ブラックピリオド   作:ばやす

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自信の、自身の消失

 

「気持ちの悪い絵ね。何を届けたいのかがさっぱり分からないわ。」

 

「何この絵?わけわかんないし!早く片付けてよね!」

 

 どうして俺の想いが届かない。理由が分からなかった。俺の想いをすべてを込めた絵は、届けたかった相手である部員二人からボロクソに言われて、ただ一枚寂しく、落ちかけた夕日の差し込む部室の黒板に張り付けられていた。

 

 

 H・Hは、世界の誰もが素顔も所在も知らない画家だった。ただ分かっているのは日本人であるということだけ。彼の絵には、誰もが見たことのない技法、誰もが思い至れないような感性があった。一般人からは、ただの気味の悪い絵や、ただ綺麗なだけの絵だと評されることが多かったが、世界中の芸術に関わっている者たちは、彼を天才と評した。

 

 彼の絵はいつでも描き手の暗い心を映し出していた。一個人の世界であるはずなのに、まるで世界の闇を表現したかのような彼の絵は、巨匠の絵に負けず劣らずの値段で取引されるようになった。

 

 始まりは千葉県の小さな展覧会だった。綺麗な、まるで世界の表面を映し出したような絵が並んでいる中に、一枚だけそれはあった。明色がメインで使われているはずなのに、他の絵とは異なる異質さを放っていた。たまたまそれを見つけた趣味人がそれをネットにアップしたところ、それが美術界を震撼させた。見たことのない技法の数々、飲み込まれてしまいそうな表現力。

 

 この絵を描いた人物を探し出そうとしたが、その努力もむなしく彼が見つかることはなかった。わかっているのは絵の下に張られたH・Hという匿名で出されたであろう名前と、おそらく千葉県在住であろうことだけだ。

 

 しかし、その後も彼の絵は次々と展示された。県内外問わず様々な展覧会に出展されて、それでも彼の絵はいつでも異質だった。H・Hという名前だけが書かれていて、名のある著名人が開催側に出展者の住所を聞いても、いつも書かれていないと言うのだった。

 

 そのうち彼は展覧会に展示する事をやめて、自身の絵をネットに投稿するようになった。これを好機と見た者たちがハッカーを雇って彼の所在地を調べようと躍起になったが、プロでも破ることができないプロテクトが彼らを阻み、結局またしても失敗に終わった。

 

 ネットに挙げだしてしばらくたった時、彼は自身の絵をオークションにかけた。彼の絵を手に入れようと多くの富豪たちが身を乗り出して、競売価格1円スタートだったものが20億円にまで跳ね上がり、一時期話題にもなった。

 

 彼は3年ぐらいの間ずっと投稿と出品を続けていたが、ある日を境に、彼の人生の全てとまで豪語された大作、「欺瞞」を最後に、彼は投稿をピタリとやめてしまった。

 

 

 秋も終わりに近づき、だんだんと冷え込むようになってきた頃の夕方、比企谷八幡はたった一人の腐れ縁の友人と学校からの帰り道を歩いていた。それは彼の絵が二人に酷評された翌日のことだった。

 

「八幡よ、欺瞞の出品が終わったぞ。しかし…、お主、本当に絵をやめてしまうのか?」

 

 彼の友人にして、ネットでの彼の身バレを防ぎ、オークションなどの管理も手掛けた相棒でもある材木座義輝は、たった一人の相棒にそう問うた。

 

「…今まではずっと、描きたいものが描けてた。自分がこう思ったこと、自分が表現したかったこと。それをネットではほんの少しだけど理解してくれた人がいた。けどさ…、一番伝えたい奴らには、何も届かなかったんだよ…。伝えたい人に伝えたいものが伝わらないなら、もう絵なんて必要ない…。」

 

 彼は二人に絵を酷評された日の夜に、一日で「欺瞞」を完成させた。その絵に込められたものは、虚無。信じられそうだった、本物になれそうだった関係に終止符が打たれてしまった時の彼の感情だった。

 

「そうか…。だが八幡よ、これだけは忘れるな。我はいつだってお主の味方だ。お主が絵を描こうとも、描かなかろうともな。もしまた絵が描きたくなったら我に言え。また今までのように協力してやろう。」

 

 その言葉に彼はああ、とだけ言って、彼らの家路の分かれ道を左に曲がった。相棒はただじっと彼の背中を見えなくなってもしばらくの間見送った。

 

 

 

 

 

 

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