時世を廻りて   作:eNueMu

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もう一つの転機

 

 「ふぅん、そうか。ふぅん……。陸、ね。一番下だ、上弦の。陸、とはいえ上弦を倒したわけだ。実にめでたいことだな。陸、だがな。褒めてやってもいい」

 「いやお前から褒められても別に…」

 「そうですよ!」

 「…随分遅かったですね」

 「おっおっ遅いんですよそもそも来るのが!! おっそいの!!」

 「まあまあ、皆さんその辺りで…」

 

 

 戦いが終わり、荒れ果てた吉原の一角。ねちねちと実に嫌らしい言い回しをするのは、伊黒だ。鴉の連絡を受け、救援に来たようだが…一足遅かったらしい。とはいえ、それは彼に限ったことではない。

 

 

 「…何という、惨状だ」

 「! ……よぉ、刈猟緋。派手に手間取っちまった。恥ずかしい限りだぜ」

 「どうやら俺たちは遅かったそうだぞ? この女どもによるとな」

 「貴方とこの人じゃ全然距離が違うじゃないですか!!」

 

 

 伊黒が着いて間もなく、滲渼も吉原に到着した。瓦礫の山を目の当たりにして、珍しく青褪めている。

 

 

 「………尾崎は、何処に居る」

 「安心しろ、向こうの方に鬼の頸を探しに行ってる。ま、身体は崩れてたからな…特に問題はねぇ筈だ」

 「! そうか、感謝する」

 

 

 宇髄が自身の疑問に答えるや否や、すぐさま指し示された方へと移動した滲渼。彼女の消えた方角を一瞥したのち、伊黒は再び口を開いた。

 

 

 「なぜお前が行かないんだ。柱のお前が率先して行うべきだろう」

 「俺たちはコイツ! 鱗滝の面倒見てたんだよ!! 平気な顔してるが重傷者だ!!」

 「すみません、伊黒さん。お話の通り私が原因なので、宇髄さんを責めるのはお止めになってください」

 「…やれやれ。いつから柱は若手介護人になったのか……」

 「…まあ、そう言うなよ。皆よく育ってるぜ……お前の大嫌いな若手もな」

 「………おい。まさか…生き残ったのか? この戦いで────竈門炭治郎が」

 

 

 伊黒の問いに答えたのは、瓦礫の向こうから聞こえて来る声。気に食わない後輩の後を追って行ったらしい若手たちの騒がしい声が、彼の耳に届く。

 

 

 「炭治郎ォォォ〜!!! 生きてて良かったよぉぉ〜ッ!!!」

 「かりかりぴー!! 今回は俺たちがやってやったぞ!! 凄ぇだろ!!」

 「うむ。上弦の撃破、真に見事だ。…尾崎。其方も、良くやった」

 「! …わ、私一人の力じゃ…!」

 「刈猟緋さん! 尾崎さん、凄かったんですよ! 『柱はこんなものじゃない!!』って上弦の鬼を…」

 「や、やめて竈門君!! なんか恥ずかしいから、それ!!」

 

 

 

 「…ふん」

 「……伊黒さん。炭治郎は、まだまだ強くなりますよ」

 「喧しい。ああ、そうだ。鱗滝と言えば、竈門禰豆子についての約定に名を連ねていた筈だな? 無駄口を叩く暇があるなら己の命の心配でもしておけ。切腹の準備でも構わんがな」

 「ふふ、そっちも大丈夫ですよ。禰豆子ちゃんは、人を襲ったりしませんから」

 「だな。今回ばかりは、俺も竈門禰豆子に助けられた」

 「……何だと? 詳しく聞かせて貰おうか────」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「そうか…!! 再び、上弦を倒したか…!! 天元、炭治郎、禰豆子、善逸、伊之助、真菰、あやめ…!! 皆、よくやった!!」

 

 

 産屋敷邸。布団を血反吐で汚しながら歓喜の声を上げるのは、当主・産屋敷耀哉。鴉の気遣う声を意に介することもせず、込み上げる感情のままに言葉を連ねる。

 

 

 「予期した通りだった!! 滲渼が上弦の弐を討って四年!! あの日、五年以内に大きな変化が訪れると……そう感じた通りだった!! あまね!!」

 「はい」

 「わかるか!? これは『兆し』だ!! いや、或いは既に結実し始めているのか…!! いずれにせよ、運命は大きく変わってきている!! 鬼舞辻無惨…!! 我が一族唯一の汚点!! 奴にこの揺らぎが波及する日も、そう遠くはないだろう!!」

 

 

 最早起こしていることにすら大変な苦労を伴う己の身体に鞭を打ち、憎むべきその名を口にする。かつて滲渼が成して以来の、二度目の上弦討伐。百年以上も陥落することのなかった聳え立つ巨壁が、短期間で次々と崩れていく。間違いなく、情勢は変化しつつあった。

 

 

 「(無惨!! 無惨!!! 私たちの代で、お前は倒す!! お前は必ず倒れる!! 必ず…!!!)」

 

 

 血に咽せる耀哉を、あまねたち家族が介抱する。炯炯と輝く盲いた瞳は、ともすれば鬼よりも遥かに恐ろしく思えるほどに力が込められていた。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 琵琶の音が、鳴り響く。

 

 上弦たちはそれだけで、何事かを静かに察していた。

 

 

 「(さて…今回は、何奴が死んだのか)」

 

 

 無限城に召喚された猗窩座は、ちらちらと辺りを見回す。前回通りの位置に上弦たちが並ぶ中、堕姫と妓夫太郎の姿が見えない。

 

 

 「(……成程な。結局は弱者から死んでいくという訳だ…しかし、わかっていても腹立たしい。何を人間如きに敗れているのか…────!! チッ…!!)」

 

 

 殺されたのだろう上弦の陸を内心で侮蔑する猗窩座。だが、彼の頭を掠めるのはあの日の光景。完膚なきまでに叩きのめされ、あまつさえ同じ拳打ですら上回られた苦い記憶。

 

 

 「(……俺は負けてはいない…!! 夜が続いていたならば、俺が勝っていた筈だ!! そうだ…!! 俺は太陽から逃げたのだ!! 負けを認めた訳ではない!!)」

 

 

 自分に言い聞かせることで、忌々しい経験の痛みを少しでも和らげる。だが、その苦しみが完全に癒えることはない。あるとすれば、滲渼を猗窩座自身の手で殺す以外に術はないだろう。

 

 

 「(奴は必ず…俺がこの手で……!!)」

 

 

 どうにか苛立ちを治めた彼は、無惨からの指示を待たずして膝を突いて頭を垂れる。前回のことで懲りたのか、玉壺と半天狗も黙って無惨の到着を待っているようだった。

 

 

 「あの…猗窩座様? これは一体…」

 「……黙って俺と同じようにしろ。無惨様がいらっしゃる」

 「! は、はい」

 

 

 上弦として呼ばれたのは初めてである瞢爬も、彼らに倣って静かにその時を待つ。特に彼は無惨から「目の前で喋るな」と言われている以上、声を出すことは好ましくなかった。

 

 

 

 再び、琵琶の音が鳴る。

 

 

 

 現れたのは、実験器具をその手に携えた無惨だった。

 

 

 「……妓夫太郎が死んだ。またしても…上弦が欠けた」

 

 

 短い言葉の中に、激しい怒気を感じた上弦たち。何か口出しするでもなく、次の言葉をひたすらに待つ。

 

 

 「妓夫太郎は負けると思っていた。案の定、堕姫が足手纏いだった。初めから妓夫太郎が戦っていれば勝っていた。そもそも堕姫を何処かに隠して……いや、もうどうでもいい。────期待して、裏切られて…お前たちにはほとほと愛想が尽きた。私は二度とお前たちに期待しない」

 

 

 無惨は声を荒らげることはせずに、淡々と上弦への怒りを述べた。時折彼が実験器具を繰る音が聞こえ、少しして再び話し出す。

 

 

 「…だが、もしも。少しでも私を喜ばせようという気概があるのなら…是非とも自分の成果を告げてみせろ」

 「………む、無惨様!! 私は、ほんの今しがた!! 鬼狩り共の生命線ともいえる刀鍛冶の集う隠れ里について、情報を得た所で御座います!! 恐らくは、そこさえ────」

 「恐らくは?」

 

 

 震えながら声を発した玉壺。彼は無惨に、彼らにとっては極めて有用な情報を掴んだのだと話した。そのまま自身の推論を語ろうとした所で────いつぞやと同様に、頸を無惨に捥ぎ取られる。

 

 

 「まだ確定していない情報を嬉々として伝えようとするな。これ以上私をぬか喜びさせてくれるな。わかったか?」

 「も…勿論で御座います……!!」

 

 

 玉壺の頸を手放すと、彼ともう一人の上弦に無惨は命令を告げる。

 

 

 「玉壺。情報が確定したら半天狗と共にその隠れ里とやらへ向かえ。私が納得できる成果を上げろ」

 

 

 彼が話し終えるのと同時に襖が閉じられ、無限城から無惨の気配が消える。半天狗と玉壺は命令の内容について各々の反応を示しながら、帰還に備えようとしている。

 

 

 「ああ……また、伝え損ねてしまいましたね…」

 「……刈猟緋滲渼のことか? 以前もそのことで咎められただろう。だというのに、強いて無惨様にお伝えするようなことではない。奴を倒すというのなら俺だけで十分だ」

 「………不可能だと、思いますがね…」

 「…チッ。貴様にとやかく言われる筋合いは────」

 「……ふむ………刈猟緋、か……」

 「!」

 

 

 無惨を目にし、今度こそしっかりとした注意喚起をと意気込んだ瞢爬だったが…どのようにして伝えようかと腐心している内に、無惨が去ってしまった。()()()()()()()()()()()ので、出来る限り早めに対応案を伝えておきたいと考えている瞢爬。そんな彼を猗窩座は窘めて────思わぬ人物の登場に驚く。

 

 

 「……黒死牟。何の用だ」

 「…取り立てて……用事があるという訳ではない………。ただ……いと懐かしき名が…聞こえた故…」

 「懐かしき名、ですか…?」

 

 

 上弦の壱・黒死牟。彼は刈猟緋の姓、その名をしばしば耳にした……人間時代の記憶を語る。

 

 

 「戦国の世……刈猟緋は、さしたる名家でもなかったが……その打たれ強さだけは…広く知られていた…。よもや………この大正の世にまでその名を残していようとは……」

 「ほうほう…中々、面白い話で御座いますね。その血もまた、しぶとかったという訳ですか」

 「……だが、それでは奴の強さの説明がつかん。打たれ強いなどという話ではなかったのだぞ」

 「………刈猟緋の子孫は…強者か」

 「! ……いずれ、俺に殺されるがな」

 「……そうか…励む…ことだ…」

 

 

 話の流れで、自ら人間を強いと口にしてしまったことに再び苛立ちを見せた猗窩座。黒死牟は思い出話に満足したということなのかどうなのか、そのまま彼らの許を離れる。

 

 

 「(しかし…確かに彼女は、打たれ強いだとかそういった次元の存在ではなかった。勿論、血筋で全て決まるなどということはありはしないが……或いはそこに、彼女に対する不思議な既視感の正体が…隠されているのだろうか)」

 

 

 そう間をおかずに、猗窩座たちも無限城から帰される。

 

 

 

 

 

 瞢爬の疑問は、未だ彼自身の中に留まったままだった。

 

 

 

 

 


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