最後の希望 ベテランウマ娘、8年目の地方転戦【完結】 作:兄萬亭楽丸
とあるベテランウマ娘の刻限
──今年最後の"西都オールスターUmaten杯"を制したのはワザーヒースクリフ!これが初の重賞制覇*1となりました!
レース場の入り口には少し色褪せた門松飾り。露店で買われたラーメンや豚汁の匂いが、警備に立つ私の鼻と食欲をくすぐる。
年内最後のレースとライブが終わり、観客たちは白く染まる息を吐きながらレース場を後にする。これにて、当レース場は暫しの仕事納めとなった。私も一年無事に仕事を終えられたことを感謝しつつ、年内最後の控室清掃を終えた。
翌日、昼に起床。これほどまでに怠惰を貪ったのは何か月ぶりだろうか。
年末年始でも学生用の食事を用意する寮の皆さんに感謝しつつ朝食兼昼食を済ませる。この時期は汁物が美味しい。
軽く校舎外ランニングを終えたところで夕風呂を決めようとしたが… 今日はダート戦線の年末大一番、"東京大賞典"。
パブリックビューイング会場と化した視聴覚室でレースを見守ることにした。
『どもども★ここどうぞー!』『練習明けですか…お疲れ様です』
顔見知りの重賞組達とセンター予想談議に花を咲かせる。
実力で上位に来ると皆が予想するのはマリアークラレンスと、北海道・門別レース場出身のG1ウマ娘であるジゴワットの二人。感情的にはジゴワット贔屓が多いようだ。やはりバルボアほどの中央コンプレックスがなくとも地方の有力候補に勝ってほしいのが正直なところらしい。
ただ、東京大賞典はこのところ10年以上も
またクラレンスは同じ大井レース場2000mでの勝利経験がある為、データを考えると彼女が圧倒的有利だろう…といった話をしていたところで、レース開始のファンファーレが鳴った。
──さあ最後の直線!やはりマリアークラレンスが襲ってきた!逃げるシンギンザレイン最後まで持つか!?
──内からジゴワットやってきた!先頭はジゴワットとシンギンザレインの争い!内からジゴワット、外レビウスタアナイトとトヨギテンキアメ!
── 外のレビウスタアナイト伸びているがマリアークラレンスさらに外から割って入った!先頭のシンギンザレイン…粘る!粘っている!!!
──残り100メートル切って一騎討ちとなった!シンギンザレイン!!マリアークラレンス!!3着争いはジゴワット抜け出すか!
──……僅かに、マリアークラレンスだ!!!"聖母"マリアークラレンス!クラシック級にして今年3つ目のG1タイトル!!
月初の"チャンピオンズカップ"こそ凡走に終わったものの、クラシック級の一年で"ジャパンダートダービー""JBCクラシック"に続く三つ目のG1を獲得したマリアークラレンス。
彼女はこの年のURA賞・最優秀ダートウマ娘の座にも輝いた。
──G1タイトルを三つ獲得されるなど、飛躍の年になったと思います。来年の目標などはありますか?
『…今は何も考えていません。求められたところで全力を尽くすだけです』
聖母はいつも通り、ささやかな笑顔で受け答えを見せていた。
本日の東京大賞典だが、地元西都からの出走者はいなかった。
そもそも当レース場でG1級競走に出るほどの実力・レーティングがあるのは、私とバルボアを足しても10人程度である。
私は想像以上に疲労が溜まっていたため、今年いっぱいを休養に
肉体労働とレース出走の二足の草鞋は想像以上に厳しい。秋の遠征で勝ちを獲れなかったのは、継続的な疲労回復の知識に乏しいのもあったかもしれない。
そして1ヶ月弱の出走停止処分を終えたバルボアは …昨日の"西都オールスター"に出走したもののどう見ても本調子ではない。
元々横に並ばれての競り合いは不得手な子だったが、進路妨害の一件以降は並ばれた際にフォームが硬くなってしまっている。
フォームの硬さがそのまま終盤のスパートの鈍さにつながっているうえに、並ばれる事自体を
(後輩たちの実力差について語るのは良く無い事だが)本来
バルボアはパブリックビューイング会場に姿を見せず、今もグラウンドの外でトレーニングを続けている。
此方ではメンタルカウンセラーなどの心理面のケア環境には恵まれておらず、フォーム矯正のサポートを行うにも映像分析以上の高度な設備は存在しない。
スランプに陥ったウマ娘に対して地方のトレーナーができることは、極力寄り添ったうえでウマ娘本人の力で打開してもらうことくらいである。
| 差出人:代表 |
| お休みのところ申し訳ありません。 担当として、なるべく早くお耳に入れたい事がございます。明後日事務所でお話しすることは可能でしょうか?私服で構いません。 |
「…残念なお話があります。決まった以上、一刻も早く話す必要がありましたので」
「私と貴女のトレーナー契約ですが、来年度3月末で切れることになります」
開口一番、代表は頭を下げた。
トレーナー契約が解消される理由はたった一つ。定年退職。
かつての私と同じような、年齢の限界である。
以前トレーナー資格について話したのも合点がいく。このレース場社員にトレーナー資格を持つものがいなくなるのだ。
「まだ早い話ですが、今後の道はいくつかあります。来年度…再来年の3月末をもって競走契約を満了し引退するか、それまでに他のトレーナーと転属契約をし現役を続行するか」
「後はここを退職し他のレース場直属として契約する手もありますが…それは最終手段として覚えてもらえれば。レース場としても貴女を手放したくはありません」
他のトレーナーのもとに転属するにもいくつか懸念点がある。まず私の年齢という特殊な事情を鑑みたうえで受けてくれるトレーナーがいるか怪しいのだ。
ましてや今年の勝利は地元の一般・特別レースのみ。他者目線からすれば来年もG1を走らせたい、とはならないかもしれない。
「それと、来年からいくらか私の任が軽くなります。定年を前にした私の業務が、後任への引き継ぎ中心になるからですね。…JBCクラシックの件も含め、貴女には迷惑ばかり掛けています。せめて最後だけは、トレーナーとして微力を尽くさせていただきます」
…どちらにせよ、代表と共に重賞を取り最後の花道を飾ってあげるのが、私を拾ってくれた人間としてできる精一杯の仕事であろう。
電気のついていないオフィスで、代表は改めて頭を下げる。今年最後の夕日が、まだ差し替えられていなかったカレンダーを照らした。
光り輝く道を歩む者・豪雨から抜け出せない者・暮れる夕日を背に進む者。
平等に時間は進み続ける。
【登場人物】
・ジゴワット(Jigowatt)
地方、門別レース場出身。シニア級2年目。「電撃」の異名を持つほどの末脚が特徴。
初のG1タイトルとなった南部杯以降、炎の意匠を施した勝負服を採用している。
元はスプリント~マイルを主戦場とするウマ娘だが、ここ1年は距離を伸ばして2000mのレースにも挑戦するようになった。英語が苦手。
主な勝ち鞍:南部杯2連覇、JBCスプリント
・シンギンザレイン(Singin The Rain)
中央所属。シニア級。
ジュニア~クラシック級ではシンザン記念5着・ラジオNIKKEI賞3着(共にG3)など健闘するものの、体格の小ささゆえに疲労が溜まりやすい性質のため比較的競走寿命が長いといわれるダートに転戦した。特に雨や重馬場に強いわけではない。
勝ち鞍:シリウスステークス(G3)、名古屋大賞典(G3、名古屋レース場開催)
・レビウスタアナイト(Revue StarKnight)
中央所属。クラシック級。ブルマ派
阪神ジュベナイルフィリーズを勝利した超一流ウマ娘。本人・担当トレーナー共に特殊な感性を持っているようで、その特異さが話題になることも多々ある。春のクラシック級では桜花賞→NHKマイルC→オークスの連闘を行い批判されたが、当人は難なくやってのけた。ダート転戦を志した理由も「本人の気まぐれ」とのこと。
主な勝ち鞍:阪神JF、NHKマイルC