時世を廻りて   作:eNueMu

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千古不易の夢の終わり

 

 時は、少しばかり遡る。

 

 

 「(鬼舞辻無惨…随分と遠くまで逃げたな。……だが、断じて間に合わない距離ではない)」

 

 

 猗窩座を倒し、傷をある程度回復させた滲渼。彼女は微かな無惨の気配を追って、無限城を縦横無尽に駆け巡っていた。

 

 

 「(或いはこの程度で誤魔化せると考えたのか? だとすれば、哀れなことだ)」

 

 

 滲渼は前世で、嫌というほどに追跡の経験を積んだ。時には一切の手掛かりも無い中でも標的を探し出した彼女にとって、今の状況は大して問題のあるものではない。凄まじい速度で、無惨との距離を詰めていく。

 

 

 

 「(────見えた。あの肉塊か)」

 

 

 

 縦に長い空間に飛び出し、遂にその姿を視界に捉える。壁面に根を張るようにして宙に浮かんだ不気味な肉塊の内に、無惨と珠世は居た。

 

 飛び出した勢いのまま、刀に手をかける。

 

 

 

 

 

 「『咢の呼吸 極ノ型 弓形彗・月穿ち』」

 

 

 

 

 

 ────轟音。途轍も無い衝撃に見舞われた肉塊は、原型を失い…落下していく残骸の中から、二人分の人影が現れる。滲渼はその内上半身のみが残る方…珠世を抱え、落ち着ける場所に着地した。

 

 

 「珠世殿。大事は有りませぬか」

 「……はい。…刈猟緋さん、私のことは構わずに無惨を!」

 「御意」

 

 

 救い出した珠世とほんの少しだけ言葉を交わしている間に、無惨は全速力で何処ぞへと逃走していた。身体が大きく欠けた珠世は、それでも問題はないと話す。彼女の言葉に従い、滲渼は無惨の後を猛追する。

 

 

 

 

 

 「鳴女!! 鳴女ェエエエ!!! 私を地上に────」

 「その機はとうに逸している」

 「────」

 

 

 

 

 

 無惨の肉体が微塵に刻まれる。少し前ならばそれもすぐさま完治しただろうが、今回は中々再生が終わらない。

 

 

 「(赫刀!!! おのれ猗窩座…!!! 半端に追い詰めて敵に塩を送るとは!!! 役立たずにも程がある!!!)」

 「(……これでも死なないのか。だが、再生が遅いな。この赫い刃は、やはり陽光に近しい効果を持っているらしい)」

 

 

 灼けた断面をどうにか繋げ、這ってでも逃げようとする無惨。当然、そんなもので滲渼を振り切ることなど不可能だ。今度は迎え撃とうとしたものの、敢えなく粉々に切り分けられる。

 

 

 「ぐぁ────!!!」

 「諦めよ。其方の罪の全てを贖う刻が、やって来たのだ」

 「──!! ──…つこ、い!!」

 「…む?」

 

 

 激痛に苛まれながら、無惨は尚も再生に励む。原型を失った耳でどう聞き取っていたのか、彼は再生直後に滲渼の宣告を切って捨てた。

 

 

 「しつこいのだお前たちは…!! 心底うんざりさせられる!! 口を開けば親の仇子の仇兄弟の仇……まるきり馬鹿の一つ覚え!! 私に殺されることは大災に遭うのと同じこと!! 生き残ったのならばそれで充分だろう!!!」

 「…ふむ。言いたいことは山程有るが……其方は一つ、思い違いをしているな」

 「……何だと?」

 

 

 あまりにも自分勝手な無惨の言い分に、さしもの滲渼も眉を顰める。だが、滲渼に対しての彼の言葉には明らかな誤りがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「私の親兄弟は健在だ。身近な者誰一人、鬼に喰われたという話は耳に入っておらぬ」

 

 

 

 

 

 「…………………………は………?」

 

 

 

 

 

 「私が鬼殺隊に身を置いているのは、我が刈猟緋の一門が代々そうしてきた故。勿論、人を害する鬼を滅するべきだという考えもあってのことだが」

 

 

 

 

 

 無惨には、滲渼の思考回路が理解出来なかった。

 

 

 「(……………何だ この女は)」

 

 

 彼女の眼差しが、表情が…途端に読み取れなくなる。

 

 

 「(私が人を喰らうのは、生きるためだ。いや、厳密には喰う必要はあまり無いが…それでも、食欲は生物として正しい本能だ。結果として、人が死ぬというだけであって)」

 

 

 決して城内は暗くない。だというのに、視界が暗く淀んでいく心地がする。

 

 

 「(そうして身内を殺された者たち。憎悪だけで千年もの間、私を追い続ける異常者共。……理解はできる。共感はできないが、奴らが私を狙う理由はわかる)」

 

 

 

 

 

 ────暗がりには、悍ましい獣が咢を擡げていて。

 

 

 

 

 

 「(では、この女は? 何故此奴は私を狙う? 何故何も奪われていないのに命を奪う? 意味がわからない 理解ができない)」

 

 

 

 

 

 使命、義憤、正義感。それらが理解出来ない無惨にとって、滲渼は未知なる恐怖そのものだった。

 

 

 

 

 

 「(…()()()が本物の化け物だとするのなら。この女は────本物の異常者だ)」

 

 

 「滲渼!! 鬼舞辻無惨ハマダ殺スナ!! 産屋敷ノオ偉方直々ノゴ注文ダ!!!」

 「!」

 

 

 その時、彼らの頭上から降って来たのは鴉の声。滲渼の鎹鴉である燁が、彼女に指示を出したのだ。我に返った無惨は目障りだと言わんばかりに変形させた腕を彼へと伸ばすが、滲渼がそれを阻止する。

 

 

 「…そうか。御館様曰く、其方の死は配下の鬼の死を意味するのだったな。………気に掛かることも多いが…先ずは此処から抜け出さねばならぬ訳か。仰せに従うとしよう」

 「……貴様は……!!! 神にでもなったつもりか!!? 私の命を手玉に取るのはさぞ愉快だろう!!! 言ってみろ!!! 貴様と私で何が違う!!?」

 「……………齢」

 「…く、きぃぃぃいい……!!!!! 貴様はァァ…!!! 貴様だけは殺してくれる!!! 刈猟緋、滲渼!!!!!」

 

 

 …滲渼はこれでも、半分真面目に答えている。真剣に考えて思いついたのが、「種族」「性別」「年齢」しか無かったのだ。いずれを口にしたとしても無惨が怒るのは分かっていたが、一応律儀に返答した。結果、予期していた通り無惨は激昂した。

 

 

 「潰れろ!!! 砕けろ!!! 消えろ!!! 貴様は────がっ!!」

 「…其方の攻撃からは、技術の欠片も感じられぬ。全てが直情的……命を脅かす程の相手と戦ったことは殆ど無いのだろう? 或いは、只管に逃げ隠れて生きて来たのか…何れにせよ、猗窩座にでも武術の心得を習うべきだったのではないか」

 

 

 尤も、怒りに任せて攻撃した所で無惨の攻撃が滲渼に届くことはない。異形と化した腕諸共、いとも容易く細切れにされる。

 

 

 「…気付いているか? ────城が動いているぞ。どのような作戦なのか、どのような術を使っているのかは知らされておらぬが…先程の其方の望みは叶うだろう。地上へは我等鬼殺隊も共に行くがな」

 「────!!!」

 

 

 そうこうしている内に、作戦は最終局面へ。裏では上弦の肆・鳴女を宇髄・伊黒・甘露寺の三人が抑えている間に、目隠しの血鬼術を使って接近した愈史郎が鳴女の脳を支配。無惨の呪いを外した上で、彼女に代わって無限城を操作していた。

 

 詳細までは把握していないものの、鳴女に何らかの異常が起きているのだということを察知した無惨。即座に鳴女を殺害しようとして……出来ないことに、気が付いた。

 

 

 「(────呪いが完全に外れている!!!)」

 「其方の全てを否定はするまい。生きることはあらゆる生物に等しく許された権利だ。その過程でどれだけの命を糧にしようと、無意味なもので無ければそれは唯の生存競争に過ぎぬ。だが、其方は徒に命を奪う。価値無き殺戮を繰り返す。ならば私は其方を討とう。…先刻は自身を『大災』に喩えたな? 確かに自然の災害に復讐を誓う者は居ない。しかし…災いに抗うこともまた、人間の強さなのだ。────鬼舞辻無惨。其方に夜明けは訪れぬ。今宵の内に、永きに渡った戦いは終わるだろう

 「喧しい……!!! 下等生物が…知った風な口を利くなァァアア!!!」

 

 

 

 

 

 暴れる。

 

 

 刻まれる。

 

 

 再生し、暴れる。

 

 

 再び、刻まれる。

 

 

 

 

 

 「永遠を…!!! 貴様にも永遠をくれてやろう!!! 老いることのない肉体が欲しくはないのか!!? 若く、強く、美しいまま!!! 悠久の時を生きていたいとは思わないのか!!?」

 「桜の花は儚く散る故にこそその美しさが際立つ。銀雪は儚く融ける故にこそその美しさが際立つ。限りある故にこそ……全てのものは堪らなく美しい。────永遠など、虚しいだけだ」

 

 

 命乞いにも似た勧誘。滲渼はこれをにべもなく断る。

 

 

 

 一度人生の終わりを迎えた彼女は、未練を残して生まれ変わった。

 

 

 

 ところが、未練はいつの間にか消え去っていた。

 

 

 「(ともすれば、私が求めていたのは────)」

 

 

 彼女はただ……

 

 

 

 

 

 『お前さんなら、できるできる!』

 

 

 

 

 

 「(────掛け替えの無い仲間と過ごす…儚く貴い日々だったのかもしれない)」

 

 

 もう一度、誰かと笑い合いたかったのだ。

 

 

 

 

 

 「………別れを告げたというのに…如何しても、思い出してしまうものだな」

 「何を訳の分からんことを…!!!」

 「…済まぬ。此方の話だ…────!」

 

 

 棒立ちで過ぎし日に想いを馳せる滲渼にも、無惨は傷一つつけられない。片手間に振るわれた刀は、無数の攻撃を一息に斬滅して……

 

 

 

 とうとう、その瞬間が訪れる。

 

 

 

 「(頭上に襖が…!!)」

 「く、そ……!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「地上だ! 皆、地上に戻って来たぞ!!」

 「上弦の鬼は全滅したのか!? 無惨は!?」

 

 

 そこは、広々とした平野の中心。事前に産屋敷家が立てていた計画通りの地点に、無惨と鬼殺隊は排出された。

 

 遠くに山や森は見えるが、少なくともこの場を中心として周囲およそ三百間に日光を遮るものは何も無い。朝が来れば、無惨は確実に死亡する。

 

 

 「無惨!!!」

 「…竈門…炭治郎……!!」

 

 

 「無惨…! アイツが、無惨なのね…!!?」

 「俺の家族の、仇…!!!」

 

 

 炭治郎に、尾崎に村田。皆、鬼に家族を奪われた者たち。

 

 

 彼らだけではない。今ここにいるほぼ全ての隊士は、鬼によって大切なものを失っている。

 

 

 「(もう一度分裂を……!!!)」

 「!」

 

 

 ここまで劣勢ともなれば、無惨の選択は一つ…逃走以外にない。今度こそ分裂によって逃げ出そうとするが…

 

 

 「…!?」

 「(……?)」

 

 

 何故か、殆ど肉が分かれなかった。勢いもまるで足りず、数個の肉塊がべちゃりと地面に崩れ落ちる。事前に察知して阻止するつもりだった滲渼は、肩透かしを食らった。

 

 

 「……無、惨…」

 「…!? 珠世、貴様ァ…!!」

 

 

 それぞれが蠢いて不恰好に形を戻していく無惨の許にやって来たのは、愈史郎に抱き抱えられた珠世。彼女もまた、無惨に全てを壊された被害者だ。

 

 

 「珠世様、まずは再生を…!!」

 「………愈史郎、大丈夫ですから。…無惨。お前に叩き込んでやった薬は……実に良く効いたようだな?」

 「ッ……!!!」

 

 

 憎悪に身を焦がし、獰猛な笑みを浮かべる珠世。無惨に対しては、珠世にも「鬼」としての性質が強く顕れる。

 

 

 「…()()だ」

 「…何?」

 「……ふ、くく………薬の数だ!! お前に投与したのは、五つの薬!!! 『人間に戻す薬』!! 『分裂阻害の薬』!! 『老化の薬』!! 『細胞破壊の薬』!! ()()()()()()()()()()()()()()!! 信じ切っていたな!!? 私の言った言葉を馬鹿正直に受け取ったな!!? あはは、あはははは!!! どうだ無惨…!!! 逃れようのない『死』が近付いて来る気分は…!!!」

 「!!! ま、さか…!!!」

 

 

 無惨は、今夜だけで二度の分裂を試み…いずれも失敗に終わっている。本来であれば二千弱の数に分かれる筈の肉片は、一度目は数百個、二度目は数個。後者に至っては飛散速度まで劇的に落ちていた。

 

 それらは全て、珠世の薬によるものだったのだ。

 

 

 「! ゴフッ…!?」

 「さぁ……全ての薬が本格的に効き始めたぞ? 頭の悪いお前にももう分かっているだろう!!? ────地獄はすぐそこだ…!!!」

 「(手、が…震える!! 脚が戦慄く!! 肉体がどんどん弱って…!!)」

 

 

 見れば、牙のようなものが並んでいた身体は人間と変わらないものになっていた。髪は白く染まり、ただ立って震えているだけで次々と抜け落ちていく。

 

 

 「さァ…どうやって殺してやろうかァ…!!」

 「この国の平和を地味に乱し続けた罪……派手に死んで償いな」

 

 

 柱も全員が集い、囲むようにして無惨を睨む。隊士たちがじりじりと距離を詰めていく中────突然、滲渼が待ったをかけた。

 

 

 「……皆の者。刀を納めよ」

 「!? 刈猟緋さん、どういうつもり!!?」

 「…無惨に情けをかけるというのか」

 「そうではない。……見よ」

 

 

 滲渼が無惨を指し示し、隊士たちは少しだけ冷静さを取り戻す。

 

 

 

 

 

 

 

 「ゼヒュー……ゼヒューッ………ゴ、ゲホ、ゲホッ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 「…あれが……無惨…?」

 「……ただの老爺にしか、見えん…」

 

 「…然り。……今の無惨は、唯の老爺だ。………既に、鬼ではない。そして……間もなく死ぬ。…強いて人間の血を刀に塗る必要はあるまい」

 

 

 無惨は、人間に戻っていた。変形も、超再生も、普遍の若さも過去のもの。彼にはもう何も出来ない。

 

 

 

 

 

 

 後はこのまま、老いて死ぬだけだ。

 

 

 

 

 

 「わ、私は……!! 不滅の存在となるのだ……!!! 究極の、ゴフッ! 生物となるのだ!! こ、んな…ゲホッ!!! こんなことがあって良い筈がない……!!! ふ、ふめつ…! 永遠………えい、えんを………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつしか、妄執を呟く声は途切れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 永遠を希い、理想のために悪逆非道の限りを尽くした鬼畜。

 

 その終わりは、あまりにも呆気ないものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白く輝く翼が、闇を翔ける。

 

 

 「ジャアアアアア…

 

 

 言い知れぬ名残りを抱えた魂に、強く惹かれて。

 

 

 

 

 





 【大正コソコソ噂話】
・無惨様が最後の方でも一応分裂できたのは、人間化の薬の分解に失敗していたからです。原作通り、人間化の薬が分解されなければその他の薬の効果は強く発揮されないようになっていました。追加の五つ目の薬は全身麻痺など、非常に強力な効果もありますが……平たく言えばおバカになる薬です。こうなると元々ガバガバな無惨様の頭は空っぽ同然ですね。
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