神藤探偵事務所のある1日
「「どうすっかな~/どうしようかこれ…」」
飛鳥と芹は机の上に置かれた2枚の書類を前に首を捻ってにらめっこしていた。
「まさか同時に別の仕事が入るとは…」
「しかも片方は男女2人で来いって言われてるし…」
片方は飛鳥の祖父からの依頼で密売組織との癒着が疑われる大物議員の主催するパーティーに出席し、証拠となる物を回収して欲しいと言う潜入捜査の依頼。
もう1つは知人の議員からの依頼で今巷を恐怖のドン底に落としている連続殺人事件の捜査。
普通2つ目の依頼等は警察の領分だが、今回は相手が相手だけに警察もお手上げなのだ。
其処には数枚の写真も貼付されていた。
被害者は全員ある高校の学生、凶器は重さが数百キロは有りそうな鉄骨、皆顔の判別が着かない程に酷い有り様だった。
被害者達はいわゆる不良集団で、夜遊び等を常日頃から行う決して素行の良い人間では無いが、流石に此はやり過ぎだと2人は思う。
「新には電話して、ヘルプに入ってもらうとして…」
「飛鳥と新君に潜入の方を頼んで、もう1つの方は私が行こうか?」
新と言うのは2人と同じ九頭龍の1人、黄龍の称号を持つ男性であり、潜入捜査等は得意分野だった。
「だがな…こんな殺しを出来る奴が普通な訳が無い、十中八九ドラゴンブラッドの適合者だ。」
「…うん、分かってる。」
危険ドラッグドラゴンブラッドは適合者以外が服用するとたちどころにその命を落とす。
しかし数千分の1の確率で適合者と呼ばれる存在が現れる。
彼らは覚醒後、凄まじい膂力や頭脳を手に入れる。
回復能力などに至っては真の龍人に迫るものを持つ。
当然だが一般人がそんな力を手にした所で、何の代償も無い訳が無く、彼らはテロメアを急速に削りながら力を発揮するのだ。
それ故に彼ら適合者の寿命は1月持てば長い方だと言われる程に短くなる。
「無理だと判断したら躊躇わずに殺せるか?」
「………」
それは芹を心配しての発言だった。
芹は戦闘では逆鱗以外は殆ど銃に頼る、此は言い換えれば芹の攻撃力は多少改造でかさ増ししてはいるが銃の火力にイコールになる。
一般人相手ならそれで十分だが、適合者相手ともなるとそうも行かない。
多少の傷は直ぐに治ってしまう為、頭か心臓を狙うしかなくなる。
芹は過去のある事件から適合者には殺意を向けられないのだ。
「やっぱり俺が…」
そう言いかけた時、ピンポーン!と入り口のインターホンが鳴る。
そして2人の痣が青白く光る。
「!私出てくるよ…」
芹はソファーから立ち上がり、入り口に向かう。
扉を開けるそこには芹とそう背丈の変わらない女性が立っていた。
背中まで伸びた黒髪を纏めたその女性は2人と同じ深紅の瞳で此方を見ていた。
「彩さん!どうしたんですか?こんな朝早くに。」
女性安倉彩、青龍の称号を持つ彼女は芹の先輩の様な存在であり、いつもは父親の遺した道場を運営しながら、たまに裏の方にも顔を出していた。
「…今日は2人に相談がある…」
「は、はあ、とりあえず中にどうぞ…」
芹に案内され事務所の中に入り、飛鳥の対面に彩を座らせた芹は飛鳥の隣に座り、話を待つ。
「相談と言うのは他でも無い…お金を貸して下さい!」
その瞬間飛鳥と芹はずっこけた。
まあ彼女のこう言う事は決して珍しい物では無いのだが。
「また門下生に逃げられたのか彩さん!?」
「ええ、今度は1月足らずで…。」
眉間に皺を寄せたその表情は一見怒っている様だが、実際の所凹んでいると言った方が正しいのだろう。
彼女の教える剣術道場は門下生が長続きしない事で有名だった。
大抵の剣士はその厳し過ぎる鍛練に直ぐに折れてしまい夜逃げ同然で辞めてしまうのだ。
プラスで言えば彼女の必要最低限の会話しかしない社交性の無さも長続きしない原因かも知れないが。
そんなこんなで彼女はよく金欠になる、その為やむにやまれぬ時は近所の危ない黒服さん達の用心棒等をして生活しているのだが、近頃は例の殺人事件で黒服さん達の仕事も閑古鳥が鳴いており、彼女も商売あがったりであった。
そんな話を聞いた芹の頭に電流が走る。
「彩さん、今日の晩一緒に仕事して貰えませんか、依頼が立て込んでて、報酬は此くらいなんですが。」
パチパチと電卓で報酬の話をすると彩の眼に少し明るさが戻った。
「殺しはしないけど良い?」
「はい、では詳細はメールで送っておきますので、今晩9時に指定の場所で。」
その晩彩と芹はある公園にいた、其処はある情報屋から次の犯行現場になる可能性が高い場所の1つとして教えてもらった場所、時間についても犯行が全て夜9時以降だった事から当りをつけていた。
犯行現場は全て広い場所で人が集まり易く被害者の通う高校から一定距離の範囲内、近くに工事中か解体中の現場がある場所だった。
芹は横に置いたコントラバスのケースにはヘカートを上着と腰にコルトパイソンとグロックを装着し、彩は竹刀袋に入れられた刀と手には木刀が握られ完全武装していた。
そんな2人とは別に、もう1人飛び入りゲストが居たのは予想外だったが。
「何で長尾さんがここに居るんですか?私彩さん以外に声かけて無いんですけど?」
芹のジト目などどこ吹く風と男長尾一高は煙草を吹かせる。
年の頃三十路前後、茶髪に顎髭の男性はカメラを片手に立っていた。
「いやなに、自分で売った情報が外れていたら商売人としての名に傷が付く、それに1度は間近で見たいだろう、生の適合者って奴を。」
酷く楽しそうに笑うこの男は極度の快楽主義者だった。
その為なら命を文字通り懸ける程に。
(本音が漏れてる漏れてる…)
「何時相手が襲って来ても知りませんよ私、ッ!」
その瞬間2人の痣が歪に光る。
「来たぞ…」
其処には身の丈以上の鉄骨を片手で持ち上げる制服姿の少女が立っていた。
彩は即座に木刀を投擲、相手がそれを避けた一瞬の隙をつき、竹刀袋から刀を取り出す。
芹もヘカートを即座に取り出し構える。
「キキキキ、カカカ」
赤く濁った目で此方を睨みながら黒い髪を振り乱した少女は一足の元に距離を詰める。
そのまま縦一文字に鉄骨を振り下ろす。
「長尾さん、危ない!」
長尾は芹の声に反応し後ろに跳ぶが僅かに遅い、鉄骨が振り下ろされる。
頭を柘榴の様に割られるその刹那、長尾と鉄骨の間に影が差す。
ガキンッ!
手に持つ刀を使い鉄骨のベクトルを僅かにずらし長尾を助けたのだ。
「下がって!」
「すまねぇな嬢ちゃん!」
長尾が下がったのを確認した彩は八艘の構えを取る。
普通の剣士が先程の様な事をすれば、刀は容易く折れて柘榴が2つに増えるだけだが、彩の持つ超人的集中力がそれを可能にしたのだ。
今の彼女には世界が遅く見えていた、しかし彩の表情は優れない。
(あの鉄骨を何とかしないと、刀が先に折れてしまう)
そして巻き上げた砂塵の中から少女が姿を見せる。
再び鉄骨を振り上げたその瞬間。
ズガン!と言う音と共に鉄骨が少女の手を離れ地面に転がる。
少女の腕は衝撃で折れていた。
よく見ればいつの間にか距離を取った芹が援護射撃をしたのだ。
武器を失った少女に彩が踏み込む、迎撃しようと振るわれた左の肘を紙一重で掻い潜る、そしてその首に峰打ちする為に刀を反した瞬間、彩は信じられないものを見た。
先程の援護射撃で折れた腕が少女には似つかわしく無い程に膨れ上り、ガシッと刀の峰を受け止めたのだ。
瞬間、彩の視界が高速で回る、そして次の瞬間には横に投げ飛ばされていた。
「ガハッ!」
「グゥ!」
飛ばされて先で反応の遅れた芹とぶつかり、地面を転がる。
(聞いて無いぞ、ドラゴンブラッドにこんな力が有るなんて!)
クラクラする頭を押さえて立ち上がるが刀は少女の足下で隣の芹は利き腕の右がダラリと垂れ下がり鎖骨が折れているらしい。
回復は既に始まっているが、それを少女は待ってはくれないだろう。
(何とか刀を取って反撃したい所だが、さてどうしたものか…)
刀の所まで2秒、拾って振り抜くまで2秒、4秒の隙を探そうと彩は思考を巡らせる。
「此方だ化け物!」
その時響いた男性の声に彩も少女も一瞬視線をそっちに向けた。
「長尾さん!?」
自分に視線が向いた瞬間、長尾は手に持ったカメラのフラッシュを全開にして連写した。
暗い公園に激しい光が瞬く。
「ギャ、ギャ」
人語は話せていないが強烈な光に眼を焼かれたのだろう
龍人と適合者の大きな違いは五感や能力のオンオフが出来るか出来ないかにある。
「やるじゃない、見直した」
その瞬間には彩は既に刀を取って居合い抜きの構えを取っていた。
少女は身の危険を感じ巨大化した腕をバットの様に振るが、彩はそれを間一髪でかわすと少女の大木の様な腕を一閃の元に切り伏せた。
ズドンと巨大化した腕が地面に落ち大量の血が流れると同時に少女の体は元の大きさに縮んで行く。
彩は素早く自分の服の一部を切り取り止血を行う
傷の再生が始まっていた、腕を無くしたが少女は一命を取り留めるだろう。
(二度とドラゴンブラッドに何か関わるものか)
そう心に決めて少女を担ぐと芹と戻って来た長尾の方に向かって行った
一方その頃の飛鳥は
「お前一生それで生きて行けるよ。」
「ええ!?嫌ですよ僕人間苦手だし」
「お前は良い詐欺師になるよ」
「だから嫌ですよ!」
次回、黄龍潜入