灯火は、西より出でて、東へ駆ける   作:生姜

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本編 / 灯火は、西より出でて、東へ駆ける

 

 わたしは海を知らない。

 それは果てなく底深い水溜まりなのだと言う。

 わたしには翼も無ければ竜の脚もない。雨や河川は知っていても、果てが見えないほどの水の原など、想像すらも及ばない。

 

 わたしは雪を知らない。

 それは空に咲いた水の花なのだと言う。

 夜になれば冷え。昼になれば熱され。干上がることは知っていても、それが形を変えてふわふわ舞うなどとは思いもしない。

 

 形変われば名前も変わる。呼名ひとつそれだけで、外見(そとみ)よりも中身(なかみ)を指し示す。

 わたしはそれを、とても面白いと思うのである。

 こういった「知識」を(たくわ)え始めたのは、友人というものが出来てからのことだった。

 世界にはもっともっと知らない事があるのだと「彼」は言う。

 

「―― やあやあ友よ。本日も壮健かね?」

 

 食事を取るために訪れた酒場。すみっこの方の席。真正面に、いつものように彼はやってきた。

 酒場の喧噪(けんそう)に負けず浮き立つ独特の調子。こちらを気にかけると同時に、語り口の回りくどさでおどけてみせる。

 彼のそういう所が……このわたしにわざわざ声をかけようなんていう酔狂(すいきょう)さが、気に入っている。

 最近では知啓(ちけい)に富んだ彼から「外の世界」の様子を聞くことが、ともすれば食事よりも楽しみな時間となっていた。

 

「ふーむ。君からそういう評価を頂けるのは嬉しいね。……ただねぇ。この間の話なんかは、僕のいた王国では一般教養に近いものだ。過大に評価し過ぎないでくれたまえよ?」

 

 彼はそう言うが、わたしなどにも判りやすく講釈(こうしゃく)するため、話をきらびやかに装飾してくれているのは理解している。

 例えば先の「水の変化」の語りのように。童謡めいた……頭の中に光景を浮かばせるような方法は、彼で無ければ出来ないものだろう。

 

「はっは! 君は地頭が良いからね、僕としても話し甲斐があるってものさ。そもそも僕の厄介な気性を受け流し、話まで聞いてくれるなんて。君の存在こそ、とっても得がたいものだと僕は思っているがね!」

 

 乾期の昼過ぎの砂漠のような雑気のなさで、彼はからからと笑った。

 頼んでいたアプケロスの腿肉香草焼きがテーブルに並ぶ。ふたりで食事前の常套句を口ずさんでから、麦粥と一緒に腹に詰め込む。

 

 わたしのファンだ、と。そう言う彼が近づいてきたのが3年ほど前のことだ。それから彼はただの一度も新たな話題を切らさず、物語を続けている。一度聞いてはみたが、どうやら詩人などではなく「学者」であるらしい。

 3年を経て重ねられた時間は、成る程。わたしにとって大切なものになったと言えるだろう。

 

 ……そうだ。こうして決算のような気持ちになるのも、これからのイベント(・・・・)を前にした昂ぶりによるものだ。

 

 食事を終えると、彼と連れだって歩く。

 闘技場へ向かう分かれ道。かんかんと照らす太陽と空だけが見える、土気色の通路をゆく最中。

 

「さて。では、いよいよだね。本日こそが君にとっての『ハレの闘技』となることを、僕は客席から祈らせて貰おうか」

 

 最後にそう言い残すと、彼は手を振りながら別路へと歩き去って行った。

 わたしは正面に向き直る。門番に視線で手招きをされて、闘技場へと続く道へと歩を進める。

 

 顔を上げると、遮るもののない空があった。

 太陽によって熱々に仕上げられたギルドフラッグが風になびく。

 切り出された岩と泥のレンガ壁。

 次第に大きくなる歓声。

 区切られた(のんびりとした)、自由。

 生まれてこの方。立ち退こうなどと夢にも思わなかった我が家が、ここにある。

 

 ……。

 

 ……。

 

 さて。この日行われた大トリ。

 

 獣とわたしによる闘技は、勝者不在のまま終えられることになる。

 

 王国のギルドによる立ち入り調査と、闘士の反乱。

 

 それらが重なった結果 ―― わたしも獣も、乾きの海(セクメーア)の荒野へと放り出されるという顛末を迎えたからだった。

 

 

 

 

 

 ――

 ――――

 

 

 

 

 

 あれから2日が経過していた。

 

 日は照らし、砂礫(されき)は乾き、見渡す限りの地面が続く。

 これだけを並べれば、光景は変わらないようにも思えるだろう。

 しかし、壁は無い。わたしが夢見た未知の道が、まっすぐ伸びて見えるだけ。

 彼は言っていた。こういう果てない地面の端っこを、地平線と呼ぶのだそうだ。

 そうだ。わたしが望んだものはまだまだ、まだまだ先にある。

 

 これは昨日知ったことだが、砂は滑る。走ると、思ったよりも足を取られる。疲労も生半可ではない。

 かつての闘技場の地面は固かった。あれはわたし達が闘うために(あつら)えられたのだと、今更ながらに思い知らされている。

 

 転げ落ちそうになりながら何とか砂丘に登り、周囲を見渡す。

 空と地面。風。熱。自分自身と、砂の海をゆく生き物たち。わたしが初めて見る ―― 焦がれた、壁の外の光景が広がっている。

 見ているだけでも、わたしの心は沸き立った。これからわたしは、この道を行くのだと。

 

 2日が過ぎても追っ手はない。元よりギルドと王国は闘技場そのものを押さえたかったのだと、彼は言っていた。

 少しばかり安心もする。おそらくは他の闘士達も、無事でいてくれることだろう。

 だというのに、わたしは放浪する。

 今ここにいて、果ての無い砂漠を彷徨(さまよ)うのは、自分が望んだから。

 壁の無いこの砂漠を、自身の腕と。足と。身体と、頭で超えなければならない。そう感じたからだ。

 

 この身の振り方と経緯を話したとき、彼には「君も随分と酔狂だねぇ」と笑われた。非は無い。わたしであっても笑うと思う。

 ただまぁ、憂いはあっても後悔はない。これはわたしにとって初めての「冒険」なのだから。

 

 ふと思う。わたしと共に闘技場を脱したあの獣はどうしただろうか、と。

 叫声に沸いた観客席の一画を突き破り、この砂漠に向かって意気揚々と駆けていった、あの獣は。

 名前は……なんと言ったか。学者としてあれら生き物(けもの)を専門する彼が、聞き慣れない発音の言葉で、なにかしら名前を呼んでいた気がする。

 

 残念ながら、思い出すには到らない。

 うんうんと想い(ふけ)っている内に日は傾いていた。動く時間だ。わたしも瓦礫の影から腰を上げる。

 獣が駆けていった方角と、わたしが向かう方角は奇しくも同じ。

 

 太陽は出でて、沈みゆく。

 東へ。東へ。日出ずる方へ。

 西の端っこの故郷から、東の果ての遠くまで。

 彼は言ったのだ。そこには、海があるのだと。

 

 

 

 

 

 

 ざりざり、ざりざりと足底で砂を()く。

 あれからさらに2日をかけて、わたしは「通商路」にまで辿り着いていた。

 この道は西から東へ、珍しい香の物や鉱物を目指して辿った「人の獣道」なのだそうだ。

 

 旅路とは言っても整備されたものではない。時折、現在地や水脈を教えてくれる立て札があるだけだ。

 「それだけ」がありがたい。自分は今どこにいるのか。ゴールは何処(いずこ)にあるのか。知るだけでも、心持ちは変わってくるものだ。

 土を固めることも石で埋めることも不可能な、途方もない距離。ここを拓いた先人が居るというのだから、感嘆の念を禁じ得ない。

 

 しばらくを進んでいると、鈴の音が聞こえた。音のする方向を見やれば、草食竜の荷車を引いた集団の姿があった。

 キャラバンを組んだ、商隊だ。

 彼らはわたしが近づいてゆくと、一度は追い剥ぎかと警戒されたが……ひとりであること。そして武器を持っていることから、猟兵としての同行を許諾してくれた。

 わたしの名前も告げた。闘士だから名はある。その言葉は「のたくる長虫」を意味するらしい。闘技場で大竜と対峙していたが故に与えられた、お気に入りの名前だ。

 話してみれば気の良い人達ばかりで、わたしは大層世話になった。食料だけでなく知識もくれた。砂漠の夜を越すための薪の手に入れ方。かまどの作り方。肉の美味しい(じょうずな)焼き方。これからの商いの、展望希望願望。

 それらは夢と希望とに充ち満ちて、輝いて聞こえるものだった。

 

 

 

 

 

 

 猟兵としての仕事も忘れない。

 夜になると獣の動きが活発になる。洞穴の奥や日陰。草の原から獲物を求めて足を伸ばし、砂漠の原にまで出てくるのだ。

 当然、商隊が襲われかねない位置に出張ることもある。そうなるとわたしの出番がやってくる。

 

 砂を泳ぐ土色の竜。商隊員はその獣を、ガレオスと呼んだ。

 ガレオス。ガレオス。響きの良い名前だ。わたしも、そう呼ぶことにしよう。

 槌のような頭をして、ヒレと、脚がある。わたしの倍ほどの体躯を持っている、砂中の獣 ―― 何とかして引きずり出さなければならない。

 商隊から小樽爆弾を借りて前に出る。回遊する円の中心を直線、突っ切って、足場不利な砂原へと躍り出る。

 わたしの方を向こうと舵を切ったガレオスたちを尻目に、走る。

 ヒレが地面に弧を描いて、ちょうどこちらを向いた頃合いで、道中に置いてきた爆弾が炸裂した。

 

 衝撃に、ガレオスは飛び上がる。そのまま自重で、先まで潜っていた地面に叩きつけられる。

 数は2。足場の不確かな部分を避けながら、わたしは腰の得物を抜いた。

 

 翼を模した(つば)は、度重なる闘技の最中に削れて失せた。

 鮮やかに飾られた柄は、土風に(まみ)れて色()せた。

 それでも尚、すらりと伸びた白刃の眩しい ―― 両刃の直剣。

 

 この獣の親玉とは闘ったことがある。浅黒く、二回りは大きな身体を持つ竜だった。炸薬による対策も、その時に編み出したものだ。

 だから、ガレオスの胃の腑の位置は覚えている。鱗の流れ(・・)を覚えている。

 

 逆らわず刃を入れて、貫いた。

 真横で立ち上がろうとしたもう1頭の足先に、すかさず刃を突き立てる。

 盾で殴りつけ、引き倒して、腹を割いた。

 

 慣れた手管で獣を散らしたわたしを、商隊の人々は驚いた様子ではやし立てた。

 「ハンターみたいだな」と言われたが、それはわたしの知らない職業だ。彼らに聞くところによると、どうやら獣の狩猟を生業とする職であるらしい。狩人と似たようなものか、とひとり得心し記憶しておくことにする。

 

 この後から、わたしはすっかり商隊員に頼られるようになっていた。

 砂漠の獣は小さくともわたしたちと同等かそれ以上の体躯を持っている。わたしひとりで商隊を守り切れるかは、時の運と言ったところ。

 とはいえ、商隊であるからには身を守る術を持っている。発煙や異臭を使った道具。主に逃走のための手管だそうだ。

 

 それならば、わたしとしても安心出来るというもの。

 面と向かっての闘いならばともかく。守り守られという相互のやり取りは、慣れてはいないのだから。

 

 

 

 

 

 

 さらに1週ほどが過ぎて、商隊は足を止めた。

 何だあれは、と。岩陰に隠れた商隊員が堪えきれずに声を漏らした。幸い向こう(・・・)には聞こえなかったようで、動きはない。

 逃げ戻ってきた彼らとわたしで話し合いが始まった。対策をたてなければならないだろう。

 

 やっとのこと、彼が呼んだ名前を思い出すことが出来ていた。

 獣の名は、ボルボロス。土と泥と砂と甲殻をまとい、二脚で地を駆ける ―― 竜。

 忘れもしない。わたしと共に闘技場を脱した、あの竜だった。

 

 獣はあの時と変わらず、ゆっくりと東へ進んでいる。進路はわたしたちと丸被りだ。

 彼の訓示を思い出す。大型の獣の周りには、おこぼれ(・・・・)を狙った小型の獣が群れを成す。商隊はこれを避けなければならない。命にしても、商品にしても。

 わたしが増えた分、食料が足りない。獣が増える分、安全もが、足りていない。そういう状況だった。

 

 足を止めたその日の夜。篝火を囲んで夜通しうんうんと唸る商隊員に、わたしは自ら申し出た。

 わたしが相手をすると。その間に商隊は先に進み、そのまま北へ抜けて欲しいと。

 乾きの海(セクメーア)の砂漠も、既に中程(なかほど)。出立前に彼から叩き込まれた地理によれば、ここから北に抜けても、レクサーラという大きな町に着くことが出来るはずだった。

 

 商隊員は別れを惜しんでくれた。しかし手段は他になく、わたしが(おとり)を務めることを、遂には任せざるをえなかった。

 彼らは鞄いっぱいに携帯食料を詰め込んで渡してくれた。わたしはそれを有り難く受け取ると、有り難さと共に剣を抱えて、獣の前に飛び出していったのだった。

 

 

 

 

 

 

 ひとりといっぴき。

 人と獣の闘いとなった。

 わたしもボルボロスも、ぶつかることを良しとするガラである。こうなるのは、必然であったろう。

 

 荷物を背負ったまま闘うのは、疲れる。

 ただし命には代えられない。故に当然の帰結として、守りに重きを置く闘いとなった。

 

 ボルボロスの頭殻は、刃が通らない程に硬い。脚はわたしの身体よりも太い。尾は岩柱の様に硬く、それなのに鞭のようにしなる。卑怯だぞそれは。

 泥の下でつぶらな瞳を凝らし、小さな前脚をぶらぶらと垂らしているのは、ご愛嬌。

 

 闘いは長きに及んだ。闘技のように時間の制限はない。互いに手練れでもある(ようだ)。

 攻防に費やした時間は、遥かに駆け足で過ぎ去ってゆく。

 

 真っ赤な太陽が5度目の顔を覗かせた頃、やっとのことわたしは剣を振るう手を止めた。至極単純に、体力の限界だった。

 しかしそれはボルボロスも同様のようだった。彼または彼女は倒れ伏したわたしの姿を認めると、身体を引きずるように(きびす)を返し。しばしを泥沼で過ごした後、またゆっくりと東へ向かって歩き始めたのだった。

 

 なんとなくだが理解はできる。闘志を燃やし尽くしたのだろう。

 おそらくは最後にぶちかまされた体当たりが、ボルボロスにとって精も根も使い尽くした一撃だったに違いない。

 ならば一手。一手ではあるが、わたしの勝ちだ。あの体当たりを受けた後、剣を腹に突き刺して、わたしは倒れたのだから。

 そうやって、心の中で小狡(こずる)い勝ち負けを付けておくことにする。実際には単純に、わたしが後出しだっただけ。そんな勝敗などは、存在しないのである。

 

 あとは、ついでにもうひとつ。

 では何故、ボルボロスが向かった方向をわたしが知り得るのか。

 これは当然である。わたしは東を目指していたのだ。

 

 はて、と思い返す。

 

 わたしが目指すのは、東。

 

 ボルボロスが向かうのも、東。

 

 つまりは ―― 人と獣による、奇妙な同道の始まりだった。

 

 

 

 

 

 東へ。東へ。太陽の昇る方角へ。歩みは遅いが、なんとかやっていけている。

 ボルボロスはわたしに近寄ることはないが、しかし、見える範囲にいつも居た。

 崖下と崖の上。瓦礫の影と砂の原。石を投げてもぎりぎり届かないであろう距離。そんな、適切な距離が保たれているのである。

 なぜか速度が同じなのだ。人にしては早いが、獣にしては歩みが遅い。このボルボロスの気性なのだろうか。ただ、そこにわたしが意見を挟めるはずもない。もっと早く歩けよと非難したところで、通じはしないだろう。

 

 ただこれは、率直に言って有り難い。

 わたしとしてはこれ以上の闘いは避けたいというのが本音である。わたしが扱う白刃は、闘技場一番の戦士として贈られた業物。故に正しく使えば歪みはしないが、疲れが祟れば話は別。相手は大型の獣である。刃の一つや二つ、折れ曲がっても不思議ではないのだ。

 

 剣の手入れはする。備えは必要だ。道中、地を走る獣の群れが襲ってくることがままあった。ボルボロスが近くに居るからだ。

 そういう闘いでは、決まってわたしが先頭に立ち、立ち回った。わたしは群れと闘うのも慣れてはいる。そういう形の闘技も多かったからだ。

 ただし子分どもを蹴散らして、いざ親玉と斬りこめば、ボルボロスにのされた親分が目を回していたりする事もしばしば。

 

 ボルボロスの気性は大柄にしては温厚な様で、草食の獣たちにも面と向かっては避けられることはない。

 ただし、泥だまりがあればその例には及ばない。赤い玉のような獣がいる泥地(なわばり)を、喧々諤々(けんけんがくがく)。ぴぃと吹く汽笛の様な鼻息を鳴らして力強く奪い取ってみせたのが、つい先日のこと。水気のない土地を2日ほど進んで、枯れ果てた後の出来事だった。

 

 それでも半日ほど居座れば、ボルボロスはまた東へと向かって歩き出す。時折少しだけ名残惜しむように、泥地のあった方角を振り返りながら。

 居心地の良さを上回る目的が、この獣にはあるのだろう。一時の宿として縄張りを奪われた赤玉の獣においては、ご愁傷様とだけ。手を合わせておきたく思う。

 

 ついでにいえば、理由も判明した。

 わたしや商隊と出会したその理由。このボルボロスは、通商路という存在を知っているのだ。知っていて、方角を確認するための目印として利用しているのだ。

 なんと賢い獣か、と思う。闘技場に来るまでには、どうした経緯があったのだろう。少なくとも人という存在を知っているのは間違いない。わたしに対する敵意を持たなくなったのも、その辺りに理由があるのだろうか。

 

 さてさて、ついでのついでに考える。ボルボロスとは果たして、竜なのか。

 かつての彼は、ボルボロスを確かに竜と呼んでいた。土と砂を纏う竜である、と。

 わたしにとっての竜とは「おそろしいもの」。その象徴なのである。だとすればこのボルボロスは、どちらかといえば獣の感が強いように思えてならなかった。

 

 わたしはかつての彼のように、獣と竜。獣と鳥。そういった違いを区分けする方法が判っていない。

 翼があれば竜なのか。だとすればこのボルボロスは竜ではない。しかし彼は竜だと呼んでいた。

 ならば脚が地についている数を数えるのか。4つ、または2つ。しかし彼はガレオスもアプケロスも、竜と呼んでいた。

 あとは……頭の形。嘴の有無。比べられるのはそういう所か。学術的な分野の話なのだろう。彼とはまた会う予感が強くある。機会があれば、尋ねてみても良いだろう。

 

 ……ここで思考をぽんと投げ捨てる。どうせ彼が区分けするならば、わたしが悩むことではないのだ。

 翼も脚も、二脚も四つ足も、総じて獣。取りあえずは獣と呼んでおくのが、思考の安寧(あんねい)を保つためには有用であろう。そう適当に結論づけたのだった。

 

 ただし、このボルボロスをただの獣と言い表すのには引け目がある。

 獣にしては愛嬌があり過ぎるのだ。

 つまりは、わたしを惑わす怪しの獣。

 だから ―― 怪獣、と。そう呼ぶことにしようと思う。

 

 

 

 

 

 

 ある日、あくる日。しばらくの日。

 日が沈んで、砂原に腹ばいに寝そべった怪獣と、離れて篝火(かがりび)を灯したわたし。

 それらが同時に顔をあげた。

 

 目を凝らす。

 藍色の夜空を、何かが駆けて行った。

 月の光をまばらに映して金色の ―― あの彼が言うには、金というのはとても姿を変え辛く貴重な金属であるらしい ―― 獣だった。

 

 空中で身じろぎ。じゃばらと、鋭い鱗が揺れた。

 獣はそのまま夜空にゆるりと弧を描いて、わたしたちの視線の先、東の丘陵を超えて姿を消した。

 

 未だ緊張感はない。しかしあの獣は、わたしたちの行く先に向けて降り立った。

 どこまでも感覚だが、視線が合ったように感じる。此方を獲物と見据えた……見据えられた、と考えるべきだろう。

 あるいはあの丘陵が、金色の竜にとっての縄張りなのかも知れないが。

 

 わたしも、怪獣も、あの獣にとっては餌に過ぎない。道を譲ってくれることも、同道することも、期待はしない。

 闘いになるだろう。打ち負かさねば東へは進めない。道を拓くための最も判り易い方法は、いつだってぶつかり合いなのだ。

 

 わたしは柄のない白刃を研いで腰に帯びると、検分を始めることにする。元より多くはない荷物を選別し、必要のないものはその場に捨てた。商隊からもらった食料は全て腹に入れる。砥石は現場調達。火起こしの道具も、まぁ何とかなるだろう。

 身軽になるとどうにも、闘士の頃を思い出す。剣と楯と身体を武器に、多種多様な獣とぶつかり通したこれまでの全ての日々を。ついでに未だふた月は経っていないのだが、と苦笑もした。

 

 武器はこれで良い。あとは時期を見計らう。砂の原で戦うならば夜でいいが、丘陵で戦うならば見通しの良い昼が良いだろう。待つべきだろうか。

 わたしが崖に寄りかかりながらそう考えていると、此方の様子をうかがっていたボルボロスが、崖下でのっそりと起き上がる。先陣を切るつもりらしい。彼または彼女は、どうやら夜目も効くようだ。

 

 怪獣の姿が丘陵の向こうへ消える。

 区画をまたいでひとつ、ふたつ。ぶつかる音が聞こえてきた。

 いよいよ日が昇る頃を待って、わたしも丘陵の奥へと走り始めた。

 

 

 

 

 

 

 行く手を阻む金色の竜と対峙する。

 全身に生やした刃のような鱗をうごめかし、竜は跳ねる。飛ぶ。千切る。刺す。

 空を縦横無尽に飛び回るその姿は、地を駆ける怪獣(ボルボロス)との相性が悪そうだ。

 

 しかし怪獣も負けてはいない。

 丘陵での闘いになったことが幸いした。水場を得て、お得意の泥を補充することが出来ていたのだ。

 辺りにまき散らかした泥の中には、金色の鱗が数多く混じっている。どうやらあの竜の攻撃であるらしい。

 

 夜を通して闘っていたにも関わらず、怪獣の動きに鈍りはない。タフだなぁと、率直な感想が溢れ出る。

 とはいえ援軍ありきの防戦だろう。わたしも剣を抜き放ち、竜へ肉薄する。

 

 (もも)は堅い。鱗は固い。翼膜までもが、硬い。

 さてこれは、どうしたものか。大型の獣を狩猟……とまでは行かずとも。せめて退かせるには、それなりの痛手を与えなければならない。痛手を与えて、敗北の光景を脳裏によぎらせなければならないのだ。

 堅固な外殻としなやかさを両立させる、細かな鱗。引き締まった筋肉。全てが竜を守る鎧となっている。

 

 ぎろりと視線。嫌な感覚がよぎった。

 わたしがその場を飛び退くと、足元に槍のように鋭い尾が突き刺さる。

 予感の赴くまま、もひとつ跳躍。薙ぎ払った尾から剣状の鱗が放たれ、地面に次々と刺さる。

 まだまだ、悪寒に全力で逆らって側転を切る。とどめ、いつの間にか跳躍していた竜の爪が、空から降って突き刺さる。

 

 息を吐いて、ここでわたしは初めて気付く。

 闘士として様々な獣と闘って来た。……正面舞い刺す金色の竜は、そんなわたしですら初めて見る獣だったのだ。

 容姿はどこかで見た気もするが、名前すらも分からない。ならば攻撃の方法が判らないなんてのは、あたりまえだ。

 

 左手に着けた簡素な円楯で、追って放たれた爪を逸らす。

 ちょうどよく、怪獣とで挟むような位置を取った。竜は一度悩む素振りを見せて、怪獣の側に向き直る。

 鱗を飛ばす。泥をまとった部位で防御して、そのまま泥を振り落とす。

 

 間が出来た。足元で、先ほど地面に刺さった鱗を見やる。深々と食い込んで、倒れ込む様子はない。かえし(・・・)が付いているのだろうか。もしくは血が止まらなくなる類いの毒か。いずれにせよ体格差のあるわたしなどが刺されば、大事に到るのは間違いない。

 

 怪獣に鱗は聞き辛いと踏んでか、竜は肉弾戦に躍り出た。

 脚の爪だ。見るからに脚力に自信のある体躯をしている竜だ。放たれる蹴りは、相応の威力を有している。

 怪獣が受けて、受けきれず一歩後退。地面に片足を突き刺したままもう一撃。二歩後退。

 

 流石に夜の間も闘っていただけあって、怪獣は竜の攻撃を捌く術を心得ているようだ。

 ただそれは、ダメージを受けないという事ではない。うまく分散させているだけだ。

 優位を取るための一手を、探さなければならない。

 

 斬撃や刺突で傷をつけるのは難しいだろう。あの竜の防御能力の所以(ゆえん)は、かたさ(・・・)にこそあるからだ。

 ならば打撃を。どうやって。わたしの武器は白刃だ。盾はあるが、小さい。これでぶったところで、竜の中までは響かない。

 

 怪獣が頭をぐいと掴まれた。竜の脚だ。

 竜はなんとそのまま怪獣を持ち上げ、ぶんと振り回そうとして……しかし、ぴいい! という鼻息。

 驚いて爪が離れた。間一髪難を逃れた怪獣は、ごろりと地面に転がって、踏ん張り。竜に向かって突進を始めた。

 当然ひらりと(かわ)される。それを数度も、繰り返す。

 

 時間を与えられている。脳裏に方策を閃かせるための、時間を。

 道筋は途中まで。打撃だ。盾で打撃はできるが、小さい。ならば大きなものを。どこに。

 ……あるじゃあないか。ここに。

 

 わたしは胸をドンと叩くと、怪獣の反対側へと潜り込んでいく。

 うっとうしく思ったのか、竜がわたしに向けて脚を突き出した。白刃で弾くと、わずかに欠けた。

 そのまま突き立てた。通らない。金色の鱗がうぞうぞと、まるで意思を持っているかの様に居並んで、竜の身体を守っている。

 

 ひとつ、大きな衝撃を生み出す策はある。相手を「壁」にぶつけることだ。

 闘技場ではよくよく使われる戦法でもある。いかに獣の頭部を的確にぶつけるかが、大切だ。

 ただ、壁がない。岩壁はあるが、竜は空を得手としているためか、狭い側には近づこうとしないのだ。

 だとすればどうする。違う。竜は、ここは広い場所であるからと油断をしている ―― そういう風に考える。

 

 怪獣が、突進を避けられた先で切り返す ―― 視線を合わせる。つぶらな瞳。

 伝わったのだろう。ぴいいと気合い一声、頭殻を突き出しての、猛進。

 竜が回避のため飛び立とうとする。逃がさない。一瞬の隙を作れば良い。いかに的確にぶつけるか。狙いは、頭。

 

 わたしは肩を突き出して、全身で竜の頭に当て身を食らわした。

 闘士として優遇された巨体が丸ごと、金色の兜を叩き殴る。

 竜の頭とわたしの身体。これだけではいくら身体が大きくとも、竜を昏倒させるには到らない。

 

 これだけでは。

 だから、反対側から怪獣も、渾身の突撃を食らわした。

 

 不思議と息はぴったり合った。

 凄まじい衝撃。竜の頭を、わたしと怪獣とで挟む形だ。

 鈍くつぶれた竜の鳴き声が聞こえた気がする。ぴいと喜んだ鼻息が聞こえた気もする。

 次の瞬間にはわたしの身体は吹っ飛んでいたが、それは竜も同様だった。

 

 遠くまで転がった金色の竜が立ち上がる。しかし、足取りがおぼつかない。

 と、と。よたよたと地面をのたくりながら、わたしたちを睨む。

 その視線には、驚きと恐れが見て取れた。

 

 頭殻を凹ませ、全身の鱗を浮かせてびくびくとどよめく竜の姿を見て、ああ、と思い出す。

 そうだ。松ぼっくりだ。植物の種子。いつだか彼が講釈たれた、子どもが投げて遊ぶやつ。

 

 竜は、逃げ去った。逃げ去るその姿を、わたしと怪獣が揃って見上げて送りやる。

 泡食って翼をはためかし。金色の美しい鱗をぼろぼろと落とし。それでも何とか傾きながら、南の空へ消えていく。正しく敗走である。

 

 敗走。つまりは、こちらの勝利。

 勝利。勝利だ。じわりと嬉しさが沸いてくる。縄張りを勝ち得た訳でもなく、肉を得た訳でもない。しかしわたしは、湧き上がる熱を確かに感じていた。

 ボルボロスも同様であるらしい。ふんと身体を揺らし、ぴぃと頭で笛を吹いた。これは勝鬨(かちどき)らしい。気の抜ける音だが嫌な気分にはならないもので、わたしは不思議と笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 竜は追い払ったが、代わりにわたしは疲れ果てた。白刃を腰に留めると、はぁと息を吐いて地面に倒れこもうとした。

 ……しかし、そんなわたしの姿を、土塗れのつぶらな瞳が見やる。なんだろう。倒れこむのは、止めておく。

 

 未だ夜の中。わたしが不思議そうな顔を浮かべていると、怪獣は右脚をこすって土をざりざりと掻いた後、隘路(あいろ)の先へと頭を向け。尻尾を振りながら、ゆっくりと歩き出した。

 ついて来いという事か。否やはない。そもそもこの野原で寝っ転がるのは、危険なのだ。疲れは別として、移動はしておいて損はない。

 

 砂漠を歩いた昨日までよりも、いささか以上に早足で、怪獣は道をゆく。

 わたしが小走りでは足りず、駆け足になるくらいだ。気がはやっているのだろうか。

 気がはやる? いったい何に? 

 ……だとすれば。

 

 そうしている内に、嗅いだことの無い香りが風に混じり始めた。(ほお)を撫でる風がべたつく感触も、同時に。

 ふと、この怪獣のにおいだろうか……とも思う。珍しい訳では無い。例えば毒を扱う獣などは周囲の生物に「毒を持っていることをアピール」し遠ざけるため、わざと異臭を放っていることも多かった。

 ただまぁ、それらは鼻やのどがしびれる様な感じがするものだ。この匂いにはそれがない。怪獣と息が触れるほどの距離にまで近づいたのは、闘いの場以外では、今現在が初めてだ。だから、そう思ったに過ぎない。ただの雑感である。

 

 わたしと怪獣は、人と獣だ。隣立って闘う事は、きっとない。

 寄ることはあったとしても。確たる境があるからこそ、今の形の人の世は成り立っている。

 

 けれども同じ道を歩くくらいは、そこかしこにありふれている。そうとわたしは知っている。

 山中に現れた獣道を人が使う事も。今回の様に商路を獣が使う事も。面と向かって闘うことも。どれだってあるのだろう。

 

 多分、そんなことをつらつらと考えていたと思う。

 いつしかずっと先を走っていた怪獣がふと振り返り、大きく一歩踏み出すと、姿が消えた。

 丘陵を抜けたのだ。わたしは遅れまいと息を乱して土砂を蹴り、最後に大きな段差を登りきる。

 

 崖の端をつかんで、大きく身体を持ちあげる。

 乗り出す。拓ける。

 香りがいっそう強く、吹き付ける。

 

 

 

 

 

 息をのんだ。

 まさしく ―― 果てなく底深い水溜まりが、そこにはあった。

 

 

 

 

 

 凄いと思った。信じられなかった。

 あんなに大きく波打つのも、波だってたつ音がこんなにも大きいのも、大きさが過ぎて月夜を丸ごと映し返してしまうのも。

 夢見た光景が、今ここにある。わたしは確かに、確かめた。

 

 潮騒に身を任せること、暫し。

 

 ……ぼうっとしていた。隣には同じように立ち呆けた怪獣が、長らくその身を寄せて居た。

 てんで見飽きないであろう光景を、わたしと怪獣は目に焼き付けていた。

 

 この怪獣は、わたしと同じ目的をもってここを訪れたのだろうか。これもまた、判らない。

 旅路において、泥で身をよじる怪獣の姿は幾度となく目にしている。まさかこの海を、大きな泥だまりと同じように思ってここまで来たのではあるまいな。そんな突拍子もないことを考えてしまうくらいには、怪獣が海を見たがる理由が判らない。

 

 ボルボロス。竜は、獣だ。獣は人よりもずぅっと、合理性を突き詰めているように思えるのだ。少なくともわたしが住んだ砂漠ではそうだった。闘技場で対峙した獣たちは、そうだった。

 

 そう思っていた。けれど、違うのかもしれない。

 違わないかもしれないけれど。でも、違うのかもしれない。

 

 そういう(くさび)が今、わたしの心の中にしかと打ち込まれたように思う。

 少なくともこの怪獣は、海が見たくてここへ来たのだ。そうわたしは、確信をもって言い切れる。言い切れてしまうのだ。

 

 海にばかり気を取られていたが、真下を見れば、人の営みの灯りもあった。海の上に浮かばせた大きな船を、並べて地面にしているようだ。あれは海の上に造られた「町」なのだろう。

 なにそれ楽しそう、とわたしが身を乗り出す。

 対して、怪獣は後ろへ後ずさった。

 

 別れなのだろう。同道しただけなのに、これを別れと呼び表すのは少々図々しい気もするが。

 

 怪獣はぴぃと鼻息を吐いて踵を返す。崖を、一息に降りてゆく。

 ぶんぶんと尻尾を振りながら泥をまきまき。丘陵の奥へと、消えていった。

 

 余韻はある。これはきっと寂しさだ。ただ、後腐れはあるはずもない。

 そもそもわたしとあの怪獣の間に、繋がる何かがあった訳ではない。

 ただ、共通点だけがあった。

 わたしと怪獣は、共に並んで海を見た。それだけのことだ。

 

 ぼうっと眺めていた場所から立ち上がり、尻についた乾いた泥と砂を叩いて払う。

 両の手に力を入れて、頬もはたく。わたしのこころの興味は未だに燃えて、盛りにある。

 わたしは人として、もっと先を行って見せよう。そう思う。

 かつて彼は言っていた。果てない海の端っこを、水平線と呼ぶのだそうだ。

 

 海を見た。その端っこを見た。

 ……では水平線のそのまた先は、いったいどうなっているのだろう?

 

 わがままで、ごうつくばり。それがわたしだ。

 気合を入れたわたしは、怪獣よりもずうっと長い時間をかけて、今来た崖を降りてゆく。

 町へ行こう。海の上に浮かんでいるあれら大きな船を使えば、その先を見ることも叶うだろう。

 そうやって明日のことに、希望と想いを馳せながら。

 今日もわたしの心は、顔を覗かせたばかりの太陽のように、澄んで眩しく燃えている。

 







 一万字超。長らくをおつきあいくださったあなたに、私からの心ばかりの感謝を!
 小物語として、アドベントカレンダーとしての役目をこなすことが出来たならば幸いです。戦々恐々。
 御年も主にツイッター上で展開されておりますこの企画。画像小説立体創作、津々浦々。数多くの創作者様方々が作品を公開されています。
 12月はまだまだ始まったばかり。聖誕祭まで今暫く。気になった方は、他の方の作品も追いかけてみてくださいね!

 (はっしゅたぐ)モンハン愛をカタチに2021







 

 ……最後に少しだけ。
 歌を知っていて、伝わった方がいると幸いではあるのですが、副題は「かいじゅうのバラード」。どうしても副題にしたくて前後編となった元ネタ。歌のタイトルでございます。

 歌詞を参照するに、かの怪獣が求めたものは「もうひとつ」。踵を返したからには、きちりと叶えることが出来たのでしょう。それを明記し、補填するための長ぁい前書き。

 とても好きです。ケモナー製造機だと思います。

 では、では!
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