灯火は、西より出でて、東へ駆ける   作:生姜

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先駆け/ かいじゅうのバラード

 

 

 ひび割れる音がした。

 砂色の景色。(にび)色の地平。強く照らす太陽。

 そんな厳しくも寂しい何時も通りの光景に、亀裂が入った音だった。

 

「―― ! ―― たぞっ!!」

 

「あの ―― を! 遂に、俺らが ――!」

 

 甲高い音。かちどき。

 真ん中で爪をかかげた生き物がそれらに応え、ぐっとツノを突き上げた。

 また甲高い音が鳴る。ずぅっと、鳴り続ける。

 とても嬉しそうな音。楽しそうな音だ。

 

 だけれども、自分の身体は重く鈍く。この身を持ち上げることすらも出来なさそうだ。

 ……力を入れた脚が、ずるりと滑る。腹が地面に押し付けられて、痛い。無理だ。もう、瞼を閉じてしまおうか。

 

「―― おい! こっちだ! 見てみろ、コイツ!?」

 

 こちらへ近づいてきた音がする。目は開けない。開かない。

 いつしか囲まれていたようだ。日を遮る影が、たくさんある。

 

「密漁ヤロウはこっちも目当てだったか。折角の一騎打ちだったってのに、後味の悪い……」

 

「道理で、王国側から単独を指名しての依頼が来たわけだ。まぁそれを逆手にとって、彼が名を挙げるための『狩猟』に仕立てさせてもらったがね」

 

「さて。コイツ……どうする?」

 

「どうするって……なぁ」

 

 困惑の音。怪訝な音。害意の音が周りを囲む。

 けんけんがくがく。力の入らない身体でただただ音を享受していると。

 それらに割り入る静かさが、ひとつ。

 

「……ん、旦那?」

 

「―― 留め置け」

 

 ちゃきん、と音がした。

 澄み渡っては遠くまで響く、耳に残る音だった。

 

「お、おい。剣は構えなよ。いくらあんただって、丸腰じゃあ……」

 

「大丈夫だ。私にも相手にも、敵意は無い。この白刃は英雄の名を冠した。私の恋人が、そうと(うた)ってくれたのだ。……芯は通したく思う」

 

 最後に近づいたその生き物は歩みを止めず、そのまま寄って来ると……あたたかな手で自分の背を撫でた。

 見たことの無い種類の獣だが、と前置いて。

 

「先のイッカクは孤高の竜だ。これは近縁ではあるまい。だとすれば、親がおこぼれ(・・・・)でも狙っていたのだろう。流石に3日3晩は、子どもの身には空腹を耐えるには長かったようだが……いや。体躯からしてこれは、より年少の幼体と呼ぶべき個体なのだろう」

 

 さする指先に爪は無い。

 堅くもなく、しっとりと汗ばんでいたが、不快にも感じない。

 ちょうど目線の高さで腰の剣が揺れて、白く綺麗に輝いている。

 

「私は……私達は、むやみやたらに奪ってはならない。あくまでこれは『狩猟』なのだから。……これから『ハンター』という生業を名乗り、盛り立ててゆこうとするならば、この一線は越えてはならぬよ」

 

 落ち着く声音で諭しながら、生き物は地面に膝を着く。

 後ろの生き物たちを遠ざけると、鞄を漁り、自分の口元にいくつかの果実を落としてくれた。

 太陽の様に黄色いの。花の様に赤色の。

 そして、見たことの無い。鮮やかな、目に焼き付く、なんだこれは! ―― 頭上の空をかき集め輝かせた様な美しい色をした、果実。

 

「お前が肉と草のどちらを食むかは判らぬが。大型の獣らが喉を(うるお)すためにサボテンをかじっている光景を、よく見るよ。ここからは四方全て、地平線まで水場は見当たらぬ。もしも食べられないものだったら、すまないが、かじって水気の代わりにしてくれよ」

 

「お優しいこった。……では、これは野放し(見なかった)と言うことで。生きられるといいな、オマエ」

 

「達者でな。とか僕らが言うのもまぁ、違う気はするな。ただ、もしも再び相対するのが『狩猟の場』だったなら。その時には運が悪かったって事でひとつ、宜しく頼みたいね」

 

「にしても獣、か。もっと妥当な呼称はないものか……いや、その辺りは俺らが決めるこっちゃあねぇか……」

 

 音が遠のいてゆく。日が沈んで、身体の熱が抜けてゆく。

 再びはっきりと目が覚めた時。自分はぽつねんとひとり、いつもの砂と(つぶて)の地面に横たわっていた。

 それから詳しくは覚えていない。ここはだだ広く、風が吹いては乾いた、厳しい地だ。ただただ生きてゆくことに必死だった。

 

 ……でも、それでも。

 

 起きた瞬間にかぶり付いた果物の風味と苦さと。

 初めて知った「青」という色の鮮烈な美しさと。

 その生き物達が優しかったことだけは、覚えている。

 

 

 

 

 

 

 ――

 ――――

 

 

 

 

 

 

 ……それから幾つもの昼と夜、熱さと寒さとが過ぎ去って。

 自分は今、ようやっと、その生き物の傍に立っていた。

 

 

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