「…!」
最終選別終了後、再集合の朝を迎えて。産屋敷あまねは、僅かながら目を瞠った。
「(本当に、誰一人欠けずに……鴉から知らされてはいましたが、この目で見て改めて驚きましたね)」
それと同時に、悲しくも思う。見たところ、選別を通過するには心体問わず少しばかり未熟な者が多いのだ。それら全員がそうなるとは断言出来ないが、どうしてもきっと長生きすることは無いだろうと考えてしまう。
「(しかし…他方で、彼らは驚異的と言うほかないでしょう。特に、
次にあまねの目に留まったのは、二人の少年少女。面を被った宍色の髪の少年と、滲渼だ。どちらも何やら、落ち着かない様子で辺りを見回している。少しして、二人はあまねに問いを投げ掛けて来た。
「すみません…!負傷した友人を、他の参加者に預けていたのですが……!!何か、ご存知ありませんか…!?」
「何人か、足りぬようだが…。彼の朋友等と思しき者達は夜明け間近にも見かけた。生きている、筈なのだ…何故此処に居ない」
強く優しい二人の瞳。鬼殺隊の未来が拓けつつあるようにも感じながら、あまねは彼らの不安を取り除いてやった。
「ご心配には及びません。大きな怪我を負っていた方々は、夜が明けると共に『隠』が治療を施すことのできる場所へ連れて行きました。その際、近くに居た参加者にも、前もって今後の流れをお話しながら手伝いに当たってもらっています。よって今回の最終選別、死者や脱落者は御座いませんでした。────お見事です」
「本当ですか…!?良かった…!」
あまねの説明を聞いて胸を撫で下ろした滲渼と少年。落ち着きを取り戻した所で、互いに向き直った。
「感謝する。お前のお陰で、思わぬ所で助けられた。俺は、鱗滝錆兎。お前は?」
「刈猟緋滲渼だ。私からも、其方の働きを讃えよう。欠ける者が現れなかったことは、疑いようも無く其方の力あってのことだ」
手を取り、握手を交わす二人。そこに、もう一人の少女が飛び込んで来る。
「あの!この間は、ありがとう!また逢えて良かった!」
「!其方は…尾崎と言ったか。大事無いようで何よりだ」
息も絶え絶えといった様子の参加者が目立つ中でも、尾崎は少なからず体力が余っているようだ。滲渼の忠告を受け、言われた通りに動いたのだろう。
そんな風に再会を喜ぶ参加者たちに、あまねは改めて選別の終わりを告げる。
「皆様、ご苦労様でした。そして、おめでとうございます。これより皆様は鬼殺隊の隊士となり、鬼と戦うためにより一層研鑽に励んで頂くこととなるでしょう。本日につきましては隊服の支給、階級の刻印、玉鋼の選定…そして、鎹鴉の進呈が主な予定となります」
一息に入隊の準備作業の概要を伝えたあまねは、そのまますぐに手を叩く。すると、何処からともなくその場に居る参加者の数だけ鴉が現れ、それぞれの手や腕や肩に止まった。
「(…ふむ。並の鴉より脳が発達しているな。きっと良く躾けられているのだろう────)」
「オイ。ジロジロ見ルナ」
「………??……気の所為、か…?」
「見ルナッツッタロ!?少シハ遠慮シロォ!カァーッ!!」
「な…!?」
鴉を「透かして」じろりと眺めていると、唐突に鴉が言葉を話し始めた。流石にこれには滲渼も面喰らい、他の参加者たちも目を丸くしている。そんな光景にも眉一つ動かさずに、あまねは言葉を続けていく。
「鎹鴉は主に連絡手段として用いられます。人の言葉を理解し、話すこともできる優秀な鴉ですので、良き関係を築いていって下さい」
「…とのことだが」
「オ前ノ態度次第ダナ」
「(……少々頑固者だな。打ち解けるのには骨が折れそうだ)」
鴉の振る舞いに内心溜め息を漏らしながら、滲渼はあまねの説明に耳を傾ける。
「それでは、此方にあります玉鋼を選んで下さい。各々が選んだ玉鋼が、そのまま己の刀となりますので…熟考なさる事を、お勧め致します」
あまねの側には、大きさや形が微妙に異なる複数の玉鋼があった。机上に並べられたそれらを見て、滲渼は成程と感嘆する。
「(あんなことを言っていながら、その実どの鋼も質は殆ど変わらない。あくまでも己が選んで手に取った、謂わばもう一つの命であるということを強く意識させることが目的なのだろう。…ともあれ、ここは先陣を切っておこうか)」
滲渼には、鉱物の良し悪しを見定める目も備わっている。それは世界を透かして見ることが出来るから…ということでもない。ただ純粋な、経験としての審美眼だ。迷いなく、一つの玉鋼をその手に収めた。
「(ほんの僅かに、誤差の範疇ではあるが…この鋼が最も上質だ。素材としての性能は燕雀石と同等か…少しばかり此方が優るだろうか。加工には相当な技術を要するに違いない)」
「…そちらで宜しいですか?」
「うむ、この鋼で頼む。それで、隊服を支給するとのことだったが…」
「はい。これから指定する場所で、寸法の計測と藤花彫りによる階級の刻印を行います。隊服はそこで支給されますので、その後は鴉から指令が出るまでの間ご自由になさって頂いて構いません」
「成程、相分かった」
そして…あれよあれよという間に全ての段取りが終了し、滲渼は一足飛びに刈猟緋邸へと戻った。家族に抱き締められ、使用人たちには手厚く労われ。
彼女はごく短い、しかし暖かな憩いのひと時を満喫するのであった。
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それからおよそ二週間。刈猟緋邸の裏手で、滲渼はその日も鍛錬に励んでいた。暫く安穏と過ごしていた分を取り戻すように熱心に刀を振るい……はっと、誰かが屋敷に近付いて来ることに気付く。
「(足音は二人分。…人力車か、これは。偶然此処を通っているということはあるまい)」
刀を納め、ひょいひょいと屋敷を飛び越えて表へ出る。足音の主は、黒子のような衣装を纏った二人組だった。
「わわっ。吃驚した…えーっと、刈猟緋滲渼さん、ですか?」
「如何にも、私がそうだが……其方等は?」
「日輪刀をお届けに参りました。詳しくは、この方から」
二人の若人はその場で止めた人力車から、乗っていた老爺を降ろす。小さな身体ながら脇に長方形の箱を抱え、滲渼を見上げるその老爺は、ひょっとこの面を被っていた。
「やァ、君が滲渼ちゃんか。凄い子や聞いてたけどおっきいなあ。取り敢えず、屋敷に上がらせてもらおかな」
「…はっ。ご案内させて頂きます」
幼子に見紛う程の体躯の老爺は、しかし滲渼の目で見れば一目で分かる程に手練だった。
「(……稀代の鍛冶師だ。腕と、掌。刃を鍛える上で、寸分の無駄もない肉付き。立居振る舞いも芸術的と言って良い。恐らくだが…この者を超える鍛冶師はこの国には居るまい)」
敬意をもって彼を案内する滲渼。屋敷に入り、事情を使用人に伝えて…数分もしないうちに、彼女と闘志は老爺と客間で向かい合う形を取っていた。
「改めまして。ワシ、鉄地河原鉄珍。刀鍛冶が集まってる里で、長やってるの。えらいんよ、それはもう」
「はっ。その腕の程、人智の域を超えたものとお見受け致します。このような山間までお越し頂き、恐悦至極に存じます」
「何と…鉄珍様であらせられたとは、無礼をお許し下さい。二十年遡って尚、貴方様のお噂は隊士の間で伺っておりました」
「うんうん、ええ子らやな。ほいじゃまあ、刀のお話しましょかね」
そう言って傍らの箱に手を伸ばす鉄珍。取り出したのは、美麗な一振りの日輪刀だった。
「(……これまた、途轍も無い業物だな…。公に打たれた刀であったなら、確実に歴史に残る銘刀となっただろうに)」
「これ、滲渼ちゃんの刀ね。こない平凡な刀打ったん久々でな、気に入って貰えればええけど。握ってみ」
「御意。失礼致します」
鉄珍の差し出した箱から、日輪刀を取り出して掲げる。滲渼の手から延びるように、その刃を染めたのは────
「藍か」 「紅…」 「
「「「?」」」
ーーーーーーーーーーーーーーー
「ほんまに凄い、面白い子や。玉虫色言うんかね?初めて見たわぁ」
「美しいな…見る角度で色を変えるか。一つの作品として見ても完成されている」
「これが、私の刀…」
玉虫色。光の具合が角度によって変じるために、あらゆる色に映り得る不思議な色だ。滲渼の呼吸の由来を思えば、これ以上相応しい色はそう無いようにも思えた。
「ええもん見れた、来たかいあったわ。これから頑張ってな、滲渼ちゃん。ワシは一足先にお暇します」
「ありがとうございました。門前までお見送り致します」
鉄珍が人力車に乗って去り、入れ替わるように結美と泰志が現れる。泰志の肩には、滲渼の鎹鴉が止まっていた。
「滲渼。指令が届いたみたいだ」
「カァーッ!刈猟緋滲渼!麓ノ村、鬼ノ目撃情報アリ!今宵真偽ヲ確カメヨ!!初任務!初仕事!失敗スルナヨ!!」
「…御意。直ぐに向かおう」
「………ああ、やっぱり…。貴女なら、そう言う気がしていたわ…」
未だ日は没していないにも関わらず、任務へ出ると言う滲渼を憂う結美。滲渼はそんな彼女を見つめ、改めて誓う。
「母上。私は、必ず生きて戻ります。あの日の約束、違える積もりはありませぬ」
「…ええ。信じているわ、滲渼」
「吾輩も、泰志も。この屋敷に住む者は皆、其方を信じて待っておる。いつでも帰ってくるが良い」
選別の日の朝と同じように、皆が滲渼の旅立ちを見送る。そして滲渼も、己の渇望を充す以上に彼らを守りたいと強く思うようになっていた。
「(鬼を目の当たりにしたことが…私の心の有り様を少しは変えたのだろうか)」
「…皆。行って参ります」
滲渼が再び、新たな一歩を踏み出す。
風が、吹き始めた。
【狩人コソコソ噂話】
・「燕雀石」とは、通称「マカライト鉱石」と呼ばれるモンハン世界の鉱石のことです。割と頻繁に出たり出なかったりする鉱石ですが、実は結構凄いんです。
【明治コソコソ噂話】
・滲渼の鎹鴉の名前は「