最後の希望 ベテランウマ娘、8年目の地方転戦【完結】 作:兄萬亭楽丸
三月。別れの季節。
学園では卒業式が行われる。当レース場併設の学園でも例外なく、多くのウマ娘が競争生活に別れを告げ、巣立っていく。
『……来年、トレーナー学校受けることにしました。春に二つほど重賞に出て、8月の"サマーレジェンドカップ"を引退レースにしようと思います』
『シクシク…☆フューちゃんと別れるなんて考えたくないよ…アタシも引退する…』
『…デボチカさんは"高松宮記念"出るんですから*1、まだまだ現役続けて頂かないと困りますが?』
巣立つのはまだ先だが、重賞組仲間の一人であるブラインドフュリーは引退の意思を固めた。
彼女は複数の地方重賞で入着実績があるが、現時点で地元の独自グレード以上の重賞は獲得できていない。
…それでも自分よりも遥かに年下の彼女が、自分の将来に線引きをした。立派だと思う。
彼女だけではなく、今年ここから学園を巣立つ全てのウマ娘…もちろん競争生活がふるわず、学に長けていない子も例外なく次の道を見つけて学舎を去ったのだ。
去年の私は、これが出来なかった。G1の夢を諦めきれず、今もモラトリアムを続けているだけだ。
『今のところはトレセン志望ではありますが、いつの日か此処に、トレーナーとして恩返しに来たいですね…』
ふと、トレーナー資格のことを思い出す。
代表の定年退職により私との契約が切れるのは来年の三月末。
仮に転属契約がうまく決まったとしても、遅かれ早かれターフを去る時は来る。少なくとも10年後には引退しているはずだ。
重賞手当があるとはいえ、5年後・10年後の私はレース場整備だけで食べていけるだろうか?
第一、学力も怪しく、パソコンもろくに使えないウマ娘をレース場は引退後も雇ってくれるだろうか?
これまで競走ばかりに心血を注いだ弊害を改めて思い知らされる。
「パトロールビデオ*2も見させてもらいました。バルボアさん本人の走り方を見るに、左より右回りの方が向いてるかもしれませんね」
『ありがとうございます。ただG1狙うとなると、左もなんとかしないと*3いけないですが…』
卒業式明けの休日には、バルボアが"マーチステークス"を制覇、三つ目の重賞タイトルを獲得した。(昨年、トレセン卒業直前の私が勝った重賞である)
フェブラリーステークスには間に合わなかったものの、初夏のG1レースには余裕を持って向かえそうだ。
『代表、スタンさん。以前お話しされた転属契約ですが、ようやく自分の中でも区切りがつきました。謹んでお受けさせてください」
「……ありがとうございます。肩の荷が一つ降りました」
転属契約については、予想以上に早く解決してしまった。
バルボアとは同じレースに出ることが多い以上、情報共有や併走相手の確保などメリットも大きい。ライン戦術の練習もしやすくなる。
バルボアの担当からしても経験豊富なウマ娘から学べることは非常に多く、内々のトラブル以外で断る理由はなかった(のだろうと勝手に推測している。)。
「ところで、バルボアさん本人には転属契約の話はされていますか?」
『いえ、まだ。決まってないうちにこの話したら姐さん姐さん
…よくわかってらっしゃる。
『…スタン。元気か?』
トレーナー室で担当との情報共有を済ませた夜、元トレーナーから久々に通話したいとメッセージを受け取る。
彼にも環境の変化があった。来年度はチームのサブトレーナーを務めるとのことだ。
『あぁ、今日決まったばかりなんだ。覚えてるか?昔キンザン*4がいた所。今も重賞ウマ娘が複数居るし、ステップアップになると思ってな』
トレーナーは今年度、私との契約を解除した後休職。夏からは教官職として、担当契約を結んでいないウマ娘たちの指導を行っていた。
教官なりの楽しみもあるらしいが、指導対象の子たちが中々報われないことを愚痴る日も多かった。
彼は口には出していないが、トップクラスのウマ娘に携われないフラストレーションがあったことは想像に難くない。
それでも、トレーナーは次の道のために頑張っていたんだ。
それと同時に、かつて「私」だけの為に全力を尽くしてくれたトレーナーはもう居なくて、このまま違う道を歩み始めるんだ。
そう思うと、素直には喜べなかった。
耳の筋肉が少し強ばる。
『…正直にいうと、君に未だ未練がある』
『サブに就いたのも、専属トレーナーになる勇気が持てなかったからだ。多分この先も他の子の担当になる度に、君を勝たせられなかったことを後悔し続ける』
『正直、ローカルで契約を引き継いでくれた担当の方には感謝してるが、同時に君の競走生活を最後まで担当できなかったことを後悔してるし………
初めてトレーナーの口から、私に対する気持ちを聞かせてくれた。
そうか、かつてトレーナーの前で全力を尽くしていた「私」が違う道を歩んでいることに対して、私と同じように感じていたんだ。
『君が東海ステークスを勝った時は本当に嬉しかった。でも、G1のフェブラリーステークスで勝つかもしれない… そういう雰囲気になった時、自分はなんてクズなんだろう、そう思った』
『自分が七年かけて勝たせられなかったG1タイトルを獲れる日が来るかもしれない、でもその表彰の場に、君の隣に自分がいない。そう思うと身が張り裂ける程苦しくて、涙が出た』
『第一、環境が変わっても頑張ってるのは君自身で、自分は本来他人の関係。それなのに、未だに君とG1を獲る夢を忘れきれない… あの時トレセンに辞表を出して一緒に移籍すれば…よかったとすら思ってる』
私は9年越しに初めて吐露してくれた言葉を、涙と
トレーナーも、私に並々ならぬ感情を持っていた。私がトレセンを去ることになっても、それを必死に堪えていたのだ。
『……スタン。立場は変わっても、また君と共に走りたい。何年後になるかはわからない。いつか君に見合うトレーナーになってから、君の元に行くことにする』
これが、これが告白のつもりなのか。
…バ鹿。
「……勉強ですカ。貸出は出来ないデスガ付き合いますヨ」
図書室。
手元に揃えたのは、トレーナー資格のテキスト。
私がトレーナー資格を取れば、彼の元でサブトレーナーに就く選択肢がある。私が現役を退いても、共に走り続けることができる。
…今のレース場で共に働くか、はたまたトレセンに戻るか。それに関してはまた揉めるかもしれないが。
せめてできることから一つ一つ、やり始めようと思う。
【登場人物】
・ブラインドフュリー
引退を決めた際、担当トレーナーから勝負服をプレゼントされる。
引退レースであるサマーレジェンドカップはG3のため本来勝負服着用は認められないが、地元独自のクラシック重賞二冠の功績に免じ許可が降りた。
・デボチカ
高松宮記念は9着に終わるものの、レース後インタビューなどでのやたら元気な様子が受け、umatter上では彼女のレースを面白半分で見守るファンが定着することになる。
ちなみに勝負服初お披露目となったがカラーリングを全身白で固めた為、クリーニング業者からたいそう迷惑がられたらしい。