最後の希望 ベテランウマ娘、8年目の地方転戦【完結】   作:兄萬亭楽丸

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とあるベテランウマ娘の私服

レース翌日。

 

私のように、学園の生徒ではなく何らかの仕事をこなしながらローカルシリーズで競走に出場するウマ娘は各地方レース場に(わず)かながら存在する。

こういった社会人ウマ娘の労働環境に対して、NAUによりレース出走翌日の一部業務を禁止する、等といった一定の規定が定められている。

 

社会人ウマ娘には私の様な肉体労働が本業の子も多い。そういった子らがレースへの出走・ウイニングライブといった過酷な運動を行い、その翌日にクールダウンも行わずに肉体労働に挑むことは労働生理上好ましくないと考えられているからだ。

 

 

 

…そういった規定もあり本日は休日であるのだが、当レース場は私が休もうが休むまいが引き続きレースを開催している。

 

開催されるのは当レース場独自のクラシックタイトルの二冠目、"西都ダービー"。

ダービーの名が示す通り、西都レース場に所属する全てのウマ娘が憧れる。クラシック級最高の栄冠である。

 

 

中央に「皐月賞」「日本ダービー」「菊花賞」のクラシック三冠があるように、各地方のローカルシリーズにもそれに相当するクラシックレースが存在する。当レース場ではそれに相当するものが"西都三冠"と呼ばれており、一冠目の"西都皐月賞"は2月末に行われたようだ。

 

URA認定の重賞格付けはされていないものの、ここでの奮戦をきっかけに全国で行われるダート重賞戦線に参加するようになったり、中央にスカウトされるようになるウマ娘も多い。*1

 

いわば、いち地方レース場から全国区に飛び出すための登竜門と言ってもいいだろう。

 


 

少し遅めに起床した私は遅めの朝食を取りに向かうものの、食堂はほぼ満席。

 

これは本日のレースを控えるウマ娘達が出走直前までの休憩スペースとして使っているためで、各々トレーナーと打ち合わせをしたり、食事を取っている。

多くの地方レース場は全ウマ娘を収容できるだけの控室を用意できない。そのため、(おおむ)ね1時間前になってから控室が用意され、着替えなどを行うことになる。

 

昨日は私もこの場にいた一人だったが、パジャマ代わりにしているTシャツ姿でこの中に混じるのはどうもバツが悪い。この混雑ではご飯のおかわりに向かうにも一苦労だ。

職場に食生活を依存していることの弱みは、こうした休みの日に自由な食生活を取れないことかもしれない。

 

 

 

一応休日ではあるが、トレーニングは欠かさず行っている。むしろ誘惑の多かったトレセン学園時代よりトレーニングにかける時間は増えたかもしれない。

(そもそも市街地へのアクセスが悪いため、遊びたくても行けないのだが…)

本日、練習用グラウンドは出走を待つウマ娘のウォーミングアップのために開放されているため、自室での筋力トレーニングが中心となる。ランニングマシーンを買うべきだろうか。

 


 

トレーニングメニューを一通り終えたのでレース場に出向いてみることにしたが、昨日とは打って変わっての盛況に驚いた。

昨日は見なかったイベントブースや露店も複数出店しており、子供連れもチラホラ見かける。レース場というよりはトレセン学園の文化祭を思い出す賑やかさだ。

 

一方で、トレセン学園のバッジをつけたトレーナーと思しき人物も何人か見受けられた。おそらく中央へのスカウトを検討しているのだろう。

 

先輩曰く、地方へのスカウト訪問が集中するのは年明けから年度末にかけてらしい。

新年度を迎えてから中央に招聘するのは、環境をコロコロ変えることになるためあまり良くないものとされているようだ。それでもスカウトに来るということはタブーを破ってでも呼びたい実力者がいる、ということだろう。

 

観客も、おそらくスカウトも、視線は一人のウマ娘に集中していた。

西都皐月賞の勝ちウマ、ロッキンバルボア。

 

ジュニア級年末にG2"兵庫ジュニアグランプリ"*2を制覇したウマ娘である。

西都皐月賞では競り合いの末ハナ差での勝利だったようだが、共に争った相手が出走を回避したこともありダントツの一番人気に支持されているようだ。

 


 

──先頭ロッキンバルボア、およそ5バ身のリードを取って第3コーナーに入ります。二番手以下はデボチカ、ロジャーロップらで固まっているがスパートをかけるか…

 ──…いや、スパートをかけているが、先頭第4コーナー回っても勢いが落ちない!バルボア先頭!ロッキンバルボア先頭!

 

──二番手にデボチカとワザーヒースクリフ上がってくるが詰められるか?…バルボアはさらに差を開いている!

 ──バルボア完全に圧倒した!二番手デボチカ抜けだして三番手争い混戦だが、先頭勢い衰えずゴール!

 

──西都ダービー、ロッキンバルボア圧勝です!"西都皐月賞"に続き2冠達成です!

 

 

 

…圧倒的人気に違わぬ実力だった。

 

地方レース場出身のウマ娘はスタミナ面に難のある子が少なくない。2000メートルを走るような子は、それこそオープン級・重賞級に手が届くような子に限られる。

彼女はそういった心配を感じさせず、むしろ有り余るスタミナで後続を押し切るような走りを見せつけたのだ。

 

モノが違うといっていいだろう。

 


 

 

──本日のメインレース・西都ダービーを制したロッキンバルボアさん、他バをちぎる圧勝でした!おめでとうございます!

 

 

「はい!ありがとうございます!」

 

 

──今後、7月の"西都菊花賞"で三冠も狙えますが、今後の目標などはありますか?

 

 

「モクヒョー、目標ですか…」

 

ロッキンバルボアは、後ろに控えているトレーナーに確認を取る。

まだ真新しいスーツと風貌(ふうぼう)からして、まだトレーナーになって日が浅いであろうことが判る。

 

「西都菊花賞は諦めて…ジャパンダートダービー目指します!それで、えー…G1ウマ娘、目指します!!」

 

観客席から、この日1番の拍手と歓声が飛んだ。

 

 

 

"西都ダービー"勝ちウマ娘にはトゥインクルシリーズ・ダートクラシック路線最大のG1レース"ジャパンダートダービー"の出走権利が与えられる。

しかしURAやダートG1レースの点在する南関東(なんかん)*3と比較して、西日本出身のウマ娘は比較的レベルが低いと言われている。事実、過去の出走記録を見ても上位に食い込むのはURA出身ウマ娘が殆どだ。

 

それでも今日の走りを見れば彼女の能力は彼らに匹敵、いや上回るのではないか。そういった期待を持ってしまうのは不思議ではなかったのだ。

 

結果として"西都三冠"のメンツを汚すことになってしまうが、自分たちの所属する地方のウマ娘が(一般的に強いと言われている)中央に戦いを挑もうとしている。

彼女ならきっと地方からのG1ウマ娘の夢を叶えてくれるはず、そんな声無き声が満ちているように思えた。

 

 

 


 

一方で私は彼女のインタビューを見て、このような才気と熱意に満ちた子であれば中央でもトップクラスに立てるだろうと思っていた。

 

カサマツ出身のオグリキャップさんほどではないにせよ、ダートクラシック戦線の好走をきっかけに中央にスカウトされるウマ娘は毎年数名程度だが存在する。

彼女であれば、そこまではいかずとも毎年コンスタントに重賞戦線で活躍できるのではないか。

多少失礼な物言いになるが、より練習環境の優れたトレセン学園に行くべきだと思ってしまったのだ。

 

 

 

…後に、私は彼女と日常的につるむ仲になるのだが、この時来た中央へのスカウトを全て断っていたそうだ。

トレーナーが変わるリスクは有るが、練習環境は間違いなくトレセン学園の方が恵まれている。それを一蹴(いっしゅう)してまで、「地方から中央を倒す」野望を叶えようとしている。

 

 

 

信念の強い子だ。

*1
筆者註:URAがG1~G3と格付けしている重賞レースは"交流重賞"とも呼び、中央のウマ娘も参加することができる。なお、それ以外の重賞や"西都ダービー"等の地元所属者限定レース等の重賞を当作品では"独自グレード重賞"という名称で統一する。

*2
園田レース場開催。年末のジュニア級ダートG1"全日本ジュニア優駿"の優先出走権を得ることのできるレース。

*3
大井・川崎・船橋・浦和の4レース場の総称。




【登場人物】


ロッキンバルボア(Rock'in Balboa)
勝ち鞍:兵庫ジュニアグランプリ(G2)


【挿絵表示】


中等部所属。
本来走ること以外には興味のない子で、小学生以前はなかなか気持ちを表に出すことができず周りを大変困らせていたらしい。
それでも人前でこれだけ話せるようになったのは、トレーナーとの良縁に恵まれたからだろう。
ちなみにトレセン学園の入学を金銭的事情で断念しており、中央へのコンプレックスはそれもいくらか含まれるものだろうと思われる。



デボチカ(Devochika)
高等部所属。スマートファルコンみたいなしゃべり方をする。
元はトレセン学園所属だったが中々本格化を迎えられず、選抜レースに出ることなく地元に転属することになった。
このレース以後デボチカは短距離方面に舵を切るが、これが功を奏し翌年には芝・ダートを問わない重賞荒らしとして名を知られるようになる。




ロジャーロップ、ワザーヒースクリフ
どちらも中等部所属。



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