最後の希望 ベテランウマ娘、8年目の地方転戦【完結】 作:兄萬亭楽丸
電光掲示板に灯る「審議」の表示が「確定」に変わると、全ての着順が明らかになった。
……ここで、念の為にレースの着順を表示する電光掲示板について説明する必要がある。
例えば二人のウマ娘がほぼ同時にゴール板の前を通過した場合など、レースの着順が明らかでない時はリプレイ映像・写真による判定が行われる。
これらの映像判定でどのウマ娘が先にゴールに到達したかを明らかにし、「確定」の表示が出ることで順位が決定する。
しかし、こういった着順確定のための写真判定中には「審議」の表示が出ることはない。
「審議」は、出走ウマ娘が他のウマ娘の進路を妨害したなど、着順に影響を及ぼす何らかの違反行為があったことを示すものだ。
…そして、今回審議の対象となったのは、マリアークラレンスと一着を争ったロッキンバルボアだ。
ゴール直前、クラレンスがバルボアに並ぶ際、バルボアは明らかにフォームを崩していた。
結果として腕の振りが大きくなり、隣に並ぶクラレンスの肩にバルボアの
電光掲示板に流れるリプレイ映像は、その様子が決して誰の目から見ても見間違いではないことを、明らかにするものであった。
──審議の結果、5番の、6番に対する接触を危険な進路妨害と認定し、5番を失格といたします。これにより、1着、6番。マリアークラレンス。2着、11番。チョコファクトリー。3着、3番。ラストスタンディン…
『…』
バルボアには、おそらく(意図的ではなくても)ぶつかってしまった自覚があったのだろう。息を整えながら、審議映像を
失格のアナウンスを確認したところでバルボアは天を仰いだ後小さく
一方でクラレンスはぶつけられたであろう肩をさすりながら、引き上げていくバルボアを見つめていた。
本人も
──…改めて、"JBCクラシック"を勝利しましたマリアークラレンスです!大きな拍手でお迎えください!
順位が確定したところで、私たちもレース場からバ道に歩みを進める。
歓声の中に混じるバルボアに向けた心ないヤジに対し、彼女達はきつく耳を絞っていた。
『本当に申し訳ありません!!自分のせいで、バルボアが、こんな…!!!!』
「落ち着いてください。…いいですか。今、バルボアさんに必要なのは心を落ち着かせること。彼女が自ら会話を出来る様になるまで待つことです。決して理由を追求してはいけません」
インタビューから戻ると、バルボアの担当トレーナーが何度も代表に頭を下げていた。涙をいくら拭ったのであろう、スーツの袖は傍から見てもわかるほどに濡れている。
控室の中の様子はわからないが、レース場の喧騒の上からでもわかるほどの
…変に落ち着いてしまった。こうなると私が勝てなかったことより、バルボアたちに対する心配の感情が勝る。
彼を一人にさせるわけにはいかないだろう。私のライブの準備は慣れているので、代表にサポートに回ってほしい旨を伝えた。
「…お言葉に甘えさせていただきます」
「…クラレンスさんの担当の方とお話を致しました。URA規定に
『代表、本当にすみません… お話纏めていただきましてありがとうございます…』
代表が
おそらく今後もまた迷惑をかけてしまうことを改めて痛感したのだろう。
レースの失格判定を受けたウマ娘は、当日の出走に伴う様々な手当… 一例を挙げればウイニングライブの参加権を失う。
また、後日内容を精査したうえでURAから裁定を受け、出走停止や制裁金の処分を追加で受けることになる。
今回は
「ライブまではまだ時間がありますが、バルボアさんが最後まで残るのは酷と思われます。 …先に帰りましょう。私も付き添います」
『で、ですがこれ以上迷惑をかけるわけには…!それに、代表も担当のライブが…』
「仕方ありません。今、正常な状態でない貴方とバルボアさんだけで帰すのは、責任者としてはとても出来ません」
『…』
代表は二人に付き従い、ウイニングライブを前にレース場を発った。
メールの文面からは普段の代表からは想像もできない、沈痛の念が見てとれた。
| 貴女の晴れ舞台を見ることなく、またトレーナーとしての責任を果たすことなくレース場を立つことをお許しください。 |
ウイニングライブの準備も終わったところで控室を出る。目の前にいたのはマリアークラレンス。
彼女の担当トレーナーは意図的に離れてくれている。会話の機会を作ってくれたのだろう。
『…お疲れ様です。ご迷惑をおかけしました』
『まだ開演まで時間がありますので… お付き合いいただいてよろしいですか』
『…はい、負傷はありませんでしたし、少なくとも私は気にしていません。防げた事故ではあったでしょうが、彼女の故意ではないでしょう』
『寧ろ、レース前に余計な言葉で
『"聖母"の名折れですね』
マリアークラレンスは拳を握る。どうにもならない事だったとはいえ、自らに何か不甲斐なさを感じ恥じているようにも思えた。
『周りからは"聖母"などと言われてますが、正直言われて好ましいものではありません。トレーナー共々、私のエゴで走ってるだけです』
『ただ、彼女を見捨てるのは私の性にも合いません。…また改めて、彼女に頭を下げる機会を作らせてください』
『…行きましょうか。今の私達にできることは、ウイニングライブを全うすることだけですから』
ウイニングライブ「UNLIMITED IMPACT」。
久々のG1ライブ。
輝くサイリウム。
会場が割れんばかりの歓声。
センターは譲ってしまったが、中央を去っても尚、G1ライブの舞台に私は立つことができた。
この
【登場人物】
・マリアークラレンスの担当トレーナー
代表と面談した様子から推察するに、担当ウマ娘に似て言葉少ないが誠実な人柄のようだ。
本名は「小原」。ピアノが得意。