時世を廻りて   作:eNueMu

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生きるべく足掻け

 

 「遅い遅い遅い遅い!! 何してんのお前ら意味わかんねぇんだけど!! まず基礎体力が無さすぎるわ!! 走るとかいう単純なことがさ!! こんなに遅かったら上弦に勝つなんて夢のまた夢よ!? ハイハイハイ、地面舐めなくていいから!! まだ休憩じゃねぇんだよもう一本走れ!!」

 

 

 宇髄が叱咤を浴びせているのは、継子でもない普通の隊士たち。携えた竹刀でへばった彼らの背を叩き、徹底的に走り込みを行わせている。

 

 これは、新たに始まった「柱稽古」。鬼の出現が止んだ今、余裕の生まれた柱たちは鬼殺隊全体の強化に奔走することになったのだ。甲以下の全ての隊士は宇髄から始まり、七名の柱の許を順に巡っていく。それぞれの稽古で力をつけ、最低限上弦を相手になす術なく死ぬことが無いように。

 

 

 

 しかしながら、この稽古に積極的な参加が出来ない柱も居る。

 

 まずしのぶだが、彼女は他の隊士に稽古をつけている暇が無い。耀哉からの命により、様々な薬の開発をしなければならないのだ。

 

 

 

 そして…もう一人は、滲渼。

 

 

 

 

 

 「………やはり…()()()、か」

 

 

 何処かの森の中、彼女は何かを手に取り布に包む。辺りは日射しが木々に遮られて暗くなっており、更には至る所に何かが暴れたような痕跡が残っている。

 

 

 「(……鬼の気配の残滓が感じられる。間違いなく、つい先日までは生きていた筈の。だが、此処で力尽きた)」

 

 

 回収物の一部を、大太刀で斬りつける。すると、鬼の肉体同様に塵と化して消えてしまった。

 

 

 「(鬼としての…血鬼術としての性質は、有したまま。幸か不幸かで言うならば、確実に幸だとは言える。しかし……こういった場に()()が遺されているという可能性は、決して高くない。ともすれば、鬼舞辻無惨よりも余程拙い存在が野に放たれたやもしれぬというのに)」

 

 

 改めて布に包んだものを懐に納め、その場を後にする。

 

 ────これが、滲渼が稽古に参加出来ない理由だ。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「…上弦の弐の血鬼術、ですか?」

 「あれは……何があっても、野放しにしてはなりませぬ。ひいては、単独での行動をお許し頂きたく」

 

 

 少し前。滲渼は耀哉の代理を務めるあまねに、瞢爬について単独での探索・調査がしたいと訴え出た。猗窩座の一件…「狂竜化」に加え、近頃世間で騒がれている「()()()()」の噂から、状況は日々悪化していると判断。今回の好機を利用し、少なくとも対抗手段を確立させるべきだと考えたのである。

 

 

 「……構いません。産屋敷耀哉が申しておりました…刈猟緋様の申し出があれば、容認するようにと。恐らくは、並ならぬ何かがあるのだと存じます。是非ともお望みの通りになさってください」

 「はっ。御厚意、真に痛み入ります」

 

 

 以降、彼女は各地────特に、「紫黒の雲」が目撃された周辺地域を探して回った。その対象は瞢爬であり、また…

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「………これ、は…?」

 「…あまり直視してはならぬ。魅入られるぞ」

 「! あ…す、すみません。ありがとうございます………それで、その水晶のようなものは一体…」

 「────狂竜結晶。名を付けたのは…そうだな、一先ずは私であるとしておこう。…これは、上弦の弐の力の一端だ」

 

 

 蝶屋敷に赴いた滲渼は、しのぶに回収物…「狂竜結晶」を見せた。疑問を募らせる彼女に、適宜返事を行っていく。

 

 

 「血鬼術の一部、ということですか?」

 「然り。……其方には、此の結晶の内に燻る成分を沈静化させる薬の開発を頼みたい。引き受けては、くれまいか」

 「…やれることは、やってみます。ですが、何故…? 上弦の弐との戦いでは、参も居合わせた中で終始優勢だったそうですが……どうしても対策が必要なのでしょうか?」

 「……うむ。必ずや………無くてはならぬものとなろう。脅しをかける積もりは無いが…抗う術が無ければ、人の世は終わりを迎えることとなる」

 「……………えっと、その………冗談、ですか………?」

 

 

 しのぶは、滲渼の言葉が上手く呑み込めなかった。彼女の言い回しは分かり難いことも多い。今回もその類いかと考えて……滲渼の表情に、息が詰まる。

 

 

 「…済まぬ。だが、私一人では何もなし得ない。医学の知識も、薬学の知識も無い私には……惨劇を防ぐ手立てが無い。………頼む」

 「────」

 

 

 滲渼が誰かにものを頼み、頭を下げる。それはあまりにも衝撃的な光景だった。無敵を誇るような彼女が、力不足を嘆いている。しのぶははっきりと、ここが正念場であることを理解した。

 

 

 「………わかりました。刈猟緋さん、任せてください。必ず、お望みの薬を完成させてみせます」

 「…忝い」

 

 

 災厄を阻む希望の光は、小さな少女と……思わぬ援軍の手に、託される。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「………真に…鬼、であるな」

 「そうだと言っているだろう妖怪女」

 「愈史郎!!」

 「済みません珠世様!!」

 

 

 後日、蝶屋敷に呼び出された滲渼。彼女はそこで、耀哉が協力を申し出たのだという二人の鬼…珠世と愈史郎に出会った。とはいえ、少量の血液だけで生きているらしい彼らの気配はかなり人のそれに近しい。特に愈史郎に至っては殆ど人間と変わりがなく、滲渼は禰豆子以来の驚きを見せた。

 

 

 「お呼びして申し訳ありません、刈猟緋さん。こちらの…珠世さん、が…どうしても聞きたいことがあるそうで」

 「…ふむ。如何様な事を?」

 「はい。…単刀直入にお訊ねします………貴女は、現上弦の弐とどのようなご関係なのでしょう?」

 「……成程な」

 

 

 珠世は会ってすぐの滲渼に、瞢爬との関係について問い質した。これは、ある意味当然の疑問。そもそも「狂竜結晶」などという物質を探し出し、その性質を見極め、対抗策を練ろうなどという発想に零から辿り着くまでには相応の時間がかかって然るべきなのだ。

 

 だというのに、滲渼は瞢爬と会って一年も経っていないと聞く。何より、狂竜結晶なるものの存在が発覚したのも彼女が蝶屋敷に持ち込んだが故。最早、初めから知っていたとしか思えない程に行動が早いのである。

 

 

 「貴女は……上弦の弐『瞢爬』は、何者なのですか?」

 「……………互いに決して相容れぬ者。或いは神仏がそう設えたのか……我等が争う事は、永きに渡る宿命よ」

 「………答えになっていないが。大きいのは図体だけか?」

 「いい加減にしなさい愈史郎!!」

 「済みませんッ!!!」

 

 

 だが、滲渼の答えは要領を得ないものだった。彼女自身、前世の事については隠しておきたかった。特に仲間たちが決戦へと一丸になりつつある今、余計な混乱を招くのは望ましくない。何より、ここで瞢爬の正体を伝えた所でさしたる意味は無いのだ。

 

 

 「(報告によれば、上弦の肆・伍・陸は何れも狂竜化していなかった。それは即ち、上弦の鬼は狂竜の力に対して相当な抵抗力を有しているということの証左。そして鬼の途絶と『紫黒の雲』の噂を考慮するに、現在瞢爬は単独行動をしていると見て間違いない。また仮に猗窩座との協働時間が私が童磨を討った直後からであったとするならば、残る壱と鬼舞辻無惨が狂竜化している可能性は皆無に等しい。────瞢爬も、猗窩座も……私が討つ。私が討たねば、ならない)」

 

 「……決して、悪意故にはぐらかした訳では無い。ただ、理解して欲しい。平和を尊ぶ想いは、私とて同じだ」

 「…わかりました。……安心しました、刈猟緋さん。或いは貴女が、鬼と通じているのではないか………そう考えていたものですから」

 「な…!? 珠世さん! この人に限ってそんなことはあり得ません!!」

 「良い、しのぶ。この件については総じて私に非が有る」

 「刈猟緋さん…」

 「……本当に、信頼されているのですね。しのぶさんがこれ程はっきりと誰かを庇うというのは、意外でした」

 

 

 珠世としては、彼女が潔白であると窺えただけでも十分だった。最悪自白剤などを混ぜた茶でも出せば良いのだが、それは鬼である自身を信じて協力してくれている鬼殺隊の面々を裏切る行為に他ならない。短いやり取りの中でも察することが出来る程に滲渼が誠実な性格であったことは、望外の幸運だった。

 

 

 「して、目処は立ちそうか」

 「今はまだ、何とも……ですが、珠世さんもお力を貸してくださるそうなので」

 「お任せください。これでも永く生きておりますから、知見には自信があります。新たに入手した『狂竜結晶』があれば、またお持ち願えますか?」

 「無論だ。私に出来る事ならば、何であろうとしてみせよう」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「────うーん………済まない、英国の分も持って来てくれ」

 「畏まりました」

 

 

 一方、刈猟緋邸。泰志は独自の経路で手に入れた外つ国の新聞を、辞書も無しに読み進めていく。内容をしっかりと確かめて、天を仰ぎ溜め息を吐いた。

 

 

 「はぁ……『原因不明の伝染病 家畜等壊滅状態』…か」

 

 

 既に、世代交代は済んでいた。闘志の跡を継ぎ刈猟緋家の現当主として奮闘する泰志は、国内外問わず社会情勢に敏感だ。そんな彼の頭を悩ませているのは、世界各地で蔓延している謎の病だった。

 

 

 「(どこの国も同じだ。未知の流行り病が、その地の生態系を蝕んでいる。明らかに……尋常ではない何かが、起きている)」

 

 

 当然、心当たりはあった。

 

 

 「(……『紫黒の雲』。国内では、目撃地点を中心として山や森の生き物が大量に屍を晒している。何かしら関連があるのは間違いない。…恐らくは、『鬼』)」

 

 

 足りないのは、外へと踏み出す勇気。

 

 

 「(………そうだな)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────否。それも既に、過去の事。

 

 

 「(────これはもう、『鬼殺隊』だけに留まる話じゃない。全ての人間に関わることだ。………動かなければ、いけないんだ)」

 

 

 

 

 

 希望の光を掴み取るための、最後の鍵が…漸くその重い腰を上げた。

 

 

 

 

 





 【狩人コソコソ噂話】
・「狂竜結晶」とは、「黒蝕竜」ゴア・マガラ及び「天廻龍」シャガルマガラが操る力が生物の体内で結晶化して固まったものです。結構な危険物なので、取扱いには細心の注意が必要だとかなんとか。

 【大正コソコソ噂話】
・義勇は柱稽古に最初から参加していますが、稽古をつけるのが下手…というかコミュニケーションができないので何をどうすれば良いのか全然分からず、隊士たちの間では最難関だと恐れられています。たまに一通り稽古をやり遂げた錆兎と真菰が助けに来てくれます。

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