※一人称視点あり
「腕に自信の無い者は退がれ!!! 目の前の鬼は嘗て無い強敵────」
瞢爬をその目に捉えた滲渼が、隊士全員に警告を発して……言い終わらない内に、瞢爬の姿が掻き消える。
「(────突、進────)」
「────刈猟緋!!? おい、刈猟緋ッ!!?」
「案ずるな!!! 無事だ!!!」
「! おいおい、派手に脅かしやがって…!! (何も見えやしなかった…!! コイツはド派手にやべぇぞ…!!!)」
いきなりの突進を、滲渼は辛うじて回避する。傷こそ負ってはいないものの、内心の焦りは尋常ではない。
「(馬鹿な…!!! 速過ぎる!!! 筋肉の動きを視ても尚反応出来る限り限りの速度…!!! これを躱し続けるのは…!!!)」
「ジャアア!!!」
「!!!」
続く翼脚の一撃。叫び声を頼りに上手く躱すが、叩きつけられた翼脚は地面を粉砕して…
「ギャアアアッ」
「ぐあっ…!!」
「(────しまった!!!)」
飛礫が遠方の隊士たちを直撃し、少なくない犠牲が出てしまう。
…さらに。
「ギュイイイ…」
「!! 躱せえええッ!!!」
口許に白紫色の光が集まり……三つの光弾が放たれる。滲渼はこれを見切って離脱しつつ、後方の隊士たちに回避を呼び掛けた。
「え────」
だが、躱せない。並の隊士たちでは、光弾を見てから避けるのは不可能だった。超高速で飛来した攻撃が、次々と隊士を殺めていく。
あまりにも容易く、命が散る。
「…ッ!!! 此方だ!!!」
「ジャアアアッ!!!」
滲渼は大層申し訳無さそうに苦々しげな顔をしながら、たった今死者が出たことで人の居なくなった方へと瞢爬を誘導する。翼脚を振り乱しながら追随してくる瞢爬を決死の思いで斬りつけるものの、殆ど刃が入らずに滑ってしまう。
「(何という硬さ…ッ!!!)」
瞢爬の肉体は、滲渼の赫刀ですら浅い切り傷しか与えられない程に硬くなっていた。それも、狙ったのは頸ではないにも関わらず。
「(翼脚の硬さは天廻龍譲りか!!! そして恐らく…頸は此れよりも更に硬い!!! ……必殺の隙が、必要だが…!!)」
こうなると、頸を落とす手段はかなり限られてしまう。最も容易だと考えられたのは少しずつ傷を刻んでいく方法だが、翼脚の傷は既に完治している。つまり、一太刀で頸を落としきる以外に瞢爬を倒す術は無い。
しかし…それが可能な技は、滲渼の技の中でも数える程しかない。その上いずれも隙が大きい技であるために、ここで放つことは出来なかった。
「『咢の呼吸 極ノ型』────…くっ!!!」
「ギシャアッ!!」
「クソがァ…! 割って入れねェ!!!」
「(冗談じゃねえぞ…!!? 刈猟緋が押されてんのか!!? 何だって今さらこんなド派手イカれ野郎が出てきやがるんだ…!!!)」
「(刈猟緋は…何故あの化生と渡り合える? 理由がある筈だ……あの、『先読み』のような動きの理由が…!)」
「(あの時…猗窩座が言っていた『闘気』…まるで煉獄さんがどう動くか、その未来が見えていたかのような……刈猟緋さんももしかすると、それに近しい何かを…!!)」
瞢爬と滲渼の動きが段々と激しさを増していく中、滲渼以外の隊士は視認不可能同然の戦いの傍観者にならざるを得ない。滲渼ですら劣勢の相手にこのまま立ち塞がったところで路傍の小石。下手に割り込むのは却って邪魔になりかねないのだ。
一方、悲鳴嶼と炭治郎が着目したのは滲渼の異常極まりない反応速度。瞢爬の動きが真面に捉えられないのに対して、滲渼の動きは僅かながら認識することが出来る。だというのに彼女が攻撃を躱せているのは何故か…経験と推測から、勝利への糸口を模索する。
「か、刈猟緋さん……!!」
「俺たちにも…できることは、無いのか…!?」
また、無力感に苛まれる者たち。彼らとて、刀を握ったまま突っ立っていることを良しとした訳ではない。鬼殺隊解散の報を受けても、心は未だ熱く燃え滾っていた。
「(考えるのよ!!! 私が、ここに居る意味は何……!!?)」
────そんな彼らの願いは、この上無く残酷な形で叶えられることになる。
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…他の鴉共は皆仲良くお空の彼方か。そりゃまあ、ここに残ってる動物は鈍間か馬鹿のどっちかだからな。俺たち鴉は優秀な生き物だ……格上の縄張りを踏み荒らしたりはしねえ。
………なのに何で、俺は残ってんだろうな。
『(! ────!! ────)』
っと。産屋敷の坊ちゃん、漸く俺の札を見つけたな? 他の札が見当違いの景色ばかり映してたんだろう…相当焦ってやがる。
『(柱以外は撤退させろ)』
駄目だ。全員居なきゃあの怪物は倒せねぇ。
きっとすぐに、そうなる。
「カァーッ!! 柱以外ノ隊士ハ離レテ体力ヲ温存!! 次ノ指示ヲ待テ!!!」
………お偉方がたまげてるな。隊士共がちゃんと逃げてねぇからだろう。あぁクソ、声が届きゃもっとやり易いんだが…
『(違う 待機命令じゃない 撤退だ 文字が見えていないのか)』
馬鹿にしてんじゃ……いや、馬鹿か。ここにいる時点で…俺はどの鴉よりも頭が悪い。
『(柱以外の隊士が居ても何も)』
────見えてるか、坊ちゃん。震える程に眩しいねぇ……綺麗な翼を見せびらかしてお怒りだ。こっからは、とんでもねぇことになるぞ。
「足許だ!!! 全員足許を注視しろ!!! 離れて居る者もだ!!! 気を抜くな!!! 死ぬなああッ!!!」
「がはっ」
「う、わ…!!?」
「おい! そこも光ってるッ」
……地面が次々爆ぜていきやがる。どこまで広がるんだ、この巫山戯た攻撃は…。
しかもあの怪物、考えてぶっ放してる訳じゃねえのか。こりゃ全部漏れ出たアイツの力の余波だ。気が遠くなるぜ、全く。
『(隊士たちを三、四人で固めろ)』
……へえ。急に指示の方針が変わったな? あの世の親父が助言でもくれたか?
────何にせよ、いい判断だぜ。
「カ…ゲホッ! 三人カ四人デ固マッテ動ケ!! ソノウチ相手ガ見ツカル!!!」
「は、はぁっ!? 何だその指示!? 曖昧すぎるぞ!!」
「そのうちってどういうことだよ…ッ!!」
知るか。何となくそんな気がするだけだ。野生の勘って奴だよ。
……やべぇ、な。息が苦しい……頭がおかしくなる。ちゃんと指示出せんのは……多分次が最後か。
「…!? な、何の音だ!? 地響き!!?」
「………おい。………向こう、見ろ」
…来たぞ、来たぞ…! こっからが踏ん張り所だ! 死ぬ気で足掻けよ人間共…!!
「…ク、ロ!!! 平隊士共!!! 黒イノヲ!! 相手、シロ!!!」
………息ができねぇ。何も、見えねぇ。
俺の腹の中を、何かが喰い荒らしてる。
畜生…本当に、何で…残っちまったんだか。
────なあ、滲渼。
お前、何か隠してたろ? 俺は賢いからな…そういうのは全部わかってたんだぜ。まあ、微妙に抜けてるお前のことだ。俺以外にも誰か勘付いてたかもしれねえな。
…歳食ってくたばる寸前に、聞き出してやるつもりだったのによ。
あばよ。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「何だよ………アイツら…!!?」
瞢爬が雄叫びを上げ、地面が輝き爆ぜ始めてから少しした頃。遠い山や森の中から唐突に飛び出したのは、大小様々な無数の黒い生物。皆例外無く、一直線に鬼殺隊の方へと向かって来ていた。
「(────こ、黒蝕竜、だと…!!? はっきりとは分からないが…大きさからして赤子か!!? 何故突然!!?)」
「…ク、ロ!!! 平隊士共!!! 黒イノヲ!! 相手、シロ!!!」
「!!」
「…良し、皆!!! 俺たちがアイツらを食い止めるぞ!!!」
「お、おうっ!!!」
鴉の指示を受け、比較的小型の黒い生き物たちへと向かっていく隊士たち。滲渼は瞢爬と死闘を繰り広げながら、異常事態の理由を考える。
「(元より山の中に!!? いや、有り得ない!!! 確かに古龍種は並外れた知能を有してはいるが、そこまでは…!!)」
「…血の匂いがします!! 熊や猪に、鳥……魚!!? とにかく沢山の生き物の血の匂いが!!!」
「!!!」
「何ィ…?」
「あの不気味な化生共が……山や森の生物を喰らったのか…」
「(────まさか)」
そして……炭治郎の報告。
「…? ゴホッ…!! 何だ、これ……! ケホッ! 頭が、痛い……急に風邪…!?」
「うっ…!? い、息が…黒く…!?」
奇妙な症状を訴える隊士たち。
それらから、一つの答えを導き出す。
「(────狂竜物質の異常活性化!!! 黒蝕竜は瞢爬が此処に降り立ってからの僅かな時間で孵化した……)」
────滲渼の耳に、何かが落下する音が届いた。
「……………燁?」
「キシャ…」
「刈猟緋!!」
「!!!」
我に返ることが出来たのは、悲鳴嶼が呼び掛けてくれたお陰だった。鴉の肉を喰い破って出て来ていた小さな黒蝕竜を斬り捨てると、殆ど命中しかかっていた翼脚をすんでの所で回避しながら今一度瞢爬に向き直る。
…心の傷が、癒え切らないままに。
「(………燁が指示を出しているのは分かっていた。燁以外の鴉が、居なくなってしまっていたことも)」
八年来の相棒は、果てしなく惨い最期を迎えた。
「(何故だ燁 何故逃げなかった 何故 何故…)」
滲渼の知る燁は、こういった場面では一目散に逃げる性格の持ち主である筈だった。少しでも命の危険がある場所には決して身を置かない性格の持ち主である筈だった。
もう、彼は何を語ることも無い。幾ら訊ねても、答えが返って来ることはない。
「────然らばだ、燁」
涙を流すは唯一筋……手向けとして、この戦いを終わらせるべく。
「鏑丸!!! どうした、落ち着け!!!」
「! ────小芭内!!! 受け取れ!!」
また…同じ犠牲も、生ませはしない。伊黒の声を確認するや否や、懐の抗竜膏を彼に投げ渡す。
「これは!!?」
「軟膏だ!! 鏑丸の症状を「ジャアア!!!」────ちっ!!!」
「鏑丸に塗れば良いんだな!!? 蛇にも有効なのか!!?」
「分からぬ!!! 賭けるしかあるまい!!!」
「…それもそうか…!!!」
本音を言えば、恐らく効果があるだろうと睨んでいた。あの珠世が携わっている薬が、人間にしか効果を及ぼさないなどというのは考え難かったのだ。
「(────そうだ 愈史郎殿と使いの猫は!!?)」
そこで思い出したのは、珠世に縁深い者たち。戦いが始まって以来、彼らの姿が見えていなかったことに気付き…
「! ギュアアァッ」
「!?」
「馬鹿なッ…!! 化け物か…!!?」
直後、瞢爬の翼脚に掴まれる形で突然姿を現したのは愈史郎。
その手には、起死回生の鍵が握られていた。
【大正コソコソ噂話】
・鴉の寿命は種類にもよりますが十から十五年程。燁はそのうち八年を滲渼の相棒として過ごしました。お疲れ様、ありがとう。