※一人称視点あり
「『月の呼吸 陸ノ型 常世孤月・無間』!!!」
「(見える…!!! 嘘みてぇだ!! あんなにどうしようもねぇように見えた攻撃が…! 何となくとはいえ目で追える!!!)」
怪物と化した黒死牟の放つ斬撃は、技巧こそ劣化したものの威力と速度は増している。だというのに、玄弥は四苦八苦しながらもそれらを捌いていく。
「(どうなってやがる…? ついこの前まで玄弥は鬼喰い込みで丙かそこらって所だった。客観的に見てそれは間違いねェ。だってのに…今は上弦の壱と渡り合ってる。……テメェ…本当に大丈夫なんだろうなァ……!!?)」
不死川にとっては、喜ばしさよりも懸念が勝る事態だ。急成長というには飛躍が過ぎる。彼の弟の肉体に何らかの異常が起きているのは確実だった。
とはいえ、今の玄弥無しで黒死牟と戦うのは難しい。不死川に出来るのは、一刻も早く上弦の壱の頸を落とすことだけだ。再び参戦してきた悲鳴嶼と共に、黒死牟へと斬りかかる。
「『岩の呼吸 伍ノ型 瓦輪刑部』!!」
「『風の呼吸 漆ノ型 勁風・天狗風』!!」
「『月の────』」
「させるかァ!!」
「……お…の、れェエエエエエ!!!」
黒死牟としても反撃したい所だが、どこまでも玄弥が邪魔をする。呼吸を繰り出そうとした瞬間に銃弾が放たれたために、技を中断してそちらへの対処を優先せざるを得ない。不気味な触手を縦横無尽に振り回し、玄弥の肉の一部である銃弾をすり潰していく。
当然並行して全身の刀から斬撃を放ったのだが、似たようなことは玄弥にも可能だ。銃弾を四方八方から撃ち込みつつ、悲鳴嶼と不死川の攻撃が直撃するように斬撃を肩代わり。
「(無傷だと────!!?)」
最も信じ難いのは、玄弥に黒死牟の攻撃が殆ど通らなくなってしまったこと。どういう理屈なのか、彼の肉体は紫色の火花を散らして斬撃を反射して来る。直接刀で斬りつけたとてやはり肉を裂くには至らない。
対して玄弥の銃弾は数発が黒死牟の肉体に侵入し、これまで以上に大きな樹を芽吹かせる。
「がァァアッ…!!! 性懲りも、無く…!!!」
そうして彼の頸に届く鉄球と刀。どちらも悪くはない威力だが、未だ黒死牟の頸は健在だ。
「(硬ェのもそうだが…再生速度が尋常じゃねェ!!)」
「(傷を広げるよりも速く塞がってしまう!! 即座に落とさねば堂々巡りか…!!)」
刀を食い込ませようとしても、肉が盛り上がり押し戻される。かと言って、一息で頸を落とすことも出来ない。
「ウ、オオオオオッ!!!」
「!!」
だが…苦し紛れに玄弥が振るった刀が、黒死牟の頸へと吸い込まれる。
今度ははっきりと、その傷口から血が溢れ始めた。
「(馬、鹿な…!! 鬼擬きなどという半端者が………赫い刀を…!!?)」
「往生際がァァ……!!! 悪いんだよォォオッ…!!!」
「ぐぅおおおおお……!!」
頸に入った傷が、深く大きくなっていく。震える程にその手に力を込めた玄弥は、己の刀が赫くなっているということに気付かない。
…そして。これが柱の刀であればそうはならなかっただろうが……剣術の腕前が今一つの玄弥では、唐突に膂力を増したということもあって刀へ適切に力を掛けられず……過剰な負荷によって、刃は半ばからへし折れた。
「!! ち、畜生…!!! (やべぇ…!! このままじゃまた…!!)」
もう一度、今すぐに同じことが出来なければ────千載一遇の機会が、失われてしまう。
「────!! 悲鳴嶼さん、不死川さん!!!
「刀が、赫くなる!! 太陽のような熱を帯びて…ぅ、ぐ…!!」
「「!!!」」
そんな時、助言を飛ばしたのは玄弥によって黒死牟から引き剥がされた無一郎とカナヲだった。
無一郎は先程の己の経験と現状を照らし合わせて、カナヲはその優れた視覚を以て日輪刀が強化されるという事実とその条件を看破。カナヲは途中で痛みに身体が強張り足を止めるが、無一郎はそのまま空中に身を躍らせて刀を振り上げる。
握り締めた柄から熱が伝わり…再び、白刃が赤熱した。
「合わせて!!!」
「承知!!!」
「しゃアアアアアア゛ッ!!!」
「かぁあああああ…!!! このような…!!! 姑息な血鬼術如き…!!!」
黒死牟は、未だ動けない。樹木に血を吸われ、全身が麻痺している。
「(負けられぬ…!!! どうあっても!!! 私は負ける訳にはいかぬ…!!!)」
ーーーーーーーーーーーーーーー
樹木に阻まれて上手く首を回せない。それでも、鬼喰いの兄と大男の武器が赫く染まっていくのが判る。
「くたばれェエエエ!!!」
視界が闇に染まる。
音も聞こえない。匂いもしない。
────頸を…鉄球に潰されたのか。
…まだだ。まだ、負けでは無い。
頸を再生させる。弱点を克服し、不愉快な鬼狩りを全て殺す。
『兄上の夢はこの国で一番強い侍になることですか?』
そうだ。
「────やがったあの野郎!!! 糞が!!! 畜生がアア!!!」
「攻撃し続けろ!!! 玄弥の血鬼術はまだ効いている!!! 頸を落とされた直後であることも踏まえれば、相当に身体は脆くなっている筈だ!!!」
私は、決してこの程度の有象無象に敗れはしない。
「────!? また動きが速く…!!」
「後ろだ無一郎!!」
『いつか…これから生まれてくる子供たちが。私たちを超えて、さらなる高みへと登りつめてゆくんだ』
そのようなことは有り得ない。私たちは特別なのだ。
私と鎬を削ることのできる剣士など現れない。
お前を超える人間など生まれない。
「く…────? …玄弥!!」
「
ましてや私たちよりも優れた兄弟など────
「とっとと地獄に堕ちやがれェエエエ!!!」
…二人。二人掛かりでも、私一人に及ばない。弟に至っては鬼喰いだ。
半端者。未熟者。兄は恐らく柱…その才覚には天と地程差がある。
………兄の方が、弟よりも優れている。
…縁壱。
何故お前は弟だったのだ。
お前が兄で、私が弟であったなら。
私は分不相応な夢など見ることはなかったというのに。
『俺はこの国で二番目に強い侍になります』
何故私にお前のような力が無かったのだ。
神の寵愛を受けたのが私であったなら。
我らは互いに望むものを手に出来たというのに。
この鬼狩りの兄弟は運が良かっただけだ。
偶々兄の方が優れていた故に、兄と弟で居られただけだ。
或いは、偶々安穏とした時代に生まれ落ちたが故に────
『俺は兄上と双六や凧揚げがしたいです』
────私たちが…
もしも、私たちが生まれたのが…明治の世であったなら。
大正の世であったなら。
『兄上! 今日は何の遊戯を致しましょう』
…そんな未来も、あったのか。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「……完全に…消滅、した…」
「…漸く死に晒したかァ……あん? …んだこりゃァ」
「…笛か。既に破損しているな」
「なんだってこんなモンを持ってやがったんだァ?」
「さて…奴ならば用途を知っていたのだろうが……尤も、見たところ何か仕掛けられていたという訳でもない。気にすることはあるまい」
「まァ、そうだな────」
戦いを終え、緊張を解いた隊士たち。一先ず討伐の確認を行い、傷の手当などに移ろうとして……
「ガ、ギィイイイイイ…!!!」
「!!?」
異常な呻き声に、全員が顔をそちらへ向けた。
そこに居たのは…玄弥。蹲り、歯を食いしばり、必死に何かに抗っている。
「…玄弥!!? テメェどうした!!? 何が…!!?」
「……兄ちゃん…。…ごめん………俺、多分…駄目だ」
「────な、にを言ってんだァ…!? オイ!! 玄弥!!!」
謂わば代償。鬼の力、狂竜の力…どちらも真面な人間が扱えて良い代物ではない。
即ち…玄弥はもう、人では居られなくなっていた。
「頼むよ……俺を」
「それ以上言ってみろ…!! 二度とテメェとは口利かねェぞ!!! どうにか……どうにかしてやるから黙ってろ!!!」
「………兄ちゃん…」
喉が震える。汗が噴き出す。不死川は必死に弟を救う術を考えるが、今この瞬間に無惨を殺す以外の方法が思いつかない。玄弥が完全に鬼になれば、もう取り返しはつかないだろう。
…するとそこへ、戦いの終結を察知した鴉が伝達にやって来る。
「カァァァ!! 無惨、薬ノ分解ヲ試ミルモ失敗!! 刈猟緋滲渼ノ妨害ニヨリ失敗!! 現在両者交戦中!!」
「!!!」
「我らが戦っている最中も、戦局は動いていたか…!!」
「オイ!! 刈猟緋は無惨を倒せそうなのかァ!!?」
「城内カラノ離脱作戦ヲ進行中ニツキ討伐ハ先延バシ!! 無惨逃走ノ恐レハナシ!!」
「んな余裕はねぇんだよこっちにはァ!!! 今すぐ無惨をぶち殺せェ!!!」
鴉によれば、無惨は滲渼が襲撃をかけたために人間化の薬の分解に失敗したらしい。だが、ここで無惨を倒してしまえば上弦の肆も道連れとなり、無限城内の隊士たちが全滅する可能性がある。無惨が人間に戻ってしまっても同様だ。そのため、無限城からの脱出は最優先事項。
とはいえ今は一秒でも惜しい不死川にとって、その情報はこの上なくもどかしいもの。玄弥が助かるかどうかが懸かっている状況下…憎き無惨を殺せるというのならすぐに殺して欲しいというのが本音だった。
────だが、希望の光は常に思わぬ方向から射し込むものだ。
「不死川さん!!」
「!? 何だァ胡蝶!!」
「これを!! 『人間に戻す薬』です!! 弟さんを診せてください!!!」
「!! オイ…!? 冗談とかじゃねぇだろうなァ!!?」
「本物ですから、ご安心を!!」
不死川に声を掛けたのは戦線を離脱していたしのぶ。小さな木箱を懐から取り出し、中身を取り出して玄弥に駆け寄る。それは、彼女が珠世とは別の方法で作り出した「人間に戻す薬」だった。
「……胡蝶さん…」
「全く…! 全部終わったら一日中説教してやりますからね…!!」
「…すみ、ません……」
ガラスの容器に入った液体を、針を通して玄弥の腕に流し込む。……筈が、上手くいかない。
「何、これ…!!? 硬すぎて、刺さらない…!!!」
「注射じゃなきゃ効果ねェのか!!?」
「いえ、摂取できれば何でも────」
しのぶに質問した不死川は、その返事をおおよそ聞いた段階で薬を彼女からひったくり、玄弥の口に押し込んだ。
「噛み砕け!! 飲み込め!!」
「もが……!!」
「ご、強引な………ですが、これで!」
────玄弥の肉体が、元の血色を取り戻していく。黒い煌めきは霧散し、その瞳も人間らしいものへと変化した。
「……玄弥?」
「…うん。俺だよ」
「………馬鹿野郎……!! 無茶すんじゃねェ……!!!」
「……ごめん。ありがとう」
「良かった…玄弥、落ち着いたみたいだ」
「うむ。…これで後は…」
「無惨をぶっ殺すだけだ!!」
「戦いの終わりが、見えて来たな!」
「! ギョロ目! 無事か!?」
「ああ! 無惨を討つため寝てはいられない…俺も最後まで戦うぞ!」
大なり小なり怪我をした者はいるものの、それでも死者を出すことなく上弦の壱は撃破された。
行方不明の上弦の弐を除けば、これで残すは無惨ただ一人。
鬼の首魁の喉元には、既に幾百もの刃が突き付けられていた。
【大正コソコソ噂話】
・しのぶが人間に戻す薬をカナヲに渡していないのは、別に童磨に喰われて死ぬ予定でも何でも無かったからです。