時世を廻りて   作:eNueMu

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※一人称視点あり


掌に消えた淡い雪

 

 無限城内部にけたたましい破壊音が轟く。鬼の巣窟へと引き込まれた隊士たちは、皆例外無くそれを耳にした。

 

 

 「(!!? …何だ…!? 何の音だ!? 誰かが戦っているのか!?)」

 「炭治郎!」

 「!! っと…!」

 「気を抜くな。敵は常に俺たちを分断しようとしている」

 「はい! すみません!」

 

 

 敵を探し、無限城を駆ける義勇と炭治郎。接敵していない彼らは、未だ願うことしかできない。

 

 仲間が一人でも多く、生き残ることを。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 猗窩座の極式は、周辺を瓦礫の山にした。天変地異でも起きたかというような有様となった戦闘区域には、彼以外の何者も立ってはいない。

 

 

 

 

 

 ────そうでなければ、おかしい筈なのに。

 

 

 

 

 

 「……………馬鹿な。………何故……生きている? 何故、立っているんだ……滲渼」

 「……フゥッ……!! フゥッ……!!!」

 

 

 滲渼は、今なお健在だった。

 

 

 「(『極ノ型 ()(じろ)蛇王(じゃおう)………あの蛇王龍の、極々一部…その模倣。ただ身を揺するその様を……刀に、乗せた)」

 

 

 極式発動の瞬間、滲渼は自らの技の中で最も威力の高い技を繰り出した。状況的に回避が不可能であったこともそうだが…仮に猗窩座の極式がそのまま放たれてしまった場合、他の隊士たちにも被害が及ぶ可能性が高かったことから、彼女が選んだのは相殺だった。

 

 

 

 …だが、どうしても埋めようのない格差というものは存在する。

 

 

 「……ゴフッ!! ぐ、うぅゥッ……!!!」

 「!」

 

 

 逃しきれなかった衝撃は、滲渼の肉体を存分に苛んだ。内臓も少なからず損傷しており、吐血という形で痛手を受けたということを露呈させた。そして更に、天秤は傾き続ける。

 

 

 「(…皮膚呼吸を心掛けていたつもりだったが……極式とやらに加え、咄嗟に繰り出した先刻の技────思わず息を、吸ってしまった)」

 

 

 滲渼の身体を、狂竜の力が蝕み始めたのだ。尤もそれ自体は、他の生物よりもこれを克服することが容易な人間にとっては然程大したことではない。問題なのは、呼吸器への侵蝕。

 

 

 「(呼気、吸気。何れにしても、咳き込んでしまうことへの懸念が高まった……生憎、皮膚呼吸は吸う分にしか使えない)」

 「…どうした、滲渼……やはり立っているのがやっとだったか? ………もう…終わりなのか?」

 「! ……否。言った筈だ…鬼を滅し、鬼舞辻を斃し、瞢爬を討つ。全てを成すまで、私は死なぬ」

 「…くくっ。ふははははっ!! そうか、そうか!! まだ幕は下りきってはいないか!!! 素晴らしい返答だ…滲渼ィィイッ!!!」

 

 

 弾かれたように飛び出す猗窩座。滲渼は構え直した刀を振るい、迫り来る死を一つ一つ捌いていく。

 

 

 「(決して軽い傷では無い筈だが……未だこれ程!!!)」

 「『天ノ型 千刃裂き』『激奔・重徹甲』『螫影』!!!」

 「ぬ、ぐおおお…!!!」

 

 

 いなし、斬りつけ、貫き、断ち切る。

 

 

 「『地ノ型 轟咆』『追這連漣』『迅』!!!」

 「(…あり、得ない…!! 加速していく…!!!)」

 「『蒼霆』!!! 『灼炎斬り』!!!」

 

 

 刀を握るその手に込められた力が、少しずつ強くなり…玉虫色の大太刀は────ゆっくりと赫く、耀き出して。

 

 

 「『破壊殺・脚式』────」

 「『嵐ノ型 燎原』『滅砕華』『殃禍啖い』!!!」

 「(!! と、止めただと…ッ!!?)」

 「(猗窩座の体内の狂竜物質の動きが…目に見えて緩慢に!!! あと、数手!!!)」

 

 

 遂には猗窩座の攻撃を、真正面から受け止めた。

 

 

 「(!? …熱…!!? この刀、何か拙い────!!!)」

 「『極ノ型』!!!」

 

 

 

 

 

 不意の出来事に、体勢を崩してしまった猗窩座。今にも振り下ろされんとする刀を躱すことは、できそうになかった。

 

 

 

 

 

 「(回避が、間に合わ────)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ゴホッ……」

 

 

 刀は、振り下ろされなかった。滲渼が、噎せてしまったがために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「(────何という…ッ!!!)」

 「…悲しいな滲渼…!!! この戦いの幕引きが!!! こんな下らんものだとは!!!」

 

 

 ほんの僅かな、しかしあまりにも致命的な隙。体勢を立て直した猗窩座が、即座に拳を引き絞って…

 

 

 「然らば────」

 

 

 

 

 

 

 

 『けほっ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────今度は、彼の動きが止まった。

 

 

 

 

 

 「(…? ……今のは…誰だ?)」

 

 

 或いはそれは、警告だったのか。それ以上進んでは、もう戻ることができないという、そんな。

 

 見知らぬ記憶と、目の前の光景が重なって……ふと、滲渼をその目に捉え直す。

 

 

 「(……違う。血に噎せたのでは、ない。…病か? 馬鹿な…一体いつから?)」

 

 

 透けた身の内には、病魔のようなものが巣食っていた。少なくとも、戦いが始まったその瞬間には無かったものだ。猗窩座は、己の拳に目を遣った。

 

 

 

 

 

 

 

 「(────何だ これは)」

 

 

 

 

 

 

 

 毒々しい赤紫色。己の肉が、不気味な色へと変じていたことに……彼は漸く、気が付いたのだ。

 

 

 

 

 

 『…れかが井戸に毒を……』

 「(毒 毒だ 俺の身の内にも同じ病魔が)」

 

 

 

 

 

 滲渼を蝕む何かは、猗窩座の肉体にも潜んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意図せずして彼は…己の最も憎悪する戦い方に手を染めていた。

 

 

 『……恋雪ちゃん…』

 「(恋雪 名前か? 人の名前 誰なんだ)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『狛治さん…!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 記憶が、蘇る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ガアアアアアアアアアアァァァァッ!!!!!」

 「!?」

 

 

 喉を破り裂きながら、猗窩座は己の全身を破壊し尽くしていく。だが、上手くいかない。どんなに殴っても、打ち付けても、再生が追い付いてしまう。

 

 

 

 

 自らを殺すことが、できない。

 

 

 

 

 「はぁっ…!! はぁっ…!! ふ、ふっ……巫山戯るなァァァッ!!! 塵屑にも劣る弱者が!!!! 毒を振り翳す外道の極みがッ!!!! 生きる価値など何処にあるんだァァッ!!!! もう、もう止めろォォォッ!!! 俺を地獄に叩き落としてくれェェェエエッ!!!!!」

 「────猗窩座ッ!!!」

 「!!」

 

 

 狂乱する猗窩座を呼び戻したのは、滲渼だった。

 

 

 「……何も聞くまい。仕切り直すには、それが最も良かろう」

 「………黙って……斬り掛かれば、良いものを」

 「期せずして、私は其方に見逃された。ならば、私も一度は返さねばな」

 「……そうか。………滲渼。お前はやはり、真の強者だ」

 「………次こそ、幕引きだ」

 「…ああ」

 

 

 両者は、静かに構えを取る。

 

 

 

 合図も無しに、同時に踏み出す。

 

 

 

 「ウオオオオオッ!!!」

 「『極ノ型 陽炎』ッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────猗窩座から、黒い煌めきが消え失せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『猗窩座!! 猗窩座!! お前は強くなるのだ!!! 誰よりも強く────』

 

 

 

 「(……俺では、どう足掻いても滲渼を超えられない)」

「『咢の呼吸』」

 

 

 

 

 

 正面から、その強さを認めた鬼狩りを見据える。

 

 

 

 

 

 「(だって、そうだろう? お前は必ず────)」

「『極ノ型』」

 

 

 

 

 

 無為なる命を、終わらせるべく。

 

 

 

 

 

 「(俺を、殺してくれるから)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『()たての六花(りっか)』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冷たい花弁が、猗窩座の瞳を包む。

 

 それはかつて、幾度と無く見た…愛した人の、象徴だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 ……また…新しい記憶だ。

 

 

 『……これ……簪、ですか?』

 『…まあ、はい。そうですね』

 『これを、私に…?』

 『…はい。偶々町で見掛けて……貴女に相応しいな、と…』

 

 

 …そうか。こんなことも、あったな。

 

 

 『…凄く綺麗です。私には、勿体ないくらいに』

 『そんなことはありません。貴女だからこそ、俺はこの簪を選んだのです』

 『…え?』

 『嘘か真か、俺には分かりませんが……聞くところによると、この簪の細工は雪の粒を象ったものだそうです』

 『雪の、粒…』

 『目を凝らせば…このような形をしているのだとか。……すみません、荒唐無稽な話でしたね』

 『……いいえ。…ありがとうございます。大切にしますね。ずっと、大切に』

 

 

 …結局俺は、守りたいものを守れるほど強くはなれなかった。惨めなことこの上ない……これは、当然の末路なのだろう。

 

 

 

 

 

 「────狛治さん」

 

 

 

 ………駄目だ。俺は、貴女の側には居られない。

 

 

 

 

 

 「私がついていきます。どこまでも…戻ってきてくれた、あなたの側に」

 「狛治。俺たちも一緒だ。嫌だって言っても無理矢理ついてくぞ」

 

 

 …師範。親父。

 

 

 

 どうしてだ……どうして、俺を赦せるんだ。何一つ守れなかった、この俺を。

 

 

 

 「いいのよ。もう、いいの。ね? ありがとう…私たちのことを、思い出してくれて」

 

 

 

 

 

 ……良いのか? 

 

 

 こんなにも情けない俺が……人間に戻っても、いいのか?

 

 

 

 

 

 「ただいま」って、言っても良いのか?

 

 

 

 

 

 「! …ええ、ええ……!! おかえりなさい、あなた…!!」

 

 

 

 

 

 …そうか。

 

 

 

 ただいま、親父。

 

 師範。

 

 恋雪さん。

 

 

 

 

 

 ────ありがとう、滲渼。

 

 

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「…終わった、か」

 

 

 猗窩座の肉体が、塵となって消えていく。滲渼も狂竜の力を克服し、一時的に身体機能が向上しているようだった。

 

 

 「(止血、自然治癒……問題ない。少し経てば、十分回復するだろう)」

 

 

 これにて懸念事項の一つは取り除かれた。残るは無惨と、瞢爬。鬼の首魁の気配を追いながら、滲渼は己の刀を眺める。

 

 

 「(────赫い。そして同時に…握り締めた柄も、刀身も、燃えるように熱い。正しく、日輪の如く。恐らくは、過剰な握力を起因としている。…これは……日輪刀に秘められた力なのか?)」

 

 

 

 

 

 滲渼は知らない。

 

 

 

 

 

 猗窩座の視界を共有していた無惨が、今現在死に物狂いで人間化の薬を分解しようとしているということなど。

 

 

 

 

 




 【狩人コソコソ噂話】
・「極ノ型 身動ぐ蛇王」
「蛇王龍」ダラ・アマデュラから着想を得た技。地の底から天上を覗こうかという程の巨体を誇るのは、御伽噺に出ずる長虫。蛇王が軽く身を揺すれば、即座に天地はひっくり返る。生きてそこに在るというそれだけで、世界は滅びの一途を辿り得る。天才的な剣士が、超絶技巧を持って全身全霊で刀を振るう。そこまでして漸く、その僅かな断片が顕現するのみ。

・「極ノ型 果たての六花」
「冰龍」イヴェルカーナから着想を得た技。絶対零度の極地に眠る、艶やかなる氷の麗龍。冷たい眼差しに射抜かれた生物は、己の身が凍り付いたのかと取り違えるが…全ては数瞬ののちに現実となる。氷河に転がる氷像は、哀れで矮小な骸の成れの果て。太刀筋が描くひとひらの雪は、静かに鬼の頭を割き、頸を断つ。鬼の肉体は朝日に散る雪のように淡く消えるが、冥府へと堕ちた魂は罪を雪がれたその果てに再び命の花を咲かせるだろう。

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