最後の希望 ベテランウマ娘、8年目の地方転戦【完結】 作:兄萬亭楽丸
──ゴーンザウインド粘る!ゴーンザウインド、いや、差し切った!!!
──…弥生賞制覇!クラシック戦線、希望の名を持つウマ娘が名乗りを上げました!
とあるベテランウマ娘の卒業
…トレセン学園、卒業式。
自分の現役生活に満足してターフを去るウマ娘は決して多くはない。私も今日、現役生活に満足できないままトレセン学園を去ることになる。
「私」のトゥインクルシリーズデビューは7年前。
勉学に秀でてはなく、友人も多くない。
走る才能だけがあって、どうしようもなく走るのが好きな子だった。
法律上、酒の飲める歳になってもそれは変わらない。
弥生賞では後のダービーウマ娘"ゴーンザウインド"に競り勝ち、初の重賞を獲得。自慢できるのはそれくらい。
一方、ダービーで大敗した私はそのあとも苦戦続き。その年の暮れには王道路線を
マイル・スプリント・ダート… キングの名を持つ一流ウマ娘のように、あらゆる戦場を試した。
重賞は勝った、G1に参加しても掲示板には何度も名を連ねる。だからいつかはG1タイトルを獲れる日が来る。…私もトレーナーも、そう思っていた。
時間だけが過ぎていった。
ダービーウマ娘はいつしか世代の主役と呼ばれ、世界に挑み、引退後はドリームトロフィーリーグに進んだ。
夢破れた同僚達はニンジン農場、警備員、保育士学校…いずれにせよ新しい道を選んだ。
レースに関わり続けたい思いでトレーナー学校へ進学する子、トレセン学園に引き続き所属しレース場スタッフを
夢はあきらめることになってもトレーナーとの関係は上手くいき、そのまま家庭に入る子もいた。
シニア級になれば共にデビューした仲間の半分はターフを去り、来年はそのまた半分、再来年には数えるほどになり…
この年までトゥインクルシリーズを走っていたのは私一人。どれにもなれぬまま。
…7年間、獲った重賞は合計4つ。重賞を複数勝てるウマ娘自体が上澄み中の上澄みである為、ここまで現役にしがみつくことができた。
そもそも1勝も出来ずに競走生活を終える多くの子からすれば、私は憧れの対象でしかなかったかもしれない。
結局、G1だけは最後まで取れなかった。
…時間を昨年初夏に戻す。
6月初めのG1"安田記念"は4着。ほどなくして宝塚記念のファン投票に漏れた私は、6月いっぱいを後輩たちの併走に付き合うことで過ごしていた。
クールダウンを終えた日曜の夕方、私はトレーナー室に呼ばれた。テレビはちょうど宝塚記念の表彰が行われているところだ。
『辛い話だが、単刀直入に言わせてほしい』
『…流石に潮時だ。君がまだ走れることは分かっているが、今後のためにも今年限りでトレセン学園を卒業した方がいい』
…わかりきっていた話だ。一般の学生でいえば大学生相当の年齢。将来のことを考えると、トレセン学園に留まるのはリスクが大きすぎるのだ。
G1勝利はないため、ドリームトロフィーリーグへの参加はまずできない。
卒業したところで、勉強もできず走ってばかりだった私には一体何ができるのだろう。
就職?進学?どのみち、もうレース場を駆けることはできなくなるのだ。 …自分の無力さに涙が出る。
これまでの人生、走ることだけを考えていた。
これから一体何をすれば。
まだ身体は走ることを欲しているのに。
『一つ提案がある。地方の職員兼任という形でなら、まだ走れるかもしれない』
中央(トゥインクルシリーズ)での成績が
全国各地で開催されるトゥインクルシリーズに参加しながら仕事に就くことは事実上不可能。
しかし地方レース場の職員として勤務し、そこで開催されるローカルシリーズを中心に走ることは認められているし、実際に同様の形態で走り続けているウマ娘もいるのだ。
トレーナーは続ける。地方では、私より年長のウマ娘も多く現役で走っている。また地方の職員であれば引退後も生活に困ることはなくなる。少なくとも年齢を理由に引退勧告をされることはないだろうし、限界まで走ることができる、と。
『…何れにせよ、君が次の道に進むための協力は惜しまない』
どのみちトレセン学園に留まることはできない。断る理由はなかった。
テレビからは、生中継でウイニングライブ"Special Record"の歌声が残酷にも響いていた。
そこからの半年間は非常に目まぐるしく進んだ。
マナー講座、面接練習。並行してレースに出るための運動能力の維持…
地方レース場は北関東を除けば多くが地方自治体の管轄であり、すなわち地方公務員として勤めることになる。
そこで働くためには、競走ウマ娘としての能力や実績ではなく社会人としての実務能力が必要なのだ。
まず夏の間に、就職活動に必要な能力を叩きこまれた。学のない私にとっては、炎天下での練習の方がまだましに思えたほどだ。
秋のG1シーズンから、各地方レース場もスタッフ採用の門戸を開き始める。限りある就職先を一つ一つ周り、必死に思いをぶつけ、砕け、次につなげた。
それでも年末には無事、レース場職員としての採用が決まった。
できれば大井をはじめとする南関東のレース場に勤めたかったが、勤務地は地方レース場中でも西の果て。
就職したらトレセン学園に寄る機会は無くなるだろう。
(※学業成績が良ければ関東のレース場でも採用されたかもしれない。私の頭の悪さが悔やまれる。)
年が明け、卒業式が近づく。
卒業前、最後に選んだレースはG3"マーチステークス"。次の道に向けた久々のダート転戦。
ここで4つ目の重賞を取れたのは本当に良かった。
まだ現役でやれる。その決断は間違っていないはずだ。そんな気持ちがトロフィーには込められていた。
ウイニングライブも終え、トレーナーに改めて頭を下げる。
『…おめでとう。ここを勝たせるのが、君にしてあげられる最後の仕事なんだ』
そんな気はしていた。
地方に転戦するウマ娘にトレーナーが付き従うという例はまず見られない。
トレーナーの給与待遇にも大きく差がある上、トレセン学園のトレーナーは常時人員不足である。学園も有望なトレーナーを手放したくないのだ。
7年も付き従ったトレーナーとの最後のレースで勝てたこと、同時にG1を勝てなかったこと、トレーナーにこれ以上何もしてあげられないことがどうしようもなく悔しくて、涙が止まらなかった。
私は、トレーナーと結ばれたかったんだろうな。
桜の花びら、満開をそろそろ迎えようとしているうちの欠けた1枚が、大空に飛んでいく。
卒業式も終わり、学園を去る時が来た。荷物は就職先の寮に運び終わっているので、あとは新幹線に乗るだけだ。
トレセン学園の校門前では、学生生活を名残惜しむ卒業生やトレーナー、後輩たちが写真を撮影し合っている。
このまま学園を去ろうと思ったが、トレーナーが校門で待っていてくれた。
トレーナーは泣いていた、私も泣いていた。
それからバス停まで歩きながら二つ三つ今後の話をし、
少し開いたバスの窓から、学園内ホールからと思しき歌声が聞こえた。
輝かしい成績を残したアイドルウマ娘達の卒業ライブが行われているようだ。
トレーナーは、バスに向けていつまでも手を振ってくれていた。
【登場人物】
・「私」
勝ち鞍:弥生賞・オールカマー(G2)、新潟記念・マーチステークス(G3)
この作品の語り部。
デビュー前からクラシック候補として目されており、皐月賞のトライアルレースである弥生賞勝利で一躍名を上げた。
しかし皐月賞では勝利を上げられず、日本ダービーでも大敗。以降も勝ちを上げられず、模索する日々が続いた。
(ダート方面にも何度か転戦したが、当時のライバル層が厚く苦戦した)
脚質は先行寄り。
ウマ娘としての名前は、「私」がいずれ明かしてくれるだろう。
・ゴーンザウインド(Gone The Wind)
勝ち鞍:日本ダービー・天皇賞(秋)・宝塚記念など
"ミス・ダービー"の異名を持つ、「私」の同年代にデビューしたウマ娘。
作中ではすでに引退しドリームトロフィーリーグ(DTL)に在籍している。
「私」同様にデビュー時からクラシック候補として目されていたが、ダービーまでは苦戦が続く。日本ダービーで後方に5バ身差をつける劇的な勝利を挙げると一気に覚醒。翌年もG1タイトルを複数獲得し、最優秀ウマ娘として表彰。
トゥインクルシリーズ最終年には欧州遠征を行い、貴重な海外重賞を獲得。
引退の後トレセン学園卒業のタイミングで担当トレーナーと婚約を発表、現在は共にDTLに挑んでいる。