最後の希望 ベテランウマ娘、8年目の地方転戦【完結】 作:兄萬亭楽丸
8月。
完治までは室内での筋トレが殆どだったが、本格的な練習も再開された。
一ヶ月弱練習場の土を踏みしめていなかったこともあり、流石に足元は
こうした長期休養から復帰する際は負荷の強い練習を継続することで徐々に体重を絞りつつ、目標とするレースに向けて状態を高めていくスケジュールを組むことになる。
…しかし、再開から二週間立っても"帝王賞"以前の調子にはなかなか戻らない。
真夏のとてつもない熱気のせいで長時間の練習ができないこともあり、若干の
G3"サマーレジェンドカップ"は、二週間後に迫っていた。
ある日の練習後、代表・担当との三者面談を行うことになった。バルボアが同席しない時点で、面談の目的は
『…姐さん。いきなりですが、本題に入らせてください。サマーレジェンドカップは諦めた方がいいと思います』
「勿論、貴女の意思は尊重いたします。しかし短期間に二度も捻挫を患ってる以上、状態の上がらぬ今無理に追い切りを重ねることは到底勧められないと判断しました」
明日には出走登録の正式な手続きが始まる。その為、状態の上がらない私の出走可否を確定させておきたかったようだ。
私としても無様な走りで恥を晒したくはなかった。今回は出走を見送っても仕方ないだろう。
「…スタンさんには当日のトークショー参加者としての仕事をご用意しています。集客のことに関しては、負い目を感じる必要はありません。今後は10月の"収穫祭杯"を挟むか、"JBCクラシック"直行の二択で考えましょう」
『代表。一度、映像分析に時間をかけていいですか?もしかすると左脚を無意識に
「炎天下でウォーミングアップに時間を割けられない事情を考えていましたが…なるほど」
確認したいことを終えたため、話題は私の練習計画に移る。
バルボアの居ない今、二人に話したいことがあった。私の思っていることを、少なくとも
"私が既に、本格化を終えた可能性は、ありますか"
一瞬、応接室を沈黙が支配する。
競争能力の衰え。
遅かれ早かれ、全てのウマ娘が避けることのできない事象。
私が"衰え"を意識し始めたのは、ローカルトレーナー資格取得の勉強を始めて程なく経った頃だ。
ローカルトレーナーには、当然ながら指導対象となるウマ娘の身体構造についても学ぶ必要がある。そこには無論ウマ娘の"本格化"についても…"競争能力の衰え"についても、ページが割かれていた。
衰え方は千差万別で時期もバラバラであるが、早い子であれば高等部相当の年齢からも始まるらしい。ある年、ダービーを勝ったウマ娘が既に衰えの時期に入っており、その後重賞入着すら出来ずに引退する、と言った話もよく聞く。その観点で言えば、この年までG1級ウマ娘と同レベルで走っている私はかなり恵まれている方であると言えよう。
…あえて言えば、衰えの兆候は既にあった。テキスト
およそ2年前…トレセン学園在籍最終年。ある日を境に食欲がガクンと落ちた。当時は就職活動でのストレスが原因と思っていた。
しかしその食欲が落ちた日から2年近く。目立った衰えが無かったことは複数の重賞を勝利・入賞していることからも明らかである。
ただ、私の衰えは日々の練習で
もし日々の練習で
……………以上は仮説にすぎず、私がテキストの内容から推測したものである。
ローカルトレーナー資格はトゥインクルシリーズのものと違いある程度内容が簡易化されているらしく、手元の情報では判断が難しい。
それに、(元)トレーナーに話を伺うという手段は取りたくなかった。トレーナーはきっと過去の自分が未熟だったことを悔やみ、罪悪感に駆られると思うからだ。
「…衰えと決めつけるのは未だ早いかもしれませんが、貴女の年齢では確かにあり得ないことではないでしょう。しかし貴女がそれに抗うと決めたのであれば、私達は全力を尽くします」
二人のなんとか私を傷付けまいとする言動とは裏腹に、私は未だ比較的落ち着いていた。最大の理由はやはり"帝王賞"を取ったからだろう。
この身体なりに、次走までにどこまで仕上げられるか…二人よりはまだ楽観的に物事を考えていた。
数日後、"サマーレジェンドカップ"の出走登録が確定。前年覇者のバルボアが圧倒的一番人気、以下中央在籍のオムニデトロイトやミリオンジブリール、今年の"西都クラシック三冠"を争ったレッドラムオーダー・フライングギロットと言った名が並ぶ。
しかしバルボアは開催数日前に熱中症にかかりドクターストップ、最悪の事態を考え出走取消となる。
代表からは、改めて出走を回避した罪悪感を感じないようお話をいただいた。
当日、私は制服ではなく勝負服に身を固め、二度のトークショーとサイン会に登壇する。
(余談だが、ウマドルの方々が普段どれだけ頑張って活動されてるかを改めて思い知った)
イベントの席では、私たち重賞組が出走しないことを残念がる声が僅かながら聞こえた。
地元の一般的なファンからすれば、当レースは地元対中央・他地方の代理戦争という側面もある。地元唯一の重賞を余所者に奪われるのは確かに良い気分ではないだろう。
結果的にこのレースでセンターに立ったのは、今日を引退レースと決めていた重賞仲間、ブラインドフュリーだった。
引退レースの特例として許可された、自分だけ専用の勝負服を身に着けてのウイニングライブは私達とはまた違った輝きに満ちていた。
『………おつかれさま☆そして、おめでとう…☆』
ライブ・トレーナーらとの記念撮影を終えたフュリーに、控えていたデボチカ・バルボアが花束を手渡す。皆で考えていた、ブラインドフュリーへのサプライズだった。
フュリーは皆に感謝の言葉を述べる。しかしそのうち、彼女の瞳からぽつりぽつりと涙が落ちていく。
『仕方ないことではありましたが、姐さんかバルボアさんか……もしくは中央の強豪が、私の夢を粉々に砕いてくれると思ってました……』
『でも、勝ってしまいました………"もっとやれたかも"の思いを胸に、引退するなんて、思ってませんでした……』
『…負けたかった……!負けて諦めをつけて、引退したかった…!』
彼女の感情は
『…うん…フューちゃん…そうだよね…いままで、いっぱい頑張ったね……』
私・バルボア・デボチカ・フュリー… 彼女は共につるんでいた4人の中で唯一、重賞勝ちが無かった。過去の私のように、周りがどんどん勝っていく中で自分は何もできない劣等感も少なからずあっただろう。
それならいっそ大負けして、自分には才能がなかった…そう結論付けて競走の世界に区切りをつける。
そのような考えに至る気持ちも、わからなくはなかった。
デボチカはしがみ付くフュリーを
後味の悪い引退祝いになってしまったことをバルボアと反省しつつ、この日は解散となった。
灯りの消えたレース場を遠くに眺め、今後を思案する。私も身を引く際は…諦めを付けてからの引退になるだろう。
自販機にコインを入れ、普段買わない炭酸飲料を選ぶ。
飲料が取り出し口に排出された音に反応したのか、近くの木々から蝉の飛び立つ音が微かに聞こえた。
【登場人物】
・オムニデトロイト(Omni Detroit)
中央出身。シニア級2年目。
重賞勝ちはないものの、"川崎記念"や中東のダートG1で入着実績がある。
マリアークラレンスとは寮同室。また、昨年の"チャンピオンズカップ"ではクラレンスと対決している。(「深謀」を参照)
・レッドラムオーダー
"西都ダービー"ウマ娘。サマーレジェンドカップでは10着に沈む。
・フライングギロット(Flying Guillot)
7月末開催の"西都菊花賞"ウマ娘。サマーレジェンドカップでは4着。ちなみに左利き。
西都ダービーと西都菊花賞1着のウマ娘にはサマーレジェンドカップの優先出走権が与えられる。
近年西都ダービーを勝ったウマ娘は殆どが
・デボチカ
先週開催の芝短距離G3"北九州記念"に出走したため(6着)、今回は出走していない。
・ブラインドフュリー(Blind Fuly)
本来地方であれば十分上澄みレベルの戦績であるが、昨年春以降は後輩であるバルボア・デボチカが重賞戦線で結果を残している。二世代上の西都ダービーウマ娘である自分と皆の能力の差に失望し、各々に対し愛憎入り混じった感情を持っていたことは想像に難くない。
卒業後中央のトレーナー資格取得を目指すことにしたのは、彼女たちに対し何とか別のところで貢献しようという思い、また競走では勝てないことを悟り、なんとか別のところで上回りたい気持ちからであった。
勝ち鞍:サマーレジェンドカップ(G3)、西都ダービー・西都菊花賞・佐賀王冠賞(以上独自グレード重賞)
名前の由来は、盲目のベトナム帰還兵を主役にしたアメリカ映画「