※一人称視点あり
「突っ込んで来るぞおおおッ!!!」
滑空姿勢のまま柱たちへと突撃する瞢爬。宇髄の掛け声に応じてそれぞれが回避に移り、そのまま最後の作戦を開始した。
「(まずは刈猟緋からコイツの狙いを…!!) 『音の呼吸 肆ノ型 響斬無間』!!!」
「ギュウウ…」
音や光が溢れる派手な攻撃は、通じていないとはいえ瞢爬にとってもかなり鬱陶しいもの。呻き声と共に宇髄へと向き直り、優先的に彼を狙い始める。
「ジャアア…!」
「どうしたどうしたぁッ!!? 派手に鈍臭くなりやがったじゃねえか!!! 欠伸が止まらなくなりそうだぜええッ!!!」
しかし、滲渼が命懸けで瞢爬に叩き込んだ薬は絶大な効果を発揮していた。万全の状態であれば瞬き一つするよりも速く始末出来た筈の宇髄を、どうしても捉えきれない。彼が鈍化してなお完全には攻撃を捌けない宇髄だが、上手く致命傷を避けつつ瞢爬を挑発する。
「ジィイイイイイアアアア…!!!」
「!!」
「『風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ』!!!」
「『蛇の呼吸 弐ノ型 狭頭の毒牙』!!!
「ギッ…!!」
「助かった!!!」
瞢爬は口許に光を集めて宇髄を消し飛ばさんとしたものの、不死川・伊黒による決死の妨害がこれを阻止。薬の効果による全体的な隙の増加が功を奏し、滲渼以外の剣士でも瞢爬の邪魔をするぐらいのことは出来るようになっていた。
「『音の呼吸 伍ノ型 鳴弦奏々』!!!」
「『霞の呼吸 陸ノ型 月の霞消』!!」
「『恋の呼吸 壱ノ型 初恋のわななき』!!!」
「グ…ジャアアア!!!」
宇髄の攻撃に合わせ、無一郎と甘露寺も特殊な太刀筋を鮮やかに重ねる。範囲の広いそれぞれの攻撃は、しかし互いにぶつかることなく瞢爬の体表を強かに打ちつけた。
…それでも、やはり傷は付かない。
「(これだけ攻撃して…無傷!!!)」
「(絶対に刈猟緋さんに繋げなきゃ!!! 命を、擲ってでも!!!)」
「時透!!! 甘露寺!!! そこは拙い!!!」
「「!!?」」
伊黒の警告は、跳んで攻撃した二人の着地点を見てのこと。このまま彼らが足を着けるだろう場所は、どちらも煌々と輝き始めている。
「(馬鹿な!!! 明らかに二人の動きを読んだ攻撃!!! 地面の発光は無差別では無かったのか!!?)」
「くっ…!!」
「(駄目…!! ここからじゃ、姿勢が…!!)」
「そのまま下手に動くな!!」
「!?」
あわや彼らの命が潰えるかという所で、義勇と伊黒が助けに入る。横から飛び出して空中の二人を脇に抱え、どうにか光の炸裂を躱し…
「ギィイュアアァッ!!!」
「(伸し掛かり!! 刈猟緋もすぐ側に…!!!)」
「全部読み通りってかァァッ!!?」
その上で、未だ危機は脱していなかった。一箇所に集まった四人の柱、加えて滲渼を一挙に圧し潰しにかかる瞢爬。不死川と宇髄が死に物狂いで止めようとするが、持ち上がった巨躯は最早倒れるのを待つのみだ。伊黒と義勇は着地したばかり、抱えられている無一郎と甘露寺は言うまでもない。
────滲渼以外に、攻撃を受け止められる者が居ない。
「…『咢の────』」
「(待て刈猟緋 待ってくれ どうにかする どうにか、するから────)」
彼女ならば、この攻撃を阻止出来る。だがそうなれば、彼女は今度こそ力尽き…瞢爬を討つことが出来る者は居なくなる。
そして、このまま止めなくとも…彼女を含めた五人の柱が命を落とす。
義勇は考えた。あらゆる可能性を考えた。刹那にも満たない僅かな時間の中で、脳が弾けるのではないかという程に頭を動かした。
「(────)」
その先には、ただ無慈悲な絶望が待っているだけだった。
────伸し掛かりは、その威力を大きく減じた。
投与された薬により、力が入っていない…体重だけの攻撃となっていたことも要因の一部ではあった。
だが、最大の要因は……
「……………炭、治郎…?」
「(…竈門少年!!!)」
復活した竈門炭治郎が、その攻撃を受け止めたこと。
「ギュアアアアア…!!!」
「冨岡、さん…!!! 済み、ません!!! 俺だけじゃ…!!!」
「!! 『水の呼吸 漆ノ型 雫波紋突き』!!!」
「(押し戻せ…!!!)」
「『恋の呼吸 参ノ型 恋猫しぐれ』!!!」
「『霞の呼吸 壱ノ型 垂天遠霞』!!!」
「グォ…!!」
彼一人では一時的なものに過ぎなかったが、その一瞬が全てを変えた。瞢爬の正面に立つ柱たちが一斉に彼を攻め立て、姿勢を崩させる。
「刈猟緋ィイイイッ!!!!! ここしか無ええええッ!!!!!」
「……相分かった!!!!!」
────滲渼が左腕だけで、遥か高くまで跳躍した。
「ギィイ゛イ゛…」
「動かせるなアアッ!!!!!」
「死ぬ気で止めろォ!!!!!」
技、刀、肉体……形振り構わず全てを賭して、瞢爬を拘束する。
「『蛇の呼吸 参ノ型 塒締め』!!!」
「『水の呼吸 拾壱ノ型 凪』!!!」
炭治郎も、想いは同じ。眠っていた間に見た
「『碧羅の天』『烈日紅鏡』『幻日虹』『火車』『灼骨炎陽』!!!」
「(動きを止める!! 逃がさない!!! 敵は無惨じゃない、それでも!!! この『日の呼吸』は相手を逃がさないための技術!!! 夜明けが来るまで、いつまでも…いつまででも!!! 技を出し続ける!!!)」
「グ ガ ア゛ ア゛ ア゛ ア゛ ア゛!!!!!」
瞢爬が暴れ、翼脚が荒ぶる。
宇髄の左腕が弾け飛び、甘露寺の両脚が粉砕され、無一郎の腸が破裂する。
不死川の胸に大きく傷が描かれ、伊黒の目玉が潰れ、義勇の肋が割れる。
それでも、誰一人退かない。怯まない。諦めない。
唯一条の、希望の光を絶やさないために。
「(────!! やべぇ……もう殆ど見えてねぇのか!!! ほんの少しだが………頸から逸れてやがる!!!!!)」
…光が鎖されかけたとしても、それは変わらない。
「────尾崎!!?」
「(どうしてこんなことに わからない わからないけれど…!!! 今はただ、自分にできることを…!!!)」
逸れた光を導いたのは、尾崎。使えなかった筈の「嵐ノ型」を以て、瞢爬の頸を僅かに突き動かす。
────戦いが、終わる。
暗い空に、天色と虹色がはためいた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「おかあさーん! あれ、なに!?」
「ん? …まぁ! 綺麗な虹ねぇ」
「にじ?」
「えぇ。これだけ綺麗なもの、そうは無いわ。今日はきっと良いことがあるわね」
「ふーん…」
ずっと、どうしようもなく焦がれていた。
頭上に広がっている青い空が、何故か無性に眩しくて。
「…えい」
空に翳して握った掌の中に、虹は残っていなかった。
「……とんでけば、とどくかなぁ」
飛んで行けば、あの山に帰れると…そう、思っていたんだけどな。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「刈猟緋さん…!!! 刈猟緋、さん…っ!!!」
「……………尾崎」
霞む空は、果てしなく澄み渡っていて。滲渼は、漸く全てが終わったのだと理解した。
「ど、して…!! どうして、こんな…!!! 嫌、嫌よ…!!!」
たった今到着したばかりの尾崎の目にも、滲渼が死ぬということは容易く見て取れた。だが、それに対して何をすることも出来ない。彼女に出来るのは、こうして滲渼が死んでいくのを眺めることだけだ。
「………済まぬ……………約束、は……守れそうに…無い……。……………母上、にも…然様に……伝えておいて……欲しい…………」
「お願い…!!! 死なないでぇっ…!!!!! 私の、私の命でも何でもあげるからああっ!!!!!」
「……其れは…………断らねば、なるまい…。…私、が………此の身を賭した…甲斐も………無くなって、しまう」
「!!!」
遠巻きに、炭治郎や柱たちが二人の別れを見届ける。彼女らの時間は、彼女らだけで費やすべきなのだと…そう、考えて。
「………尾崎…。………其方に、逢えた事は…………私にとって……至上の…幸運であった……」
「……やめ、て…」
「……………生きろ……尾崎……… 此の…愛おしい、世界で…………どうか…………………永く…………………………」
横たわる滲渼の身体から、力が抜ける。
「────有難う…………………………」
「────刈猟緋、さん………?」
…もう、声は返って来なかった。
「……う、ぁ………あああああああああああああっ!!!!!」
憎たらしい程に、その日の空は青かった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「…此処は?」
暗闇の中に、滲渼は居た。前後左右も分からない闇の中、小さな光の射す方へと歩みを進める。
「………あれは……」
光の向こうには、華やかな景色が広がっていて…誰に言われずとも、それが何であるのかが理解出来た。
「………極楽と、いうものか」
己が死んだということは分かっていた。だが、そのまま地脈に還るとばかり思っていた魂は、この世界の秩序に従ってここへと流れ着いたらしい。
「(…私は、もうあの世界へは……)」
少しばかり切ない想いを抱えながら、極楽へ足を踏み入れようとして……
────ふと、背後に何かの気配を感じた。
振り返ったその場所に在ったのは、赤い鯨を模した船。
「……………馬鹿な」
思わずよろけ、しかしそちらへと一心不乱に駆け寄る。
「……私を…迎えに来たのか?」
船は何も語らない。
「………私に…如何して欲しい」
ただ、静かに佇むのみ。
「……………約束を、違えたままなのだ。………仮に、生まれ変わるようなことがあるとして…今度こそ、私は私では無くなるだろう。────────それでも……私を、見つけてくれるか。乗せてくれるか」
『────』
仲間の声が、聞こえた気がした。
「…有難う。……行って来る」
極楽へと向かうその背を、船は静かに見送った。
【狩人コソコソ噂話】
・「奥義 極ノ型 天滴れの霓」
「天廻龍」シャガルマガラから着想を得た技。生きとし生けるもの全てを蝕み、世界を廻り、その涯に故郷へと戻る。そこに悪意は欠片程もなく、あるのは純粋無垢な生の営み。己の力が故に、その瞳は決して陽の光を捉えることは出来ない。悠久の刻の中…かの龍は何を想い、空を見上げるのだろうか。天に架かる一筋の虹は、何よりも美しく優しい葬送の一太刀。
・「赤い鯨を模した船」
「イサナ船」。「我らの団」をその背に乗せて、海や空を渡り続けた。