最後の希望 ベテランウマ娘、8年目の地方転戦【完結】 作:兄萬亭楽丸
筆者註:時系列としては「営業」エピソード中の出来事です。 |
レース場の関係者スペースにある資材置き場。レース開催の前日にはまず資材置き場からの
ここにはイベントや物販列を形成するためのカラーコーンやイベントで使うための机・音響機材などが保管されている。
これら頻繁に持ち出される資材の奥には、かつて使われていたと思しき当レース場の看板類が見える。
「全国ロー ルシリー■ネットワ ク」「地方レ ■場に遊 に行こう」などの文字から推測するに、壁に立てかけられている一際大きな看板は全国のローカルシリーズ所在地をまとめたもののようだ。
看板の所々には、上から粘着テープで文字を隠したような形跡が見える。
禿げたテープの下にはかつて存在していたと思しきレース場の名前が見て取れた。
『おはようございます、宜しくお願いします。…これはカサマツ土産です、職員の皆さんでどうぞ』
西都レース場のレース開催日前日。明日のイベントで登壇されるウマドルの方が打ち合わせに来られた。
会場のスタッフと当日の段取りや話す内容、ウマドルの場合は更にライブを行うスペースの確認や音響調整の必要がある為、こういったゲストの前日入り自体はごくごく当たり前に行われる。
彼女はビクターレフュージ。元トゥインクルシリーズで活躍したウマ娘である。
現役時代はローカルシリーズで連勝を重ね、後に中央に移籍。移籍後にはG1"マイルCS"を勝ち、秋の"天皇賞"や"宝塚記念"にも出走経験のある一流ウマ娘だ。
ウマドルとしてもそこそこ名を知られているが彼女がテレビなどの表舞台に出ることは稀で、もっぱら地方レース場を中心とした営業活動に力を注いでいる。
当レース場にも年数回はお仕事で来られており、地元のファンにもよく名前を知られている。
「…明日は宜しくお願い致しますね。応接室を開けておりますのでそちらに移動いたします」
レフュージ氏が打ち合わせに来られてほどなく、私は代表とともに事前面談に同席することになった。
私は"帝王賞"を勝利したことで地元から注目を集めるようになったが、流石に松葉杖の手放せない状態でイベントに
そのため明日はレフュージ氏と代表のトークショーという形で、代表を介して私の活躍について語ってもらうわけだ。
(私は松葉杖の状態で会場警備をするわけにもいかないため、明日はシフト休暇を入れてもらっている)
『ではラストスタンディンさん、
後日イベントの様子を映像で拝見したが、レフュージ氏のプロフェッショナル性には舌を巻くばかりであった。
『はいは〜い!何歳になっても現役G1ウマドルのビクターちゃんでーす!今日のゲストは超偉い人!"世代最後の希望"として名高い、社会人ウマ娘初のG1タイトルを取ったラストスタンディンさん… はお休みみたいなんですけど…』 『そのトレーナーさん兼代表の淀川さんをお呼びして、本日の"流星杯*1"の展望についてお話しいただこうと思います!よろしくお願いしまーす!』
「宜しくお願い致します。…代表として皆様の前に立つことは度々ありますが、トレーナーとして壇上に立つのは初めてかもしれませんね」
『そうなんですよねー!最初社長さんか監督さんみたいな人が来られて、すっごく驚きましたー!』 (※仮にも統括団体の長に大変失礼な物言いだが、こういう台本である)
彼女がトレーナー資格所持者とも論戦を張れるような知識量を持っていたことは、打ち合わせで明らかになった。
しかし彼女は、トークショーでは観戦経験に乏しい観客をターゲットにし、初心者目線で質問を行っていく。 所々軽口で笑いを取りつつも時間調整のために話題を誘導したり、相手を立てるためにスキを作ることも忘れない。
『…それじゃあ、私のために残られている物好きの皆さんのために、私も行きますかー!"本能スピード"!』
また、ライブの腕前も中央のトップクラスのウマ娘を想起するほどのものであった。
通常のレースプログラムの場合、ウイニングライブは最終レースからおおむね一時間後に開かれる。 この最終レース後~ウイニングライブ後の約一時間にレース場を去る客が大多数を占めるため、中央のレース場程ではないとはいえ混雑することは容易に想像できる。 そうなるとシャトルバスに乗れない・駐車場から出れない…といったことが起こるのは自明の理である。顧客満足度にもかかわる。
そこで、彼女はレース場や周辺との調整のうえ、「ウイニングライブの約一時間後に」ソロライブを行っている。レース場を発つ客と残る客を分散させることで混雑を避けるためだ。 朝からトークショー等で
また彼女がプログラムの最後にライブを行う理由は、ウイニングライブに参加した競走ウマ娘の皆も生でライブを鑑賞できるように… という配慮からくるものでもあった。
一見さんや初心者、熱心なファン、関係者… あらゆる層の人間に対し、求められているウマドル像を見せ、期待に応える。 彼女が持つ天性のウマドルの才能も有るだろうが、やはり全国を回り多くの地方レース場関係者から頻繁に仕事に呼ばれるために、死に物狂いの努力をしてきたのだろう。
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『ラストスタンディンさん。まだお時間があるなら雑談に付き合ってもらっていいかしら?』
トークショーの題材として必要な私への簡単な取材が終わったため、レフュージ氏と共に食堂で話を続けることになった。
私は昼の別件取材まで時間があり、彼女はまだ会場設営が終わっておらず、暇を持て余していたからだ。
『食堂の座席、二年前に来た時より増えてるのね。 生徒数が増えているのなら、当分安泰ね…』
ところで、彼女の出身である地方レース場は既に存在しない。在籍中に閉鎖・廃校が決まったためだ。
今のトゥインクル・ローカルシリーズの盛り上がりからは考えられないことであるが、
実際に経営難から、全国に点在しているローカルレース場のいくつかが閉鎖の
今では関東の面々に次ぐ経営規模を誇ると言われる高知レース場も、過去には閉鎖寸前まで追い込まれている。
彼女の所属していたレース場は、閉鎖の運命に抗えなかった。経営状況はかなり厳しく、彼女がメイクデビューを果たした翌月には閉鎖に向けた議論が進んでいたほどだ。
毎年開催されるはずの重賞を心待ちにしたまま卒業を余儀なくされた先輩や将来を
幸運にも、インターネット配信等をはじめとするいくつかの試みが成功したことで、近年の地方レース場はこういった話とは無縁である。
だが彼女が地方レース場を廻る活動を続けているのは、"これ以上地方レース場の閉鎖するさまを見たくない"想いからであった。
『…ごめんなさいね、年を取ると身の上話が長くなって。お時間は大丈夫?』
すっかり話し込んでしまった。
いくらかのクラスでは授業が終わったらしく、食堂の向かいでは昼食を求めた生徒たちが我先にと流れ込みはじめた。
私の物心つくより前の地方レース場事情を知れたことは大変ためになったが、疑問が一つあった。
どうして彼女は、私にこのような話をしてきたのだろうか。
『…
『形は違えど、活動を続けている限りは誰もバックボーンを忘れることはないから』
【登場人物】
・ビクターレフュージ(Victor Refugee)
「私」より15歳ほど年上だが、美貌や体のキレに関しては今でも十分現役。過去にネットの企画でレース場を走った際は、現役ジュニア級ウマ娘であればなんとか張り合えるタイムだった…とのこと。
美しさを保つコツは"全国を飛び回って美味しいものを食べ漁る"…とのこと。
特に魚料理が好きらしく、旬の時期は仕事が無くても沿岸のレース場近辺に出かける…とのこと。
名前の由来は、母国のクーデターによりパスポート資格が消滅し、空港で生活を強いられた男の映画「ターミナル」より。(主人公姓+