつかないほど、尻込みしてしまっている。

 

 だが、伊之助は理解していた。瞢爬という鬼の…本質を。

 

 

 「(……………化けもんだ………!!! 乗ってた奴らを引き摺り出してた時からビリビリ感じてた!!! とんでもねえ奴が居るってのは!!! こうして目で見てやっとハッキリした…!!! あいつと同じ場所に居ちゃいけねえ!!! 糞がぁッ…!! 情けねえッ!!! どうしようもねえ程に…身体が震える!!!)」

 

 

 そんな彼とは裏腹に、無理を押して煉獄の加勢に向かおうとした炭治郎。しかし、煉獄自身によってそれは阻止される。

 

 

 「動くな!! 傷が開いたら致命傷になるぞ!! 待機命令!!」

 「!!」

 

 

 

 

 

 炭治郎たちは、動くことができない。

 

 ただただ傷の増えていく煉獄を、眺めていることしかできない。

 

 

 「死ぬな杏寿郎」

 

 

 煉獄は、限界だった。左目を失い、肋骨が折れ、内臓が傷付き。これ以上の戦闘継続は、最早不可能。絶望的なのは、猗窩座に負わせた傷は全て元通りになってしまったこと。そして……全快の瞢爬がまだ残っていること。

 

 だが、それでも。

 

 

 「俺は俺の責務を全うする!! ここにいる者は…誰も死なせない!!」

 

 

 彼は心の炎を絶やさない。

 

 ────故にこそ、その気高さは報われる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……!! あ、あぁ…!!!」

 「!!! こ、の…感覚は…!!!」

 

 「…うぇっ!!? な、何!!? 何の音!!?」

 

 

 

 

 風に乗って…炭治郎の鼻に匂いが届く。伊之助が鳥肌を立たせ、気絶していた善逸も目を覚ます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『咢の呼吸 極ノ型』────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の闇に、大太刀が躍る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『弓形(ゆみなり)(ぼうき)月穿(つきうが)ち』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「────猗窩座様ッ!!!」

 「!!?」

 

 

 

 大地に、巨大な穴が生まれる。

 

 人間がもたらしたただの一撃……まるで隕石でも墜ちたようなその大穴の底には、一人の女が立っていた。

 

 

 「…………信じ難し。此の攻撃から…救い出すか」

 

 

 刈猟緋滲渼。繰り出した必殺の攻撃に手応えを感じられず、目を剥いて瞢爬を捉える。

 

 

 「…刈猟緋。なぜここに」

 「緊急の指令が下ったのだ。其方の乗り込んだ列車を追えと言われ……追いついたかと思えば鬼が二体。…何方も、上弦とはな」

 

 「(更には片方は弐…既に童磨の後任が現れていたか。……しかし、妙に気に掛かる。何か、奴からは不可思議なものを感じるような…)」

 

 

 そして、猗窩座を抱えて何とか救い出した瞢爬も…目を剥いて彼女の存在を確認した。

 

 

 「猗窩座様!! 退却しましょう!!! 童磨様を討ったのは…間違いなく彼女です!!!」

 「…ほう!! 素晴らしい!!! 女でありながら今の一撃を放つか!!! 離せ瞢爬!!!」

 「ぐっ!!? あ、猗窩座様!!!」

 

 

 猗窩座は無理矢理瞢爬の腕を振り払い、滲渼へと近付いていく。

 

 

 「名は何という、女」

 「……刈猟緋、滲渼。………済まぬが…私は其方に興味が無い。『嵐ノ型 滅砕(めっさい)()』」

 「な────」

 

 

 しかし。猗窩座はまるで滲渼の攻撃に反応できなかった。またしても瞢爬に首筋を掴まれ、爆発的な刺突をどうにか免れる。瞢爬は息も絶え絶えといった様子で、それでも滲渼に声を掛けた。

 

 

 「…刈猟緋、殿。失礼ながら、何処かでお会いしたことは?」

 「……無い、筈だ。だが、奇遇だな………私も其方とは初対面である気がしない」

 「そうですか。ともすればこれは、運命の出逢いというものでございましょう。ここは一つ、見逃して頂く訳にはいきませんか?」

 「聞けぬ願いだ」

 「………それは残念」

 

 

 瞬間、脱兎の如く背を向けて逃げ出す瞢爬。その両腕に猗窩座を抱えたままであるためなのか、いやに走り辛そうにも見える。当然、滲渼からは逃げ遂せる筈もない。瞢爬は両脚を刻まれ、猗窩座を投げ出してしまう。

 

 

 「────逃れることは出来ぬ。さらばだ」

 「(あ────)」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「(────暗い。これは、なんだろう?)」

 

 

 

 

 

 闇色の殻が、裂ける。

 

 

 

 

 

 「(そうだ……ずっと、何も見えなかった)」

 

 

 

 

 

 ────それでもまだ、空は暗い。

 

 

 

 

 

 「(………いや違う。目が見えなかったことはない。

 

…誰の、記憶だ?)」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 滲渼の刀が、瞢爬に振り下ろされることは無かった。寸前、横合いから猗窩座の拳が飛んで来たのだ。

 

 

 「……ち。先ずは其方を────」

 

 

 ────────今度は、滲渼は猗窩座から目を離すことができなかった。

 

 

 「はあぁ…。なぜだか………今俺は、無性に虫の居所が悪い」

 「(────馬鹿な)」

 

 

 毒々しく、その皮膚は染まり。

 

 

 「どうしてだと思う? 滲渼。お前に弱者のような扱いを受けたからなのか?」

 「(有り得ない)」

 

 

 目は爛々と、禍々しく輝いている。

 

 

 「俺自身にもよくわからんが……反面身体は羽根のように軽い」

 「(どういう事だ)」

 

 

 鬼には必要の無い呼吸。最早習慣として付随するのみの吐息は……漆黒。

 

 

 「この苛立ちをぶつけるには、丁度良さそうだ!!!」

 「(これは────)」

 

 

 

 

 

 それは、疑いようも無く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(狂竜化だ)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 【狩人コソコソ噂話】
・「狂竜化」
あるモンスターによって引き起こされる現象の一つ。他のモンスターを凶暴化させるが、それには歴とした理由がある。鬼にこれが発現した場合の効果は現状不明。

   〜咢ノ息吹〜
・「極ノ型 弓形彗・月穿ち」
「天彗龍」バルファルクから着想を得た技。遥か高空から墜ちて来る銀翼の凶星は、音をも置き去りにする。着地点は蒸発し、災厄を垣間見た全ての生物はただ無為にその命を散らすだろう。長い助走を必要とする、咢の呼吸の技の中で予備動作が最も大きい技。さる銘弓からとったその名に違わず月をも穿つかという程の威力を誇り、並大抵の鬼が喰らえば日輪刀で頸を断たれるまでもなく塵一つ残らない。

・「嵐ノ型 滅砕華」
「砕竜」猛り爆ぜるブラキディオスから着想を得た技。乱れ咲く爆破の大輪は、相対するものの一切を消し飛ばす。それが所以、紅く染まる双腕は返り血に非ず。鋒が瞳に映ることはない必殺の突きは、その頸諸共鬼の上半身を消滅させる。次なる再生が間に合うことは、無い。

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