時世を廻りて   作:eNueMu

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守りたいもの

 

 「(何が────いや、血鬼術か!)『咢の呼吸 極ノ型 身動ぐ蛇王』!!!」

 「ギュウウ……ガァアア!!

 「くっ……!!! (完全に断ち切りたかったが…!!)」

 

 

 姿を現した愈史郎は、全身が土に塗れていた。どうも、日が昇る直前に地中に潜って立ち去ろうとしていたようだが……瞢爬の出現によって、そうもいかなくなったのだと思われた。

 

 彼を掴み上げたことで僅かに隙を晒した瞢爬の頸へ、間に合う中で最大威力の攻撃を叩き込む。今度はある程度の裂け目が入り、それでも切断には至らなかったものの、瞢爬は堪らず愈史郎を手放した。

 

 

 「愈史郎殿!! 小芭内から抗竜膏を!!!」

 「要らん!! 珠世様が俺たちの分を持たせてくださった!! それと、『賭けるしかない』とは何だ!! 珠世様がそんな甘い製薬を行う筈が無いだろう!!!」

 「! そうか、失敬!」

 「ギュイイイ…

 「うおおっ!!! ────くそっ、正真正銘の怪物が…!!! 何故目隠しの血鬼術が見破られたんだ!!!」

 

 

 光弾に巻き込まれかけた愈史郎は、滲渼の脇に抱えられるようにして救い出された。瞢爬の猛攻を凌ぎつつ、滲渼は彼に質問を重ねる。

 

 

 「目隠しの血鬼術とは!!? 剥がれ落ちたあの札か!!? 何をしようとした!!?」

 「札を貼れば貼っていない者の五感を誤魔化すことができる!! 奴には何故か通じなかったがな!!! ()()を叩き込んでやるつもりだった!!!」

 「!! 薬か、これは!? 『人間に戻す薬』か!!?」

 「違う!!! 『脳と脊髄の働きを鈍化させる薬』だ!!!」

 

 

 愈史郎が滲渼に見せたのは、中枢神経の働きを阻害する薬。無惨に投与された薬の一部、その大元とも呼べるものだった。

 

 

 「ジャアアアアア!!!

 「ぐぁ…ッ!!」

 「刈猟緋!! 俺を降ろせ!!! お前無しではコイツを倒せない!!!」

 「薬……その薬を、奴に飲み込ませるのか!!!」

 「!? 待て、返せ!!! 再生する俺なら失敗しても問題ない!!! だがお前が死ねば……!!」

 「いや…私が担うのが最善だ!!!」

 

 

 人一人を抱えていたために瞢爬の攻撃を避けきれなかった滲渼。天色の羽織が破れ、抉られた脇腹からは鮮血が溢れ出す。それを見て愈史郎は焦りを示すが、滲渼は彼から薬を奪い取るとそのまま彼を後方まで投げ飛ばした。

 

 

 「馬鹿が……っ!! ────刈猟緋!! 絶対にしくじるなよ!!! その薬は……お前の兄が開発した薬だ!!! 奴の想いを無駄にするな!!!

 「────!!」

 

 

 愈史郎は悪態をつきながらも、諦めて全てを滲渼に託す。事実、彼では瞢爬に薬を飲み込ませるのはまず不可能…滲渼ならば可能性は零ではないといった程度。

 

 彼はそのまま吐き捨てるように発破をかけ、遠方の黒い群れに向かって駆け出した。抗竜膏を塗った茶々丸と共に、隊士たちの支援に努めるようだ。

 

 他方彼の発破の内容を耳にした滲渼は、掌中の薬を硬く握る。何としても、自身の役目を果たすために。

 

 

 「(────兄上!!! 貴方という兄を持てたこと……この上ない僥倖にして光栄で御座います!!!)」

 

 「ジィイイイアア……!!!

 「!!!」

 

 

 そして再び激化する戦闘。光弾を放つ際のように、口許に白紫色の光を溜めていく瞢爬…彼の動きを見て、すぐさま滲渼は距離を取った。

 

 

 「(そいつは先刻もう見たぜェ!!!)」

 「駄目だ!!! 近付くな不死川!!!」

 「!!?」

 

 

 間一髪滲渼の警告を聞いて踏み止まった不死川の眼前で、白紫の光が炸裂。凄まじい閃光が視界を覆うが、何とか命拾いしたと考えて……

 

 

 「危ね────」

 「未だだッ!!!」

 

 

 ほんの僅かに気を緩めた不死川の身体が、今度は強く何かに引っ張られる。見れば、胴に鎖が絡まっていた。直後、彼がそれまで立っていた位置に誘爆が巻き起こる。

 

 

 「…悲鳴嶼さん、済みません」

 「致し方無し…! 私とて刈猟緋の声が無ければ…!!」

 「無事か、不死川!!」

 「あァ…! 鏑丸はァ!?」

 「随分落ち着いた! 膏薬のお陰だ…!」

 

 

 柱たちですら、命中が死に直結する攻撃の嵐の合間を縫うことができない。たった今繰り出されたものといい、初見で見切ることなど不可能と言っていい技が多すぎるのだ。

 

 

 「(どうしよう、どうしよう…! 刈猟緋さん一人に任せるなんて、柱の名折れだけど…!)」

 「(見えない! 追えない!! 届かない!!! 片腕の僕じゃ、刹那の足止めにもならない…!!!)」

 「(明らかに上弦の壱より強ェ…!! 何が起きてやがるクソがァ…!!!)」

 

 

 瞢爬と滲渼の戦いは、彼らが嘆いた所で止まらない。巻き込まれないようにするのが精一杯の現状を打破するには、この瞬間に壁を越える必要があった。

 

 

 「炭治郎!!」

 「!! 宇髄さん!!」

 「悔しいが、俺たちが居ても何もできねぇ!!! 黒いのを叩きに行くぞ!!!」

 「待ってください!! 何か…何か掴めそうなんです…!!!」

 

 「(刈猟緋さんの動き…見覚えがある!!! 絶対に、どこかで見ていた筈なんだ…!! 同じように動く人を────!!)」

 

 

 

 

 

 炭治郎は、ただただ目を凝らす。攻撃と攻撃の微かな間隙、瞬くよりも更に短い時間だけその瞳に映る滲渼と瞢爬。

 

 

 

 

 

 「(同じ────…! そうだ…! ………あれは、父さんが死ぬ少し前────)…うっ!!?」

 「ぼーっと突っ立ってんじゃねえ!!! 派手に爆ぜる地面に巻き込まれたら一巻の終わりだ!!!」

 「は、はい!! 済みません!!!」

 

 

 

 …あと、少し。

 

 

 

 幼き日の父との思い出が、炭治郎を極致へと連れて行く。

 

 

 

 「(似ている。あの日の父さんの体捌きと、刈猟緋さんの体捌き……その激しさはまるで正反対なのに────確かに、同じに見える)」

 

 

 「(上弦の壱がそうしたように…!! 我ら人間にも、同じことができる筈!!! あの、神通力の如き振る舞い……!!!)」

 

 

 

 …あと、もう少し。

 

 

 

 命を燃やして潜った死線の記憶が、悲鳴嶼を頂へ押し上げる。

 

 

 

 「(見るんだ)」

 「(よく見ろ)」

 「(刈猟緋さんの動きを)」

 「(敵の動きを)」

 

 

 

 「「(見極めろ!!!)」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────そして世界は、透き通る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「────!!?」」

 

 

 高速で動く滲渼と瞢爬の姿が、悲鳴嶼と炭治郎の視界にはっきりと捉えられた。…両者の筋肉や臓器を、ありありと映し出した上で。

 

 

 「(これだ これだ……!!! 『透き通る世界』!! 父さんが言ったのはここだったんだ!!!)」

 「上弦の弐を注視しろ!!! 誰か、奴の身体が透けて見える者は居ないか!!?」

 「!!?」

 

 

 「透き通る世界」に到達した二人が、共に瞢爬へと立ち向かう。悲鳴嶼はこの場の柱たちに、「透き通る世界」へと至るための所作を呼び掛けた。

 

 

 「竈門炭治郎!! 君も()()()のか!!?」

 「はい!!! 俺も戦います!!!」

 

 「ちっ……『注視しろ』なんて言われても見えねえんじゃ地味に厳しいぞ…!!」

 「(見る…!! 良く、見る…!!!)」

 「(役に立たなくちゃ……!! 最低限、盾になれるぐらいには…!!!)」

 

 

 足許の爆発に気を配りながら、全員が瞢爬の影を目で追い続ける。姿が見えなければ捨て身の妨害も不可能。彼らは命を懸けて戦うために、命を懸けて目を凝らしている。

 

 

 「!! 悲鳴嶼殿!! 竈門少年!!!」

 「これより参戦する!! 『岩の呼吸』────」

 「『ヒノカミ────』」

 

 

 一方の悲鳴嶼と炭治郎は、滲渼と瞢爬の許まで駆け付けるや否や攻撃を繰り出す。「透き通る世界」へと辿り着いた今ならば、多少なりとも痛手を与えられるだろうという判断だった。

 

 

 「待て!!! 攻めるな!!!」

 「ギィイュアアァッ!!

 「(!! この巨躯を持ち上げるだと────)」

 

 

 だが、それだけでは瞢爬に遠く及ばない。世界を透かし、強く握った刀が赫く染まっても、今なお彼らの間には途方も無い隔たりが存在している。

 

 

 「(は、や────)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ッぐ、おおおッ…!!!」

 「────刈猟緋さん!!」

 「離、れろ!!!」

 

 

 二人を庇い、瞢爬の伸し掛かりを技によって強引に相殺した滲渼。彼女の足許は反動で粉砕されており、そしてこうしている間にも刀ごと瞢爬に押し潰されそうだ。速やかに炭治郎たちは後退し、滲渼も瞢爬の懐に潜り込みながら翼脚による圧殺を免れた。

 

 

 「ジャアアアッ!!!

 「『地ノ型 鏡花水月』!!!」

 「『ヒノカミ神楽 碧羅の天』────!!? 弾、かれた…!!?」

 「信じ難し……!!! 赫い日輪刀で、傷一つ付けられんとは…!!! (今の攻撃…或いは、刈猟緋が自由であったなら…!)」

 

 

 瞢爬はまたしても滲渼を狙う。背後から炭治郎たちが瞢爬の肉体を破壊しようと武器を振るったが、あろうことかどちらも容易く弾かれてしまった。先刻生まれた最大級の隙、悲鳴嶼は仮に滲渼が攻撃を叩き込めていたならばと思わずにはいられない。

 

 

 「(────いや……諦めるな!!! ならばもう一度作るまで!!!)」

 

 

 なればこそ、悲鳴嶼は覚悟を決めた。滲渼と同じことを、今度は自身が行うのだと。

 

 ……それが、己にどのような結末をもたらすのだとしても。

 

 

 「刈猟緋!!! 私の方へ!!!」

 「!? 「ギシャアッ」…ッ! ……囮は必要無い!! ()を飲み込ませれば如何とでも…」

 「何か企てがあるようだが、だとしてもだ!!! お前一人では難しかろう!!!」

 「………ッ」

 「案ずるな!! ────見ての通り、痣も出している!!! もう…長くはない!!!」

 「……忝い…!!」

 「悲鳴嶼さん!?」

 「…君は君の戦いをしろ、竈門炭治郎。……ではな」

 「!! ま、待って…!! 「ギュアアアッ!!」…うあっ!!!」

 

 

 滲渼を何とか説き伏せ、彼女と互いに接近して瞢爬の注意を引く。ところが、そこで待ち受けていたのは想像を絶する致死の暴風雨。

 

 

 「ぬ、ぐ……!!」

 「悲鳴嶼殿!! 瀬踏みの攻撃は私が引き受ける!!!」

 「!! 承知…! ……しかし、ふふ…!! 瀬踏み、か…これが…!!!」

 

 

 滲渼の身体は既にあちこちが傷だらけ。抉れた脇腹も、何故止血できているのか不思議な程の怪我だった。それら全てが「軽い様子見」によってつけられたもので……悲鳴嶼は、死地にあってなお苦笑いせざるを得なかった。

 

 

 「刈猟緋さん、俺も────」

 「其方は此方へ来てはならぬ!!! 薬の効果は未知数、未だ戦える者は必要だ!!!」

 「そんな…!!!」

 

 「(誰か…世界を透かして視ることの出来る者…!! 悲鳴嶼殿と竈門少年以外に、誰か……!!!)」

 

 

 戦力の温存として、炭治郎が瞢爬の正面に立つことを拒んだ滲渼。とはいえ、二人を相手に瞢爬が隙を晒すだけの攻撃を行うかはかなり怪しい。先程のような……彼に「鬱陶しい」と思わせる状況を作り出すには、少なくとももう一人戦力が必要で────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「『蛇の呼吸 伍ノ型 蜿蜿長蛇』!!」

 「『水の呼吸 参ノ型 流流舞い』!!」

 

 「(────小芭内!!! 冨岡!!!)」

 

 

 それでも応えてみせるのが、柱というもの。「透き通る世界」に踏み入った伊黒と義勇は、そのまま滲渼たちの隣に立つ。

 

 

 「勝算は!!!」

 「無くとも手繰り寄せる!!!」

 「充分…!!」

 「ギュアアアアアア!!!

 「!! 退がれ!!!」

 

 

 四人を前に、瞢爬は黒い塊を吐きつつ跳び退った。滲渼は警告を発しつつ伊黒を掴み、共に後退。彼らの離脱とほぼ同時に、黒い塊は大きく爆ぜた。

 

 

 「何から何まで爆発ばかりだな…!!」

 「畳み掛けるぞ!!!」

 「ギィイイイ…

 

 

 離れた瞢爬が口許に光を集めるのに対し、四人は攻勢に転じる。放たれた三つの光弾を最小限の動きで躱しながら、瞢爬に狙いを定めて攻撃を叩き込む。

 

 

 「『極ノ型 身動ぐ蛇王』!!!」

 「『伍ノ型 瓦輪刑部』!!!」

 「『拾ノ型 生生流転』!!!」

 「『壱ノ型 委蛇斬り』!!!」

 

 

 

 グ……ギィイュアアァッ!!!!

 「馬鹿、な…!!」

 「(硬いにも程が…!!!)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「(────ここだ)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 滲渼以外の攻撃は、無情にも弾かれた。痺れを切らした瞢爬が再び上体を起こして外敵の殲滅を試みる。そしてその頸には、未だ滲渼の刀が食い込んだまま。滲渼は諸共に持ち上げられ、離脱の機会を失うも…懐に納めておいた薬を、再び取り出した。

 

 

 

 

 

 「(悲鳴嶼殿は────必ずや、やり遂げる)」

 

 

 

 

 

 勢いよく倒れる瞢爬にしがみ付き、口許に目を遣る。このまま瞢爬が地面に衝突すれば、滲渼の肉体は衝撃で散り散りになるだろう。

 

 しかし、彼女は信じた。悲鳴嶼の力と覚悟に、全てを賭けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────大地が、割れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「────……ああ…お前たちか……」

 

 

 

 

 …悲鳴嶼は、その身を犠牲に瞢爬の伸し掛かりの威力を抑えた。一瞬にして砕けた全身から、徐々に力が抜けていく。

 

 

 

 

 

 「……私の方こそ……お前たちを守ってやれず…済まなかった………」

 

 

 

 

 

 今際の時に彼が見たのは、裏切られたと思っていた子供たちの暖かな眼差しだった。

 

 

 

 

 

 「……そうか…ありがとう………じゃあ……行こう……………皆で……………行こう………………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ギィイイイイイイイッ…!!!

 

 「悲鳴嶼ァァアアアッ!!!!!」

 「嫌ああああああッ!!!!!」

 

 

 悲鳴嶼の亡骸を、瞢爬が苛立ちの呻きと共に踏み潰す。柱たちの絶叫が轟く中、滲渼はとうとう瞢爬の咢に手をかけた。

 

 

 「(次は私だ 此奴の苛立ちの矛先は確実に私に向く 顔に張り付いた蝿を払うように それと同じように…)」

 

 

 本来であれば、真っ先にすり潰されるのは滲渼だっただろう。だがしかし、悲鳴嶼の決死の行動によって極々僅かな猶予が生まれた。

 

 

 「(────神よ 仏よ 今ばかりは祈らせてくれ どうか どうか効いてくれ)」

 

 

 その僅かな猶予を使い……滲渼が、暗い喉の奥に薬を投げ込む。

 

 

 「────グ!!? ガ、ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!

 

 

 「か…刈猟緋────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翼脚に硬く握られ、滲渼の腰から下が滅茶苦茶に捻じ曲がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『だからね、お願い。ううん、約束。………生きて。死んじゃ、嫌よ』

 

 『………また、来年も…ここで花火を見ましょうね。約束』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「(……………済まない。………それでも、私は────────皆が生きるこの世界を、守りたかった)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グギィイイイイアアアアアアア!!!!!

 

 

 翼脚が叩きつけられる音は、瞢爬の苦悶の叫びに掻き消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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