時世を廻りて   作:eNueMu

35 / 59
潜入任務

 

 時の流れは早いもので、煉獄が柱を引退して四ヶ月が経とうとしていた頃。炭治郎たち同期三人組は、連日蝶屋敷での鍛錬やそれぞれの任務に精を出していた。

 

 

 「(結局、ヒノカミ神楽についてわかったことは殆ど無かった。あの後煉獄さんの実家に行ってみたけれど、肝心の手記はずたずたに破り捨てられてまともに読めなくなってしまっていて……お父さんの槇寿郎さんが原因だったみたいで、何度も謝られた。手記を修復したり、思い出したり…とにかく、何かわかったら教えてくれるそうだ。機会があれば、刈猟緋さんにも聞いてみよう)」

 

 

 炭治郎は「ヒノカミ神楽」について調べた結果、「日の呼吸」がそうなのではないかという話を槇寿郎から聞き出すことが出来た。どうやら、彼の耳飾りは当時の日の呼吸の使い手が身に付けていたものだったらしい。また、額には特徴的な痣があったそうだ。炭治郎の痣は後天的に外傷によって出来たもので、彼自身はその剣士の痣とは関係が無いと考えているが…槇寿郎は、それすらも運命なのではないかと語った。

 

 

 『……率直に言えば、才能豊かな者たちのことは妬ましい。だが、突き詰めれば同じ人間だ。彼らも喜び、悲しみ、憎むのだ。少しずつ…折り合いをつけていきたいと思っている。竈門君…君がその耳飾りと「ヒノカミ神楽」を受け継いだことも、額に痣が出来たことも、私には運命だと思えてならない。君には必ず、類稀なる何かがある。そのことは忘れないで欲しい』

 

 「(……俺には、父さんのように一日中ヒノカミ神楽を舞うことなんてできない。技を一つ繰り出すだけでもかなり頑張っている。本当に、才能なんてあるんだろうか…)」

 

 

 もし本当に、自分に才能があったなら。あの日の結末を、もう少し変えることが出来たのではないか。瞢爬たちを倒し、煉獄は今も柱で居られたのではないか。そう思わずにはいられない炭治郎だったが、思索はそこで取り止められた。任務から戻って来たものの、蝶屋敷の方が何やら騒がしいのだ。

 

 

 

 

 

 「放してください! 私っ…! この子はっ…!」

 「宇髄、アオイとなほを離せ。彼女等は戦えぬ」

 「(わり)ィがな刈猟緋。俺はテメェみてえに手段を選んでらんねえのよ。使えるもんは使わなきゃならねえ。例えそれが役立たずの下っ端でもな」

 「なほちゃんは隊士ですらないわ!」

 「……何? ちっ…ほらよ、降りろ」

 「あぅ…」

 

 

 蝶屋敷の玄関先。洗濯物を干している最中だったアオイたちを、突如現れた宇髄が攫っていこうとしている。カナエやカナヲ、更には偶然居合わせた滲渼たちがそれに抗議するが、宇髄も中々譲らない。カナエの台詞を受けて漸くなほを手放したが、アオイは未だ担がれたままだ。

 

 

 「…」

 「…あん?」

 「……カナヲ…!!」

 

 

 それを見て、静かにカナヲが前に出る。黙って担がれたままのアオイの手を引き、異存を示した。はっきりと自分から行動した彼女に、カナエは目を丸くする。

 

 

 「地味に引っ張るんじゃねえよ。お前は先刻指令が来てるだろうが」

 「……」

 「何とか────!!」

 「宇髄さん。これ以上頑固でいるようだと、本当に悪者になっちゃいますよ?」

 「はぁ……だからってテメェ一人じゃどうしようもねえだろ()()! 派手に分身でもしてくれりゃ話は別だがな」

 「…あの! それじゃ、私を連れて行ってください!!」

 「!?」

 

 

 宇髄の立場がみるみる悪化していくが、彼にもそうするだけの理由がある。無理にでもアオイを連れて行こうとして…声を上げたのは、尾崎だった。

 

 

 「…尾崎? 其方、よもや…」

 「……このまま見過ごしたりはできないわ。お願い、刈猟緋さん。私に行かせて」

 「………ふむ…」

 

 

 滲渼としては、かなり不安だというのが本音だった。尾崎は継子として経験を積み続け、並の隊士よりも遥かに高い実力を持っている。それでも、滲渼が以前戦った童磨や猗窩座、瞢爬といった上弦の鬼たちには為す術もないだろう。加えて、宇髄の担当地区は滲渼の担当地区からはやや遠い。カナエの時のように鴉の通達が間に合うかは微妙な所だった。

 

 だが、それではアオイを危険な場所へ向かわせることになる。宇髄曰く潜入の任務をさせるとのことなので、長期間居座ることのできない滲渼が代わることも不可能だ。選択肢は、初めから一つしか無かった。

 

 

 「………構うまい。だが…必ず、帰って来るのだぞ」

 「! ……ええ、勿論! 約束は破らないわ!」

 

 「……話は纏まったみてえだな。そんじゃ、とっとと…」

 

 

 案ずるような滲渼の言葉に、力強く笑ってみせた尾崎。最低限、二名の女性隊士を確保した宇髄はそのまま任務に向かおうとして……

 

 

 「ああ、お前ももう────」

 「女の子に何してるんだ!! 手を離せ!!」

 

 

 屋敷に帰って来た炭治郎の憤怒の叫びに、アオイを降ろしておかなかった自身の愚かさを悔んだ。

 

 

 「(面倒くせぇ……)今放すとこだ。これで良いだろ?」

 「良し! じゃあ次は、謝るんだ!」

 「何抜かしてんだこのガキがァ!! 柱の俺が下っ端に下げる頭はねえェェーッ!!!」

 「! あれ…真菰さん!? お久しぶりです!」

 「うん。久しぶりだね、炭治郎」

 「話聞けェェーーーッ!!!」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「そうだったんですね。冨岡さん、継子は取っていないのか…」

 「うん。だから、錆兎と一緒に鱗滝さんの家で暮らしてたんだけど…突然宇髄さんがやって来て。何事かと思っちゃった」

 「目ぼしい女隊士の居所は把握してたからな。近場に居たのがテメェと蝶屋敷の連中だけだった」

 「…ただの変態じゃん」

 「んな訳あるかクソガキ!! 任務のために決まってんだろ!!!」

 

 

 紆余曲折あって。何故か宇髄たちの任務に同行することになったのは、炭治郎・善逸・伊之助のいつもの三人だ。柱としての何がどうのと騒ぎ立て、炭治郎が強引に参加を表明。そこへ丁度帰って来た伊之助も乗り気になり、一人で蝶屋敷に残ろうとした善逸は直後に真菰に釣られて掌を返したのである。

 

 

 「しかし、五人もいらねぇんだがなあ…ま、テメェら三人は当てになるか怪しいからな。数に入れられるのは鱗滝と地味顔だけか」

 「ちょっと!! 尾崎です!! 地味顔って何ですか!?」

 「…確かに、宇髄さんの言ってることもあながち間違ってないね。炭治郎たちには、今回の任務は難しいと思うな」

 「ハァァン!? テメェみてえにヒョロい女に言われる筋合いはねえ!!」

 「コラ伊之助!! …でも、どうして俺たちには難しいんですか? そんなに強い鬼が…?」

 「そういえば、私も潜入任務ってことしか知らないわね…具体的には、何をするのかしら?」

 

 

 宇髄と真菰の言い分からすると、今回の任務をこなすには炭治郎たちでは力不足であるかのような印象を受ける。しかし、実際にはそういう訳ではないらしい。

 

 

 「詳しいことは途中の藤の家に着いてから話す。だが、目的地ぐらいは教えておいてやろう……日本一、色と欲に塗れたド派手な場所────鬼の棲む『遊郭』だ」

 

 

 そう言い切ると、同行する隊士五人に向き直る宇髄。やたらとソワソワし始めた善逸を尻目に、「ド派手」な宣言を行う。

 

 

 「いいか!? 俺は神だ!! お前らは(ごみ)だ!! まず最初はそれをしっかりと頭に叩き込め!! ねじ込め!! 俺が犬になれと言ったら犬になり!! 猿になれと言ったら猿になれ!! 猫背で揉み手をしながら俺の機嫌を常に伺い全身全霊でへつらうのだ!! そしてもう一度言う!! 俺は────神だ!!」

 「(やべぇ奴だ…)」

 「(………やっぱり…行くのやめようかな……)」

 「それじゃあ早く行きましょうか宇髄さん」

 

 

 前途多難。どう考えても滅茶苦茶なことを言い出した彼に善逸は引き、尾崎は辟易し、真菰は聞かなかったことにして話を切り上げようとした。ところが、素直な炭治郎はそれを真に受け、伊之助に至っては張り合い出す。半分の人間がまるで違う方向を向いているという有様に、比較的常識を持ち合わせた三人は頭を抱えるしかなかった。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「成程…鬼の居場所を暴くために、潜入を…」

 「そうだ。遊郭に潜入したら、まず俺の嫁を探せ。俺も鬼の情報を探るから」

 「────とんでもねぇ話だ!!」

 「あ゛あ?」

 

 

 藤の家での支度中。任務の説明を受けていると、善逸がいきなり大声を出した。何事かと皆が視線を向ける中、彼は宇髄に対して捲し立てる。

 

 

 「ふざけないでいただきたい!! 自分の個人的な嫁探しに部下を使うとは!!」

 「はあ!? 何勘違いしてやがる!!」

 「我妻君、違うよ。宇髄さんには奥さんが三人居て、元々は彼女たちが遊郭に潜入していたの。でも連絡が途絶えたから、代わりに私たちが…」

 「三人!? 嫁…さ…三!? テメッ…テメェ!! なんで嫁三人もいんだよざっけんなよ!!! ────おごぇっ!!」

 

 

 割り込んで真菰が彼の勘違いを正すが、それはむしろ火に油を注ぐ結果となった。最早狂乱といってもいい状態に陥った善逸の腹を宇髄が殴りつけ、無理矢理黙らせる。

 

 

 「何か文句あるか? …んでまあ、これが鴉経由で届いた手紙だ。読んでみろ」

 

 

 そのまま手紙の束を炭治郎に投げ渡し、彼がその内の幾らかを読み進めていく。尾崎も後ろから覗き込み、内容を確認しているようだ。

 

 

 「……あの…手紙で、来る時は極力目立たぬようにと何度も念押ししてあるんですが…具体的にどうするんですか」

 「そりゃまあ変装よ。不本意だが、地味にな。それと、お前ら男三人衆には()()()()()()()潜入してもらう」

 

 

 その後宇髄の口から語られたのは、彼の嫁が潜入した経緯とその場所。三人はそれぞれが遊女として店に潜り込んでおり、「ときと屋」には「須磨」が、「荻元屋」には「まきを」が、「京極屋」には「雛鶴」が居る筈だという。途中伊之助が不謹慎な台詞を吐いて伸されたりもしたが、とにかく必要な説明と準備を終えて彼らは任務遂行を開始した。

 

 

 

 

 

 「………それが、これ? 信じられない……それに、嘴平君はそのままでも良かったじゃない」

 「うーん…美形すぎて逆に目立っちゃうから、これで良いんじゃないですか? でも、あんなに野生的な子が凄く綺麗な顔で吃驚です」

 「それは確かにそうね。正直ちょっと羨ましいわ…」

 

 

 …しかし。ここに来て漸く、炭治郎たちは真菰の言葉の意味を理解した。遊女の店に潜り込むということは、少なくとも女性でなければならないのだ。男である彼らが潜入するには、苦肉の策を取る以外に方法は無かった。

 

 即ち、女装。男であると判り難くするために過剰なまでに化粧を施された三人の顔面は、壊滅的という言葉が相応しいものになっていた。

 

 

 「いやぁ、こりゃまた…不細工な子たちだね……」

 「ちょっとうちでは…奥の二人はともかく、先日も新しい子入ったばかりだし悪いけど…」

 「…まあ、後ろの子と一人ずつくらいならいいけど」

 「!?」

 「じゃあ一人頼むわ。悪ィな奥さん」

 

 

 だが、そこは宇髄の色気で補う。ときと屋の遣手が男前な彼に免じてということか、三人の内の一人を引き取ると言い出した。旦那が隣でじとりと視線を向けているが、気にせず頬を染めて引き取る者を選ぶ。

 

 

 「じゃあ、後ろの右の子と…手前の真ん中の子を貰おうかね。素直そうだし」

 「ありがとうございます」

 「一生懸命働きます!」

 

 

 ────尾崎あやめ改め「綾子」、竈門炭治郎改め「炭子」、就職決定。

 

 

 その後鱗滝真菰改め「(まも)()」、嘴平伊之助改め「猪子」も荻本屋の遣手に引き取られていき、残った我妻善逸改め「善子」は宇髄によってタダ同然で京極屋に売り払われた。

 

 

 「(さァて……ここから、どう転ぶかね)」

 

 

 

 次なる舞台は、此れにて整ったのである。

 

 

 




遊郭編です。やっと真菰を活躍させてあげられそう。しばらく…といってもあと二話か三話程度だと思いますが、滲渼は出て来ません。

 【大正コソコソ噂話】
・本作の炭治郎は錆兎と真菰には「さん」付けかつ敬語で話します。両者生存により錆兎二十一歳、真菰十八歳という設定にしているためです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。