今回から、原作キャラに独自の設定を追加する、もしくはそれに準ずる描写が登場します。苦手な方は申し訳ございません。
※一人称視点あり
「ふぅっ……ふぅっ……」
最初の夜から何度日が昇り、沈んだだろう。育手には大丈夫だと送り出してもらったけれど、正直今のこの有様は大丈夫とは言い難い。
鬼を前にすると、どうしても身体が強張る。頸を斬るにしても逃げるにしても、必要以上に力んでしまうせいで、思っていたよりずっと消耗が激しい。夜の闇が、恐ろしい。あと何日、こうしていれば良いのだろうか。
「…ッ!!情けないっ!しっかり、しないと…!」
唯一、鬼への憎悪だけが私を奮い立たせてくれる。私の大切な家族を奪った仇。赦すことなんて出来ない。根絶やしにしてやりたい。だから……こんな所で、死ぬ訳にはいかない。
「見てて……私、頑張るから…!!」
「落ち着け」
「きゃあああああっ!!!!!」
あまりにも突然だった。背後からの声に吃驚して、思わず刀を振ってしまう。理性ある人の声であったことに一拍遅れて気づき、しまったと思ったけれど…もう、止められない。どうしよう、どうしよう、どうしよう────
「…す、済まぬ。そこまで驚くとは思わなかった。ただ、消耗しているようであれば身を隠すことも視野に入れるべきだと……」
「……う、ううん。……私の方こそ、ごめんなさい…怪我は、無い?」
咄嗟の一振りは、容易く受け止められた。刃を摘むようにして立っていたのは、大きな女の子。長い黒髪を後ろで結っていて、言葉遣いも凄く堅苦しい。痛々しい左頬の爪痕も相まって、まるで歴戦の侍だ。でもよく見れば、私と歳は変わらないようにも見える。
「心配無用。それよりも……今ので鬼が、寄ってきているな」
「!!ご、ごめんなさい…!!」
「案ずるな、驚かせた詫びだ。この一帯の鬼は全て殲ぼして行こう」
「え…」
鋭い眼を更に鋭くして、腰に刀を構えた女の子。耳を澄ませば、獣の唸り声のような呼吸音が聞こえる。そういえばさっきから、ずっと響いていたような────────
「『咢の呼吸 地ノ型 迅』」
そう思うのと、彼女が飛び出したのは同時だった。尤も、飛び出した瞬間が認識できた訳ではなかったけれど。
「…嘘、でしょう」
そこまで感覚が鋭くない私でも、すぐに分かった。瞬き程の時間で、接近して来ていた鬼の殆どが死んだ。残った鬼たちも、多分偶然躱せて生き残っただけだ。それを示すように、慌てて何事かを喚いているのが聞こえる。そしてその声さえも、次の瞬間には途絶えた。
…次元が、違う。もし私が万全の状態であったとしても、間違いなくこんな芸当は不可能だ。それに、「咢の呼吸」なんて育手からは聞いたことがない。もう既に、自分だけの派生を編み出しているということなのだろうか。
そんなことを考えているうちに、彼女は私の前に戻ってきた。飛び出す前と同じ涼しげな顔だったけれど…ほんの少しだけ、憂いが混じっているようにも見えた。
「…っあ、ありがとう…」
「いや、構わぬ。先程も言ったように、詫びも兼ねてのことだ。其方が気に病むことではない」
「そ、そう……」
「では、また二日後に逢おう」
二日後。そっか、もうそんなに…いや、それどころじゃない。
「待って!」
「済まぬ。まだ手の及んでいない場所があるのだ。皆を助けなくては」
「!!…あの!私、尾崎!尾崎あやめ!!明後日、生きてもう一度逢いましょう!!」
「………刈猟緋滲渼だ。失敬」
私だけじゃない…皆を助けて回ってるんだ。凄い……本当に、凄い。
刈猟緋滲渼。彼女の、名前。それだけ告げて、すぐに何処かへ行ってしまった。…彼女みたいに、なれるだろうか。
『身を隠すことも────』
「…そうだよね。まずは、生き延びないと」
今日ここで、彼女と出逢えて良かった。
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「…静かだ」
山を駆けながら、小さく滲渼は呟く。選別は既に五日目、滲渼が鬼を殺し続けたこともあってか、藤襲山の空気は日を追うごとに穏やかさを増していっている。鬼の気配も、格段に少なくなっていた。
「(やはり、私と同様…参加者を助け、鬼を葬って回っている者が居るな。────それも、今はすぐ近くに)」
目と鼻の先で、鬼の気配が再び消える。人の足音も二人分聞こえるが…片方はこの五日間で遭遇した者の中でも、類を見ないほどの足運びだ。確実に、強い。
「(さて…少しだけでも、お目にかかろうか)」
木々の合間を縫い、話し声の下まで辿り着いた滲渼。その場に居たのは、二人の少年だった。
「む…其方は、初日の。また逢ったな」
「あ、ああ。凄いな…五日前と顔色がまるで変わってないじゃないか。こっちは皆と逸れるし、刀は折れるし散々だよ」
狐の面を被った宍色の髪の少年と、妙に艶々とした黒髪の少年。後者は以前村田と名乗った、滲渼とも面識のある人物だ。流石に疲労が隠せない様子だが、気丈に言葉を返す。
「知り合いか」
「ああ、うーん…ほんの一言、挨拶程度に話しただけだけど」
「……面の少年。其方が、どうやら
「…そうだな。そう言うお前も、俺と同じらしい」
狐面の少年と滲渼は、早い段階でお互いの存在を認識していた。はっきりと確信に至ったのはこれが初めてのことであったが…すぐに力量を認め、言葉を交わす。
「死ぬな。共にこの選別、通過するぞ」
「言われなくとも。お前こそ、油断はするなよ」
二人はそのまま、すれ違う。それぞれの実力を信じて、彼らは残る二日間も同じように刃を振るうだろう。
「………刀、折れてるから…連れてって欲しかった、かな〜……」
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────そうして迎えた七日目の夜。この日、運命は僅かに、しかし大きく変わる。
「フフフフッ…鱗滝の奴も莫迦だよなァ……丹精込めて作った面のせいで、手前の弟子はみんな俺の腹の中だ………お前も、すぐにそうなる」
「────やってみろ」
静かに怒りを滾らせ、異形の鬼に立ち向かう狐面の少年。
「クッ…」
「小賢しい!」
地中からの奇襲。
「(!!これを躱すのか…!)」
「焦っているか?種を明かすのが…早かったな!」
更なる異形の変形。
「終わりだ、外道。皆の仇…取らせてもらうぞ」
その全てを看破し…鬼の頸に、刀を振るう。
「(ま…まずい!だが……俺の頸は硬いんだ!!斬り損ねたその瞬間を狙って────)」
………本来なら、少年はここで異形の鬼…手鬼の頸を斬り損ね、命を落とす筈だった。
しかし、異常が発生したこの世界の運命は違う。
少年の刀は、本来よりもずっと摩耗が少なかった。
少年の体は、本来よりもずっと疲労が少なかった。
どちらも滲渼が、彼の奮闘の多くを肩代わりしたからだ。
「『水の呼吸 壱ノ型 水面斬り』!!」
「が────」
その結果…少年の刃は、確かに手鬼の頸を断ち切った。
「………鱗滝さん…やりましたよ」
今回の最終選別は、隊士達の間で語り草となる。
────「死者及び脱落者無しの、空前絶後の大記録。当時藤襲山に居た全ての鬼が滅びた」…と。
錆兎の実力の解釈については、意見が分かれる所だと思います。
炭治郎が誰よりも硬く大きな岩を斬った、何より一騎打ちで錆兎を破ったということから、そもそも錆兎は炭治郎に及ばなかったとする意見。
或いは当時の炭治郎にはまず不可能だったであろう、参加者全員を守り抜きながら鬼を討つという行動が災いして手鬼の頸を斬れなかったとする意見。
私としては後者を支持したいと考え、今回のような展開になりました。無理は無いと思います…多分。
また、尾崎さんが錆兎らと同期であるという設定はありません。下の名前の「あやめ」も創作です。本作のキーパーソンとなる予定なので、彼女の設定は今後も盛りに盛ります。ユルシテ…()