最後の希望 ベテランウマ娘、8年目の地方転戦【完結】 作:兄萬亭楽丸
午後の練習前に簡単なミーティングを行うことになったのだが、担当の到着が遅れると連絡があった。
その担当が到着したまではよかったが、どうやら頭が痛い様子。睡眠時間も満足に取れていなさそうだ。
色々と様子を見るにあたり、二日酔いの類であろう。
「………昨日は飲み会か何かですか」
『……はい、先輩方に連れられて四軒ほど……』
「仕方ないことではありますが…成人のスタンさんはともかく、今の状態でバルボアさんの前に出るのは教育者として
担当は申し訳なさそうに頭を下げつつ、そそくさと洗面所に向かっていく。
いわゆる"飲みにケーション"というやつだろう。
確かにあってしかるべきものだが、トレーナー間のコミュニケーションについてはこれまで考えたことが無かった。
トレセン学園時代のトレーナーも同僚付き合いはあったのだろうが、彼は同僚トレーナーとの交友関係を(推測する範囲では)さほど持っておらず、そういった話とは無縁に思えた。
「…よく言えば先輩方に心配されていて、悪く言えば新人いびりでしょう。
よくよく思えば、当レース場に所属するウマ娘の多くはいずれかのチームに所属しており、午後の練習も同じチーム同士で併走を行うことが多い。
そのため、バルボアと担当のように一対一での指導関係を結んでいる子は非常に珍しい。
「…トレーナー間の政治事情について説明するには丁度いい機会でしょう。スタンさんが此処でトレーナーを目指すのであれば、いずれ直面することだと思いますので」
本題に入る前に、トレーナーの雇用事情について、いくつか解説する必要がある。
まず、競走契約を結んでいるウマ娘の数に対して、彼女らを指導するトレーナーの数は圧倒的に少ない。
これは当レース場に限らず、全国のローカルレース場やトレセン学園共通の認識と思って差し支えはない。
当レース場には毎年百数十名程度のウマ娘が入学し、その半分ほどは1年以内に正式な競走契約を結ぶ。
一方でトレーナーの新規雇用は毎年十名足らずに留まっている。(増加傾向はあるものの当然ながら定年などで退職されるトレーナーも出るため、レース場が契約を結んでいるトレーナー数はほぼ横ばいである)
一般的に、地元近隣の出身でトレーナーを目指す若者は決して多いとはいえず、*1、中央・他地方所属トレーナーの中途採用も基本的には望めない。
ローカルトレーナー資格はトゥインクルシリーズのトレーナー資格よりは容易に取得可能である反面、"トレーナーを勤めるための必要最低限(特定分野によってはそれ未満)の知識しか求められない"という問題がある。
資格取得には怪我の治療法をはじめとする安全衛生・各種法令の理解が求められる一方、コミュニケーションや精神的ケアについてはおざなりにされているといっていいだろう。
必要最低限の知識しか会得できていない新人ローカルトレーナーは実地研修などを経ることなくいきなり学園に放り込まれ、トレーナー業を始めることになる。
特にコネクションのない新人トレーナーはウマ娘のスカウトにすら
トゥインクルシリーズではG1級ウマ娘が多く所属するチーム"シリウス"・"スピカ"・"リギル"などが知られているが、当レース場にはベテラントレーナーらが設立したチーム"チャップマン"・"ギリアム"をはじめとする6つの大型チームが存在し、これらに所属するウマ娘だけで当レース場で競走を行う全ウマ娘の約7割を占める。
これらのチームは毎年一定の時期を過ぎて
これはそれぞれのチームを抱えるトレーナーが権力にものを言わせているわけではなく、学園に入学したが競走契約を結ぶことなく卒業せざるを得なくなる…といったことを極力無くすための配慮である。
こうした子に対しての指導実態としては中央の教官が行うものと大差なく指導格差に対する問題も浮上する*2のだが、少ないトレーナー人材でこれ以上を求めるのは酷というものであろう。
幾ら指導経験を積んでいるとはいえ、時には100名規模にもなるこれらのチームをトレーナーが一人で管理するのは困難である。
そこで新人トレーナーをチームのサブトレーナー見習いとして招き、下働きをさせながらトレーナー業を学ばせるのが徒弟制度の主である。
大型チームにはそれぞれ10人前後のトレーナーがチーム付として所属しており、新入りに近い立場のトレーナーは雑用や基礎錬の監督役などを任されるようだ。
指導能力を認められるにつれチーム内チームの指導や独立を許されるようになるようだが、定期的な新人の加入による突き上げを前提とするシステムには欠陥も多く、之を良しとしないトレーナーがいないわけではない。
「大多数のウマ娘の指導を一部のトレーナーに依存する、難しい制度だとは思います。
新卒以外の流入者が少ない
ところで担当はバルボアと一対一での契約を結んでいるが、これは徒弟制度の存在をあまり考えずに突っ走ってしまった結果らしい。
当レース場での雇用契約を勝ち取った彼は各先輩方のサブトレーナー打診を一度保留し、返事するのを忘れたままバルボアにスカウトを打診したのだ。
バルボアには他のチームや中堅トレーナーからもスカウトを打診されていたようだが、結果的に担当と契約を結ぶことになった。
そこからはいうに及ばず。シニア級の時点で重賞を3つ取り、G1レースの入着も果たす。
新人トレーナーが初めて受け持つウマ娘の戦績としては十分… それどころか当レース場でも随一の成績である。
こうしてバルボアと担当が成果を出す反面、面白くないのはベテラントレーナー陣である。
昔より同業者間の繋がりが
特段の事情があるにせよ、面白いものではないだろう。
「おかえりなさい。…その袋は?」
『…先輩方に会いまして、"代表に叱られた"と愚痴ったら弁当買ってくれました』
幸運なのは、そのベテラントレーナー達が"表面上だけでも"良好な付き合いを望んでいることだろうか。
さらに重賞級ウマ娘ともなるとレース場の代表という立場が生まれ、場合によっては地域全体を敵に回す可能性もあるからだ。
「…ニンニクの臭いが強すぎます!これを食べてバルボアさんの前に出るのは個人的に看過できません!」
『じゃあどうしてこの弁当を売店で売ってるんですか!?』
・西都レース場
「さいと」と読む。右回り・1周約1400m。フルゲート12名。
上古の所属ウマ娘に、7-9月に各所の重賞を荒らしまわりサマーレジェンドカップの由来となったジャバーウォッキーがいる。
かつて西日本のローカルシリーズ所属ウマ娘の能力は高いとはいえず、また
近年大学のキャンパスが市内に移設、同時に卒業ウマ娘の受け入れ口となる各種企業の誘致が進み、若者を中心にした娯楽の提供先として往年の人気を取り戻しつつある。
欠点は交通の便。これは最寄り駅とレース場を結ぶ唯一の公共交通機関が市営バスであり、市のバス運転手不足を取り巻く事情から現状増便が難しいため。
西都レース場に関しては「トレセンから極力遠く、馬産関連文化が薄いと思われる場所」という点で考えた全く架空のレース場であり、特定の競馬場を指しているものではない。
(参考までに、宮崎県には
所在地については九州地方にあるという以外は特に決めておらず、個人に委ねたい。
重賞の開催スケジュールについては、佐賀競馬場の実在重賞を一部参考にした。
例えば作中のG3「サマーレジェンドカップ」は、佐賀競馬場で同8月に開催される「サマーチャンピオン」(Jpn3、1400m)を基にしたものである。