時世を廻りて   作:eNueMu

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※一人称視点あり




 

 「(流石に、まだはっきりとは分からないが…何か違和感はあるな。雑踏の中、微かに人の気配とは違うものを感じる。この辺りに鬼が出没することに間違いは無いだろう)」

 

 

 やや大きな麓の村で、滲渼は鬼殺隊の隊士として初の任務に臨んでいた。日は傾き出してはいたが、夜の訪れにはもう少しだけ時間がかかる。まだまだ人通りも多く、堂々と刀を携えて出歩くのは望ましくなかったので、今は人目を避けて村の中を探索している所だ。

 

 

 「(確実なのは…その出没頻度の高さだ。少なくとも目撃情報が入ってくる程度には頻繁に現れている……更には、日中ですら拭いきれない気配の残滓。今宵も現れる可能性はかなり高い)」

 

 「ドウダ?何カ分カッタカ?」

 「!鴉か…何処へ行っていたのだ?」

 「………俺、『(よう)』ナ。俺タチモ暇ジャネエ…隊士トハ別ニ動イテ、鴉同士デ情報ノ伝達トカシテンノサ」

 「ふむ……成程」

 「ソレデ、鬼ハ居ソウナノカヨ?」

 

 

 滲渼はこれまでの予測を燁に伝え、次いでに任務の内容を再確認する。

 

 

 「任務は噂の真偽を見定める、ということだったが…真であったならば、目標も改まるのだろう?」

 「当然ダ。鬼ヲ見過ゴスナンザ有リ得ネエ」

 「で、あるな」

 

 

 

 

 

 彼らが会話を交わしている間にも時間は流れ……村を囲む山々の向こうに、太陽が消えていく。鬼の時間は、すぐそこだ。

 

 

 「ソンジャ…俺ハ空カラ見テテヤルカラナ。シクジンナヨ」

 「其方は手を貸してくれぬのか?」

 

 

 揶揄うように笑いかける滲渼に対し、燁も器用に嘴を歪めて言葉を返す。

 

 

 「鴉ノ領分グライ俺ガ一番分カッテル。ソレニ、俺ガ居ナキャ下ッ端ノママダゾ?精々コノ燁ニ釣リ合ウ隊士ニナレルヨウ頑張リナ。カァーッ!」

 「ふ…精進しよう」

 

 

 翼をはためかせ、空へと昇っていく燁を見送る滲渼。既に彼の姿を隠してしまう程、空は暗くなっていた。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「(確か…今の私は癸、だったか。父上曰く、最高位の甲の更に上、『柱』と呼ばれる位の者達が居るそうだが…そこまで辿り着くには────)」

 

 「…!!て、てめえ……鬼狩りか…!」

 「其方のような鬼を、どれ程狩れば良いのだろうな?」

 「訳の分からねえことを…!」

 

 

 鬼は、静まり返った村の中を只管に徘徊していた。何やら物色するような動きに、滲渼はその目的を推し量る。

 

 

 「大方、足の付かぬよう独りでいる者を捜していたのだろう?運悪く、何者かに目撃されていたようだがな」

 「ちぃ……穴場だったのによお!!その澄まし顔ごとてめえを喰って、早いとことんずらさせて貰うぜ!!」

 

 

 そう叫び、鬼は滲渼に急接近する。腕を振るい、彼女を引き裂かんとしたが、これを滲渼は易々と躱した。滲渼からの反撃を恐れてか、打って変わって慌てて距離を取る鬼だったが…全ては遅きに失している。

 

 

 「『咢の呼吸 地ノ型 迅』」

 「ぉ……?」

 「『血鬼術』とやらが目に出来るやもしれぬと思ったが……初動が肉弾攻撃となれば、当てが外れたか」

 

 

 

 

 

 断末魔の叫びすら上げないまま消えてゆく鬼を見て、静かに日輪刀を納めようとして────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「『咢の呼吸 地ノ型 迅』」

 「『天ノ型 空燃る火群』!」

 

 

 瞬時に、反応する。

 

 

 「やるねぇ…流石にこれだけ妙ちきりんな『呼吸』を扱うだけはある」

 「……何奴」

 

 

 滲渼を突如襲ったのは、彼女自身の技である筈の「咢の呼吸」の技だった。立て続けに現れた、尋常でない様子の新手に警戒心を高める。

 

 

 「(今の『迅』の精度……私のものと遜色が無かった。元来知っていたということは、有り得ない。一体何が…)」

 

 

 そこまで考えて…眼前の存在が鬼であり、また同時に並ならぬ者であることに気付いた。

 

 

 「(────下壱。潰されてはいるが、確かに右目に刻まれている…。まさか…)」

 

 

 

 「さっきの雑魚が血鬼術を覚えるまで、隠れて尾けてたんだが…運が良い。派生した『呼吸』は()()()だ」

 

 

 鬼は、片手に刀を持っていた。よく見れば、どうやら鬼の肉体の一部であるようだ。更にはその右瞳に刻まれた、「下壱」の文字。滲渼の脳裏を掠めたのは、父の語った「十二鬼月」「下弦」という単語だった。

 

 

 「感謝するぜ、鬼狩り。アンタのお陰で…一気に悲願成就が近づいた。礼と言っちゃなんだが………俺の申し出を受けてくれりゃ、見逃してやる」

 「…驕りが過ぎる…と、言いたいが。念の為聞いておこう」

 「アンタの技、全部俺に見せな。簡単なことだろ?」

 「断れば?」

 「殺す」

 「望む所だ」

 

 

 両者が再び、刀を構える。彼らがぶつかるその前に、鬼が名乗りを上げた。

 

 

 「元下弦の壱、児猴(じこう)。安心しな…じきに『元』は消えて、『下』は『上』になる。俺に喰われても、恥じることはねえよ」

 「…ならば、私も名乗っておこう。刈猟緋滲渼、階級癸。最低位の隊士に討たれること、存分に恥じるが良い」

 「くく…抜かせぇええッ!!!」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 まだ俺が、十二鬼月だった頃。上弦と下弦が全員集められた時に、偶然()()を耳にした。

 

 

 「知ってるか、児猴。上弦の壱はな…鬼殺の『呼吸』を使うらしい」

 「…何だと?」

 「まあ、眉唾物だがよ。でもな、考えてもみろ。人間が使う分でも俺たち鬼と良い勝負出来る様になるような代物だぜ?鬼が使えばそりゃ強えよなあ」

 

 

 「馬鹿馬鹿しい」と、その時は一笑に付したが…すぐ後に、俺は下弦の壱を剥奪された。無惨様が言うには、

 

 

 「猿真似には飽きた」

 

 

 だと。

 

 茫然自失…その時は頭が真っ白になって何も言えなかったが、正直それで良かった。あの方は面と向かった鬼の心が読める、「巫山戯るな」なんて考えてれば今頃俺は死んでた筈だ。

 

 俺が居た頃も、下弦は下らない理由でしょっちゅう入れ替わってた。上弦の鬼どもはそれをただ眺めてるだけ…自分たちは安全ですみたいな顔が、心底気に食わねえ。

 

 

 「上弦の壱は、『呼吸』を使う……」

 

 

 藁をも縋る思いだった。呼吸のことなんて微塵も知らねえ、あまつさえ自分が使うなんて考えたこともねえ。それでも()()()()()なら、不可能じゃねえと思ったんだ。

 

 

 「う、嘘だろ…!?この鬼、『水の呼吸』を────」

 

 

 拍子抜けする程、上手くいった。呼吸を猿真似された鬼狩りは、皆間抜けな顔して死んでいく。鬼と人、同じ技を繰り出せばそりゃあこっちに軍配が挙がる。身体の構造からして俺たちは奴らより上の生き物…ちょっと考えりゃ直ぐ分かることだ。

 

 水も、風も、炎も岩も雷も。鬼狩りどもが基本だなんだと喋くってた呼吸は、いつしか全部俺のものになった。派生とやらがあるのを知ったのは、同じぐらいの頃。欲しくなったが、そういった鬼狩りには中々遭遇しなかった。

 

 ……あと少しなんだ。あと少しで、上弦の鬼どもの鼻を明かしてやれる。最後には上弦の壱の「呼吸」も貰って、俺が最強の鬼になる。

 

 そしたらよ、無惨様。俺に…「凄い」って言ってくれ。ただ、それだけでいいからさ。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「『咢の呼吸 天ノ型 空燃る火群』!!」

 「!」

 

 

 またしても滲渼に襲い掛かる己の技。迎撃を避け、一先ずは回避に徹しながら分析を重ねる。

 

 

 「(恐らくは、血鬼術!呼吸を模倣するのか!?いいや、それだけということはあるまい!)」

 

 「何か考えてるな?多分、思ってる通りだぜ……『血鬼術 (かがみ)(くだ)し』!!『殺目篭』!!」

 「む…!!」

 

 

 唐突に滲渼の周囲に、籠のような糸の檻が現れた。糸の強度は鋼鉄をも凌駕する程であり、それが急激に縮んで彼女を仕留めにかかる。

 

 

 「『咢の呼吸 地ノ型────』!!」

 

 

 更には動きを止めた滲渼目掛けて、児猴が同時に呼吸技での攻撃を試みている。滲渼に許されたのは、二つに一つ。そのまま檻に刻まれるか、檻を切り裂いて己の技に沈むか。

 

 

 

 そう、児猴は考えていた。

 

 

 

 「『咢の呼吸 天ノ型────』」

 

 「(間抜けが…!その技はもう見たぜ!!真似た技に対処出来ねえ程、俺は弱くねえぞ!!終わりだ…刈猟緋滲渼!!!)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「『狼烏(ろうう)(わだち)』」

 

 

 「……………な、に…!?」

 

 

 狂気的な猛撃が、糸の檻を断ち、児猴を襲う。完全に未知の技を前に、彼は立ち尽くしたままその四肢を捥がれることしか出来なかった。

 

 

 「く、くそおッ……!!『鏡降し』!!!」

 

 

 慌てて血鬼術を発動させ、回復を図る児猴。足下に襖が開くと、彼はそこに落下して滲渼の前から掻き消えた。

 

 

 「!………いや…そう遠くへは行っていないな。完全に逃げた訳ではないか」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「(クソ……!!どうなってやがる…!?確かに『天ノ型』つってたよな!?派生ってのはそういうもんなのか!?或いは俺を騙したのか、あの野郎────)」

 

 

 

 「『地ノ型 灼炎(しゃくえん)()り』」

 

 「!!!う、おおおおッ!!!?」

 

 

 肉体の再生が終わらないうちに、児猴の下に滲渼が追いつく。手狭な蔵の中に隠れていた児猴は扉越しの不意の一撃を辛うじて躱しながら、外に飛び出した。

 

 

 「……壊してしまったな。申し訳ないことをした」

 「ぐ、く……!!おいアンタ……!!同じ型で別の技、こいつは一体どういうつもりだ!!?鬼の俺が言うことじゃねえが、姑息だとは思わねえか!!?」

 

 

 およそ弱肉強食を是とする鬼らしからぬ児猴の非難。それを受けて、滲渼は滔々と事実を述べた。

 

 

 「…済まぬな。『咢の呼吸』は、私だけの呼吸につき……少々特殊なのだ。一つの型に、複数の技が存在する。『迅』と『灼炎斬り』は何方も『地ノ型』。『空燃る火群』と『狼烏の趾』は何方も『天ノ型』。(たばか)る積もりは、無かったが」

 

 

 そこまで口にすると、刀の鋒を児猴に向ける。

 

 

 「いずれにせよ、其方の命は此処で潰える。手の内を見せるのは……これきりと心得よ」

 「……舐めんなよ………俺の力は────こんなもんじゃ、ねえ!!!」

 

 

 再生を終え、皮下から刀を取り出す児猴。決着の時は…近い。





 【狩人コソコソ噂話】
   〜咢ノ息吹〜
・「型」
型は四つ、されど技は四つに非ず。偉大なる自然の前に、頭を垂れて慈悲を乞え。

・「地ノ型」
大地を駆ける自然の権化。力強い命の奔流は、相対する者に根源的な畏れを抱かせる。

・「天ノ型」
大空を翔ける自然の権化。見上げる程の命の威光は、相対する者に本能的な慄きを感じさせる。

・「天ノ型 狼烏の趾」
「黒狼鳥」イャンガルルガから着想を得た技。憚ることを知らぬ気狂いは、己の肉体すら顧みることは無い。守りを捨てた猛攻に、鬼どもはただ臆するのみ。

・「地ノ型 灼炎斬り」
「斬竜」ディノバルドから着想を得た技。熱され、研がれ、鍛えられた剛刃の一閃は、触れるもの全てを両断する。硬い鬼の頸も、水面に刃を進めるが如くするりと断ち切られるだろう。

 【明治コソコソ噂話】
・「血鬼術 鏡降し」
今までに見たことのある血鬼術・呼吸を同様の精度で再現する。呼吸の再現は元より備わっていた能力だったが、児猴が気付いたのは術の発現からかなり遅れてのことだった。全貌を収めなければ見たことにはならないため、鳴女の襖転移は予め転移先を指定しておくことで使えるが、無限城まで生成することはできない。無惨様は「じゃあ鳴女でええやん」ってなった。

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