時世を廻りて   作:eNueMu

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猛き咢に畏れを抱け

 

 時は明治四十年。滲渼はその年、十三になった。未だ成長を続ける身体は、それでも既に高さ五尺三寸といったところ。筋肉も美しくその身を飾り、非常に恵まれた体格を手に入れていた。

 

 

 「……本当に行くのか?吾輩が最終選別に臨んだのは十五。確かに其方は今や吾輩の全盛さえも比べ物にならぬ程力を付けたが………少々急いてはおらぬか」

 「いえ。この一月、只管に己と向き合って出した答えにございます。焦りも逸りもありはしません。技はその全てが完成に至った訳ではございませんが……討つべき相手無くしては、画竜点睛を欠くというもの。戦いの中で極めてみせましょう」

 「…………そう………無理は、しないでね」

 

 

 そして同じ年…滲渼は鬼殺隊に入隊するため、最終選別に臨むことを決意した。使用人たちまで総出で滲渼を見送りに来ている中、結美は気が気でない様子だが、闘志は彼女の隣で滲渼の選択を問いただしながらも、本音としてはあまり心配はしていなかった。

 

 勿論、決して薄情な訳ではない。それ程までに滲渼が強すぎるのだ。久しく鬼と戦っていない彼でも、滲渼が規格外の実力を有していることは容易に見て取れた。仮に彼女が最終選別を通過できなかったのならば、それは確実に鬼以外の要因が絡んでくる場合だと闘志は確信している。

 

 

 「で、あるか……ここは、其方の意志を尊ぶとしよう。繰り返し言うが、鬼殺隊は公には認められておらぬ。刀を携えることも罪に問われる故、藤襲山までは人の目に触れぬよう向かえ。それと……選別では鬼に情けをかけるな。急所である頸を一息に断て」

 「御意」

 

 

 闘志から日輪刀を託され、忠告を受ける滲渼。少しの間瞑目し、精神統一を図ると…愛すべき家族に出立を告げた。

 

 

 「行って参ります」

 「…うむ。行けい!」

 

 

 すぐに振り向き、地を蹴る。たった一歩で、既に屋敷は彼方遠くへ離れていた。

 

 滲渼が立ち止まることは、なかった。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「皆様。今宵は最終選別にお集まりいただき、誠にありがとうございます」

 

 

 その日の夜。半日程で最終選別の地、藤襲山へと辿り着いた滲渼は、日が落ちて漸く姿を見せた女性を観察する。

 

 

 「(若い。それに…美しい髪だな。白髪は健康を損なっている証左であることも多いが……彼女の臓腑に悪い所は無さそうだ。生来のものであろう)」

 

 「育手の方々から知らされているとは思いますが、改めて。最終選別の通過条件はただ一つ。鬼が彷徨うこの藤襲山で、七日間生き延びること。────御健闘を、お祈りしています」

 

 

 簡潔に説明を終え、山への入り口から退く女性。血気盛んにも飛び込んで行く者が大半を占める中、いざその時になって腰が引けている者もいる。滲渼は慌てるでもなく、しかし速やかに山に足を踏み入れた。

 

 

 「(救える命は、救うべきだ。足の運びからして、鬼と戦うには実力が及んでいない者も少なくはない。或いは恐怖で思うように動けなくなる、ということもあり得る。少しばかり傲慢な考えではあるかもしれないが……この七日間、誰一人として死なせはしない)」

 

 

 …そう考える滲渼の死角から、ひたりと近づく影が一つ。

 

 

 「(クク…女のガキにしちゃ随分とデカいじゃねえか…!!悪く思うなよ?怨むなら…俺をこんなクソみてえな山に放り込んだ鬼狩りを怨め!!)」

 

 

 姑息な悪鬼が涎を滴らせ、久々の御馳走にありつこうとその牙を剥き出しにして……

 

 

 「ガルルルル…」

 

 「(…?何だ……?狼なんざこの山には────)」

 

 

 

 

 

 

 

 (あぎと)の呼吸 ()ノ型 (はやて)

 

 

 

 

 「…は?」

 

 

 その頸を、宙に舞わせた。

 

 

 「(おい 嘘だろ 斬られた いつ?)」

 

 

 混乱し、死への恐怖すらも麻痺してしまった鬼。消滅の直前に彼が視たのは、夜に溶け込んだ漆黒の凶刃だった。

 

 

 「(化け物────)」

 

 「成程……確かに、人とそう違わぬ姿であるようだ。名も知らぬ鬼よ、許せとは言うまい。我等が生きるため…散るがいい」

 

 

 一瞬でその場から姿を消す滲渼。鬼の亡骸も塵と化し、後には何も残らなかった。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「う、うわあああっ…!!」

 「がはは、その刀は飾りか!?そら、喰ってやるから大人しくしろ!!」

 「おい譲れ!!先に見つけたのは俺…」

 

 

 

 「咢の呼吸 (てん)ノ型 空燃(そらもゆ)火群(ほむら)

 

 

 少年を追う二体の鬼に、上空から無数の火球…否、斬撃が襲い掛かる。彼らは己の頸が斬られたことを知覚するよりも早く、全身を引き裂かれ、滅びて消えた。助けられた少年も、何が起きたのか正確には理解できていない。ひとまず、目の前に降り立った少女…滲渼に礼を言うことにした。

 

 

 「は、え…?あ、ありがとう…?」

 「構わぬ。それよりも…生き延びたくば、無闇に声は上げぬことだ。大きな音を立てると鬼が寄ってくるぞ」

 「わ…分かった」

 「また逢おう」

 

 

 少年を残し、また付近で鬼の気配がする方角へ向かう滲渼。道すがら見かけた鬼の頸を斬りながら、考えを巡らせる。

 

 

 「(鬼の気配は薄らと感じ取れる……明らかに人のそれとは異なるからだ。しかし奇妙なのは、その気配が減る速度が異様に速い。まだ東の方へは向かえていないが、そちらの方でもみるみるうちに鬼が討たれていく。誰か、私と同じような行動をしている者が居るのか?)」

 

 

 ふと、そこで意識を目の前に戻す。選別参加者と思しき少年たちが固まり、包囲を敷くように立ちはだかる複数の鬼に立ち向かっていた。戦況は悪くはないようだが、だからといって滲渼もそれを無視することはできない。いくらかの鬼の頸を落とし、少年らに声を掛ける。

 

 

 「今だ」

 「!!よ、よし、皆行くぞ!!!」

 「「「うおおっ!!」」」

 

 「丁度良い!儂の取り分が増えた、感謝するぞ娘────おっ?」

 

 「いいや…其方等は皆此処で死ぬ。一欠片とて、人の肉を口にすることは無い」

 

 「おい莫迦ども!!雑魚は捨て置いてこっちの女を先に……」

 「あぁ!!?誰が莫迦だ…ぎゃッ!!」

 

 

 鬼に協調性などありはしない。たまたま利害が一致した彼らは、互いに互いを侮り、嘲り、罵り合う。その場から鬼の気配が絶えるまで、十秒とかからなかった。

 

 

 「助かった!俺、村田って言うんだ!良かったら君も一緒に…」

 「済まぬ。まだ助けが必要な者達が居るやも知れぬ故、私は行く。必ず生きて、再び集おうぞ」

 「そ、そっか。それじゃ…」

 

 

 最終選別一日目。未だ、日が昇るには遠い。





 【狩人コソコソ噂話】
   〜咢ノ息吹〜
・「地ノ型 迅」
「迅竜」ナルガクルガから着想を得た技。闇夜に紛れて獲物を狙う音速の刃は、不可視と同義。鬼は自らの頸がいつ斬られたのか、最期まで理解することは出来ないだろう。

・「天ノ型 空燃る火群」
「火竜」リオレウスから着想を得た技。空の王者とも呼ばれた火竜の吐く業火は、碧落をも焼き尽くす。鬼の身体が失せぬ道理など、決してない。

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