ブラックピリオド   作:ばやす

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暗く、闇く、盲い

 

 

 

 比企谷君が一枚の絵を残して部室を去った後、私と由比ヶ浜さんが残った部室は、痛いぐらいの静寂に包まれていた。お互いに一言も話さず、ただじっと私たちに語りかけてくる絵を見つめていた。

 

 由比ヶ浜さんがきてから部室には物が増え、今まではごちゃごちゃしていて若干煩わしく感じていたが、今、部室を構成しているのは私と由比ヶ浜さんと比企谷君の絵だけだ。窓から見える紅葉に、少しばかりも心を奪われることもなかった。

 

 修学旅行の一件で私たちの絆が粉々に砕け散ってしまった事は理解している。そして、それに対して比企谷君に一切の非がないことも理解している。

 

 由比ヶ浜さんがあっさりと依頼を引き受けたから。私がそれを強く咎めることをしなかったから。

 

 そして、私たちが彼の行動を受け入れることができなかったから。

 

 文化祭の一件で、彼がどうやって依頼を解決するかなんてわかっていた。彼は依頼を解決するためなら自分のことは顧みないとわかっていた。

 

 分かっていたはずなのに、どうしても受け入れられなかった。比企谷君のやり方を認めるということは、比企谷君を蔑ろにしてしまうことと同義だと思ったからだ。

 

 決して認めてはいけない。認めてしまえばきっと、これからずっと同じやり方を続けてしまうから。

 

 そう伝えたかったのに、彼を前にするとどうしても言葉にならなかった。だって私は、いや、私たちは、この奉仕部でまだ、何も成せていないのだから。私が比企谷君の立場だったら、何様なのだと思ってしまうから。

 

 だからこそ、彼が絵を持ってきてくれた時も何も言えなかった。彼の絵は、描き手が去った後も私たちに訴え続けているというのに、つくづく自分が情けないと思う。

 

 彼には絵の意味なんて分からないと怒鳴った。だけど、本当は痛いぐらいに分かる。構図が、色彩が、彼が絵に込めた全てが私の心を殴りつける。まだ私たちは終わっていないと、弱い私に訴え続ける。

 

 絵から少し目を離した今でも、目の裏に深く焼き付いている。目に入った瞬間にとてつもない衝撃をうけた。

 

 だけど、認められなかった。認めたくなかった。

 

 彼の気持ちを、彼の言葉で聞きたかった。

 

 たったそれだけのわがままで、私たちの関係は終わってしまうのだろうか。

 

「ゆきのん…」

 

 由比ヶ浜さんが心細げにこちらを見つめる。彼女も私と想いは一緒のはずだ。比企谷君と関係をやり直したい。だけどそれはきっと、無理なのだろう。

 

 私たちは、彼に酷い言葉を浴びせてしまったのだから。部室を出ていく彼の目を直視出来なかったのだから。

 

 彼の私たちへの信頼を、打ち砕いてしまったのだから。

 

 後悔とき既に遅し。この言葉がこれほどまでにしっくり来るのは生まれて初めての経験だ。私は道を間違えることなんてないと思っていたのに、少し心が打たれればこのザマだ。

 

「…今日は帰りましょう。由比ヶ浜さん。」

 

 そう言って部室から出て、鍵を閉める。その時、彼の絵を…、彼の想いを直視することなど、到底出来やしないのであった。

 

 

 

 

「八幡、来週に東京の学校に転校してもらう。」

 

 欺瞞を描き終え、筆を置いて体を伸ばしている俺に、部屋に入ってきた親父がそう告げた。

 

「…いきなりだな。」

 

「言うのが遅れて悪い。父さん、昇進したから東京の本社に移ることになったんだ。」

 

 もともと、俺と家族との会話は多くはなかった。俺が絵を描いている時はものすごく真剣な顔をしているらしく、今日も俺が絵を描き終わるまで待っていたらしい。

 

「しかし、今日はどうしたんだ?絵にいつもよりも黒が多い。」

 

「…いつも見てんのか?」

 

「ああ。八幡の部屋に入っても、お前が気が付かないだけだ。」

 

 知らず知らずのうちに、親父は俺の絵を見ていたらしい。ということは恐らく、俺がH.Hであることも知っているだろう。それでも口に出さないのは、気まずさなのか、はたまた優しさなのか。

 

「一週間の間に、友達にはお別れを言っておいてくれ。」

 

「俺に友達なんて居ねぇよ。」

 

 そう言った時の親父の顔が、酷く物悲しそうに見えた。

 

 

 

 材木座に「欺瞞」の出品を頼むためだけに学校に行ってからは、俺は学校に行かなかった。行った所でどうしようもないからだ。陰口を叩かれるためだけに学校に行こうとは思わない。

 

 転校の件は材木座にだけ伝えた。材木座は泣いていたが、ネット社会だから何時でも声は聞けると言ってくれた。俺には出来過ぎた相棒だ。

 

 

 

 東京に引っ越す日に、今日でお別れとなる俺の部屋に一人佇んでいた。荷物は全て業者の車に載せたため、とても広く感じられた。

 

 何度も眺めた窓の外の景色を、名残惜しげも無くただぼんやりと見る。その景色は、黄昏時出会ったにも関わらず、酷く暗く、闇く、盲く。どこまでもただ、真っ暗であった。

 

 

 

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