同時刻、瞢爬襲来地点より二百間程南にて。
「『咢の呼吸 天ノ型 空燃る火群』!!!」
「キシャアア……」
「よし、これで……もう何体目かわかんねぇ!!!」
「とにかく山程倒してる!! コイツら、数はとんでもないが一体一体は大したことない!! 俺たちでもどうにかできる程度だ!!!」
「油断しないで!! 次々来るわ!!!」
尾崎ら柱以外の隊士たちは、絶え間なく襲い来る幼黒蝕竜の群れに対処し続けていた。
彼らにとっては知る由もないことではあるが、幼黒蝕竜はいずれも産まれて間もない存在。赤子同然である故に、並の隊士たちでも充分倒すことの出来る手合いなのだ。
「はぁっ、はぁっ……ヒュウウウ…ッケホ…! 悪い、また息が!」
「了解、暫くは任せろ! ……しかし、この風邪擬き…これも血鬼術なのかよ!?」
「『地ノ型 鎌刈り・奈落』!! …そうなんじゃないかしら!! 弱体化に呼吸の阻害、それ自体は致命的とまでは言えないけれど……戦いの中では厄介なことこの上ない!!」
「「ジャアアッ!」うぉっ…と!! 尾崎!! お前は全然罹ってないだろ!? 何か対策があるんじゃないのか!!?」
「よくわからない!! 気合いとか!!?」
「おいおい…」
狂竜物質への抵抗手段を知らない彼らは、狂竜症を発症した隊士を一時的に後退させるという方法でどうにかやり過ごしていた。隊士たちの中には殆ど発症しない人物も居るには居るが、その理由もやはり分からない。
────実際の所は、闘争心の喚起による免疫機能の活性化が狂竜物質の働きを著しく弱めるためなのだが……
とにかく、該当する者が主体となって討伐していくというやり方が比較的安定しているのは事実であった。
「(!! 足許!!!)」
尤も、瞢爬の魔の手が全く伸びて来ないという訳でもない。時折隊士たちの足許を照らす白紫の光の炸裂は、直撃すれば一撃で全身が肉片と化す。前兆が顕れてから攻撃が放たれるまでの時間も非常に短く、目の前を覆う黒い怪物たちよりも余程恐ろしい存在だ。
「ギィイイ…」
「『地ノ型 迅』!!」
「! 上だ!! かなり小さいのが飛んでる!!」
「シャアッ」
「(纏めて…!!) 『天ノ型 海中の雷鳴』!!!」
当然ながら地面の光の炸裂は幼黒蝕竜にとっても脅威。敵味方共に死の発光から逃れつつ、相手の命を奪いにかかる。全く姿の異なる両陣営の戦いは、正しく生存競争そのもの。明日を生きるために、互いが互いを滅ぼさんとしている。
「グォアアア!!!」
「お…らァァアッ!!! …く……こい、つら……!! 何だってここまで死に物狂いで……!!」
「………白い奴を、助けようとしてる…?」
「はぁ? そいつの攻撃でこいつらも「ガァァッ!!」────っぶねえ…! …こいつらも巻き込まれてるんだぞ!? だとしたら馬鹿丸出しじゃねえか!!」
「…いや、あり得るぞ。こいつら皆、多分あの白い奴の血鬼術で産まれたんだろ!? だったら…」
「ギュアア!!」
「やあっ!! …白い奴が死ねば、こいつらも皆死んでしまう! だから……!!!」
「成程、な……!! 鬼が無惨に従ってたのと同じようなもんって訳だ!!」
即ち…戦いの終わりは二つに一つ。
人が勝つか、龍が勝つか。共存の道は何処にも無い。
「(大丈夫…!! 白い奴と戦ってるのは刈猟緋さんだもの!!! 絶対に…絶対に負けないわ!!!)」
「グギィイイイイアアアアアアア!!!!!」
「「「!!?」」」
その時彼らの耳を劈いたのは、遠方から轟いた瞢爬の絶叫。至近距離で吼えたのかと勘違いしてしまう程の爆音、そして地震が起きたのかと錯覚してしまう程の地響きが、明確な異常を隊士たちに伝える。
「ひょっとして……勝ったのか!!? 頸を斬ったのか!!?」
「待って!!! 気を抜かないで!!!」
「ジャアアア!!!」
「ギィイイイ…」
「!!! ち、違う!! まだ終わりじゃない!!!」
「遂に終わった」と思ったのも束の間、依然として「紫黒の雲」は空を覆い、黒い異形はその身に力を漲らせている。未だ、瞢爬は死んでいない。
「でも、あれだけの反応……きっとあと少しだ!! 皆、踏ん張れ!!!」
「(………何…? …………何なの、この胸騒ぎ………)」
そのことを理解すると、途端に尾崎の心は不安で埋め尽くされた。彼女にとっての滲渼とは、時に理不尽だとすら感じるような強さを誇る、戦の神にも等しき存在。そもそも苦戦するということ自体が有り得ない。
だからこそ、心が騒めく。
「(だって………上弦二体を相手取って、圧倒したって………無惨ですら、刈猟緋さんに傷一つ……………)」
そんな彼女が、何故これだけ長い時間戦っているのか。
────本当に、無事なのか。
「ジャアアアアア!!!」
「!!! 尾崎、危ない!!!」
「ッあ────」
「『水の呼吸 捌ノ型 滝壺』!!!」
「『水の呼吸 拾ノ型 生生流転』」
「ギ…」
「…!!」
不意を突かれ、万事休すかと思われた尾崎。彼女を救ったのは、思わぬ援軍たちだった。
「鱗滝君!! 真菰ちゃん!!」
「無事か、尾崎!!」
「加勢に来ました!」
「加勢って…!? お前らが一緒に居た隊士は!!?」
「俺たちの所は倒しきった!! 黒いのは全滅させた!!!」
「ぜ、全滅…!!? 凄ぇ…!!」
横から助太刀に入った錆兎と真菰は、担当していた方角の幼黒蝕竜を全て討伐したのだという。その場に居た他の隊士たちも、今は二人のように別の方角へ救援に向かっているようだ。
「錆兎が嫌な予感がするって言うから…でも、来て良かった」
「本当にありがとう! 二人と一緒なら────」
「尾崎。お前は刈猟緋の許へ向かえ」
「!?」
すると、錆兎は突然尾崎に妙なことを言い放った。滲渼の加勢をしろというような内容…柱と比べて一段劣る彼女には、あまり相応しい提案ではない。尾崎と組んでいた村田もこれには目を丸くし、異論を唱える。
「ギィッ」
「うっ…! おい、鱗滝!! 尾崎を殺す気か!? 白い奴は刈猟緋が戦わなきゃいけないような相手なんだぞ!!? 柱以外の人間じゃ足止めにも……」
「それでも…尾崎はあいつの所へ行くべきだと思う!! 上手く言葉には「ジャアアアッ!!」、できないが!!」
「戦力としては、あんたら二人も有難いぐらいのもんだ……俺は好きにしてもらって構わねえけどよ……!!!」
「……………ごめんなさい!! ここ、任せても良いかしら!!?」
「! はい、お気を付けて!!」
しかしながら、尾崎は僅かな逡巡ののちに彼の提案に頷いて、瞢爬の居る方へと駆け出していってしまった。その背を見送り、幼黒蝕竜を斬りながら、錆兎に詰め寄る村田。
「い、行っちまった…!! 本当に「ギュアア!!」…ッ、良かったのかよ…!!?」
「……良いのか悪いのかはわからん!! だが、間違いではない筈だ!!!」
「ったく、何だよそれ…!! ……死ぬなよ、尾崎…!!!」
具体性に欠ける錆兎の返事に、今一つ納得がいかないが…最早、尾崎を呼び止めるには遅すぎる。彼に出来るのは、長らく共に戦って来た友の無事を祈ることだけだった。
「(刈猟緋さん……刈猟緋さん………!!!)」
戦いの行方は…きっとまだ、神や仏にも分からない。
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「ジィイイ、グギャアアア…!!!」
「(刈猟緋……!!!)」
瞢爬が翼脚を叩きつけた衝撃により、辺りは壊滅状態になっていた。間近に居たために回避が遅れた義勇は、朦朧とする意識を必死に繋ぎ止めながら身を捩る瞢爬の足許に転がっていた滲渼を救い出す。
「…………刈猟、緋」
「………ぅ……」
驚くべきことに……滲渼は、未だ生きていた。
────下半身が、千切れ飛んだ状態で。
「……とみ、お…か………やつを……もう、はを………」
「………死ぬな」
「…ふふふ……死なぬ、さ…奴を……討つまでは、な…」
その瞳に、再び力が宿る。決して上半身も無事ではない。叩きつけられた際に骨が砕け、臓腑は破裂し、筋肉も傷付いていることだろう。それでも彼女は……今も右手に、刀を握っていた。
「このくそったれ野郎があああァァッ!!! ド派手に死に腐れぇええッ!!!」
「『風の呼吸 伍ノ型 木枯らし颪』!!!」
「『恋の呼吸 弐ノ型 懊悩巡る恋』!!!」
「『霞の呼吸 弐ノ型 八重霞』!!!
「『蟲の呼吸 蜈蚣ノ舞 百足蛇腹』ッ!!!」
「!!」
その傍ら、瞢爬に攻撃を仕掛けるのは「透き通る世界」に入ることが叶わなかった、或いはその上でも戦闘に割り込めなかった柱たち。中でもしのぶは特に強烈な攻撃を繰り出した。涙が迸る顔には激しい怒りが顕著に表れており、突き技にも強い殺意が込められているのが見て取れる。
「(巫山戯るな 巫山戯るな なんで どうしてなの)」
────悲鳴嶼は、彼女と姉のカナエを鬼から救った。鬼殺隊への入隊は反対されていたが、それが彼の善意であったことは明白。姉妹のことを、家族のように大切に想ってくれていた。
滲渼は、カナエを当時の上弦の弐から救った。表向きにはカナエと滲渼が二人で倒したことにはなっているが、実際にはカナエが出来たのは足止め程度だったのだと本人から教えられた。命を落とす筈だった肉親を、御伽噺の英雄のように颯爽と救ってくれた。
だが、彼らの命は一瞬にして散らされた。目の前の白い異形によって、塵芥のように吹いて飛ばされた。正確に言えば滲渼は未だ息があるようだが、長くともあと数分の内に死ぬだろう。
しのぶは…瞬く間に、二人の恩人を奪われたのだ。
「返せ…!!! お前が奪ったもの!!! 全部!!! 返せえええッ!!!!!」
「ギュウウ…」
「! 落ち着いてしのぶちゃん!!!」
身を震わせて呻き声を洩らす瞢爬の背に、刀を何度も突き立てる。何度も、何度も突き立て……その全てが、弾かれる。
「刺さって!!! 刺さってよおッ!!!!」
「胡蝶!!!」
「!」
不愉快な外敵を排除せんと、瞢爬がその翼を大きく広げて飛び上がる。そのまま空中で数度旋回し、強引にしのぶを振り落とした。
「う、ぁ…ッ!!」
「(拙い────!!!)」
「冨岡さん!! 私が受け止めるわ!!!」
「!!」
落下するしのぶを、甘露寺が跳躍して抱き留める。彼女らが無事着地するのを見届けつつ、義勇は上空の瞢爬を見遣った。
「(…逃げない。執拗に付け狙っていた刈猟緋は……間もなく死ぬ。薬が効いているのだろう、先程までに比べれば動きも極めて緩慢だ。……それでも、逃げないのか)」
「グウウウウ…」
瞢爬の獰猛な眼光は、なおも瀕死の滲渼を貫いている。放っておけば死ぬ人間にこうも執着する理由が、義勇には分からない。
「…何、が……」
「! …目が覚めたか」
「…冨岡…────!! 刈猟緋は…!」
「……小芭内…無事、だったか………」
「!! …済まん」
「…詫びることなど、何も無い……。全ては………私の、役目だ……」
目を覚ました伊黒も合わせ、生存している八名の柱が静かに瞢爬を見据える。
「…刈猟緋。俺たちの刀は皆奴に弾かれた。頸を斬れるのはお前だけだ。………どうすりゃ良い」
「……未だ…後、一度なら………技を放つことが出来よう…。………渾身、全霊を以て………必ず奴の頸を断つ」
「その隙を俺らで作れって訳だなァ」
「……頼む………しのぶ、は……竈門少年の…手当を…」
「はい。………刈猟緋さん……恩を返せない、こんな私を…恨んで頂いても、構いませんから」
「案ずるな……恩など、売った覚えは一度も無い………。仮に、姉のことを……言っているのならば…その恩も、既に返された」
滲渼が、呼吸による止血を終えて
地面を割り砕く程に強い力が込められた左手が、逆立つような姿勢の上半身を支え…右手には、首筋に峰を添えた大太刀を携えて。
恰も夜の闇を照らす篝火の如く………地面からの光が、激しさを増した。