最後の希望 ベテランウマ娘、8年目の地方転戦【完結】   作:兄萬亭楽丸

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エクストリーム・プレジュディス

──残り100メートル!先頭ジゴワット!ロッキンバルボア抜き返す!…内のチョコファクトリー抜け出した!

 

 

──チョコファクトリーだ!"かしわ記念"王者はURAのチョコファクトリー!

 ──ジュニアダート王者、チョコファクトリーが一年半ぶりのG1タイトル獲得です!!!

 


 

…ごきげんよう。マリアークラレンスと申します。

 

世間はゴールデンウィーク真っ只中。一般的なトゥインクルシリーズの話題をするとすれば、先週の"天皇賞・春"を昨年の菊花賞ウマ娘が取ったことでしょうか。

 

ところで本日は親愛なるトレーナーと共に、船橋レース場でのG1"かしわ記念"の現地視察に参りました。現地までわざわざ伺ったのは、映像を見ながらの会議ですと私のぐうたら癖がすぐ出るからとのことです。

そこまで私を信用されていないのは少し悲しいのですが、それでもマフィアのお姉様(ラストスタンディンさん)と僅かながらもお話できましたし、久々の観客としてのレース観戦は大変有意義なお時間でした。

 

 

 

……有意義ではありましたが、私の内心に(くすぶ)る焦りは晴れませんでした。

 


 

昨年末の"東京大賞典"が明けてからの海外遠征2戦、どちらも私としては満足のできないレースでした。

バ場の違いはありましたが、直接の敗因は自分の得意とする展開の引き出しがあまりにも少ないこと。

スローペースな展開では自慢の末脚も良さを潰され、大外に殺到されるとなす術がありません。

 

己の未熟さが許せませんでした。

 

また、前々より「名誉には(こだわ)らない」と申してはいるものの、周囲からの期待は収まるわけではありません。

流石に世界はレベルが高かった。"帝王賞"であれば同条件で2勝*1しているし、国内でも同格の子は少ない。勝てないことはないはずだ。

 

…多少の被害妄想を含んでも、私を取り巻く周囲はこのような極端な偏見(extreme prejudice)の中にありました。私たちの陣営に敗北は許されない、無言の圧力すら感じました。

 


 

『"帝王賞"、ロッキンバルボアは内でスパートをかける』

「いいえ、外からくる(はず)です」

 

最終レースも終わり、(まば)らにいた有料観客席の利用者も席を立ち始めます。ウイニングライブが始まるまで、(しば)しの夕食を楽しまれるのでしょう。

 

一方で私たちの座席には現地での情報収集に最適化したタブレット、資料を(まと)めるためのスクラップブック、大量のノート。傍には糖分を摂取するためだけの飲料、ラムネ類が並んでいました。

長い議論になる。そう思いました。

 

 

 

このレース、一つ腑に落ちない事がありました。

ロッキンバルボアさん((さん付け、したくねえ…))が先頭からコーナーを大きく周り、最終直線を距離分不利な大外に陣取った事です。

1着のチョコファクトリーさんとの差はおよそ半バ身。もう少し内に陣取っていれば勝てた可能性もあります。

 

理由として考えられるのは幾つか。左回りが苦手なのか、後ろから並ばれるのを嫌ったか。

参考までに、三月にバルボアさんが勝った"マーチステークス"(右回り)は先頭から内をつき、一度後続に捕まりますがそこから突き放しての勝利を決めています。

一方、昨年のJBCクラシックでは今回よりかなり大外を回りました。ただこれは左回りだからというよりはレース前に集中を乱したのが大きいでしょう。

 

「…わかりました。ではまずトレーナーさんのご意見を伺いましょう」

 


 

『まず、ロッキンバルボアは地方所属で、同地方レース場所属のウマ娘による連帯…ライン戦術がある。おそらく出走するであろうラストスタンディンと共に、二人がハナを切って縦に並んで展開を作る…この前提については異論ないな』

 

首を縦に振ります。

展開説明が必要と判断したトレーナーは鞄から新たに小さなホワイトボードとマグネットを出し、説明を続けます。

 

『ただ、彼女の連帯相手であるラストスタンディンに2000を走る体力はないと見ている。ラストスタンディンのダート勝ち鞍は昨年のマーチステークスと今年の東海ステークス、どちらも1800メートル。対戦相手にG1格は少ないうえ、上がり3ハロン*2はそれほど特筆するようなものではない。そして昨年のJBCクラシックでは、上がり3ハロンは出走メンバーの平均を割っている。JBCと同ペースで行くとすれば、必ずどこかで体力の限界が来るはずだ』

 

『一応過去には2000メートルの芝重賞も勝っているが当時のスタミナからは(かげ)りが見える。今のラストスタンディンの適性はマイル…長くて千八(1800m)。それを自覚しているかはわからないが、今回2000メートルである以上内側で距離のロスを減らさないと勝負にならないはずだ』

 

『ロッキンバルボア・ラストスタンディン双方を勝たせる前提でレース場が送り込む以上、極力内側に陣取って双方が粘り、ラストスタンディンが差し切り勢のスパートを阻害する役割を持つ…それしかない』

 

トレーナーの考察は的を得ています。しかし、今のレースでなぜ外に回ったかの説明がつきません。

それに、バルボアは私がいる以上、競り合いという形で喧嘩を売ってくるだろう… そのような極端な偏見(extreme prejudice)もありました。

 


 

『不満か。ではこうか?最終コーナーでラストスタンディンが内寄りに分離し、ロッキンバルボアは外。………これで逃げ切れるならいいが、前に付く二人が分散するのは非効率的だ』

 

「それでは、このように………バルボアさんが、第三コーナーを起点に200度くらいの円弧を描いて、最終直線を斜めに走り切りながらスタンさんの隣に」

『それなら双方の意見が一致するが………進路妨害を取られかねないな…』

 

逃げてペースを作るお二方に取っては、マークする相手は多数います。

 

常に好位置につけての差し切りを狙うチョコファクトリーさん、ある程度自由な位置からの仕掛けと末脚のキレを両立させる門別のジゴワットさん、ハマートゥフォール先輩…警戒する対象は私だけではありません。

 

『この二人についてはまた話を改めよう。本日出走メンバーの上がりタイムだが…』

当然、私がマークする対象もお二方だけではありませんでした。

 


 

議論は熱を帯びますが、時間は有限です。

既に会場はライブの設営を終え、有料席にも観客が戻ってきました。

 

『議論は、明日に持ち越すか…?』

「そうですね…。資料類も片付けないといけません」

 

かしわ記念は帝王賞のステップレースであり、既に出走資格を満たしている方の現地調整としての性格もあります。実際に、ライブで歌唱している三名は"帝王賞"への出走をすでに表明しています。

複雑な思いを抱えながら、ライバル達のウイニングライブを見つめていました。

 


 

…私とトレーナー双方の、二人に対する予想は全て裏切られました。

 


 

 

──第三コーナー曲がり未だロッキンバルボア先頭、すぐ後方ラストスタンディン、3番手集団3バ身から2バ身半に差を詰めてきましたが…まだ先頭はバルボアだ!

 

 

──大きくカーブしたロッキンバルボア、外ラストスタンディン並びかける!後続捕まえられるか!?双方既に逃げ切り体制に入っている!

 

 


 

私は後方集団からスパートをかけて第四コーナー中腹、視界には大きくコーナーを外れた二人。

最終直線、ロッキンバルボアさんは外に、ラストスタンディンさんはさらに外。

 

得意な大外直線の真正面に作られた壁。

二人が横に並ぶタイミングも、私が第四コーナー中腹から直線に差し掛かる手前。私の加速を殺すことを第一に考えたポジション。

 

あろうことか、彼女たちの選択は完全に私を抑えるためだけのものでした。

 


 

(クソっ………!)

 

更に本人たちは知ってか知らずか…彼女らが捨てた"内"は混戦になり、抜け出す子はいません。

ハマートゥフォールさんとジゴワットさんは位置取り争いで消耗、苦手な内の荒れたバ場でのスパートを強要されます。

またチョコファクトリーさんも中盤上がってきた後続に対しペースを抑える事ができず、外から上がっていく他のメンバーに追従するだけの脚は残っていませんでした。

 

(二人の間をぶち抜くしかない…? いや、狭すぎる!)

 

直線まで僅か4歩足らずの中、迫られる状況判断。

 

(手のひらで踊らされる感覚は(しゃく)に触るが、やるしかない)

 


 

進路妨害に依る降着・失格を取られるリスクを2歩で覚悟し、

次の2歩で、加速に必要な一連の歩調を整える。

 

 

 

加速を落とさず尚且つバルボアさん達の進路にかからない走路、それは私が半ば冗談で提案したルート…コーナー大外からゴール板前中央を直線上に結ぶルートを斜めに走ることでした。

※降着はありませんでしたが、後日URAからお叱りを受けました。こういった処分が重なるとトレーナーの人事評価に関わりますし、たいへんご迷惑をおかけしたと思ってます

 

後は純粋な実力勝負。私の末脚はこの二人がゴール板に届く前に追いつくか。隣に並ぶ二人…戦術を共有したペアから抜き去るべき競争相手になった二人のうち、どちらが最後までリードを維持できるか。

 


 

俗に、「勝利の女神」という表現があります。

全てのウマ娘を導く三女神が、レースに最も真摯に取り組んだウマ娘を祝福し、勝利に導く…といった俗説です。

 

敗者のひがみ(prejudice)ですが、もし実際に三女神の加護や祝福があるなら、本日その加護は全てラストスタンディンお姉様の為にありました。

 

 

 

 

 

なぜトレーナーが「保たない」と言われた2000の大外を走られたか。

 

 

 

なぜライン戦術で「内」を全て切り捨てたことが功を奏したのか。

 

 

 

残り僅か50メートルまで、何故「その」末脚を残していたのか。

 

 

 

それは最後まで生き残り( Last Standing )勝利を得んとする彼女が、"何かの領域"に到達したから…としか説明がつきませんでした。

*1
同条件とは大井レース場2000メートルの意で、ジャパンダートダービーと東京大賞典。

*2
ゴール前3ハロン=600メートルの区間タイムの事。





【登場人物】


・ハマートゥフォール(Hammer To Fall)
シニア級4年目。ブルマ派。

ジュニア級から複数の重賞で掲示板に入っていた為将来を期待されていたが、その年末に大病を患う。クラシック級の一年は走ることはおろか日常生活すら危ぶまれる状態にあった。
シニア級でG1初挑戦となったエリザベス女王杯でレコード勝ちを収め、「伝説の女王(Queen)」と称えられるように。現在も闘病を続けながら、多くのファンの期待に応えている。
今年を持ってトゥインクルシリーズを引退、トレセン学園を卒業し進学予定。将来の夢は天文学者らしい。

勝ち鞍:エリザベス女王杯・チャンピオンズカップ


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