時世を廻りて   作:eNueMu

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堕ちた鬼狩り:其ノ壱

 

 「お館様。刈猟緋様が上弦の参を撃破しました。そのまま無惨へと急接近しています」

 「! 良し…そのまま向かわせるんだ。滲渼なら、無惨と互角以上に戦える。人間化の薬の分解を阻止できれば、早期決着が望めるだろう」

 「畏まりました。……しかし、上弦の参は何故あれ程までに強く? 刈猟緋様が負傷なさるとは…」

 「今は余計なことを考えるな。私たちが鬼殺隊を勝利に導かなくては」

 「はっ、申し訳御座いません」

 

 

 所変わって、新産屋敷邸。屋敷内で指揮を取るのは、()当主・産屋敷輝利哉。四人の姉や妹からの報告を受け、それに応じた判断を適宜下している。

 

 

 「! 上弦の陸、撃破されました。我妻隊士が単独で倒しましたが、重症です。愈史郎さんを含めた数人の隊士が救援に当たっています」

 「そうか。…これで、城内に残る上弦は壱と肆か。肆には予定通り天元・小芭内・蜜璃をぶつけて時間を稼ぐ。天元が居れば味方の分断と無惨の逃走補助を妨害できる可能性はかなり高まるだろう」

 「壱には残りの柱を?」

 「ああ。可能なら、早々に行冥が辿り着いて欲しいところだが…」

 「……! 上弦の壱と隊士が接触! これは────煉獄様と嘴平隊士です!」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「…随分と荒れているようだが……仲間の死が堪えたのか? だとしても、物に当たるのは好ましくないな」

 「ハッハァーッ! ギョロ目について来て正解だったぜ!! やっと強そうなのがお出ましだ!!」

 「……鬼狩り……か…」

 「階級甲、煉獄杏寿郎! 隣の少年は嘴平伊之助だ! さて、そういう君も刀を差しているようだが!」

 

 

 上弦の壱・黒死牟が猗窩座の敗北に憤り、広大な一室の柱を数本斬り倒した直後。部屋に足を踏み入れたのは、煉獄と伊之助だった。黒死牟は煉獄と言葉を交わしながら、二人の肉体を()()()()観察する。

 

 

 「……如何にも…私もまた……かつては鬼狩りだった…。それにしても………煉獄、か……その名にその強さ……何故炎柱を拝命していない?」

 「柱は引退した。隻眼の俺よりも強い剣士は、まだまだ沢山居たのでな。……そんなことより! 君は何故鬼になった! 俺はそれが聞きたい!」

 「知れたこと……我が剣技を、強さを…永遠のものとするため………」

 

 

 かつて人間だった黒死牟は、己の技が失われることが許せなかった。強く美しい存在の命が有限であることが許せなかった。あくまでも己が人よりも優れているということに価値を見出していた彼は、人間の営みの一つである「継承」に理解を示すことはなく…鬼舞辻の提案に乗る形で、鬼の道を選んだのだ。

 

 

 「強き者は弱き者を守らなければならない! だが…君はその責務を放棄し、あまつさえ邪道に手を染めた。……俺は君を蔑如する」

 「…相容れぬか……哀しきことだ。お前も鬼とならば、更なる高みへと手が届き得ただろうに……」

 「鬼の勧誘は既に断っている。…が、改めて君にも言おう。俺は鬼にはならない。────これ以上の問答は無用だな」

 「……来るか…煉獄の裔」

 「行くぞ、嘴平少年!!」

 「おう!!」

 

 

 黒死牟は細めていた六つの目を見開き、内四つで刀を構えた煉獄の動きを、残る二つで伊之助の動きを見定めていく。

 

 

 「(煉獄の裔…良く練り上げられた肉体だ。先程の言は謙遜……或いは、隻眼となって久しいのか。隣の獣擬きも悪くはないが、煉獄の裔は比にならない。……仮に痣を出せば、初代をも…)」

 「『炎の呼吸 壱ノ型 不知火』!!」

 「…うむ……やはり、良き太刀筋だ…」

 「(! 躱された…! 猗窩座と比べてもなお速い!!)」

 「『獣の呼吸 参ノ牙 喰い裂き』!!」

 「ほう……! 初見の呼吸か…! (風に似通っているが……刃毀れした刀が却って威力を上げている。その上、二刀流…面白い)」

 

 

 煉獄が黒死牟との距離を一息に詰め、刀を振るう。軽々とこれを躱した黒死牟は、続いて背後に迫る伊之助の攻撃を観察。初見ながら、技の性質と特徴を看破した。

 

 

 「クッソォ…速ぇ!!」

 「怯むな! 『炎の呼吸 肆ノ型 盛炎のうねり』!!」

 「技の繋ぎも実に滑らかだ……さぞ研鑽を積んだのだろう…」

 「『獣の呼吸 壱ノ牙 穿ち抜き』!!」

 「荒々しくも、鋭い…師は風の一門か?」

 「『獣の呼吸』は俺が一人で編み出した!! 誰の真似でもねぇ!!」

 「! 独学……! ますます面白い…」

 

 

 更なる追撃に及ぶ煉獄と伊之助だが、やはり黒死牟に攻撃を命中させることができない。瞬き一つする間に、彼が狙いから外れてしまうのだ。特に伊之助は感覚的に外れることがいち早く理解できてしまうため、歯痒い思いで上弦の壱を睨む。一方の黒死牟は伊之助の剣技が独学であることを知ると、とうとう腰の刀に手をかけた。

 

 

 「此方も抜かねば…無作法というもの…」

 「!!」

 「『炎の────』」

 「危ねぇ!! ギョロ目ェッ!!!」

 「────『月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮』」

 

 

 瞬間、伊之助は肌が粟立つ感覚を覚え…技を繰り出そうとした煉獄の襟首を掴んで一挙に後方へと退がる。直後に彼らの居た場所を襲ったのは、血鬼術が合わさった類稀なる剣技だった。

 

 

 「(何だァ今のは…!? でけぇ斬撃にちっせぇのがくっついてやがった!! 刀を躱してもあれに当たっちまうぞ!!)」

 

 「済まん、嘴平少年! これは俺が助けられたな!」

 「俺だって強くなってんだ!! 足手纏いにはならねぇぜ!!」

 「……やりおる………よもや躱すとはな…」

 「(…もう納刀しているのか。驚くべき剣術の腕前……『上弦の壱』は伊達では無いな)」

 

 

 ここに来るまでの道中でも、伊之助の戦いぶりは見ていた煉獄。下弦相当の力を無理矢理に与えられた鬼を相手に一切梃子摺る様子を見せていなかったことから、その成長の程は窺えたが…ここに来て明確に、彼の実力が発揮された。唯一無二の感覚の鋭さは、煉獄の反応速度をも上回ったのだ。

 

 黒死牟も、伊之助の評価を上方修正する。肉体の完成度だけでは測れない彼だからこその強み。油断なく、再び刀の柄を握った。

 

 

 「『月の呼吸 弐ノ型 珠華ノ弄月』」

 「(まるで嵐……!! それでも、俺なら抜けられるぜ!!)」

 

 

 距離を詰め、刀を抜いた黒死牟。余裕を持って退避した煉獄に対し、伊之助は逆に突っ込んでいく。並の人間ならば既に微塵に刻まれているであろう緻密な斬撃の群れを……彼は、()()()()()()()()()潜り抜けた。

 

 

 「(────馬鹿な 人間に出来て良い芸当ではない)」

 「『獣の呼吸 肆ノ牙 切細裂き』!!」

 「真、面白い…!」

 

 

 そのまま即座に全身の関節を元に戻し、技を繰り出す伊之助。対する黒死牟は納めかけていた刀を抜き直すことでそれを受け止めた。

 

 

 「!! 何だぁこりゃあ!!? 気持ち悪ぃ刀しやがって!!」

 「『月の呼吸 伍ノ型』────」

 「『炎の呼吸 伍ノ型 炎虎』!!」

 「! ……『捌ノ型 月龍────』」

 

 

 刀を止め、その刀身を目にして意識を逸らした伊之助に、静止状態から放つことの出来る技を叩き込まんとした黒死牟。しかし、発動の直前に煉獄の攻撃が接近。回避を優先し、逃れた先で別の技を繰り出す。

 

 

 

 

 

 ────つもりだったのだが…

 

 

 

 

 

 「『蟲の呼吸 蜂牙ノ舞 真靡き』!」

 「(新手!! 速い────!!)」

 

 

 死角からの攻撃を中途半端に察知してしまったがために、僅かな隙が生まれてしまう。突き刺さった刀は、黒死牟の身体に何かを打ち込んだ。

 

 刀を引き抜いた援軍…しのぶが叫ぶ。後方からは、カナヲもやって来ていた。

 

 

 「今です!!」

 「『炎の呼吸・奥義 玖ノ型』────」

 

 

 細かな言葉は必要ない。しのぶが毒を喰らわせたのだと理解した煉獄が、最大威力の奥義を黒死牟に向けて放つ。

 

 

「『煉獄』!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「────虻に咬まれ……蜂に刺されたとて………鬼が息絶える筈も無し……」

 「く………っ!!!」

 「そ、んな…!!」

 

 

 …煉獄の奥義は、瞬時に毒を分解した黒死牟に容易く止められた。強引に押し切ろうと力を掛ける煉獄だが、流石に膂力では勝ち目が無い。刀を弾かれ、胴を切り裂かれる。

 

 

 「ぐ…!!」

 「ギョロ目ェェェエッ!!!」

 「先ずは一人……」

 「『花の呼吸 陸ノ型 渦桃』!!」

 「…『月の呼吸 伍ノ型 月魄災渦』」

 

 

 一瞬の硬直。煉獄に止めを刺すべく、刀を掲げた黒死牟。背後からそれを阻止しようとしたカナヲ諸共斬り刻むつもりで、技を繰り出した。

 

 

 「カナヲ!!! ……えっ?」

 

 

 技の範囲内に屍は転がっていない。即ち……入ったのは、再三の横槍。

 

 

 「────次々と…降って湧く…」

 「すみません…! ありがとう、ございます」

 「……こうも助け出されてばかりでは…煉獄の名を戴く者として不甲斐無い限りだ」

 「気に病むな、煉獄……我ら鬼殺隊は百世不磨。鬼をこの世から屠り去るまで…ひたすらに足掻き、戦うのみ」

 「胡蝶さん、煉獄さんの止血と縫合を。後は僕たちに任せてください」

 

 

 新たに駆けつけたのは、悲鳴嶼と無一郎。行動を共にしていたらしく、二人でカナヲと煉獄を凶刃から救い出した。次から次へとやって来る鬼狩りに、流石の黒死牟も辟易するが…すぐに、顔色を変える。

 

 

 「! …うむ…やはり、そうか……。長髪の、お前…名は……何という」

 「…まずは挨拶からって? 行儀がいいね……鬼の癖にさ。…時透無一郎。お前が死ぬまでの間、よろしく」

 「…ほう………痣を出していたか……しかし…絶えたのだな、『継国』の名は…」

 「……? 何の話だ?」

 「時透。無駄な問答を交わす必要はない…」

 「! はい」

 

 

 無一郎の肉体を視て、彼が己の血縁であると判じた黒死牟。「継国巌勝」として残して来たものは、形を変えつつも大正の世にまで紡がれていた。そのことに妙な感慨を抱き、しかし次の瞬間には戦いへと思考を切り替える。悲鳴嶼が無一郎を諭したこともあり、詳細までをわざわざ語ることはしなかった。

 

 

 「(横の大男も素晴らしい肉体だ…これ程の剣士を拝むのは…それこそ三百年振りか…)」

 「────ゴウン、ゴウン…」

 

 

 それぞれが出方を量り、静けさに包まれた戦場。伊之助は空気が震えていることを感じ取り、カナヲは空気が揺れていることを視認する。響き続ける独特な音は、悲鳴嶼の武器の一つである鉄球が振り回されている音か、それとも……

 

 

 「(『岩』の呼吸音!)」

 

 

 悲鳴嶼の鉄球が黒死牟に飛んで行くのと同時に、伊之助・カナヲ・無一郎の三人が動き出す。鉄球を回避した黒死牟は、その内無一郎との距離が大きく縮んだ。

 

 

 「『霞の呼吸 弐ノ型 八重霞』!!」

 「『月の呼吸 参ノ型 厭忌月────』」

 

 

 無一郎の技を躱し、反撃を試みた黒死牟。しかし、またしても鉄球が飛んで来たことで技の中断を余儀なくされる。それでも退き際に一太刀振るい、無一郎の右腕を浅く裂いた。

 

 

 「『月の呼吸 肆ノ型────』…ッ!」

 

 

 一先ず悲鳴嶼に狙いを定め、接近しつつ技を備えるも…僅かな予備動作に思いがけない攻撃を差し込まれ、再び不発に終わってしまう。

 

 

 「(手斧を投擲…! 鎖を手繰り、斧と鉄球を操るか!)」

 「『獣の呼吸 陸ノ牙 乱杭咬み』!!」

 「『月の呼吸 玖ノ型 降り月・連面』」

 「『岩の呼吸 弐ノ型 天面砕き』」

 

 

 今度は伊之助の攻撃。無視して悲鳴嶼への対処を優先し、彼に技をぶつける。軌道を急激に変えた鉄球と三日月の如き斬撃が衝突すると共に、伊之助の刀が黒死牟の頸を捉えた。が…

 

 

 「(か…硬ぇッ…!! 全然刃が立たねえ!!)」

 「引けど押せど同じこと……お前では私の頸に刃を通すことはできぬ」

 

 

 黒死牟の頸には、傷一つ付けられない。鋸のように刃を動かしても、薄皮一枚削ぐことは叶わない。

 

 しかし、先刻の相殺も併せて黒死牟の動きは僅かながら止まっている。悲鳴嶼は器用に伊之助と黒死牟の間に斧を通して彼の身体に鎖を絡めると、両手に戻した武器を勢い良く手前に引いた。

 

 

 

 

 

 その意図を探り、鎖に目を遣る黒死牟。

 

 

 

 

 

 「(────この鎖は斬れぬ!!)」

 

 

 離脱しようとしたが、頸を挟む二振りの刀が邪魔をする。伊之助を蹴り飛ばすことで致命傷は避けたものの、上手く回避しきることができずに肉から生み出した刀身が灼き切れてしまった。

 

 好機と見た隊士たちが、総攻撃を仕掛ける。

 

 

 「『霞の呼吸 漆ノ型 朧』!!」

 「『花の呼吸 伍ノ型 徒の芍薬』!!」

 「『獣の呼吸 伍ノ牙 狂い裂き』!!」

 「『岩の呼吸 肆ノ型 流紋岩・速征』!!」

 

 

 

 

 

 「────『月の呼吸 陸ノ型 常世孤月・無間』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 斬撃が、荒れ狂う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒死牟の刀は、既にあるべき姿を取り戻していた。予測不能な反撃によって最も集中的に攻撃を受けた悲鳴嶼は腕と顔面を斬り裂かれたが、それでも戦闘継続に問題は無い。だが、残りの三名は違う。

 

 伊之助とカナヲはそれぞれ感覚と視覚を活かし、命に関わる攻撃は紙一重で回避した。しかし全身に傷を負ってしまい、激痛を堪えながら黒死牟と戦うにはあまりに厳しい。また、止血及び手当をしなければ失血死が近付く。

 

 そして、無一郎は左腕を失った。止血の判断は早かったが、片腕では出来ることが極端に限られる。

 

 

 

 

 

 六人の隊士の内、真面な戦力として数えられるのは最早一人…

 

 

 

 かに見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「(────!!)」

 

 

 銃声が轟き、弾丸が黒死牟に向かう。彼が考えていた以上の速度で飛来した弾丸は、刀で弾いたにも関わらず曲線を描いて黒死牟の身体を貫いた。

 

 

 「(何だと────!!?)」

 

 

 それは、取るに足りないと彼が捨て置いた…七人目の鬼狩り。

 

 

 「、ぐぅ……!!」

 「(あの姿!! 異形の南蛮銃…!! よもや、鬼喰いを…!!)」

 

 

 不死川玄弥が………()()()()変貌した姿で放った、「血鬼術」だった。

 

 





 【大正コソコソ噂話】
・宇髄の参戦により、鳴女は自分のことで手一杯。分断工作などの無限城をいじくる作業にリソースを割くことができず、結果として不死川兄よりも先に悲鳴嶼たちが到着しました。

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