最後の希望 ベテランウマ娘、8年目の地方転戦【完結】 作:兄萬亭楽丸
JBCクラシック、前日。
私は退勤のタイムカードを切ると、あらかじめ荷物入れを済ませておいたキャリーケースを引きずり、駐車場に向かった。
『祝・JBCクラシック出場』の応援幕を振る学園生徒・職員らに見送られながら、既に授業を済ませていたバルボア・担当トレーナーと共に組合のワゴンに乗って空港に向かう。
例によって代表は当日入りだ。
(この車はURAでは通称バ運車と呼ばれるそれだが、地方では営業用車両と併用されている。)
『いやー!夏以来のG1!勝負服着るのもひっさびさー!!…そういえば姐さんの勝負服、まだ見たことないんすけど写真とかないんすか?』
『バルボアはしゃぐな!車が事故る!えー… そちらは確か移籍以来初G1ですっけ?』
勝負服はG1初出走のウマ娘全てにURAから支給される。各々の勝負服が一点ものかつそれなりに製作納期のかかるものであるため、現実としてはG1を次走目標として検討し始める二、三ヶ月前から制作開始する形が多い。
勝負服のデザイン・支給に関してはローカルシリーズのウマ娘も同様だが、中央ほど華美な勝負服は殆ど見られない。(高知出身のハルウララがわかりやすいだろう)
お披露目の機会が殆どダートになるため、砂汚れの落としやすさをはじめとした実利性を考慮しているからだ。
それと予算面。支給自体は統括団体からの出走祝いという形で支給されるが、クリーニングや衣装
高額な勝負服では金銭的に破綻しかねないため、極力シンプルなものが好まれるようだ。
私もおよそ一年半ぶりのG1レース。ここ数年で体格もだいぶ変わったので、この機に勝負服を新しく仕立て直した。
(…正直に言うと横に大きくなった。)
結果、再度型紙起こしからのスタートになってしまい、レース一回分の出走手当が飛んだ。*1
『うわーっ!皐月賞の時の姐さんめっちゃかわいい!やっぱ胸成長するんすねー!』
『余計なことを言うなバルボア!!!』
翌朝。今年のJBC3競走は船橋レース場での開催となった。
「クラシック」「レディスクラシック」「スプリント」…この三つのJBC競争は毎年、各地方レース場の持ち回りで開催される。*2代表が私の前走に"日本テレビ盃"を選択したのは、私に極力同じ環境で走らせ、地方レース場に慣れてもらうという狙いもあった。
船橋レース場はコーナー最内の円周が小さいために最小コースで走り抜けにくく、さらにコース内外に多少高低差がある。
そのため他のレース場に比べ後方から差し切る脚質──特にマリアークラレンスにとっては──ほかのレース場より比較的有利な環境と言ってもいい。
一方で、コーナーの曲がり方に不安があるバルボアに対しては、最内を突いてスタミナを温存することは多少難しそうである。
コーナーの内・外1周の距離を比較するとおよそ150mも走る距離が変わる為、逃げてペースを作る私・バルボアとしては極力走る距離を短くしたいところだが、無理にコーナーを曲がることに神経を使いすぎたくもない。
これについては作戦会議の結果、クラレンスが最内を突くことはないと賭けたうえで、コーナーを無駄なエネルギー消費することなく走り抜けることを優先することにした。
『すげ… 姐さん、やっぱり昔より今の方がかっこいいです、マ
『褒めてない褒めてない』
私の勝負服はロングズートスーツというものをベースにしたもので、いわばアメリカのギャングがモチーフである。
当時はあまりフリフリの「ウマドル~」感の強いデザインで走りたくはなく、また素足や腕に跳ねた土・芝が当たるのも嫌だった。実利を徹底的に考慮したのだ。
さすがに長ズボンでは走れなかったので、下はやむなくスカートにしたが。
当時はまさか今までこの衣装を着続けるとは思わなかったが、正直今の衣装でよかった。「ウマドル~」したやつを着て走る20代にはなれそうになかったから。
『…遅れて申し訳ありません。皆様、本日はよろしくお願いします』
ダートレースにはとても似つかわしくないロングコート。
日本のウマ娘ではなかなか見られない尾花栗毛*3。
ダートコースで走ることをまるで考えてないかのような、くまなく手入れされたロングヘアー。
"聖母"マリアークラレンス。
今回の出走メンバー中最後にバ道に到着した彼女。
地方レース場出身のメンバー中心で比較的簡素な勝負服が多い中、彼女の勝負服は明らかに中央出身であることを誇示せんかのような、またそれでいて、実力で全てをねじ伏せるような… そんなオーラを放っていた。
──10レース、パドック入り始まります!ウマ娘の方はこちら、ウマ番ごとに一列に並んでください!
『…今日は、今日は絶対勝つ…』
『…』
『…何が聖母だ。私は西都の代表だ。引き立て役じゃない』
『…』
『…
『…御言葉ですが』
『…』
『私は別に中央の代表という気持ちで戦っているわけではありません。私は走れる場所で全力を出しているだけです』
『…………』
『勝手に、レッテルを貼らないでいただけますか』
『………何だよその言い方!?』
『やめろバルボア!!!』
バルボアの怒号と、彼女の飛び掛からんとする勢いを察知したトレーナーの声がバ道に響き渡る。
すかさずスタッフ・トレーナーが間に入り、ひとまず最悪の事態は免れた。
『バルボア!挑発に乗るな!…いや、そもそも先に喧嘩を吹っかけてきたのはお前だ!落ち着け!』
『…ごめん、トレーナー…』
パドックはトラブル回避のため、二人の間にスタッフが挟まる形での入場となった。
「…バルボアさんは大丈夫そうですか」
『代表、すいません… あいつ、前のダービー以来アイツに対するコンプレックス剥き出しで…。自分はこの気持ちを生かせば勝てると思って指導に生かしてたんですけど、自分の考えが甘かったかもしれません』
「戦術の最終確認もありますし、パドックから戻り次第、私も一度そちらに伺います。レースにも影響しますし、落ち着いてくれるといいのですが…」
数日前、私たちの地元に吹いていた強風は、台風の北上と共に船橋にも風を吹かせていた。
パドックを降り、トレーナーの元に戻るロッキンバルボアの目は、未だにスタッフの奥で出番を待つマリアークラレンスを見据え続けていた。
【登場人物】
・ロッキンバルボア
彼女の勝負服はウイニングチケットやビターグラッセのような白系のスポーツブラ+白系スパッツの組み合わせで、パーカーを上から羽織っている。
最初はパーカーを勝負服に含めるつもりはなかったようだが、へそ出しでレースに出るのは恥ずかしかったようだ。
・マリアークラレンス
パドックで揉めた後については次々回。
勝負服のデザインは本人曰く何でもいいと言ったので、担当トレーナーがバ名から連想してシスター風のものを発注した。