時世を廻りて   作:eNueMu

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決戦

 

 その夜の産屋敷邸は、異様に静かだった。まるで、何かを待っているかのような…そんな静謐さの内に在った。

 

 

 「……やあ。来たのかい。…初めましてだね。鬼舞辻……無惨…」

 「…何とも…醜悪な姿だな。産屋敷」

 

 

 そこに踏み入るのは、招かれざる客。或いは、耀哉が狂おしい程に待ち望んだ仇敵。鬼の首魁・鬼舞辻無惨だ。既に病床に臥せったまま起き上がることすらままならなくなってしまった耀哉は、あまねに無惨の容姿を訊ねる。それについて彼女が具に述べるのを聞き届けると、無惨の来訪を予期していたことを彼自身に明かした。

 

 

 「君は私に…産屋敷一族に酷く腹を立てていただろうから…。私だけは…君が…君自身が殺しに来ると…思っていた…」

 「…私は心底興醒めしたよ産屋敷。身の程も弁えず千年にも渡り私の邪魔ばかりしてきた一族の長が、このようなザマで」

 

 

 だが、無惨の反応は至って冷淡だ。だから何なのだと言わんばかりの返答を行い、殆ど死に体の耀哉を言葉だけで嘲笑う。

 

 

 「醜い…何とも醜い。お前からは既に屍の匂いがするぞ…産屋敷よ」

 「そうだろうね……。私は…半年も前には…医者から…数日で死ぬと言われていた…。それでも、まだ…私は生きている…。医者も…言葉を…失っていた」

 

 

 耀哉は震える身体に鞭を打ち、無惨の声を辿って潰れた瞳を彼に向ける。解けた包帯の内から現れたのは、血の滲んだ…それこそ鬼のような目玉だった。

 

 

 「それもひとえに…君を倒したいという一心ゆえだ…無惨…」

 

 

 彼が語るのは、無惨と産屋敷家の因縁。何と無惨は耀哉たちの先祖にあたる存在であり、産屋敷の一族は邪悪を生み出した咎によって代々神仏から呪いを受けて来たのだという。

 

 無論、全ては確たる根拠のないことだ。無惨はそれらを妄言だと一蹴した。

 

 

 「そんな事柄には何の因果関係もなし。なぜなら…私には何の天罰も下っていない。何百何千という人間を殺しても私は許されている。この千年、神も仏も見たことがない」

 「……君は…そのようにものを考えるんだね…ゴホッ! だが、私には私の…考えがある…それに」

 

 

 超然たる態度を取る無惨にも、耀哉は怯まない。彼もまた、我の強さでは負けてはいない。憎悪一つでここまで盤面を動かした執念の権化は、あくまでも穏やかに、諭すように語り掛ける。

 

 

 「神や仏は現れなかったのかもしれないが……その使いは、どうだったのかな?」

 「────」

 

 

 無惨の脳裏によぎるのは、一人の「化け物」。すぐさま、あり得ないと頭を振った。

 

 

 「…世迷言だ。全ては何かに縋らねばならない人間の弱さが生み出した絵空事だ。それほど私が安穏と生きてきたことが信じられなかったのか? 哀れでならないな」

 「ふふふ…さて、神の使いかどうかは…誰にもわからないだろうけど…。その様子だと…少なくとも一人、思い当たる人間が居たのかな? …それなら…良いことを教えてあげよう。この時代にも…

 

 

 

 

 

────神の使いの如き剣士が居るんだよ」

 

 

 

 

 

 無惨は瞬間的に耀哉の許へと近付いて、その命を絶とうとした。気色の悪い安堵感と耀哉の振る舞いが合わさり、不快感が頂点に達したのだ。

 

 ────だが。

 

 

 

 

 

 「『咢の呼吸 極ノ型 陽炎(かげろう)』」

 

 

 

 

 

 突然、踏み入った屋敷から叩き出される。その上…頸までもが斬り飛ばされて。

 

 

 「(…馬鹿な 鬼狩りの気配は無かった 鳴女の視界も奴のことは…)」

 「…御館様。頸を断った鬼舞辻が立ち上がりました」

 「うん、そうか…なら…やはり、無惨には太陽の光しか通用しないみたいだね」

 

 

 何の前触れもなく出現したのは、刈猟緋滲渼。どうも初めから産屋敷邸に潜んでいたようだったが、無惨にはその気配が感じ取れなかった。更には秘蔵の部下の血鬼術も、眼前の鬼狩りを映してはいなかったのだ。

 

 

 「……貴様…刈猟緋、滲渼…! 何故ここに…!」

 「…其方と会うのは初めてだがな。其方は私の事を一方的に知っているようだ」

 「君が当てにしていたのは…『肆』の字が刻まれた目玉の鬼かな? 残念だけど…滲渼はすぐに気付いてしまったそうだよ?」

 「索敵用の術の類いであると、早々に看破すべきでした。さすれば、斯様な事態は防ぎ得たでしょう」

 「構わないよ…わかっていたからこそ…敢えて放っておいたんだ」

 「『黒血枳棘』!」

 

 

 二人の会話を遮るのは、無惨の技だ。血液の茨が産屋敷邸諸共滲渼へと襲い掛かる。しかし、彼女はこの程度でどうにかなるような人物ではない。

 

 

 「『嵐ノ型 鏖角旋(おうかくせん)』」

 「(な────)」

 

 

 刃の渦が、術と無惨を呑み込む。全身を瞬時に引き裂かれた無惨だったが…彼もまた、そう易々と討つことができる程容易い相手ではない。

 

 

 「(落ち着け…!! ()()()に比べれば、どうということはない!! そもそもこの女の刀は────赫く染まっていないではないか!! 奴の斬撃が私の命を奪うことはあり得ない!!)」

 

 

 即座に腕を変形させ、滲渼目掛けて振るう。滲渼は直撃を待たずしてこれを微塵に斬り刻み、無惨について離れない。

 

 

 「…何だ今の攻撃は。力任せにも程がある……まるで児戯だな」

 「…愚鈍な人間にはわからないか? これで十分だということだ」

 「不足故に私はこうして立っている」

 

 

 無惨の四肢が変形し、更に全身から触手が伸びる。手数では明らかに彼が滲渼を上回っていた。それでも…滲渼は涼しい顔のまま、四方八方から迫り来る神速の乱撃を撃ち落としていく。

 

 

 「……チッ…!!」

 「『嵐ノ型 燎原』……脳は多ければ良いという物でも無い。却って思考の衝突を引き起こすのではないか…と。何処かで耳にしたことがある」

 「!!? …気味の悪い女が…!!」

 

 

 激しい攻防の最中、滲渼が口にしたのは無惨の肉体構造についてだった。どういう訳か肉体の内側を覗かれているという事実に無惨は寒気立ち、嫌悪の視線を彼女に向けた。

 

 そんな二人の戦闘を傍らで見守るのは、耀哉とあまね。目の見えない夫に、妻は戦況を逐一伝える。

 

 

 「…あまね」

 「はい」

 「滲渼は…無惨と渡り合っているのかい」

 「…彼女の攻撃は、鬼舞辻には通じておりません。ですが、攻勢に出ているのは常に刈猟緋様です。側から見れば、どちらが優っているかは一目瞭然かと」

 「…そうか……そうか…!!」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「なりませぬ」

 「…そうだろうね…滲渼は、そう言うと……思っていた…」

 

 

 無惨襲撃の数日前。死期が近い耀哉の許に呼び出されたのは、悲鳴嶼と滲渼の二人だった。彼らはそこで無惨の襲撃が近いことと、その際に耀哉自らが囮になるということを聞く。それに対する滲渼の返答は、否。

 

 

 「でも…滲渼には…言っておかなければいけなかった…。君はきっと…()()()()()()()()()()

 「御館様。貴方は結末を知らねばならないのです。鬼殺隊には、貴方の為に死んでいった隊士たちも多く居る。貴方自身が、戦いの終わりを見届けねば…彼等は如何して報われるというのでしょう」

 「…刈猟緋。お館様は我らを信じてくださっているのだ。我らの手で戦いを終わらせることが、黄泉へと向かわれるお館様への手向けとなる」

 「わかって欲しい…これが…最善なんだ…」

 

 

 耀哉の決意は固かった。無惨を倒すためならば、彼はあらゆる犠牲を厭わない。それが今回は耀哉自身だったというだけのこと…悲鳴嶼も全てを受け入れて、滲渼を説得する。だが、滲渼とて救える命を取り零したくはなかった。

 

 

 「…御館様。叶えられる限りの願いは、叶えると…私が柱となったあの時に、貴方は仰った」

 「…」

 「私に任せては頂けませぬか。決して鬼舞辻に気取られぬように致します。……私が、必ず奴を押し留めます」

 「刈猟緋…」

 「……参った、な…。…意外と、君は……強かだ…」

 「……最期の時まで、生きてください。それが私の願いに御座います」

 

 

 切実な滲渼の懇願。

 

 耀哉の勘が、再び働いた。

 

 

 「…承諾しなければ?」

 「それでも私は、貴方の許へ向かいます」

 「……そうか。…全く…仕方のない子だ……。…君の好きにして…構わないよ」

 「! …心より、感謝を…!!」

 「…お館様。宜しいのですか」

 「…うん。大丈夫だよ…そんな気が、するんだ」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「(最善の方法ではなかったのかもしれない。けれど…掴んだ結果は最善だった。────ありがとう、滲渼)」

 

 

 無惨と滲渼の周囲に、肉の種子が漂い始めた。

 

 

 「(血鬼術!!)」

 「私に構うな!! 放て!!」

 

 

 種子から飛び出した巨大かつ凶悪な棘が、無惨の肉体を固定する。逃げ場など無いようにも思えたが、滲渼はするりとそれらを潜り抜けていた。

 

 

 「(固定された…!! 誰の血鬼術だ、これは!! 肉の中でも棘が細かく枝分かれして抜けない!! …いや、問題ない…! 大した量じゃない 吸収すれば良い────)」

 

 

 棘を消化しようとした無惨。その鳩尾に、何かが突き刺さった。

 

 

 「────珠世!! 何故お前がここに…!!」

 「この棘の血鬼術は貴方が浅草で鬼にした人のものですよ!!」

 「(目くらましの血鬼術で近づいたな……目的は? 何をした? 何のためにこの女は…)」

 

 

 突き刺さっていたのは、呪いを外して無惨の支配を逃れた鬼・珠世の腕。彼女がここに居る理由も、その目的もわからないまま…無惨は彼女の拳を吸収してしまった。

 

 

 「吸収しましたね無惨!! 私の拳を!! 拳の中に何が入っていたと思いますか!? ────鬼を人間に戻す薬ですよ!! どうですか!? 効いてきましたか!?」

 「!?」

 

 

 彼女の掌の内に握り込まれていたのは、人間化の薬。無惨は迂闊にも、それを拳諸共吸収してしまったのである。

 

 あり得ないと狼狽える無惨に、珠世は状況が変わったのだと話す。単身では完成まで漕ぎ着けることはできなかっただろうが、人間との協力がそれを可能にしたのだと。苛立ちを罵声に変えて珠世にぶつける無惨だが、彼女の覚悟もまた既に決まっていた。命を賭して、無惨討伐に尽力する。最早、揺るがすことはできそうになかった。

 

 

 「悲鳴嶼さん、刈猟緋さん!! お願いします!!」

 「南無阿弥…陀仏!!!」

 「応ッ!!!」

 

 

 

 

 

 無惨の選択は、早かった。

 

 

 

 

 

 「!?」

 「(何だ…!? 肉が蠢いて…!!)」

 「!!! いけないっ!!! 無惨が!!! 無惨が分裂して────」

 

 

 無惨の肉体が膨れ上がり…

 

 

 

 

 

 ()()の肉片が、辺りに散って飛んで行く。

 

 

 「(…? 棘のせいでしくじったか…? だが、十分────)」

 「『天ノ型 千刃裂(せんじんざ)き』!!!」

 「(────!?)」

 

 

 だが…あろうことか、滲渼はその全てを瞬時に叩き落とした。一ヶ所に寄り集まって醜い肉塊と化した無惨が、徐々に元の姿を取り戻し……信じられないようなものを見る目で、滲渼を捉える。

 

 

 「…化け物……!!!」

 「間に合ったぜェエエ!!! テメェかァ!! いい度胸してやがるゴミクソはァァーッ!!!」

 「(!! 柱たちが…!)」

 「お館様ァ!!」

 「お館様!!」

 

 

 そこへ集う強き隊士たち。無惨の退路は…完全に塞がれた。

 

 

 「無惨だ!! 鬼舞辻無惨だ!! 奴は頸を斬っても死なない!!」

 「「「!!」」」

 

 

 悲鳴嶼の台詞を受け、柱たちの憎しみと怒りが爆発する。決め手となったのは、共に駆けつけた炭治郎の叫びだった。

 

 

 「無惨!!!」

 

 「『霞の呼吸 肆ノ型────』」

 「『音の呼吸 弐ノ型────』」

 「『蟲の呼吸 蝶ノ舞────』」

 「『蛇の呼吸 壱ノ型────』」

 「『恋の呼吸 伍ノ型────』」

 「『水の呼吸 参ノ型────』」

 「『風の呼吸 漆ノ型────』」

 「『ヒノカミ神楽 陽華突…』────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして…怒り故か。柱たちは、炭治郎は、反応できなかった。

 

 

 

 足許に突然開いた襖の奥へと、呑み込まれていく。

 

 

 「これで私を追い詰めたつもりか!!? 貴様らがこれから行くのは地獄だ!!」

 

 

 

 

 

 しかし、唯一。

 

 

 

 

 

 「『咢の呼吸 天ノ型 馘断兜割り』」

 「めざッ────」

 

 

 

 

 

 元下弦の壱・児猴との戦いでそれを目にしていた滲渼だけは、反応が間に合った。

 

 

 「刈猟緋さん!!」

 「皆死ぬな!!! 生きて勝つぞ!!!」

 

 

 全ての襖が閉じられ、柱たちは分断されてしまう。だが、無惨と珠世の許には滲渼が残っていた。

 

 

 「ッッッッッ猗窩座ァアアアアアアアッ!!!!!」

 「!!!」

 

 

 ところが、無惨の絶叫と共に響いた琵琶の音が…滲渼を二人から引き剥がす。

 

 落下する滲渼の横合いから飛び出してきたのは、猗窩座だった。

 

 

 「久しいな!!! 滲渼ィイイッ!!!」

 「…ッ!!!」

 

 

 滲渼は先制の剛拳を躱し、そのまま猗窩座と共に無限城の一角へ転がり込む。ゆっくりと、その姿を確認しながら…迫り上がる唾を飲み込んだ。

 

 

 「(…黒い煌めき。赤紫の皮膚。……薄々、そんな気はしていた)」

 「ずっとこの時を待ち望んでいたぞ!! お前から受けた屈辱を拭い去る、この時を!!!」

 

 

 それは、瞢爬に備えた前哨戦というには…あまりにも強大な相手。

 

 

 「(────極限状態!!!)」

 「さぁ………あの日の続きを始めようッ!!!」

 

 

 

 

 





 【狩人コソコソ噂話】
・「極限状態」
種族としての極みに至った一握りの生物が、狂竜の力を我が物とした姿。鬼に発現した場合の効果は現状不明。

・「極ノ型 陽炎」
「炎王龍」テオ・テスカトルから着想を得た技。獄炎を纏う灼熱の帝王は、其処に在る全てを灰塵へと還す。陽炎の奥に揺れる威容を目にした者は、感動に視界が潤んでいるのかと錯覚しながら息絶えるのだという。放たれる斬撃は、欠片程の情け容赦も持ち合わせてはいない。全ての鬼を、無慈悲に地獄へと送る。

・「嵐ノ型 鏖角旋」
鏖魔ディアブロスから着想を得た技。己の体液を蒸しながら狂ったように突き進み、生物の範疇に収まらない力を解き放つ暴君。凄惨な形状に捻じ曲がった角は、他の命を奪うことを至上の命題とした主の写し鏡か。回り、唸り、閃く大渦は、呑み込んだものを跡形もなく斬り尽くすだろう。

・「天ノ型 千刃裂き」
「千刃竜」セルレギオスから着想を得た技。逆立つ鋭い黄金の鱗、それは千の刃にも喩えられる。地を征けば草木は引き裂かれ、天を征けば雲は離散する。舞い散る無数の鱗の全てを目にすることは、どんな生物であろうと叶わない。一瞬の間も置かず、殆ど同時に振るわれる千の刃は、決して獲物を逃がさない。
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