時世を廻りて   作:eNueMu

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今回で黒死牟戦を終わらせるつもりだったのですが…思いの外長くなってしまいました。申し訳ないです。


堕ちた鬼狩り:其ノ弐

 

 黒死牟の体内で、弾丸が変形する。それはまるで、植物の種子のようで。

 

 

 「(これは……!! う、動けぬ!! 床面と、体中に根を張って……!!)」

 

 

 みるみるうちに大きく育った樹木は、黒死牟の動きを縛った。身動き一つ取れない彼に、悲鳴嶼が鉄球を振り翳す。

 

 

 「────南無三!!!」

 「(………死だ 体の芯が凍りつくような死の感覚 四百年振りの────)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒死牟が視たのは、老いた弟との一幕。鬼となった起源を思い出させるような、そんな走馬灯の一欠片だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ウオオオオオオオオオオッ!!!!!」

 「!!!」

 

 

 人間時代の記憶の想起、そして絶叫。猗窩座と同じような過程を辿りながら、それでも黒死牟は鬼として戦い続けることを選んだ。

 

 ────正しく、鬼神。黒死牟の全身から伸びた刀より放たれた無数の斬撃が、彼の肉体を繋ぎ止めていた樹木を微塵に刻み、周辺を破壊していく。しのぶは煉獄を連れて離れていたが、その他の隊士は巻き添えを喰らってしまった。

 

 無造作に乱発された斬撃を、必死の形相で潜っていく伊之助とカナヲ。全身が悲鳴を上げる中、己の命をどうにか繋ぐ。無一郎と悲鳴嶼はそれに比べると幾らか余裕があった。或いは至近距離で喰らっていれば分からなかったと考える無一郎だったが、今懸念すべきはもしもの話ではなく現実として暴れている上弦の壱をどうするか。

 

 

 「(もう一度玄弥の血鬼術で…────!! そうだ、玄弥は!!?)」

 

 

 振り返った彼の目に留まったのは、無傷の玄弥。躱しきったのかと安堵の溜め息をつく無一郎だったが、違和感を覚える。

 

 

 「(………玄弥? …何だ……? あんなにも、禍々しい気配を纏って……)」

 

 

 無一郎は、玄弥の鬼喰いについては知っている。だが、今の玄弥はただ鬼化しているというだけでは無いように思われた。

 

 あまりにも、気配がドス黒いのだ。肌は紫がかった色味になり、瞳は獰猛にぎらついている。

 

 

 「玄弥!!」

 「…! 時透、さん……!! 俺がアイツを…足止め、します……!!」

 「(────明らかに意識が曖昧だ…!! 鬼化が進み過ぎているのか!? このまま玄弥を戦わせて良いのか…!?)」

 

 

 何が正しい判断なのかがわからない。意見を仰ぐべきしのぶとは戦っている内に位置が離れてしまっており、ここからしのぶの許に向かうのは彼女と煉獄を危険に晒してしまう恐れがある。

 

 しのぶも柱の一角である故、戦闘能力自体は低くはないのだが…如何せん敵が強過ぎるのだ。尚且つ、医学・薬学に精通している彼女がここで欠けることは非常に拙い。

 

 

 「(……悩んでる暇は無いか…!! 先刻までだって相当厳しかった!! もう手段を選んで勝てる相手じゃない!!)」

 

 

 結局無一郎は、玄弥を止めなかった。片腕を失った己も決定打を与えることは出来まいと、彼を追って凶悪さを増した黒死牟の足止めに向かう。

 

 

 「……灼け落ちた私の刀身を喰らったか………!!! 醜く脆い鬼擬き……目障りなことこの上無し…!!!」

 「好きに、言ってろ……!!!」

 

 

 再び異形の南蛮銃を構えて弾丸を撃ち出す玄弥。黒死牟は歪に変形した大太刀を振るい、また同時に全身の刀から斬撃を乱発し、玄弥を細切れにしながらこれを斬り落としにかかる。

 

 

 「『岩の呼吸 壱ノ型 蛇紋岩・双極』!!」

 「(────!! 此奴も痣を!!!)」

 

 

 玄弥と弾丸を刻んだ黒死牟は、すぐさま悲鳴嶼に向き直った。斬撃を掻い潜り攻撃を仕掛けて来た彼の腕には、新たに罅のような痣が。

 

 

 「『月の呼吸 漆ノ型 厄鏡・月映え』!!」

 

 

 悲鳴嶼の長い射程に合わせ、同じく間合いの長い攻撃を放つ。その間にも全身の刀からは不規則に斬撃が放たれており、伊之助とカナヲは近付くことさえままならない。

 

 

 「(畜生……!! 攻撃が来るってのがわかってても避けられねえ!! 速すぎる…!! アイツの間合いの内じゃあ全快でも多分一発躱すのが精々だ…!!!)」

 「(……もう、ここで使うしかない!!)『花の呼吸 終ノ型 彼岸朱眼』!!」

 

 

 伊之助が攻めあぐねている内に、カナヲが再び飛び出す。「彼岸朱眼」は奥の手にして禁じ手…長時間の行使は失明の危険性が著しく高まる。全身の怪我も相まって、彼女はこの戦い以降二度と刀を握ることは出来ないだろう。しかし、出し惜しみをしている余裕など無い。

 

 

 「(この鬼を倒さないと……無惨には届かない!!)」

 

 「(! 女隊士の動きが段違いに良くなった…!!)」

 

 

 視界の端にカナヲを捉えた黒死牟は、その変貌ぶりに驚愕する。だが、それでも悲鳴嶼に比べれば羽虫同然。早々に両断してやろうと考えて────

 

 

 

 

 

 眼窩の如き銃口と、目が合う。

 

 

 

 

 

 「!!?」

 「効かねぇ、なァ!!!」

 

 

 悲鳴嶼・カナヲの対処に追われ、放たれた種子の着弾を許してしまう。それ自体も黒死牟にとっては痛恨ではあるが、目を瞠るべきは玄弥の再生速度。

 

 

 「(有り得ぬ!!! 微塵に刻んだのは数瞬前のこと!!! 鬼喰いと言えど死んで然るべき有様、ましてこの短時間で完治など……!!!)」

 

 

 先程と同様、樹木が黒死牟の肉体に根を張る。新たに刀を生やし、拘束から抜け出そうとした彼は……異変に気付いた。

 

 

 「(────刀が……技が出ぬ!!!)」

 

 

 樹木が養分としていたのは、黒死牟の血液。技の発動に費やされようとした分を優先的に吸い上げているのか、何度技を繰り出そうとしても不発に終わる。

 

 その硬直は、絶好の隙。カナヲの刀が首筋を、悲鳴嶼の鉄球が項を捉え、更には無一郎が樹木の隙間から胴を突き刺す。

 

 

 「ぬ……ァアアアア!!!!!」

 「(何という強靭な頸…!!! まだ攻撃が足りない!!!)」

 「(折角、届いたのに…!!!)」

 

 

 それでも黒死牟の頸は落とせない。悲鳴嶼の鉄球が項を灼いてはいるが、切断には程遠い。カナヲの刀に至ってはただ接触しているだけだ。

 

 

 「(役に立て!! 片腕じゃ頸を落とす助けにはなれない!!! 少しでも、コイツの動きを…!!!)」

 

 

 無一郎は、必死に刀を握り締める。現状唯一敵の肉体を貫通している刀で、露程であれど苦痛を与えんと歯を食いしばる。

 

 

 

 …白刃が、ゆっくりと赫く染まっていく。

 

 

 

 「!? ぐ、ァアアアアッ!!?」

 

 

 赫い日輪刀は、黒死牟に激痛をもたらした。彼自身も痛みの発信源に目を落とし、その事実を理解する。

 

 樹木と鉄球、そして忌々しい赫刀。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────黒死牟の憤懣は、とうとう頂点に達した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「図に…乗るな……!!! 凡愚が何人集い………!! 些細な奇跡を起こしたとて…!! 真の強者には永劫に及ばぬ!!!

 「…!!! お前ら離れろォッ!!!」

 

 

 好機に駆け出していた伊之助が急停止し、四人に退避を呼び掛ける。彼が感じたのは、猛烈な悪寒。黒死牟が初めて刀を抜いたあの時よりも、遥かに暗く冷たい何か。

 

 警告を聞いて後退を選んだのはカナヲのみ。悲鳴嶼も無一郎も、決して傷を癒させまいと離脱の素振りを示さない。そしてカナヲも、最早回避が間に合う段階にはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 「(………貞子。就也に、弘、こと…寿美も)」

 

 

 「そんじゃ、兄ちゃんたちちょっと出掛けて来るけど……すぐ帰って来るからな。大人しく良い子で居ろよ」

 「うん、大丈夫だよ!」

 「あたしたち、ちゃんと留守番できるから!」

 「…本当かぁ?」

 「ほんとだよ! 心配しなくて良いからね! 良い子で待ってるからね!」

 

 

 「(────昔の、記憶だ……。………何だって俺は………土壇場でこんなことばかり、思い出すんだろうな)」

 

 

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 「(……今……とんでもない力で引き剥がされた…! 一体、誰が……────!?)」

 

 

 

 「────────一体……何だと言うのだ……お前は…!!!」

 

 

 黒死牟の姿が、大きく変じる。全身から生えた刀はそのままに、不揃いな棘や茨のような触手、鎌のような突起物が無数に飛び出して。

 

 それでも、異形化と共に放たれた攻撃による死者は居なかった。

 

 

 

 

 

 「……俺にもよくわかんなくなって来た…。ただ────」

 

 

 

 

 

 ────仲間たちを庇い、その全てを玄弥が防いだから。

 

 

 「……弟妹がお利口さんに待ってんだ。いっぱい土産話持って帰ってやらなきゃなんねえ」

 

 

 彼の身体からは、絶えず黒い煌めきが噴き出していた。

 

 

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 そもそも、瞢爬は猗窩座以外の鬼とも僅かながら接触していた。そのためこれまでの鬼喰いでも、玄弥の身の内には狂竜物質が蓄積されていたのだ。

 

 だが、幸か不幸かそれらが表出するのは決まって鬼喰いをした直後の鬼化が活性化した状態。人の姿を保っている間は、定期的に彼を診ていたしのぶでさえ気付けない程に不活化する。

 

 そして、今回の無限城での戦い。雑兵の鬼と黒死牟の刀身を喰らった分で、狂竜物質の量が一定量を突破。玄弥は鬼化と同時に、狂竜化に至り……たった今、極限状態へと移行した。

 

 

 

 極みへと至るのがこれ程までに早いのは鬼喰いという特異性故なのか、或いは人としての性質も併さっているということなのか……

 

 

 

 「……凄ぇ…!!」

 「玄弥……」

 

 「オラァァアアアッ!!!」

 「(この黒い波動…!! 近日の猗窩座と同じ…!!?)『拾ノ型 穿面斬・籮月』!! 『拾肆ノ型 兇変・天満繊月』!!!」

 

 

 いずれにせよ、玄弥は黒死牟と渡り合うまでに強くなっていた。

 

 

 「(勝てる…!! 後は、呼吸が使えない玄弥の代わりに……誰かが隙を突いて、頸を斬れば…!!!)」

 

 

 

 足りないのは戦いを終わらせる決め手。悲鳴嶼一人では落とせなかった黒死牟の頸…後一人、柱が必要だと無一郎が考えた所で────

 

 

 

 

 

 「『風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ』!!!」

 「!!」

 

 

 

 

 

 到着したのは、ある意味で救援として最高の人物だった。

 

 

 

 

 

 「兄貴…!」

 「……見てわかるぐれェにクソみてぇなことになっちまってるが………とにかく先ずはこの気持ち悪ィ塵をぶっ殺すぞォ!! ────()()ァ!!!」

 「…!! ………おうッ!!!」

 

 「……兄、弟…!!! 不愉快、極まりなし…!!!」

 

 

 

 

 


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