最後の希望 ベテランウマ娘、8年目の地方転戦【完結】   作:兄萬亭楽丸

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■九年目の蝉
とあるベテランウマ娘の営業


私が9年目の競走生活の末ようやく獲得したG1"帝王賞"。それから一週間が過ぎた。

 

…私は代表と共に市役所を訪れていた。

松葉杖を片手に、勝負服を着て。

 


 

日常生活ではまず訪れることのない市長室は、トレセン学園の理事長室のような高級感を思わせた。

それにレース後やライブ中とは異なるタイプの取材陣、会席の場では高級な緑茶を供される。

レースやウイニングライブとはまた別の非現実的体験を前に、私は営業スマイルを忘れていた。

 

「G1ウマ娘」となった私に真っ先に飛び込んできた仕事は、市役所の表敬訪問だった。

(写真がどれも上半身のみの切り抜きであったので、重ね重ね怪我をしたことを申し訳なく思ってしまった)

 


 

「それでは本日はこれで終了です。お疲れ様でした。明日の取材は全て自社内で完結します。月刊トゥインクルと、地元の新聞社2紙の対面取材ですね」

事務所に戻り私は退勤となったが、代表は表敬訪問中にまとめて送られてきたメールの返信を始めた。送り先はスポンサー企業やローカルシリーズ統括団体と様々だ。

 

代表と共に表敬訪問に参加して思ったことは、代表のこういった場での段取りの巧さだ。

市長・マスコミへの報告の最中も、当レース場のアピールや抱える課題についての周知を忘れていない。

 

私から見た代表は昨年国内中を転々とされておりとても忙しいことは判っていたが、どのような業務を行っているのか全容を把握していなかった。

多少イレギュラーな形ではあるが代表が団体の人間として業務を行う姿を少しでも目の当たりにでき、嬉しかった。

 


 

G1勝利と引き換えに得たのは、全治およそ三週間の捻挫(ねんざ)である。松葉杖は手放せず、階段の昇り降りにも一苦労だ。

怪我に対して悔やむのは止めにしたが、この脚ではとてもレース場整備などできたものではない。先輩方には改めて迷惑をかけることになってしまった。

 

また一方で新たに得た「社会人G1ウマ娘」の肩書きの特異さ故か、レース関連メディアは言うに及ばず地方テレビやラジオ番組、果てはNPO法人…これまでとは比べ物にならないほどの取材依頼が飛び込んできた。

 

そこでレース場整備業務のできない私に託された仕事は、端的に言えば広告塔であった。

 

トゥインクルシリーズは春のG1ラッシュが終わり、ローカルシリーズもG1レースは秋までお預けとなる。そのためウマ娘競走界全体に対する熱は少し収まる。

一方で当レース場は今月末開催のクラシック三冠レース"西都菊花賞"、来月末には当レース場唯一のURA認定重賞"サマーレジェンドカップ"が控えている。

 

私という広告塔が新たに生まれた以上、大型レースを控える今のタイミングでなるべく多くの人々にアピールしておきたい、というのは運営団体としては自然な感情だろう。

 


 

翌日の取材は事務所内の応接スペース内で行うことになった。私も勝負服ではなく私服での取材対応になったため、昨日よりは幾分か気が楽だ。

宣材用の写真を撮影いただいた後は、各記者との個別取材となる。

 

 

 

──ところで、来月開催の"サマーレジェンドカップ"なのですが、ラストスタンディンさんも出走されるのでしょうか?

 

…地域紙のスポーツ担当との取材の折、無意識に耳がピクリと動いた。

 

 

 

 

私は昨年の"サマーレジェンドカップ"に出走しており、その際は後輩のバルボアに1着を譲っている。

 

ただ昨年は重賞戦線に赴くための試金石としてスケジュールを組んだが、今年は少し事情が異なる。

出る必要性に乏しいのだ。

 

まず、練習復帰から一ヶ月でレースに出れるように仕上げることはそれなりに労を要する。

次の大まかな目標である11月の"JBCクラシック"のことを懸案(けんあん)するにしても、別に出る理由はない。

8月末のサマーレジェンドカップに出ても、三か月先のレースの調整にはならないのだ。

 

ただ勘違いしてほしくないこととして、これはあくまでも競技者の「私」から見た際の理由であり、記者や一般的なファンからすればただ興味本位で質問しているだけに過ぎない。

地元からG1ウマ娘が生まれた以上、その姿を地元で見たいと考えるのは自然なことではある。

 

また、経営の問題もある。近年はインターネット配信手段が充実し全国的に経営が好転しているとはいえ、地方レース場──特に関東以外の経営はけっして潤沢(じゅんたく)とは言えない。

代表からも、競走生活としては旨みがないことを念頭に置いたうえで「貴女の意思に反することでなければ、出走を検討してほしい」とお話を頂いている。

例えばカサマツ出身のオグリキャップ、高知出身のハルウララ。極端な話、私は彼女たちのような役割を期待されているのだ。

 

 

 

"…そうですね、脚との相談にはなりますが、出れるように調整しようと、思います。" *1

 

記者・ファン・団体、誰に悪意があるわけでもない。

それに、レースに出ることになった以上は勝ちを狙うだけである。

 


 

『サマーレジェンドカップ?わたしも出るように話してる』

『トレーナーとしてはJBCクラシックに向けての調整を第一に考えたいが、地元に錦を飾る貴重な機会だしな』

 

…また、元中央所属の私にとっては単なる重賞としか認識していないが、近隣のファンからすれば「わが街で開催され、他所からも強いウマ娘がやってくる一番のレース」であり、地元育ちの競走ウマ娘やトレーナーとしては"西都ダービー"と共に当レース場のウマ娘が目指す目標の一つでもある。

 

バルボアも、今年の西都ダービーウマ娘であるレッドラムオーダーも、今年限りで引退を決めたブラインドフュリーも、"西都ダービー"を勝ったウマ娘は皆"サマーレジェンドC"を狙う。

これに関しては、私が口をはさむような(ことわり)は存在しない。西都レース場で競走生活を始めたものにとっての伝統であり、悲願の一つなのだ。

 


 

業務明けにはローカルトレーナー資格に向けての資格勉強を行っていたが捻挫は想定より早めに治りつつあるようで、7月中頃にはギプスも外れ一部のトレーニングが解禁された。

 

久しく土を踏みしめていない左脚は、少し肉付きが落ちたように見えた。

 

*1
実は、私は元々このような喋り方である。




【登場人物】


・レッドラムオーダー(Redrum ordeR)

中等部所属、クラシック級(バルボア・クラレンスとは一年下になる)。
今年の"西都ダービー"ウマ娘だが、"ジャパンダートダービー"では9着。
昨年のバルボアのことを考えると難しい結果ではあるが、中央・関東のローカルシリーズ所属ウマ娘が一般的に強いとされる中では十分健闘したほうである。

彼女の所属するチーム「キューブリック」はデボチカの担当トレーナーが今年結成したばかりの新興チームで、トレーナー間では変わり者が集まるチームとして知られている。



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