最後の希望 ベテランウマ娘、8年目の地方転戦【完結】   作:兄萬亭楽丸

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とあるベテランウマ娘の別盃

 

 

──彼女とは最初同室で、メイクデビューでも対戦しました。第一印象は素直な子じゃないな、って。(笑)口数少ないけど、言いたいことはしっかり言うタイプでした。

 

 

──メイクデビューは私が勝って、その時はルームメイトとして未勝利クラスを抜けれるか心配だったんですけど、弥生賞で再戦した時は見違えるほどの走りになっていて驚きました。

 

 

──で、皐月賞もモダンちゃんにやられて。皐月のウイニングライブ前、『ダービーは絶対にセンターに立つ』って言い合ったんですよ。

 

 

──ダービーも彼女と争うつもりだったんですが彼女は……(言っていいか確認する)最下位でした。でもあのとき強情(ごうじょう)張って私を祝ってくれたんですよ。それでも目は涙で腫れてて。泣いてない?(笑)絶対嘘(笑)

 

 

──私が凱旋門賞(ヨーロッパ遠征)から帰ってきた日、練習休んでまでわざわざ駆けつけてくれたんです。私ボコボコにされたし、空港で出迎えてくれたの他に記者とカメラマン二社しかいなかったんですよね(笑)

でも『あぁ、私ってなんていい友人に恵まれたんだろう』って思いましたね。

 

 

 


 

船橋レース場・ダート2000メートル、"JBCクラシック"。

 

数日前から吹き荒れる強風に押されるように、決戦のゲートが開いた。

 


 

このメンバーの中で逃げウマはバルボアのみ。

お互い上手に好スタートを切ると、作戦通りバルボアが先頭に立ち、私がその後ろにつくことでラインを形成・ペースを握る。

バルボアは気持ち外側に位置を取った。

特に問題なくコーナーを曲がれているようだ。

 

正面スタンド前ではいつかのG1レースで聴いたような、圧倒されるほどの歓声が私たちを出迎える。

直線で今回私達が最も警戒する聖母(クラレンス)が一瞬上がってきたが、すぐに私の視界外に後退した。

 


 

1000メートル時点でのタイムは…58秒をギリギリ切ったか。足元を蹴りだす力が求められるダートレースで、芝並みのタイムを出してなお体力に余裕があるのがバルボアの強いところだろう。

 

バルボアはペースを落とす。後方に強烈な追込バ(マリアークラレンス)がいる以上、今回は最終直線にある程度余力を残す必要があるのだ。

 

 

私の役割は、マリアークラレンスの仕掛けに合わせて同時にスパートを切り、競り合うことで自由にさせないこと。

私は二番手に付いているため後ろを見ることができないが、それでも聞こえる実況から推測することは可能だ。

 

…三番手以降も3バ身程度は詰めて来ているようだ。

しかし競り合いの末に中団が団子状態になっており抜け出しが困難、差しウマとしてはストレスの掛かる展開になっているようだ。

…悪くない。 この様子だと、警戒するクラレンスもまだ後方でスパートを躊躇っているだろう。

 

ここから第四コーナーを曲がり、直線に向いた時点で私がラインを離脱し、スパートを掛ける。あとは私とバルボアの地力勝負になる…算段だった。

 

しかしバルボアはカーブを巧く回りきれなかったかコーナーの傾斜に従ってしまったか、コーナーの途中で大きく外にヨレてしまった。

 

 

 

想定外の事態に対し、判断を迫られる。

…このまま直線に向くまでバルボアに付き従うか、もしくは内側に位置どりを変え単独でスパートを掛けるか。

 

 

 

私が次に踏み締める脚の置き場を探ろうとする刹那、

何度もレース研究のVTRで耳にした、マリアークラレンスの独特の歩調が聴こえた。

 


 

一瞬の逡巡(しゅんじゅん)の末、私は内を選ぶ。

 

 

最後の直線。歓声が聞こえる。

 

 

 

先頭は外側に膨らみ、観客の眼前を横切る形になるバルボア。

 

潰されることなく残り、差し切りを狙う後方集団。

そしてさらに大外から、彼女を捉えんと飛んできたクラレンス。

 

 

 

 

最内でコーナーを曲がれた私も、必死で足を踏みしめる。

 

 

 

 

 

…一瞬、自分の意思に反して(クビ)が上がる。息を吸う。体力が尽きつつある。

やはりスパートが早かった。

 

 

 

はるか対岸で私を抜き去ったクラレンスがバルボアの背中を捉える。

 

追いかけるクラレンスは、明らかに脚を踏みしめる速度が違う。

 

バルボアが最後の力を振り絞り、腕の振りを崩しながらも何とか一歩前に出んとする。

 

 

何とか私も二人に食らいつこうとするが、内側の砂は想像以上に荒れている。もう息が上がっていて、足先で踏みしめるためのちからが足りない。

まただ。

前に進んでいるはずなのに、二人が、何もかもが、どんどん遠ざかっていく。

 

 

 

"ここまでやってやっと3着争いか"

 

 

 

二人がゴール板を通り過ぎる瞬間、自嘲(じちょう)する。

汚らしい私に嫌気がした。

 


 

 

──彼女は昨年までトゥインクルシリーズに在籍し、今年もローカルシリーズで既に3勝を挙げています。

 

 

──ローカルシリーズはトゥインクルシリーズやDTL(ドリームトロフィーリーグ)より格下と皆さん思われてますが、この年まで競技ウマ娘として現役を続けていることはレースの格に関わらず、大変凄いことだと思います。

 

 

──かつて世界に挑んだ際は"皆の希望"だと言われましたが、今は彼女が私にとっての"希望"なんです。ぜひ30歳まで走り続けてほしいですね(笑)

 

 

──私はDTLを去り一般ウマ娘に戻りますが、彼女が皆の希望になりますよう、これからも応援してあげてください。それだけが願いです。

 

 

 


 

 

電光掲示板に灯る「審議」の表示が「確定」に変わると、着順が明らかになった。

 

 


 

「取材おつかれ!ごめんねー、レースの翌日とかにアポ取って!ほんと面と向かって会うのも何年振りかなぁ… 飛行機まで時間大丈夫?メシ…行かない?」

 

「ワイン飲む?えっ!?まだ飲んだことないの!?成人したらすぐ飲むものかと…ごめんね、付き合わせて。ダメだったら飲まなくていいから。」

 

 

 

「3着、おめでとう。失礼な話だけど…まだまだ現役でやれるんだね。」

 

「正直、あなたを尊敬している。偏屈者(へんくつもの)だけど、こんなに真摯(しんし)にレースに向き合ってる子だなんて最初は思いもしなかった。」

 

 

 

「…情けない話だけど、トゥインクルシリーズでまだ走りたかった。」

 

「あなたがトゥインクルシリーズで同年代最後の一人になって頑張ってたけど、私だって一人!」

 

「なのに!DTLで全く振るわなかった!!!トゥインクルシリーズで先頭に立っていた私も、彼処では皆の引き立て役でしかない!」

 

「モダンちゃんも!ラッシュちゃんも!怪我で引退して、同年代は私一人!」

「世代代表とか言われて!同輩の思い全部背負わされて!!!」

 

「みんな私を代表代表って言うけど、負けが混むと"何で私はここにいるんだろう"って!」

「私も!周囲も!トゥインクルシリーズで勝ち取った栄光まで否定するようになるの!!もうみんなの想い背負って走るの、嫌なの!!!」

 

「トレーナーと結ばれてるだけ遥かに恵まれてるけど、DTL辞めたところで私の戦績では解説の仕事なんて回ってこない…!」

「私には学もない…!プライドを捨てて普通の仕事につく度胸すらない…!もう、皆の期待に応えることはできない…!」

 

 

 

「…あなたの名前に、まさか運命を感じる日が来るとは思わなかった。」

 

「同世代で現役はもうあなた一人、あなたが私の"最後の希望"( Last Stand )なの… 」

 

「…ごめん。飲みすぎてる…。 もうすぐ、時間だよね。支払い全部私が持つ。先に出ていいよ。」

 

 

 

「今まで本当にありがとう、これからも、応援してる…。」

 


 

人生で初めて飲んだ酒は、重い、重い、責任の味だった。

 


 

"ミス・ダービー" ゴーンザウインド(Gone The Wind)。

煌びやかな世界を風と共に駆け抜けた彼女は"ミセス・ダービー"となり、風と共に去った(Gone With The Wind.)

 

去り行く風は、私に希望を託した。

 

正直、走ることだけが好きなウマ娘にふさわしい名前ではない。

(かつ)てダービーで負けた時はこの名前ゆえに「最後尾」などとなじられもした。

私は今、改めてその名を明かそうと思う。

 

 

 

 

 

私の名前は、ラストスタンディン(Last Standing)。

 

この名前に込められた意味は「最後の砦」、そして「最後の希望」。

 

 




【登場人物】


・ゴーンザウインド

G1レース合計4勝、欧州重賞勝利の輝かしい戦績に反し、DTL移籍後の彼女は悲惨なものだった。
先に移籍していた同僚たちの引退に伴い同世代唯一のウマ娘として各所の期待を受けることになり、プレッシャーから凡走を繰り返す。とうとう2年間のうち予選レースで一度も一桁順位になることなく、引退を決断した。
DTL専門家は彼女の苦戦について、得意とする距離・レース場があまりにも限られており、特にトップクラス同士のレース同士ではそれが顕著になったためだと分析している。


・モダンちゃん(Modern Times Gear)

「私」達の世代の皐月賞ウマ娘。年齢的には一年上にあたる。
ダービー後はマイル戦線に舵を切り、その年のマイルCS二着とシニア級相手にも結果を残し、翌年シニア級では安田記念を制覇。4年目には両マイルG1を獲り当代最強のマイル王になったところで、DTL転向を表明。しかし転向初レースでアキレス腱を負傷、引退を余儀なくされる。
現役時は睡眠時間を削ってまで練習に充てる程に生き急いでいる子だったが、引退を期に一気に体調を崩し現在は実家療養中。


・ラッシュちゃん(Rash Kinzan)

「私」達の世代で菊花賞2着、その年の有馬記念を制した。年齢も同じ。
更に翌年は大阪杯・天皇賞(春)を勝ち上がり春シニア三冠達成に大きな期待を駆けられたが、天皇賞レース中に膝を痛めていたことが判明。その後一年近くを手術・リハビリテーションに費やしたが、ターフに戻ることなく引退を決めた。
引退後はレースを完全に離れ、海運業に転身した。


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