最後の希望 ベテランウマ娘、8年目の地方転戦【完結】 作:兄萬亭楽丸
寮の大浴場が空くのを待つ間、ローカルシリーズのナイター中継を見ながらストレッチを行う。
──川崎レース場・スプレンダートーク!本日はゲスト解説にグランプリウマ娘、グラスワンダーさんをお迎えしています!
川崎レース場は定期的に中央のG1級ウマ娘をゲストに呼んでくれるので、ローカルシリーズ中継の中では視聴者も比較的多い。
自室にはテレビがない。何か手持ち無沙汰の時はスマホでローカルシリーズのレース中継を流すことが多い。筋トレの際は何かしら人の声があったほうが落ち着くし、何より今後ともに走る可能性のあるライバルの情報を知るのは悪くない。
トゥインクルシリーズは重賞級レースでないと映像確認の手段が大きく限られる一方、ローカルシリーズのレース映像はライブ・アーカイブ共に
現時点で地方が中央に
──本日第1レースの"グラスワンダーさん来場記念特別"、B1クラス、1600メートル10名で行われます…
レース名を司会が告げると、ゲストは感謝の一礼をする。
こういったレース名はファン有志の出資により名付けられたものであり、一般的に協賛レースと呼ばれる*2。西都を含む全国のローカルシリーズでも採用されている制度だ。
個人や企業がスポンサーとなり協賛料を払う事で、特定のレースにレース名をつけることができる。
当然レースプログラムや映像が記録として残る上、レース場によるが勝ちウマとの式典参加や記念撮影などのサービスも行われる。
個人での協賛は数万円程度でできることもあり、家族や推しの誕生日・記念日を祝うイベントの一環としても人気がある。また地方レース場側にとってもスポンサーとの関係構築やメディア注目獲得などの副次効果があるため、少ないながらも無視できない収入源の一つだ。
「トレーナー!?週末のこれ何!?」
『何って、レースプログラムだが…』 「レース名!!!」
… 第3R B2 第4R C1 バルボアちゃん誕おめ愛してるよ記念 第5R 市民会館落成記念 B1B2特選 … |
…大した協賛レース名だ。 本人が赤面しながら怒るのもよくわかる。
統括団体はこのレース名にオーケーサインを出したようだ。もしこれが第三者の個人協賛であれば取り下げの可能性もあったかもしれないが、協賛者は他ならぬロッキンバルボアの母親その人であったからだ。
『俺は関与してないから何とも言えん。審査通った以上、トレーナーには協賛レースを拒否する権利はないからなぁ…』
「…次の出走まで1か月くらいあるし、練習休みにしていい?ショッピングモールに逃げてるから」
『その一件で代表から
「それ親に写真届くやつじゃん!いやだーーーーーっ!!」
──第4レース、C1クラス"バルボアちゃん誕おめ愛してるよ記念"出走ウマ娘の紹介です…
──"バルボアちゃん誕おめ愛してるよ記念"のセンター予想ですが、前走2着の子が複数…
──"バルボアちゃん誕おめ愛してるよ記念"、協賛者からのコメントをご紹介します…
「ね、姐さん…
バルボアが私の警備している客席に逃げてきた。観客の中に居ても比較的浮く勝負服で。
別に誰もバルボア本人を気にしてはいないが、自分に対するラブコールをそこかしこで聴かされるのは小っ恥ずかしいのだろう。
ましてや彼女は年齢的にも反抗期、なかなか会えない家族から振られた重い愛情に対して戸惑う気持ちはよくわかる。
しかし、バルボアには協賛レース関係者として大事な仕事…レース1着のウマ娘との記念撮影が待っている。
時間的にもそろそろスタッフ控え室で待機しなければまずいだろう。トレーナーを電話で呼び出すことにした。
「えぇ〜〜〜!!!うらぎりもの〜〜!!!」
協賛レースも無事決着がついた。次のレースが始まる前に簡易的な式典が挟まれる。
一着になった青鹿毛のウマ娘がウィナーズサークルに呼ばれ、壇上に向かう。
本人も普通のレースではないことを肌で感じているようだ。たどたどしくインタビューに答える姿が愛らしい。
──それでは"バルボアちゃん誕おめ愛してるよ記念"、協賛者代理として当レース場のロッキンバルボアさんに登場していただきます!
関係者用スペースで控えるバルボアは、まるで母親の行事に無理やり連れてこられた大人のごとく
これまでのワガママっぷりを見て式典ではどうなるか心配していたが、どうやら
『あっ、あのっ…』
「…カメラのほう向いてください。恥ずかしかったらカメラマンの胸…ネクタイのあたり見てればいいんで」
バルボアが、感情がいっぱいで半泣きになっている青鹿毛の子をサポートする。
取材陣からコメントを求められた際も、おそらく頭が真っ白になっている彼女のことを考えて自分から口を開く。 …ここまで気配りのできる子だったとは。
「えー、そうですね…本来同じ学園の仲間なんですけど、自分の名前を冠したレースが開かれるのは正直複雑な思いです。でも、今こうして喜んでくれて、自分もすごくうれしいです…」
『あ、あ、えーと…バルボアさんは重賞沢山勝ってらっしゃる方で…!そんな、大先輩の前でこうやって勝てて…本当に、うれしいですっ!!』
「自分も、こういった協賛レースをしてくれるような立場になったことを胸に刻んで、これからも頑張ろうと思います。 …いつか、一緒に重賞走る日を楽しみにしています」
『…………はいっ!あ、ありがとうございますっ…! 今日の事、一生忘れません…!!!』
ローカルシリーズに登録している大多数のウマ娘は、G1は言うに及ばず、重賞に出ることすらなく競走生活を終える。
そういった大多数のウマ娘にとっては、協賛レースはメディア・スポンサーからの賞賛の声を擬似体験することのできる貴重な機会なのだ。
【登場人物】
・青鹿毛のウマ娘
中等部で、バルボアの一年後輩。
成績・特徴共に特段語ることのない、大多数のウマ娘の一人である。
彼女はこの日の勝利以降は卒業までにわずか2勝しか挙げられず、バルボアと共に重賞を走る機会は結局なかった。
しかし現役最終年にはバルボアが過去に勝利した独自グレード重賞"収穫祭杯"に出走、いびつながらも約束を果たしている。