時世を廻りて   作:eNueMu

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それぞれが少しずつ

 

 吉原遊郭での戦いから二週間。炭治郎と尾崎が同じ日に療養を終え、これにて真菰以外の任務参加者全員の負傷が完治したということになった。機能回復訓練に参加するその前に、炭治郎は真菰の病室に足を運ぶ。

 

 

 「真菰さん、おはようございます。体の調子はどうですか」

 「おはよう、炭治郎。もう少しすれば、動けるようになるよ。運良く内臓には届いてなかったみたい」

 「そうですか…大事に至らなくて良かったです。尾崎さんは、もう?」

 「うん、つい先刻訓練場に。炭治郎も機能回復訓練でしょ? 頑張ってね」

 「はい! 頑張ります!」

 

 

 既に目を覚ましていた真菰と短く会話を交わし、尾崎の後を追う形で機能回復訓練に臨むこととなった炭治郎。姉弟子の怪我が早く良くなるようにと祈りつつ、訓練場へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 そうして始まった機能回復訓練。尾崎は初めてなのに対して、炭治郎はこれが二度目。多少なりとも手本になれるだろうかと彼は考えていたのだが…

 

 

 「お、尾崎さん凄いですね……順応が早いというか………同じ二週間なのに、この差は…」

 「……私自身吃驚してるわ…。こんなにも動けるものなのね……」

 「不思議です…。まるで安静にしていた筈の二週間も隠れて鍛錬していたかのような…」

 「…!? き、きよちゃん! そんなことしてないわ、本当よ!? そんな顔で見られても困るわ!」

 

 

 なんと尾崎は、身体の柔軟性以外は殆ど以前と遜色ない動きを見せたのだ。きよが「まさかこの患者」とでも言わんばかりの視線を彼女に向けるが、尾崎としても自身の動きに驚いている。疚しいことなど何もないのだ。

 

 

 「だとすると……『呼吸』の違いでしょうか? 尾崎さんの『咢の呼吸』は、あの刈猟緋さんが編み出した呼吸ですから…何かとんでもない効能が付随していてもおかしくはないかと」

 

 

 そんな中アオイが指摘したのは、「咢の呼吸」の特異性。要するに、体力の低下を抑えるような効果でもあるのではないかと言いたいらしい。尾崎としても、納得のいく話であった。

 

 

 「確かにあり得るわ…実はね、咢の呼吸で全集中・常中ができるようになったの、一年程前のことなのよ。単純に、凄く大変なの。呼吸を習得するのにも何年も掛かったし…刈猟緋さんが気付いていないだけで、そういう効果があるのかもしれないわね」

 「それはそれで、信じ難い話ではありますけど…」

 

 

 とはいえ、そういった副次的効果に変化や強化が現れるという話には前例が無い。全ての呼吸の副次的効果は身体能力の向上などに留まるため、咢の呼吸はやはり例外中の例外なのだと考えられた。

 

 

 「何にせよ、これ以上考えても仕方がないですね。とにかく尾崎さんが強くなったということでいいでしょう」

 「………凄くいい加減な纏め方をされたような……」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「あら…新しい刀、届いてたのね」

 「! そっか、尾崎さんも折れてたんですよね。俺も一応、少し前に届いたんですけど……」

 

 

 その日の訓練を終え、尾崎が手にしたのは新たな日輪刀。妓夫太郎の頸を斬り付けた際に折れてしまっていたのだが、療養中に蝶屋敷に届けられていたようだった。

 

 刀と聞いて苦い顔をするのは、炭治郎だ。彼もまた堕姫との戦いで酷く刃毀れした刀を新調したのだが…彼の担当である鋼鐡塚螢は、己の刀が損なわれることを異常に嫌う。その結果…

 

 

 「鋼鐡塚さんにお見舞いついでに渡して貰って、その時は特に気にしてないように見えたんです。でも、夜中にふと目を覚ますと…」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「…ない……さない」

 「……ん…?」

 許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない……!!

 「ギャアアアアアアアッ」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「こ…怖ッ! えぇ!? 何よ、帰ってなかったの!?」

 「はい…確かに帰っていくのを見送ったんですけど、いつの間にか病室に潜り込んでいたみたいで……結局、騒ぎ声を聞きつけたしのぶさんに追い出されてしまったんですが」

 「それはそうでしょう………竈門君、担当の人変えてもらった方が良いんじゃない?」

 「いえ、悪いのは鋼鐡塚さんじゃなくて俺ですから。俺がもっと上手く刀を使えるようになれば良い話です」

 「本当に真面目ねぇ……真面目すぎるくらいだわ」

 

 

 鋼鐡塚の呪詛じみた振る舞いにも、炭治郎は腹を立てることなく精進の切っ掛けとしていた。ここまで来ると炭治郎の方も中々だと思いながら、尾崎は届いた刀の柄を握る。

 

 鞘からは、まだ抜かない。

 

 

 「…尾崎さん?」

 「……竈門君。私の刀の色、覚えてるかしら」

 「あ……はい。えっと、鋼色だったと思います」

 「うん…そうね。……あれはね、染まってなかったのよ。或いは薄らと何色かに染まっていたのかもしれないけれど…それでも、わからない程度で」

 「え? でも、尾崎さんは刈猟緋さんの継子で…」

 

 

 それは、炭治郎にとって驚くべき事実だった。日輪刀の色が変わらないというのは、つまり呼吸の才能が無いということだ。比較的容易であるとされる水の呼吸ならば努力を積めば身につけることも不可能ではないだろうが、それ以外の呼吸……ましてや派生させた癖の強い呼吸など、習得出来る筈もない。それでも尾崎は、咢柱の継子として咢の呼吸を習得している。

 

 

 「(確かに、刈猟緋さんの刀は鮮やかな色だった。しかも、次々と色が変わる。玉虫色……本当に綺麗な刀。だけど、尾崎さんは…)」

 

 「『咢の呼吸』を習い始めて…かれこれ四年か五年か。刀の新調は、初めてなの。私はまだ、咢の呼吸の技だって全てを使えるまでには至っていない。………色は、変わっているかしら」

 「尾崎さん」

 「!」

 

 

 尾崎の手は、震えていた。色が変わっていないのなら、それは「咢の呼吸」も彼女の適性ではなかったということ。刀を抜く決心が、つけられないでいるのだ。

 

 だからこそ、炭治郎は彼女の背中を押した。

 

 

 「大丈夫です。刀の色が変わっていなくても、尾崎さんは刈猟緋さんの継子です。凄い呼吸を使う、凄い人です。────だから、安心して刀を抜いてください」

 「……!!」

 

 

 尾崎の心の靄が、晴れる。

 

 

 「────ありがとう、竈門君。その通りね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一息に抜き放った日輪刀は、仄かに玉虫色を帯びていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……うん。綺麗」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 それから一ヶ月と少し、取り立てて大きな出来事は無かった。しかしながら、何も変化が無かったのかと言われればそういうことでもない。炭治郎が任務に復帰し、鬼殺の日々を過ごす中で…禰豆子にも、少しばかり異変が生じていた。

 

 

 「……特に問題は無いようです。今は見た目も普段通りですし、当分暴走の心配は無いかと思います」

 「本当ですか!? ……禰豆子に、一体何が起きているんでしょうか…」

 「…簡単な話です。鬼化が進行しているんですよ」

 「鬼化が、進行……」

 

 

 ある時のこと、炭治郎は少しばかり苦戦したことがあった。無論彼一人で十分にどうにか出来る相手ではあったのだが…彼と共に戦っていた禰豆子は、危機感を覚えたらしい。

 

 その姿を成人女性程にまで成長させると、以前よりも遥かに強力な力を獲得。そのまま相手取っていた鬼を一方的に蹂躙してしまった。更には理性を飛ばしかけ、付近の民家へと突っ込んで行こうとしたのを炭治郎が阻止。羽交い締めにしつつ噛み砕いてしまった竹の轡の代わりに刀を噛ませ、何度も何度も呼びかけてどうにか彼女を落ち着かせたのである。

 

 

 「私自身、毒の調合などの関係上鬼についてはそれなりに詳しいと自負しています。今の禰豆子さんの状態は、有象無象の鬼が血鬼術を獲得しようとしている段階…或いは十二鬼月級の存在へ至ろうとしている段階に近しいものです。人を喰わない分、その成長は変則的であるようですが……鍵となるのは、炭治郎君だと思いますよ」

 「俺、ですか…?」

 

 

 禰豆子は今、一定の壁を越えようとしている段階にあるのだとしのぶは話す。その上で炭治郎に言い聞かせるのは、禰豆子が「人」であり続けるための方策。

 

 

 「炭治郎君が傷つけば、禰豆子さんは悲しみ、怒ります。それは急激な成長を彼女にもたらすでしょうが、今回のように暴走する危険と隣り合わせとなるでしょう。最も良いのはこれ以上貴方が怪我をしないことですが…そうでなくとも、ただ彼女の側に居てあげてください。……互いに守るべき者の存在がわかっていれば、貴方たちはどこまでも強くなれる」

 「しのぶさん…」

 「あらあら、良いこと言うわねしのぶ」

 「! ね、姉さん!? いつからそこに!?」

 「さぁ〜、いつからだったかしら」

 

 

 炭治郎と禰豆子の絆を肯定するような、しのぶの発言。彼女にも禰豆子のことが認められつつあるのだと炭治郎は感激し、いつの間にかその場に居たカナエは鬼嫌いの妹から出たとは思えない台詞を茶化す。

 

 

 「全くもう…!」

 「…ねぇ、しのぶ」

 「……何、姉さん」

 「禰豆子ちゃんとは、仲良くできそう?」

 「………ええ、まあ」

 「うふふ、そう。良かったわ。炭治郎君、これからも頑張ってね」

 「はい、ありがとうございます!」

 

 

 

 心体問わず、誰もが少しずつ成長していく。そんな二ヶ月が過ぎて行ったのだった。

 

 

 


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