時世を廻りて   作:eNueMu

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風鳴りの歌

 

 「……お父様。少し外の空気を吸って参ります」

 「おお、そうかい。あまり人目につかない所へ行ってはいけないよ」

 

 

 幼さの残る少年が、立派な邸宅の外へと出る。歳不相応な礼儀と立ち振る舞いに、屋敷に招かれていた客人たちは挙って彼と彼の父…養父を褒めちぎった。

 

 しかし…少年は養父の言いつけに従うことなく、人気のない場所へと歩みを進める。辺りに誰も居ないことを確認したのちに、その本性を顕にした。

 

 

 「────それで? 改めて申し開きを聞こうか……瞢爬、猗窩座。どういうことだ?」

 「…途中で邪魔が入り……御命令を遂行することが叶いませんでした」

 「僭越ながら。あの刈猟緋滲渼という鬼狩りの強さは、常軌を逸しております。我ら上弦よりも遥かに────」

 黙れ

 

 

 少年…無惨の呼び声に応じて姿を見せた瞢爬と猗窩座。後始末を頼んだというのに、それすらも満足にこなせない彼らに無惨の苛立ちは頂点に達していた。滲渼について警戒を促そうとした瞢爬の口許を握り潰し、猗窩座には呪いを以て罰を与える。

 

 

 「上弦だ。人間よりも優れた生物である鬼の中でも、とりわけ強力なごく一握りの存在だ。何がどうなれば人間如きに劣るというのだ? 調子に乗るな。図に乗るな。私はいつまで待てばいい? いつになれば鬼狩りは消える? 産屋敷の血は絶える? 青い彼岸花は手に入る? 言われたこと何一つやり遂げられないとは、心の底から失望したぞ」

 

 

 荒ぶる声を抑えられない無惨。感情の制御が利きそうに無かったがために、彼はこうして外に出て来たのだが…そのせいで二人への対応もかなり過激になってしまっている。

 

 

 「私は何か難しいことをお前に命じているのか? 猗窩座」

 「…次こそはご期待にお応え致します」

 「次か。それはいつだ? この後か? 明日か? 千年後か…!? 柱一人殺せないお前に何を期待しろと言うのだ猗窩座…! 猗窩座……猗窩座………!!」

 「差し出がましいことを申し上げますが、猗窩座様は煉獄杏寿郎なる柱の鬼狩りには優っておりました! 刈猟緋殿さえやって来なければ────」

 「ィィィいい加減にしろ瞢爬…! 私の神経をこれ以上逆撫でするな無能の極みが……貴様の価値はただ一つ…! 太陽を克服する可能性が最も高いということだけだ。私に口出しする権利も資格も、貴様には無い。二度と私の目の前で言葉を発するな」

 「そ、そんな無茶な────」

 「黙れ黙れ黙れ…! 首肯以外は許さない…!! 理解したか!!?」

 

 

 理不尽にも程がある無惨の命令。だが、異論を唱えた所で意味は無い。瞢爬は黙って小さく頷き、そのまま俯いた。

 

 

 「……はぁ………上弦の弐も、参も……地の底まで堕ちたという訳か。下がれ」

 

 

 彼の命に従い、二体の鬼はその場を後にする。萎れた植物のようになってしまった瞢爬とは裏腹に、猗窩座の頭の中は殺意に満ち溢れていた。

 

 

 「(刈猟緋、滲渼…!!! 次こそは必ず殺してやろう!!! 貴様から受けた屈辱、百倍にして返してくれる!!!)」

 

 

 鬼として、何より求道者としての自負をへし折られた猗窩座。何故だか抑えられそうにない怒りと憎しみを胸に、更なる高みを志す。

 

 

 悪しき風が、吹き始めていた。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 瞢爬・猗窩座との戦いから一週間。治療を受けてから眠り続けていた煉獄が、漸く目を覚ました。未だ怪我は完治してはいないが、同じく蝶屋敷にて治療を受けている炭治郎たちは心の底から彼の生還を喜んだ。

 

 

 「煉獄さん…!! 良かった…本当に、良かった…!!」

 「ありがとう、竈門少年。ただ、あまり動かないようにな。あれから一週間も経ってしまったそうだが、君の腹の傷は深かった。まだ治りきってはいないだろう?」

 

 

 炭治郎は涙を流し、善逸はお見舞いと称して厨からくすねた饅頭を持ち出し、伊之助は煉獄に挑戦を申し出た。賑やかな病室はすぐ後にやって来たしのぶの喝によって一気に静けさを取り戻したが、蝶屋敷全体の雰囲気もまた一段と明るくなったように感じられた。

 

 

 

 

 

 そして、善逸と伊之助が病室から去り。煉獄は炭治郎に、これからの話を切り出す。

 

 

 「……えっ? 柱を、辞める…?」

 「うむ。骨と内臓は時間が経てば元に戻るようだが、左目ばかりはどうしようもないそうだ。隻眼ともなれば、やはり以前のように戦うことは難しくなるだろう。であるなら、より相応しい者にこの座は譲るべきだ」

 「…そう、ですか……」

 「気に病むことはない。俺自身、あの時のことを悔んではいない。それに、柱でなくとも立派な隊士の一人! 人々を守るという責務は変わらない! 煉獄杏寿郎は、今なお健在だ!」

 「…はい! 煉獄さんは今も凄い人です!」

 

 

 好ましい話題ではないが、それでも煉獄は明朗に語る。己の行いを正しいと信じ、誇りを曲げまいと戦った。これはその結果であるからこそ、憂いや翳りは示さない。煉獄杏寿郎とは、そういう人物なのだ。

 

 

 「さて…君への本題は、ここからだ。眠っている間に、昔の夢を見てな。歴代の炎柱が残した手記が、俺の生家にはあったんだ。俺自身は読んでいないから内容はわからないが……『ヒノカミ神楽』について、何か記されているかもしれない。刈猟緋に尋ねるよりは、幾らか当てになるだろう」

 「歴代炎柱の、手記……」

 「俺は暫く動けない。君は怪我が治り次第、煉獄家に行ってみるといい。訳を話せば、俺の父が手記を見せてくれる筈だ」

 「わかりました。ありがとうございます!」

 

 

 古くから伝わっているのだろう手記ならば、或いはヒノカミ神楽についての手掛かりが見つかるかもしれない。炭治郎は期待を胸に、日夜治れ治れと己に念じるのだった。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「……刈猟緋さん、大丈夫かしら…」

 

 

 そして、刈猟緋邸では。緊急指令を遂行してからというもの様子がおかしい滲渼を、家族たちが心配していた。黙々と何かを案じていることは以前からしばしばあったのだが、その回数が明らかに多い。話し掛けても気付かないことも、一度や二度ではなかった。

 

 月が屋敷を照らす中、尾崎が任務を終えて刈猟緋家の屋敷へと戻って来る。皆寝てしまっているだろうと、忍び足で上がろうとして……

 

 ふと、耳を澄ませた。

 

 

 「『やみがそのめをさますなら…』」

 

 「(……? 歌………? 上手く聞き取れないけれど……)」

 

 

 微かに、裏手から歌声が聞こえて来たのだ。遠いせいなのかと思い、玄関を回ってそのまま声の許へと向かう。しかし、幾ら近付いても歌の意味が尾崎には分からない。とうとう裏手へと辿り着き、声の主を確かめてみれば…

 

 

 「…あれ? 刈猟緋さん…?」

 「……む。尾崎………帰って来ていたか」

 「……今のは、一体…」

 

 

 歌声の主は、屋敷の縁側に腰を掛けた滲渼だった。丸切り内容が理解できない歌を、何故彼女が歌っていたのか。不思議に思い、尾崎は問う。

 

 

 「………そうか。聞こえていたか………」

 

 

 小さく呟いた滲渼は、そのまま天を仰ぐ。頭上には、今も煌々と月が輝いていた。

 

 

 「────此れは、遠い……それこそ、あの空に浮かぶ月よりも遠い………然様な在処の、小さな村に伝わる…歌だ」

 「…? 外つ国の歌、なのかしら…? どうして、そんなものを…?」

 

 

 迂遠な言い回しに首を捻りながら、歌っていた訳を尋ねる尾崎。滲渼はやはり、訥々と言葉を連ねる。

 

 

 「……在りし日を、想い。如何しようと私は………宿命というものからは、逃れられぬらしい」

 「……………」

 

 

 それは、尾崎が見たことがない滲渼の表情だった。これ程までに切ない顔をした彼女を、ともすれば家族ですら見たことはないのではないかと思えてしまうような。

 

 

 

 だからこそ。

 

 

 「…刈猟緋さん。その歌は……この国の言葉にできる?」

 「……何?」

 

 

 肩を貸してやりたいと、感じたのだ。彼女の心を、支えてやりたいと。

 

 

 「聞いた限りじゃ、全くわからなかったの。だから、外つ国の言葉なんだと思って。でも貴女は、意味を知ってるんでしょう? …私にも、聞かせて欲しいな」

 「………ふむ…。正しく意味を取れているかは、分からぬが……吝かではない」

 

 

 滲渼は尾崎の提案に応じ、今いるこの国の言葉で歌い直す。題名などは、存在しない……短く名もない、伝承の歌を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『闇がその目を覚ますなら  

 

彼方に光が生まれ来て

 

大地に若芽が伸びるなら

 

此方に闇が生まれ来る

 

すべてを照らすは光なれ

 

あまたの影は地に還り

 

いずこに光が帰る時

 

新たな影が生まれけん

 

やがては影が地に還り

 

新たな命の息吹待つ

 

共に回れや 光と影よ

 

常世に廻れや 光と影よ

 

そしてひとつの唄となれ

 

天を廻りて戻り来よ

 

  時を廻りて戻り来よ』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────歌が終わり、深い夜に相応しくもある閑静。しみじみと感じ入った尾崎が、少しして再び口を開いた。

 

 

 「……何だか…凄く、哀しい歌ね。光と闇………まるで、人と鬼の戦いは終わらないんだって言ってるみたい」

 「…そうではない。此れは、決意…誓いの歌」

 「……誓い?」

 「猛き自然と、向き合い……共に歩んで行くと、他ならぬ己等自身に誓いを立てた歌だ」

 

 

 滲渼は、歌の意味を補足していく。古い記憶の底から、当時伝え聞いたものを引き出して…今度は自身が、伝える側として。

 

 

 「光と闇は、何方が人で、何方が自然かは定まっておらぬ。人間にとってみれば、日々を脅かす災厄は闇であり悪だ。広大な世界にとってみれば、所構わず蔓延り続ける人間という種は闇であり悪だ。だが、何方が欠けたとしても均衡は崩れ去るだろう」

 「………だから…自然と向き合って生きていく」

 「そうだ。生きる限り、全ての生き物は他の生き物の命を糧としなければならぬ。人も鬼も、それは同じだ」

 「……………そっか。刈猟緋さんは……ずっとそうだったのね。鬼だって、生きているんだって……ずっと思っていたのね」

 「……鬼は紛れも無い悪だ。人間が穏やかに日々を生きたいと望むのであれば、彼等の滅びは必定。故にこそ、目を逸らすことはするまい。ただそれだけでも…散っていった彼等への……嘗ての同胞への手向けとなろう」

 「……そう、ね」

 

 

 ────話し終えた滲渼は、肩が軽くなったような感覚を覚えた。一方の尾崎もまた、少しばかり自身の考え方が変わりつつあるのを感じている。二人は互いに、小さくない影響を与え合っているようだった。

 

 

 「………実の所……歌として伝わっているのは、此処迄だが………詩には未だ、続きがある」

 「……えっ?」

 「…私は、そちらの方が好みでな。此れが、そうだ…『────…』」

 

 

 

 

 

 時を経て…様々なものが、継承されて行く。これもまた、人間の尊さだ。

 

 

 

 

 





 【狩人コソコソ噂話】
・今回出てきた歌は、「シナト村」というMH4/4Gに登場する村に伝わっている、実際にゲーム中にて詩が明かされているものです。作中においてはかなり重要な意味を持ちます。

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