時世を廻りて   作:eNueMu

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暴き出す正体

 

 「炭子ちゃん、よく働くねぇ」

 「白粉をとったら額に傷があったもんだから、昨日は女将さんが烈火の如く怒っていたけど…」

 「はい! 働かせてもらえてよかったです!」

 

 

 ときと屋に引き取って貰ってからというもの、炭治郎は実に良く働いていた。ずっとここに居られる訳ではない、いずれは抜け出す必要がある…だからこそ、今だけでも精一杯ときと屋の役に立とうとしている。竈門炭治郎とは、そういう人物なのだ。

 

 

 「竈門君、手伝うわ」

 「! 尾崎さん、ありがとうございます!」

 

 

 そして、ときと屋にはもう一人…尾崎が炭治郎と共に潜入している。二人は那田蜘蛛山で僅かに会話を交わして以来だったので、遊郭にやって来る道中にて改めて自己紹介を済ませていた。

 

 

 「鯉夏花魁への贈り物だそうです。部屋まで届けてあげましょう」

 「えぇっ? こ、これ全部一人に贈られたものなの? …花魁って凄いのね……」

 

 

 山積みの荷物を肩に担いだまま、二人の会話は続く。炭治郎は尾崎が今回の任務に参加した経緯を聞いていなかったことに気付き、そのことについて彼女に訊ねた。

 

 

 「そういえば、尾崎さんはどうして潜入任務に? 指令があったんですか?」

 「ううん。蝶屋敷の子たちが無理矢理連れて行かれそうで、代わりにって思って。あの子たちには、あの子たちの居るべき場所があるから」

 「そうだったんですか……尾崎さんは、優しい人ですね!」

 「ふふ、ありがとう」

 

 

 思ったことをすぐに口にする炭治郎。きっと良いことばかりではないのだろうが、それでも裏表の無い彼の態度は尾崎にとっても好ましいものだ。────故にこそ、鬼の妹の件については聞いておかねばならないと感じた。

 

 

 「……ねえ、竈門君。君の…妹さんについて、聞いてもいいかしら?」

 「! …ご存知だったんですね」

 「ええ、鴉から連絡があったの。私以外の隊士も、もう知っていると思うわ。……妹さんは…本当に、人を襲わないの? 何があっても」

 「…禰豆子は絶対に人に危害を加えません。そんなことには、俺がさせない」

 「…そう。………君自身のことは、凄く信頼してる。でも、妹さんの方は…まだ何とも言えないわ。できれば今回で、私を心の底から納得させて欲しい」

 「……それは…できるかどうか、わかりません。俺は禰豆子を戦わせたくはないんです。どうしても、助けて貰わないといけないことも多いけど…すみません」

 「…謝ることはないわ。私こそ、無神経なことを言ってごめんなさい。家族を守りたいなんていうのは、当たり前のことよね」

 

 

 尾崎は未だに禰豆子と接触したことがない。見たこともない。話に聞く限りでは確かに普通の鬼では無いようだが、だからといって蟠りが綺麗さっぱり消え去る訳ではなかった。彼女を信用できるようになる日が来るのはいつになるかと考えながら、話をそこで切り上げる。鯉夏花魁の部屋に到着したのだ。

 

 そこで新たに手に入れたのは、宇髄の妻の一人…「須磨」と鬼に繋がる手掛かり。どうやら須磨は「足抜け」をして姿を消したということになっているらしく、またこの足抜けは鬼にとって非常に都合の良いものだった。行方不明者の足跡を具に追われるようなことでも無い限り、怪しまれるということが少ないのだ。炭治郎は須磨の身を案じ、尾崎は狡猾な鬼のやり方に憤る。何としても、見過ごす訳にはいかなかった。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 そして迎えた定期連絡の日。真菰は荻本屋での出来事を、炭治郎らに報告する。

 

 

 「鬼が荻本屋に!? 間違いないんですか!?」

 「うん。伊之助君が騒ぎを大きくしちゃってね、色々大変だったけど……何とか尻尾は掴んだよ」

 「見つけたのは俺だけどな!! こう…こういうのが!! こんな感じの奴だ!!」

 「………??」

 

 

 伊之助が身振り手振りで鬼の全貌を伝えようと試みるが、それがあまりにも独特過ぎるために炭治郎と尾崎にはまるで理解できない。真菰は己の感じたものを伊之助に代わり二人に話す。

 

 

 「細長い…蛇みたいな気配だったよ。それに、薄い。でないと、()()()()()()はできない」

 「あんな逃げ方?」

 「はい。まるで、壁の隙間を縫うような────」

 

 

 尾崎の質問に答えようとした真菰だったが…途中で、何かに気付いたように口を閉ざしてあらぬ方向へ顔を向けた。殆ど同時に尾崎もそちらに目を遣り、その人物を認識する。

 

 

 「宇髄さん」

 「…炭治郎。伊之助。お前らはもう吉原を出ろ」

 「…え?」

 

 

 遅れて宇髄の存在を確認した炭治郎たちは、開口一番彼の放った台詞に耳を疑った。理由を訊ねる前に、宇髄が再び話し出す。

 

 

 「善逸が消えた。行方知れずだ。────お前たちには悪いことをしたと思ってる。俺は嫁を助けたいが為にいくつもの判断を間違えた。端から階級の低いお前らを連れて来るべきじゃなかった。ここにいる鬼が『上弦』だった場合、対処できない」

 「…上弦」

 

 

 宇髄が告げたのは、善逸の失踪と「上弦」が潜んでいるという可能性。滲渼からその強さを伝え聞いている尾崎は、戦慄する。仮にそうであれば、既に宇髄の嫁たちも善逸も生きてはいまいと考えて。

 

 

 「消息を絶った者は死んだと見做す。後は俺と鱗滝たちで動く」

 「いいえ宇髄さん!! 俺たちは…!!」

 「恥じるな。生きてる奴が勝ちなんだ。機会を見誤るんじゃない」

 「待てよオッサン!!」

 

 

 炭治郎たちに言い聞かせながら立ち上がった宇髄。伊之助の制止も聞かずに、彼はその場から姿を消した。離脱を命じられた炭治郎は、階級の低さが原因なのかと考えたが…

 

 

 「俺たちが一番下の階級だから、信用してもらえなかったのかな…」

 「? 俺たちの階級『庚』だぞ、もう上がってる。下から四番目」

 「えっ?」

 

 

 その認識は、微妙にずれていたようだ。伊之助が藤花彫りによる階級の刻印を示し、それが偽りでないことを証明する。

 

 

 「早いのね…那田蜘蛛山に居た時は、癸だって言ってたのに」

 「炭治郎たち、頑張ったんだね」

 「ハッ! このぐらい朝飯前だぜ!!」

 「あれ? でもそうなると、お二人はそれ以上の階級だってことですよね?」

 「うん。私は『甲』だよ」

 「一応、私も……」

 「な…何ぃ!?」

 

 

 そして当然、宇髄が上弦相手でも対処が可能であるかもしれないと考えた二人は最高位の階級である「甲」だ。褒められて少し鼻を伸ばした伊之助は、その鼻をすぐに押し戻された。

 

 

 「────それで、二人はどうするの」

 「「!」」

 

 

 そして、真菰が話を本筋に戻す。彼女が訊ねたのは、炭治郎たちがここからどうするのかだ。

 

 

 「言われた通り、このまま帰る? 柱の人の指示だから、従わないといけないもんね」

 「…真菰さん。俺たちは残ります。善逸も宇髄さんの奥さんたちも、皆生きてると俺は思うんです」

 「…うん。炭治郎なら、そう言うと思った」

 

 

 炭治郎は、宇髄の指示に従うつもりはないようだった。伊之助も頷き、それを見て真菰は口角を上げる。ならば次は、四人の方針を定めなければならない。

 

 

 「全員生存は楽観的過ぎるような気もするけど…」

 「いいえ、尾崎さん。鬼はきっと、人間の振りをして店で働いている。だから、人を殺すのには慎重になる筈です」

 「……そうか…! 殺人の後始末には手間が掛かる。血痕は簡単に消せねえしな」

 「成程…筋は通ってるわね」

 「それじゃあ、鬼が店の中で動く頃合い…夜になったら、荻本屋に集まって。必ず、皆で皆を助け出そう」

 「はい!」

 「…俄然やる気になって来たぜ!!」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「うぅ…本当に、どうしてバレていたのか……」

 「あはは……流石にバレない方がおかしいわよ、しょうがないわ…」

 

 

 日暮れ時。鯉夏に別れを告げた炭治郎は、そこで自身が男であると露呈していたことを知り、少なからず恥ずかしさを覚えていた。尾崎と共に荻本屋へと向かう途中も、思い出しては頭を振る。今はそれどころではないのだ。

 

 

 「────!!」

 「! どうしたの!?」

 

 

 彼の鼻に届いた匂い。立ち止まって確実に判別し………それが鬼の匂いであると看破する。

 

 

 「鬼の匂いです!! 近くにいる!!」

 「!! ごめんなさい、私にはわからないの!! 着いていくわ!!」

 「はい!!」

 

 

 来た方へと引き返していく炭治郎たち。匂いはどんどん強くなり…暫く進んで、ある部屋の中から漂っているようだと理解できた。

 

 

 「ここは……!!」

 「鯉夏花魁の!? まさか…!」

 

 

 窓を、開く。

 

 

 「鬼狩りの子? 来たのね、そう」

 

 

 瞳には、「上弦」「陸」の文字。

 

 

 「何人いるの? 一人は黄色い頭の醜いガキでしょう。柱は来て────あら?」

 

 

 そこに居たのは、鯉夏を「帯」の血鬼術で拘束している「上弦の陸」堕姫。彼女は動きを止めて、炭治郎………の奥から顔を覗かせる、尾崎に視線を向ける。

 

 

 「(………地味な女。でも、強いわ。柱なのかしら? どちらにせよ、喰ってやってもいいわね。限り限り許容できる顔だし)」

 「「その人を離せ(しなさい)!!」」

 「────誰に向かって口を利いてんだお前らは」

 

 

 黙って尾崎を値踏みしていると、二人が声を上げる。短い間ではあったが鯉夏と交流を深めた彼らは、目の前で害されようとしている彼女をすぐにでも救い出したかったのだ。だが、それが癇に障った堕姫は己の背から帯を猛烈な速度で伸ばし、二人に叩きつけんとした。

 

 

 

 ────しかし。

 

 

 

 「…ッ! 『咢の呼吸 天ノ型 (ひろ)がる銀鱗(ぎんりん)』!!」

 「!」

 「怪我は無い!?」

 「!? …あ、ありがとうございます!!」

 

 

 

 尾崎によって、弾かれる。

 

 

 

 「(この女……思ったよりやるじゃない。少なくとも、今まで喰ってきた柱よりは上だわ…)」

 「(やった…!! 上弦相手でも、反応できた!! 頑張ってきたこと何一つ…無駄じゃなかった!!)」

 

 「…ガキの方も目は綺麗ね。ほじくり出して喰ってあげる」

 「竈門君。その箱は…」

 「妹が入ってるんです。背負って戦います」

 「…わかったわ。まずは、鯉夏花魁を…ッ!!」

 「私の前でお喋り? 随分と余裕ぶっこいてくれるじゃない」

 

 

 体勢を立て直し、堕姫と距離を取った二人。作戦を立てようとしたが、追撃が飛んで来たことで妨害されてしまう。それでも────

 

 

 「(! 鯉夏を閉じ込めている所を…)」

 

 「これで大丈夫です、尾崎さん!」

 「ありがとう! 今度は私が助けられちゃったわね…!」

 「…いいわね。アンタも意外と骨がある。不細工だけど、可愛いわよ。見苦しくもがく…死にかけの鼠みたいでね」

 

 

 どうにか戦況を有利な方へと傾けていく。

 

 遂に、炭治郎…そして、尾崎と上弦の鬼の戦いが、始まった。

 

 

 





 【狩人コソコソ噂話】
・「天ノ型 氾がる銀鱗」
「水竜」ガノトトスから着想を得た技。水中を支配する巨大な魚影、時にそれは人間の領域すらも侵略する。砦すら貫く水流はその質量も比類無い。辺り一帯を水底に沈め、溺れた哀れな獲物を骨まで喰らい尽くすだろう。当たっていないと錯覚してしまうような広い太刀筋、水のように揺らぐ軌道を以て、鬼を惑わし頸を落とす。

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