炭治郎が刀鍛冶の里に滞在している間に、様々な出来事があった。同期である不死川玄弥や、恋柱・甘露寺蜜璃、そして新たな柱である霞柱・時透無一郎との交流。絡繰人形の中に隠されていた一振りの刀。体格が変わった鋼鐡塚。
そして…上弦の肆、伍の襲来に加え、禰豆子の太陽克服。
状況は、これまでになく大きな変化を迎えようとしていた。
「あーあァ…羨ましいことだぜぇ。なんで俺は上弦に遭遇しねえのかねえ」
「こればかりはな…遭わないものはとんとしない。甘露寺と時透、その後体の方はどうだ」
「あっ、うん! ありがとう! 随分良くなったよ! (キャッ!! 心配してくれてる!!)」
「僕も…まだ本調子じゃないですけど…」
当然柱とて例外ではない。この日彼らは、緊急の柱合会議にて顔を合わせていた。理由は、甘露寺と無一郎に現れた異変。
「しかし、今回は派手にツイてたと思うぜ。言いたかねぇが…下手すりゃあ柱が欠けてもおかしくなかった。上弦二体ってのは、それだけド派手にやべぇ事案だ」
「その通りだ…この度誰も欠けることがなかったのは、何よりも尊く幸運であったといえるだろう」
「…蜜璃と無一郎は、決して軽くない手傷を負っていたと聞いている。だが……だとすれば、これだけの短期間で癒えたというのは奇妙なことだ」
「ええ…今回のお二人の傷の治りは異常なまでに早いです。何があったんですか?」
「その件も含めてお館様からお話があるだろう」
今回半天狗・玉壺とそれぞれ戦った蜜璃たちは、どちらも復帰が信じられない程に早かった。常人のそれを逸脱した回復速度、自身の異常を正確に把握しているのは無一郎だけだ。
義勇が口を開いて間もなく、あまねが子供らを連れて柱たちの前に姿を現す。
「大変お待たせ致しました。本日の柱合会議…産屋敷耀哉の代理を、産屋敷あまねが務めさせていただきます。そして当主の耀哉が病状の悪化により、今後皆様の前へ出ることが不可能となった旨…心よりお詫び申し上げます」
彼女の台詞を聞いた九人の柱は揃って頭を下げ、代表して悲鳴嶼が了解を述べた。
「承知…お館様が一日でも長く、その命の灯火燃やしてくださることを祈り申し上げる…。あまね様も御心強く持たれますよう…」
「……柱の皆様には心より感謝申し上げます」
僅かながら心の揺らぎを見せたあまねだったが、すぐに気を引き締める。ここからは、己が耀哉の代わりをしなければならないのだと…己に言い聞かせて。
彼女はそのまま、太陽を克服した禰豆子を無惨が狙うだろうということ、そしてそのために総力を挙げてかかってくるだろうということを話した。即ち、戦力で劣る鬼殺隊は何としてもそれまでに力をつける必要がある。
「上弦の肆・伍との戦いで、甘露寺様・時透様の御二人に独特な紋様の痣が発現したという報告が上がっております。御二人には痣の発現の条件を御教示願いたく存じます」
「!?」
「痣?」
そのためにあまねが縋ったのは、産屋敷家に伝わる伝承。戦国時代からの逸話に基づく希望の復元だ。
「戦国の時代…鬼舞辻無惨をあと一歩という所まで追い詰めた始まりの呼吸の剣士たち。彼らは全員に鬼の紋様と似た痣が発現していたそうです」
「「「!?」」」
柱たちの間に走る激震。聞いたこともない話ではあるが、あまねによれば知っている者は知っているのだという。不死川が何故これまで教えてくれなかったのかと問い、再びあまねがそれに答える形で話し出す。
────ただ一人。滲渼は目を瞠り、己の左頬に手を添えていた。
「────『痣の者が一人現れると共鳴するように周りの者たちにも痣が現れる』………? 刈猟緋様? 如何なさいましたか」
「……いえ………その痣とやらが……例えば。生まれついて発現していたというような者は、居たのでしょうか」
「……? いえ、そういった言い伝えは────────」
あまねの顔が、硬直する。
「────失礼ながら。左頬の、爪痕は……
「否。────此れは、痣に御座います。母によれば……私は此れを、生まれ落ちたその時から携えていたと」
「!!!」
あまねにとって……予てから、不思議ではあった。上弦の弐を討ち、その後参と新たな弐を同時に相手取って圧倒するような彼女が、一体何者に傷を負わされたのかと。入隊の時点から、熊を相手にしたとしてもまるで怪我を負うようには思えない彼女が、癒えず残る程に深い爪痕を何に負わされたのかと。
何のことはない。
そもそも、傷などではなかったのだ。
「………コイツは派手にぶったまげたな。要は、その訳わかんねぇ痣が浮き出せば強くなるって話だろ? ────そんでもって…刈猟緋はこの世に産まれた瞬間からその痣を出してた訳だ。テメェ前世で世界でも救ったのか?」
「人の能力は生まれつきある程度決まっているものですが…ここまで来ると、笑うしかありませんね」
宇髄としのぶが苦笑いを浮かべ、滲渼の顔を見た。他の柱たちも少なからず反応を示したが、あまねに至ってはその衝撃が一目でわかる程に動揺している。
…それもその筈。彼女は痣の発現に
元よりそのつもりではあったが、どうあっても今回の好機で全てを終わらせなければならなくなった。
「……刈猟緋様の痣が、件の痣であるかどうかはわかりませんが…生まれついてのものであれば、条件などはわからないかと存じます。ですので、御教示願います……甘露寺様、時透様」
とにかく、先ずは痣の詳しい発現条件を広めることが優先。今回二人と同様に痣を出した炭治郎の報告は真面なものではなかったので、彼らから聞き出す必要がある。
しかし…
「(あまね様素敵…!) はっ、はい!! あの時はですね、確かに凄く体が軽かったです!! えーっと、えーっと……! ぐあああ〜ってきました! グッてして、ぐぁーって! 心臓とかがばくんばくんして耳もキーンてして、メキメキメキィッて!!」
産屋敷邸の空気が凍る。
「(教えることが下手な者は、皆同じようなことを言うのだな…)」
滲渼は闘志の稽古指導に、一人思いを馳せた。
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その後、何とか無一郎から参考に足る情報を得られたあまね。彼女は柱たちに、告げなければならない事実を告げる。
「ただひとつ…痣の訓練につきましては、皆様にお伝えしなければならないことがあります」
「何でしょうか…?」
「もうすでに痣が発現してしまった方は、選ぶことができません……痣が発現した方は、どなたも例外なく────」
まだ若い、三人の柱に目を遣って。
「────齢二十五を迎える前に命を落とします」
「…え?」
声を漏らしたのは、甘露寺だった。そして…滲渼もまた、明確に表情を強張らせる。
「……やはり…無理が、あるのですね。恐らくは…人間が三十九度の体温を維持するということ自体に」
「…詳しいことはわかりません。ですが、二十五を超えて生きたという者の記録がない。………よく、お考えになられますよう」
あまねたちが退室して暫く、柱たちは言葉を発さなかった。その理由は様々だが…しのぶは、唇を震わせて刈猟緋に問う。
「………刈猟緋さん…体温を、測ったことは?」
「…無い。だが、産婆を担った者曰く……私の体温も、平常より高かったそうだ」
「………そう、ですか」
これで、滲渼の痣があまねの話した痣であることはほぼ確実となった。つまり…
────五年先には、滲渼は居ない。
「…悪ぃ刈猟緋。考え無しに言っちまったな」
「気にすることはない。これもまた、私の運命だ」
「ま、わかりやすくなったんじゃねえかァ。今回で終わらせちまえば良いってだけだァ」
「うむ…しかし、そうなると私は一体どうなるのか…南無三…」
だが、悲嘆に暮れている暇はない。最早取り返しがつかないのであれば、ひたすらに進むのみだ。後ろを向くのは、全てが終わった後で良い。
「…刈猟緋」
「案ずるな。思う所が無い訳ではない。なれど、成すべきことを成さねばならぬ。それが我等の務めぞ」
「…そうか」
同期である義勇が、滲渼に声を掛けた。彼女の返答は、柱としての責務を訴えるもの。それを受け、義勇は口を閉ざしたが…それでも、限られた命を燃やす
「まずは、今後の立ち回りでも決めてくかァ?」
「…そのことだが……ひとつ提案がある」
…全ては、皆が願う平和を実現させるために。
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「…無惨様。申し訳、ありません」
「? ……あぁ、そうか。瞢爬が何処ぞへと消えたのだったな。安心するがいい猗窩座……今の私は実に気分が良い。許してやろう、奴のことなど捨ておけ」
「!? …そのことについて、私をお呼びになられたのでは?」
所変わって、無限城。召喚された猗窩座は早々に謝罪を口にしたが…なんと、罰や罵倒が飛んで来ることは無かった。どうも、無惨はいつになく上機嫌らしい。
「これよりお前たちは、とにかく人を喰って強くなれ。散りばめた鬼はじきに無限城に回収する、その分黒死牟とお前の取り分が増えるという訳だな」
「…『青い彼岸花』の、捜索は?」
「くくく、その必要はもうない。瞢爬の顔を見る必要も無くなった…! 太陽を克服した鬼が、現れたのだ!! 鬼狩りを滅ぼし、かの鬼…竈門禰豆子を喰らうための備えを進める!! 私の悲願が叶うその日が、すぐそこまで近付いているぞ…!!! 究極の生物となる、その日がな!!!」
歓喜に声を張り上げる無惨。猗窩座としても瞢爬から解放されたことは喜ばしいことではあったが、それ以上に気にかかるのは滲渼のことだ。
「…無惨様。一つだけ、望みを申し上げてもよろしいでしょうか?」
「……ふむ。言ってみろ」
「刈猟緋滲渼は、私が相手をしても?」
「何だ…そんなことか? 好きにするがいい、その時が来ればお前とあの女をぶつけるように鳴女に言いつけておこう」
「はっ…! ありがたき幸せ!」
無惨は、変わらず滲渼に何の危機感も抱いてはいない。数多いる人間の一人でしかないと…そう考えている。故に、猗窩座一人に彼女を任せることにしたのだ。
それぞれが、決戦に向けて…最初の一歩を踏み出した。