最後の希望 ベテランウマ娘、8年目の地方転戦【完結】 作:兄萬亭楽丸
東海ステークス翌日。
空の旅を終え、最寄駅に向かうためのバスを待っていると…
『姐さ~~~~ん!!!東海ステークス、おめでとうございまーす!!!』
…駅の待合室で大声を出すのはやめてほしいのだが、偶然帰路につくバルボア一行と遭遇し、一緒に帰ることになった。
彼女は昨日トレセン学園まで出向き、マリアークラレンスの元に謝罪に行っていたらしい。
『…はい、ちゃんとクラレンスに頭下げました。姐さんにも色々迷惑かけたんで、これから恩返しさせてください!クラレンスとはLANEも交換して…』
バルボアがそう言いかけたところで何かツボに入ったのだろうか、吹き出してしまった。
なぜ思い出し笑いをしたのかは分からないが、このはしゃぎっぷりを見るに心の悩みは解れたのかもしれない。
職場に戻ると、事務所の一角に段ボール箱やお祝いの花飾りが折り重なっていた。各所から届いた重賞勝利祝いのようだ。
その中に、地元のテレビ局や市議会委員など、中央時代ではとても見られないようなものもある。
スタッフ
『もしもし… もー!今お祝いの返信に忙しいでしょ?私のは返事しなくていいって書いてたのにさー!?』
『うん。東海ステークス、おめでとう。他の出走者にはあまり詳しくないけど勝てると信じてる』
『でもさ、私が言うのも変かもしれないけど、あんまり気負わないでね。貴方が思いつめると今のトレーナーさんもきっと大変だろうから』
ゴーンザウインド。昨年酒を飲み交わした時より心なしか声が明るい。
彼女をはじめ、携帯電話には勝利祝いのメッセージ・メールが溢れんばかりに届いている。
親類、トレセン学園時代の学友・記者… 生憎、本日は丸1日お祝いメールの返信に費やすことになった。うれしい悲鳴だ。
予想出走メンバーを確認する。
警戒するとすれば、東京大賞典でマリアークラレンスと争ったジゴワットや、JBCクラシックでの対戦経験があるチョコファクトリーあたりだろうか。
流石に前走ほどの圧倒劇は見せられないであろうが、今の私であれば…歯車が二つ三つ噛み合えば勝てるかもしれない。
期待に応えたい。代表、同輩、自分を応援してくれるすべての方のために。
…好事魔多し、とはよくいったものである。
フェブラリーステークスの開催地、東京レース場を猛烈な寒波が襲う。
レース開催一週間前から関東の天気予報には雪マークが立ち並び、「強風注意報」「大雪注意報」といった不穏な単語が並ぶ。
さらに航空機は一部欠航・関東のローカルシリーズはいずれも今週の開催を見合わせるほどの荒天らしい。
レース開催を二日後に控えてもこの荒れ模様は変わらず、URAからは土曜日のトゥインクルシリーズ開催を中止、日曜日も状況により中止の可能性がある…と通達された。
「…業務命令です。明日の勤務は取りやめて朝イチで移動しましょう。このままでは前日入りすら出来なくなります」
土曜になっても空港の機能は未だ復旧しておらず、新幹線を使っての移動となった。*1
東京についたころには雪は止んでいたものの、各地で積もった雪を掻きだす様子が見られた。レース場も今頃除雪作業で忙しいことだろう…
当日朝。雲間から
まではよかったものの、所々散らばっている雲から降ってくるものは雪ではなく
馬場状態"不良"の文字が生優しく見えるレベルで、朝からレース場スタッフが総出で除雪・水分除去作業を行っている。
現役スタッフの立場からすれば、このようなバ場のレース場整備はやりたくない。
多かれ少なかれ選手から苦情が出る上にレース自体も荒れ模様になる。ましてやG1レース開催日である。
レース場運営からは一部時間を遅らせたうえで開催する旨が伝えられた。
このバ場状態で走るのか。レース場で出走準備をする選手たちは口々に不満を漏らす。
「…天候情報に気持ちを左右されないよう真っ先に控室に入りましょう。常に指先を温めておいて、ウォーミングアップもゆっくり行うように」
(脚全体で踏みしめ、気持ちを切らさないように…)
ゲートが開く。出走者たちの足先はすでに泥まみれだが、それを気にするものは誰一人いない。
スタート自体は比較的上手くいったが、位置取りが全く整わない。それは他のウマ娘も同様なようで、まともな隊列が形成されない。
先頭を切った一人を誰も咎めることのできない団子状態に陥った。
原因は無論、バ場の悪さにある。泥まみれになることは覚悟しているが、それとは別。
泥まみれになっている場所と
また、東京レース場のダート1600mは開始100m程のみ芝コースを横切るのだが*2、芝からダートに入った瞬間、先頭のウマ娘が一瞬滑りかけた。
それを見た私たち後続も巻き込まれないよう減速し、最悪の事態を回避せんとする。
先頭の子は何事もなく姿勢を戻したのだが、私含むすべての出走者は同時に脳内で同じ考えをめぐらせたと思われる。
"今日はスパートを掛けると転ぶ、早いうちにペースを上げて徐々に進出しないと間に合わない"
…ただ、集団での減速が結果として逃げウマの先行を許してしまった。
こうも場所により
でこぼこの山道を走っているようなものだ。
コーナーではグリップが効かず、転倒のリスクが少ない外側を回ることを強要される。
結果として走破距離の不利を背負ってでも比較的荒れていないコーナー外を狙うウマ娘が殺到し、団子状態から抜け出すことができない。
さらに直線コースには正面・向正面どちらも泥で滑りかねないほどの坂が待っている。このような坂では靴全体で踏みしめるような走り方をとらないと転びかねない。
ただこの走り方では歩幅が小さくなりがちで、捲りを狙うのは困難である。
つまり、往々にして最初スタートを切った子が圧倒的有利なわけで…
──先頭はランボブラッド!後続三バ身!未だ加速がつかない!逃げ切った逃げ切った!!!
──フェブラリーステークスを制したのは12番人気のランボブラッドだぁぁぁ!!!やはり荒れた!!!
…かろうじて掲示板に入ることで面目は保てた。
「…顔を上げてください。敗因が明確な分、まだやりようはありますから」
天に嫌われたとはいえ、負けは負け。その天候不利を覆す実力がなかっただけ。
また一つ周囲の期待を裏切ってしまったことになる。
感情の整理が追い付かず、しばらくため息をつき続けた。
涙の代わりに勝負服に張り付いていた溶けかけの雪が、一つ落ちた。
【登場人物】
・ランボブラッド(Ramboo Blood)
中央出身。高等部。JDD5着や金鯱賞(G2)2着などの実績はあるものの、これまで重賞勝ちは無し。卒業後は自動車部品工場に就職予定。フェブラリーステークスが出走枠抽選でたまたま勝ち取った卒業前最後の出走だった。
…のだが、彼女がG1ウマ娘になったことで「ケチのつく勝ち方とはいえこれで競走生活を止めるのはあまりにも惜しい」と本人・トレーナー・就職先いずれも思ったらしく、レース一週間後に急遽名古屋レース場と競走契約を締結。業務も練習時間が比較的確保しやすいものに変更となり、シューズなどの消耗品は関連メーカーから援助を受けることに。
こうして世界的自動車メーカーがスポンサーについた社会人ウマ娘が新たに誕生したのであった。